第4話 嫌悪感
昼休みに海の席に集まっていた小春と美月はやはり新しい先生について盛り上がり、その話を聞いている海は悲しいような悔しいような複雑な表情を浮かべながら時々ため息をついていた。
「もー、海!どうしたの?」
「そうよ、さっきから1分に1回のペースでため息ついてるわよ」
海のため息攻撃に耐えきれなくなった小春が口を開くと、美月も常ではない海の様子を指摘した。
海は泣き出しそうな顔になりながら机の上に三つ指のように両手で三角を作りそこに顎をうずめた。
「あの先生、粟島先生…。教室で性的なこと話すとかありえない」
顎が机についているせいでくぐもった声になりながら海は小さな声で2人に不満をぶつけた。
小春がキョトンとして美月を見ると、苦笑いをした美月が海の方を優しく2回叩いた。
「…まぁ、普通ははぐらかすわね」
「でしょ!!」
美月の同意に勢いよく顔を上げた海は自分の声の大きさに教室にいる人の目線が集まったのを感じでまた、顎を机につけた。
「しかも、シャープペン同じだった…」
その海の言葉に小春は苦笑いで、美月は無表情で返事をした。
「目の敵にし過ぎよ、確かに不適切な発言はあったかもしれないけど、仕方がないじゃない。先生だって人間なんだから」
「そーだよ!シャープペンだってたまたまじゃん」
「そ…ぅ。だけど…」
二人に押されて段々と勢いがなくなってきた海はついに顔を完全に伏せておでこを机とくっつけてしまった。
そんな姿に聞く耳を持ってないと判断したのか、美月は小さくため息をつくと静かに席を立った。
「私、お手洗い行ってくるわ。二人は?」
「私も行くー!」
空気を変えようとトイレを提案した美月に小春はノってきたものの、肝心の海は顔を伏せたまま右手を降るだけだった。
二人は海の返事に小さく困ったような表情を見せ合うと、教室から出ていった。
海は顔を少し横にずらして今度はほっぺたを机とくっつけていた。
二人が出ていくのを見届けると、また盛大なため息が漏れた
そして、厄介なことに一人の女子と目があった。
その子は海のやる気のなさそうな様子を見ると、小走りにちょこちょこと近寄ってきて海の机の横にしゃがんだ。
彼女の目線が海より少し低くなり、彼女は上目遣いで目線を海へと飛ばした。
「落ち込んでますねー、うみ!」
「そーだねー、ちょっと新しい先生がね…」
彼女はいつも海をからかう一人だった。
トイレにいるとびっくりされたり、着替えをするとキャーとおふざけで叫ばれたり
クラスの中では一番、海の性別についてイジっていた。
だからこそ、海はあんまり相手にはしたく無かったが
相手にしないのはしないで後々面倒になるのはわかっていた。
今、きっと邪険に扱いなんてしたら 美人の美月とかわいい小春と一緒にいたあとに私となんて話したくないよね だとか、勝手に被害者面をして何を教室で叫ばれるかわかったものではなかった。
「新しい先生?あ!粟島先生かぁ、童貞じゃないんだってね!!」
「…その話は、ちょっと」
やはりみんなの耳に聞こえていて、思春期には刺激が強い内容だったからか皆がすぐに連想するのはその一言だった
海は頭を上げると左手の膝をつき、その左手で顔の半分を覆った。
その様子に彼女は口角をぐいっと上まで引き上げた。
「へーぇー?海くんは先生が童貞じゃなくて悔しいんだぁ」
「え?」
「うんうん!早く童貞卒業したいもんねぇ。みんなー!海くんはまだ童貞らしいですよー?誰か卒業させてあげてー!!」
彼女は勢いよく立ち上がると教室全体に向けて叫んだ。
海は何を言われて何をされてるのかそのスピード感に置いてけぼりを食らっていた。
その間にも、彼女は近くの女子に どう? 等とちょっかいをかけたり、海の方を両手で包み込み 大丈夫、いつかは卒業できるよ などと言って慰めていた。
海が正気に戻ったのは、やはり周りの反応だった。自分たちからわりと離れた所に座っている男子がニヤついているのが目に入ると同時に、近くにいる女の子グループのクスクスと笑う声が聞こえてきたのだ。
「…っ。もう、やめてよ」
「え?あ!ごめーん」
海が静止すると彼女はようやく暴走をやめたが、周りの反応は変わらなかった。
「ちょっと、気分が悪いから保健室に行ってくる。次の授業で言っておいて」
海は頭を抱えたままそう告げると、後ろでなにか言っている彼女に背中越しに手を振って保健室へと向かった。
本当は怒鳴りつけて嫌だという意志をしっかり伝えたほうがいいのだということは海もわかっていた。だけど、今彼女に怒りをぶつけてしまっては先程からかわれた内容も含めてより多くの人に噂が流れてしまう。
恋愛の次に噂の流れが早いのは喧嘩やイザコザなのだから
いつもなら最初の一言ですぐに止めに入れたかもしれない彼女の言動も、今回は心が参っていることもあってか、すぐに対処できなかった。そして何よりされてしまった行為に心が保てなかった。
海の心はけたたましくSOSを発信していた。
何かあったら、すぐに黒く大きい2つの瞳からとめどない水滴を溢れさせてやるぞと海に訴えていた。
目頭は自然と熱くなり、気を抜くと世界が歪む。
なんとか水が落ちないよう、溢れないように耐えながら海は保健室へと向かった。
海にとって保健室は、1年生のときからの救いよ場所だった。
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