第3話 第一印象
今日から授業が始まる。
1時間目国語、2時間目数学、3時間英語と嫌なラインナップが並び、生徒たちのテンションは下がりきっていると思われたが今日は違った。
次の3時間目は新しい先生の授業だ
どんな先生なのか、厳しいのかゆるいのか、そんな話が教室のあちこちを飛び交っていた。
チャイムがなる少し前、ガラガラと音を立てて教室のドアが開いた
そこから、少し緊張気味だが笑顔の男の先生が入ってきて黒板の真ん中まで歩いてきた。
背は低めの170センチあるかないか、黒いスーツの胸ポケットには銀色のチャームがついていて、足元は青いスニーカー、眼鏡も同じく青く
この先生が青が好きなことを主張していた。
全体的なイメージからイケメンとは言えないが20代であることは明らかで、若い先生の登場に教室のテンションは大幅に上がった。
みんなが先生の見た目に落ち着きを取り戻し始めた頃、チャイムが鳴り授業開始となった。
「はじめまして、今日から皆に英語を教えることになった 粟島義喜(あわしまよしき) と言います。今日は俺の自己紹介と皆からの質問の後に授業をやりたいと思います」
粟島先生はそう言うとニコッと笑った
そして、黒板に大きく自分の名前を書くとその周りに自分の紹介を英語で書き始めた。
「俺は粟島ね、先生だからTeacher。好きなスポーツはサッカー、soccer…」
粟島先生は、自分に絡めた英語の単語を黒板に書きながら自己紹介をしていった。
その中で好きな色は青と言っていたから、やはり好きな色で小物を揃えているらしい
青い眼鏡はどことなく不真面目さが漂い、砕けた話し方からか、先生というよりは近所のお兄ちゃんのような印象だ。
自分の紹介を終えると、チョークの粉がついた手をさっと払い、まるで授業の内容を確認するように 質問はある? と教室に座っている生徒たちを見渡した。
海を含めた生徒たちは必死に質問を考えるも、当たり障りのない質問の答えはさっきの自己紹介ですでに得ている、かと言って踏み込んだ質問を初対面の大人にするのも気が引ける
しばらく間を空けたが、手を上げる者はいなかった。
「質問ない?…じゃあ、授業にしようかなぁ」
粟島先生がニヤニヤしながら教科書を開くと、慌てて一人の男子生徒が手を上げて質問する
質問は大したことのない内容だったが、粟島先生はきっちりと答えた。最初の一人が出て少し気が楽になったのか、その後もポンポンと手が上がった。
そして、質問しているときは粟島先生は授業という言葉を出さない。質問にもキチンと答え、質問の時間を切り上げる気もなさそうに見える
先程から授業、授業と言っていたのは逆に、質問が出てる間は今日は授業をするつもりは無いというメッセージだったのかと、海は気づきを得て口を開け驚いた表情を浮かべながら、教室の一番後ろの席で質問を必死で考え手を上げているクラスメイト達を見ていた。
海の席はちょっと変わっていて一番後ろの席で隣の列に人はいなく、横5列、縦6列から一人だけ外れた横3列目、縦7列目だった。
だから、どんな表情をしても誰にも見られることはないし何をしていても授業中にこちらを見ているのは先生だけだった。
クラスメイト達がなんとかつないで質問をし、ようやく授業終了のチャイムが鳴った。
粟島先生は最後の質問に答え終わると ありがとうございました と言って、そのまま海たちの教室で何かを書類に記入しているようだった。
そこに、先程の授業で積極的に手を上げていたカースト上位の男女数名が詰めかけていた。
「せんせーってぇ、結婚してるのー?」
「いてませーん」
「え?じゃあ、彼女は?」
「いませーん」
「……、じゃあさ、じゃあさー…、童貞??」
一人の女子が発した言葉に海は心の中でびっくりしていた。普段から話声が大きい子だとは思っていたけれど初対面の年上の男の人に、しかも先生に対して、教室の一番後ろの席にいる自分にも聞こえるような声でそんな質問をするのは、いくらなんでも失礼だと思ったのだ。それに他人の性事情なんて聞きたくないと耳を塞ぎたくなったが、そんな不自然な事など出来ようもない海は粟島先生が答えをはぐらかしてくれるだろうと大人な対応を期待した。
「…ノーコメント」
やはり、粟島先生は少し強引だが答えをはぐらかした。年下の女の子にそんなことを聞かれるとは思っていなかったからか動揺は見られたが、答えとしては間違っていなかった。
しかし、その少しの動揺は彼女の強い興味へと繋がった。
「はぐらかすってことは…こーとーはー?」
お調子者代表の様な男子生徒が先生を煽るとすぐそばにいた女子生徒がさっきより大きな声で 童貞だ! と叫んだ。教室中に届くであろうその声量に驚いたのか、そんなわけないだろ!卒業済です と告げて海のいる教室の後ろへと歩いてきた。
(うわっ、最悪。なんで正直に答えてるの?なんでこっち来るの?)
海の中で粟島先生への印象が地に落ちた瞬間だった。
海は決して潔癖というわけではない。性にだってそれなりに興味はあるし、同じくらいの年齢のこの中にはとても興味がある子や、それを隠さない子がいるのも理解している。
でも、生々しい話はまだ引いてしまう程に海の中では非現実的要素が多かった。
「あれ?そのペン」
聞きたくないことを聞かされて頭を下に向け、どうにか嫌な気持ちを抑えている海の頭上に、心を曇らせた張本人の声が降ってきた。
海が声がした方にゆっくりと顔を向けると、やはりそこには粟島先生が立っていた。
「その水が入ってるペン!俺のと一緒だね」
そう言って粟島先生が見せてきた右手には、昨日海が気に入って購入し、大切にペンケースにしまい込んだあのシャープペンと同じものが握られていた。
「…そ、そうですね」
苦笑いを浮かべながら海がそう答えると、粟島先生は嬉しそうに笑顔を向けて 趣味が合うね、これからよろしく と言って教壇の方へ戻り自分の荷物をササッと取ると先程の生徒たちから逃げるように教室を出ていった。
( 趣味が合う…、あの先生と?私が…?)
信じがたいと言うような顔で海は悲しそうにシャープペンを見つめた。
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