その四 巨人の最期

「アメリカ行ったか……」

「流石に初手アメリカは盲点でした」

 半ば呆然とする他プレイヤーだが、当の本人はお構いなしに騒ぎ立てている。


「ヒャッハー! ご主人様の手を噛む汚らしい犬は殺処分だおらぁ! ミュージックスタート!」

 そして彼女の掛け声と共に電話口から音楽が鳴り響く。


 なにが出るか気が気でなかった少女達の耳に飛び込んできたのは予想の斜め上どころか数次元先を行くようなものだった。


 ♪こころぴょんぴょん待ち? 考えるふりしてもうちょっと 近づいちゃえ♪


 よりにもよって流れてきたのは某心がぴょんぴょんする兎のカフェのアニメの主題歌であった。


 勇の感性は、やはり現生人類には理解しがたいもののようだ。



 発端は対米開戦の一週間前、ドイツ領となっているオランダのレーダーが海上を移動するイギリス軍の部隊を発見したことだ。

 これに気づき不審に思った楓華は海軍を大西洋上に配置して行き先を割り出そうと試みた。

 大西洋に補給拠点を持たないため可動範囲に限界があり、正確な場所を突き止めることは叶わなかったが、方向から見てカナダを目指しているものと判断した。


 ここで楓華は思い出した。アイルランド侵攻時にイギリスが使用したイベント。その効果が「大英帝国全盛期の領土に対し宣戦事由を作成する」ことであるのを。


 大英帝国全盛期の領土、その中にはアメリカ合衆国も含まれていることだろう。とすれば、輸送されていった部隊は対米戦に備えてのものではないだろうか。


 そしてアメリカの次はフランスだと悟った楓華は対仏戦を前倒しにする決断をしたが、それに気がついたのは開戦の直前も直前であった。


「で、でも、アメリカなんてそう簡単には倒せないんじゃ……」

「と、思うじゃん。ところがどっこい。アメリカの初期の陸軍はどれくらいだと思う?」

 そう疑問を呈した美咲。HOS歴の浅い彼女からすれば当然の疑問と言えるだろう。


 ところが、ある程度のHOS経験がある者達にはとある共通認識がある。

「えーと、五十くらい?」

「驚くことなかれ。あのクソ広い領土に僅か三十半ばしか師団がございません」

「参考までにソ連が百ちょっと、フランスが七十半ば、日本が六十くらい。敗戦国のドイツも三十はあるね」

「え! 少な!」

 アメリカは四十二年あたりを過ぎてからが本番という共通認識が。


 七大国の中でもずば抜けた工業力を持ち、人的資源も豊富、技術レベルも最高クラス。世界最強の呼び名に誰も文句を言わない超大国アメリカ。

 しかし、最初からこのスペックではゲームが成立しないため、初期のアメリカにはこれでもかとデバフがくっついている。

 工場の生産力が半分くらいに落ちていたり、その工場の建設コストも倍くらいに跳ね上がっていたり、おまけに世界大戦が本格化するまでは他国の戦争への介入が出来なかったりなど例を挙げればきりがない。

 史実においても「眠れる巨人」の異名をとったことは有名だ。


 だが、それゆえに、一度目覚めれば手がつけられない。

 ゲームも終盤近くなる頃にはデバフも取り払われ、太平洋戦線にも欧州戦線にも数質共に優れた米軍が雪崩を打って押し寄せる、というのがHOSシリーズの日常風景であった。


 そういったアメリカの特性上、ゲーム序盤の間にアメリカを打倒する、所謂「米帝速攻」は上級者の間では比較的ポピュラーな戦略である。

 とは言っても陸軍の数こそ少ないものの、海軍は世界一の規模を誇っており、そう簡単に倒せたものではない。速攻が可能なのは、日本とイギリスくらいなものではあるのだが。


 だが成功すれば、計り知れないアドバンテージを得ることができる。

 併合すれば「月刊空母」と揶揄される米帝の生産力を手に入れることができるし、傀儡政権を立てれば海軍をまるごと傘下に組み込める上に、有事においてはユーラシア大陸に延々と軍を送ってくれることだろう。


 はっきり言って、マルチでやると後ろ指を指されかねないくらいには大人げない行為だ。



「どうする? 対英宣戦する?」

「うん。した方がいい。アメリカが降伏する前に宣戦事由の作成が終わればだけどね」

「ねえ。今レーダーで調べてみたんだけど北海とドーバー海峡にロイヤルネイビーのほぼ全戦力が集結してるし戦闘機が千機ずつの計二千機いるから制海権も制空権も取れそうにない」

 無論、他のプレイヤーとしてはそれを阻止したい訳だが、生憎その手段がない。

 政治形態が民主主義であれば、そのよしみでアメリカに助け船を出すことも可能だが、生憎他のプレイヤーの内民主主義を奉ずる国などなかった。

 米英戦争へ介入するには、二百日以上を費やしてイギリスへの宣戦事由を作成する必要がある。軍需物資の援助だけならば制限なしに行えるが、相手がNPCならばともかく経験豊富なプレイヤーとなれば焼け石に水だろう。


 他の面々の儚い願いも虚しく、植民地であるカナダから越境してきたイギリス軍によってアメリカ軍の前線はどんどんと南へ下がっていった。

 現状歩兵師団しか存在しない米軍にとって、熟練のプレイヤーによる機甲師団と騎兵師団による包囲殲滅戦術はとても効果的だった。開戦から一週間足らずでボストンとデトロイトが陥落し、ニューイングランド北部に展開していた部隊が大規模包囲の餌食となる。

 更にもう一週間後にはマンハッタンが陸の孤島と化し、まもなく陥落。

 その後もフィラデルフィア、シカゴ、そして首都ワシントン・DCとみるみるうちに主要都市が陥落。


 もはや誰も何も言おうとはしない。スマホから聞こえるものは、ホモサピエンスモドキの上機嫌な鼻歌と、心がぴょんぴょんする某アニソンのみであった。



 一九三七年一月七日。アメリカ合衆国降伏。


 年が明け、年賀状代わりに表示されたのはこのポップアップだった。


 かくして、「眠れる巨人」はかつての友邦に寝首を掻かれ、呆気なく最期を遂げた。

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