十七.ぶとうの輪
「うち、あん人好かん」
ジーナがつまらなさそうに言った。
芸事の女神ヴィーセス神殿での事だ。
衛士一同、隊長に連れられて神殿の祭祀を見に行った。広場の周りに詰めかけた人たちは、振る舞い酒やパン、肉を食いながら喝采を送り、銭を投げる。つか広場に入るときに銅貨十枚とられるんだけどね。まあ酒場みたいなもんだ。
そこで踊る巫女達の真ん中、どっから見ても花形の巫女(メラルシアさん、っていうらしい)を見ていたら、そう言われたんだ。
「なんで」
「男ってみんな、あげな女が好きっちゃんね」
相当機嫌が悪そうだ。
「まあ、そういう人も結構いるだろうな」
「エイチはどげんね」
「俺?」
聞かれて、一番無難な答えを考える。
「まあ、綺麗な人だとは思うよ。踊りもうまいし。でもまあ、それだけかな」
「嘘ばっか言いよる」
プイっとあっちを向いて席を立ったんで、
「どこに行くんだよ」
と聞いたら、
「おしっこして来るわ」
おいやめろ。
一人で眺めていたら、横に衛士の先輩ハラットさんが立った。
よく突っかかってくるし、ぶっちゃけ苦手な相手だ。
「メラルシア様、いいよなあ」
顔を赤くして、目じりを下げてる。だいぶ酔ってるな。まあそいう事なら、俺も別に悪くは思わない。
「いいですねえ」
「美人だし、スタイルいいし、足はすらりとしていて、髪はサラサラだし、服もきれいだ」
「そうですね」
服は彼女が作ったんじゃないだろ、と思うが口には出さない。
「それにくらべてジーナはどうだ」
思わず動きが止まってしまう。
「色気はねえし気が荒い。お肌はがっさがさだ」
「ま、まあ、人の好みはいろいろ有りますよね」
確かにそれは嘘ではない。だからって不愉快じゃないって事にはならないが。
「そうじゃねえだろ。女としての優劣ってのはぜってえにある。メラルシアさんが月ならジーナはすっぽん」
むか。
「女だてらに袴はいて、大股開いて神装鳥なんか乗ってよ。」
むかむか。
「文字通りしょんべん臭え小娘じゃねえか。なあ」
むかむかむか。
俺は返事をしなかった。正直、自分がフェミニストだとは思っていないけど、前世紀の遺物みたいな、化石みたいな女性観を聞かされると腹の中は煮えくり返る。
もう愛想を売る気も無かったが、こんな人ごみの中で喧嘩をするのは避けたいとまだ思っていたから踏みとどまっているだけだ。
「おい、返事しろよ。お前が御熱のジーナちゃんをけなされてイライラしてますか? なあ!」
どうかえしたもんかと思っている内に、ハラットさんは俺の頭に酒を掛けてきた。
頭は冷たくなったが、心中は完全に着火だ。おれもハラット(敬称略)の顔に酒をぶっかける。相手はそれを読んでいてひょいと屈むが、そのくらいはこっちも予想の内。ちょっと手首を捻って盃の向きを変えると、見事に相手の顔面にぶちまける事が出来た。ざまあみろ。
「何しやがる!」
「こっちのセリフだ」
言い返した途端に拳が飛んできて開戦だ。俺ももう素人じゃないから、ガードして殴り返す。
周りで悲鳴と怒号が起こるが、知ったこっちゃない。
だがまともに戦えるかと思ったのは最初の一瞬。素人じゃないと言っても、しょせん毛が生えた程度な俺の拳はすぐかわされ、見えても避けられないハラットの拳が拳が腹に頬に打ち込まれる。
「ぐうっ!」
そこからは、反撃をしようとするものの一方的に殴られっぱなしになった。
意識が朦朧としてきた、そのぼやけた視界に、相手が踏み込んでくるのが見えた。やばい、次でノックアウトされる。そう思った時だ。
体が勝手に動いた。飛び込んでくる相手の足元にこちらの脚から滑り込み、足を絡めて動きを止める。勢い余って倒れ込むハラットが突き出した右手を掴んでねじり上げる。
相手は左手だけでは受け身を取れず、敷かれていた石畳に額を叩きつけようとしていた。
そのまま、壊れろ!
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