第6話 ふわふわ

粟島先生が出ていった後、少しして保険の先生が帰ってきた。

少し茶色かかった髪は肩甲骨辺りまであり、首の後ろで1つに結ばれていた。体は華奢だが、顔つきはキツめの印象を受ける、しかし話してみると、とても面白く優しい先生だということがわかる。

ただ、保健室の先生というより、大きな病院の看護師さんのような鋭さがあった。


「粟島先生に生徒がいるって聞いてきたけど、あなただったの」


先生はそう言って、自分の机に備え付けの座り心地の良さそうな椅子に腰掛けると何やら書類を作成し始めた。

海はまだ粟島先生が出ていったドアの方を見ている。


「どうしたの?」

「え?!」

「今日もここにいる?」

「あ!あー…、えっ…と」


先生が自分に問いかけている声が聞こえてきて、海はようやくドアから目線を外した。

そして、昔のようにまた保健室で過ごすかという問いにうまく答えられなかった。


海の心は粟島先生が原因でからかわれた事わすっかり忘れ、粟島先生の残していったホッとした笑顔や大きな手、去り際に見せた優しい顔でいっぱいだった


「か、帰ります!」


心が走り出したいと叫ぶのを海は止められなかった。心の思うまま、椅子から立ち上がると保健室から出ていった。


「あ、ちょっと!…もう」


残された先生は海を見送ると小さくため息をついて自分の仕事に戻った。


海は保健室から飛び出すと、自分の教室へと向かった。教室では次の授業が始まっていて、後ろのドアから入った海に黒板の前にいる先生が声をかけたが、海は自分の荷物を取ると 帰ります とだけ伝え頭を下げて教室から出ていった。


あまりに急なことに先生やクラスの生徒に一瞬動揺があったが、教室に来る前に保健室に行っているという状況に、皆は具合が良くないんだなと判断し授業へともどった。

そんな中、小春と美月はお互いに不安そうな顔を相手に向けていた。


海はリュックを手にとったものの、背負うのも忘れて下駄箱に来ていた。

リュックを両手でかかえこんでいるのでいつもより少しだけ靴を履き替えるのに時間を使ったが、なんとか外履きをはき、校門をくぐり抜け歩道に出た。


学校近くの舗装された道をゆくその足は段々と早くなった。

思い出されるのは粟島先生のことばかりだ

最初保健室に入ってきたときはすごく嫌だった

早く出て行けと思い、次はタイムリーな話題で困惑させてしまった

顔をそむけていたため視界の片隅で見た焦った顔は、目をまんまるくして教室で見たときより子供っぽかった

その後は誰よりも真剣に謝ってきた

年下の子に対してあんなに真っ直ぐに謝って


(粟島先生ってヘンなの!ヘンなのっ!!)


そう思いながらも、海の口角は少し上がっていた。

自分が傷ついたことに対して、他人の大人からあんなに心のこもった謝罪を受けたのは初めてだった


(それに、それに…)


大丈夫と言った時の粟島先生の顔を海はまた思い出し、足を止めた

ゆっくりと深呼吸して、ようやくリュックに腕を通すと背中に背負った。

そして右手をゆっくり上にあげて自分の頭にポンと置く、先程感じた自分の手とは全然違う大きさ、重さ、そして近くで見た笑顔。

その全てが海の鼓動を早め、足を進めさせ、思考回路を停止させた。

海はひたすら歩いた、競歩のような速さで。


(なにこれ、なに?なに??)


無意識のうちに家に帰り、持ってる鍵で中に入ると制服のまま布団にダイブした。

タオルケットを頭までかぶり、ベッドの上に座ると歩けない分主張を強くした胸の鼓動に海は顔を枕に埋めると両手で胸のあたりをギュッと掴んだ


「なんで、あんな…。コレは、なに??」


初めて訪れた心と体の異変に海はただ混乱するばかりだった。


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