十六.空を滑る

「嫌や!」

 ジーナはぶるんぶるんと首を振った。

「なんでや! 模型はちゃんと飛んだやんか」

「最後に落っこちて壊れたやなかと!」

「いやあ、あれは操縦されてないから最後に失速しただけで」

「とにかく嫌なもんは嫌や!」

 二人がかりでも説得できない。あの模型の壊れっぷりが、よっぽどショックだったらしい。


 模型というのは、俺が図面をっていうかマンガを描いて、ミーナとやりとしながら作った(ほとんどミーナが)模型飛行機だ。いちおう神装鳥に翼と尾翼をつけた形にした。もちろん、これがうまくいけば本物を滑空機にするつもりだった。


 これを作る過程で、俺は元の世界がどんなに恵まれていたかを実感した。バルサみたいな軽い木材も合板も、細い竹ひごも、丈夫な和紙もここにはない。すぐ乾く接着剤もゴム紐もない。

 かなり重くはなったが一応形になったのは、ミーナの苦労と、官房長の資金援助のおかげだった。ま、最初の四機はすぐに落ちて壊れてしまったんだけどな。

 それでも五機目は上昇と失速を繰り返しながら波に乗るように三十メートルほど飛び、最後の失速で地面に落ちて壊れた。

 それでもこれは、俺とミーナにとっては大成功でハイタッチしちゃった(俺が教えた)くらいなんだけど、ジーナにはトラウマ級だったらしい。


 で、いよいよ本番用の翼を作り、神装鳥キュリアに取り付けたんだけど、ジーナが乗るのを拒否して、以下冒頭に戻るという訳だ。


「しゃーない。うちが乗るわ」

 ミーナが苦笑いした。

「やってくれるか」

 俺はほっとしたが、

「エイチはんも後ろに乗ってや」

「え?」

「あったりまえやん。思い付いた、乗るのは他人てのはあかんで」

「うーん……分かった。乗る!」

 話がまとまると、今度はジーナが慌てだした。

「ほんとに乗ると?」

「そりゃそうや。誰かが乗らな」

「やめた方がよかばい!」

 引き止めに掛かるジーナ。面倒な事になった、と思った時。

「まーだですかいな」

 後ろからスポンサーの、つまり官房長のレチェン様の声がした。

「誰でもよろしい。はよう飛びなはれ」

 あいかわらず飄々としてるけど、ちょっと機嫌悪そうで、その圧が凄い。

 さすがのジーナも、これには諦めて引き下がった。


 俺とミーナはキュリアにまたがる。命綱(シートベルトみたいなもんだ)を腰に結び、俺はミーナの腰に抱きつく。別にいやらしい意味じゃない。これが普通なんだし、安全なんだから仕方ない。

「頼む」

「ほな、いくで!」

 ミーナが神術輪を回すと、機体はふわりと浮き上がった。そのまま島の外に滑り出す。足元の景色は見ないし考えない。ひたすら、実験の事だけ集中する。


 助かるのは、神装鳥が自ら浮く力を持っている事だ。おかげで完全な墜落はほぼ考えなくていいし、主翼にもキュリアの重さ全てを支える強度はいらない。異世界万歳だ。


「機体を十度頭下げ、浮力マイナス十」

「了解」

 機体が頭を下げ、沈み込む。沈降が加速すると、機体は前進もし始めた。

 見る間に前進速度が増して、顔への風当たりも強くなった。そしてそれと共に沈降速度が落ちてきた。主翼の帆布が膨らみ、先端が幾分反り上がっている。無事揚力が発生しているのだ。

 高度が森の梢に近づいた時、

「今度は十度頭上げ、浮力プラス三十」

「了解」

 キュリアは頭を上げ、上昇に転じた。揚力と合わせて機体はぐんぐん高度を増し、かつ速度はほとんど落ちない。振り向くと、空島より百メートル以上(多分)高くなっており、水平距離は一キロ(くらい)離れていた。


「凄いで! これ!」

 ミーナが興奮して叫ぶ。まあ風の音が凄くて、こんな近くでも叫ばないと聞こえないせいでもあるけど。

「上出来! でもこれ以上速度を出さないで! 翼が持つかどうか!」

「分かってるて!」

「じゃ、旋回、行ってみようか」

「う、うん」

 ミーナが緊張した面持ちになる。

 何度説明しても分かってもらえなかったのが、旋回だ。空島も神装鳥も、浮遊力を少し横に傾けてゆっくりと向きを変える。その回転半径はとても大きい。空島なんて軽く数キロはある。多分。

 だが飛行機やグライダーは、旋回によって急速に方向転換できる。当たり前だけど、これはすごい事で、それを出来るようにしたライト兄弟は偉い。

「右に傾けて、面舵、機首上げ、全部同時に」

 言い聞かせながら実行する。世界が傾き、体の重さが増える感覚。Gが掛かったんだ。

「おーっ! なんやこれ! なんやこれ!」

 ミーナが叫ぶ。

「いいよな、これ!」

 俺も返す。

 自転車でカーブを曲がる時の、世界が傾く感覚が蘇ってきて、そういえばライト兄弟も自転車屋だったなって思い出した。

 次は左旋回でコースを戻す。それを数回繰り返すと、ミーナはすっかりコツを飲み込んだ。

 キュリアは軽やかに空を掛けた。本当に鳥になったと俺は思った。

 だがその時、

「うわっ!」

「どうしたん?」

「埃が目に入った」

 涙が止まらない。

 次に飛ぶ時は、ミーナと同じ遮光眼鏡を掛けよう。


 ともあれ俺たちは島が一日掛かって着く予定の街に先行し、島宛ての手紙を受け取って帰った。

 そしてミーナは、自分専用の神装鳥を作り始めた。

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