その二 これは内乱。それも内乱。あれも内乱でいいや

 この手のゲームを開始して直後にやることと言えば、内政を固めることである。戦争というものは足場を整えて初めて行えるもの、とメンバーの半分くらいはそう思っていた。



「時は来たれり! プロイセン軍人諸君よ、これは反逆ではない! 我らが国家を暴虐なナチスから取り戻す為の戦いだ! 各員、己が忠を尽くせ!!」


 ところがどっこい、小野楓華の迫真の号令とともにドイツ暫定政府がナチスドイツに宣戦布告。ドイツ内戦が幕を開けた。ゲーム内時間にして一九三六年二月一日、ゲーム開始からちょうど一ヶ月経った日のことである。


 帝国という響きに目がない楓華がドイツ帝国を復活させるべく蜂起イベントを発動したのだ。彼女の脳内における優先順位は、まず第一に浪漫ロマンで僅差の次点がロールプレイとなっている。そしてこの二つ以外は全て些事に過ぎない。

 復興の手間がその他に分類された結果がこの内戦であった。



「で、どうやって戦う気?」

「どうやってって、普通に。イベントで沸く義勇兵を囮にして正規軍で突破する」


 もっとも、美咲からの質問にこう答えているように、戦争の起こし方はまともではないが、戦争の進め方はまともなのが楓華のプレイスタイルだ。メンバーの中には、起こし方が狂っていれば進め方も狂っている者もいるため、彼女は相対的に見ればマシな方と言える。


「反乱ねぇ……」

「ドイツはもともとドイツ帝国のものなのでこれは反乱ではありません」

「はいはい。うちは陸軍が反乱起こしそうなんだよなー」

 楓華の抗議を軽くスルーしながら響がぼやき出す。


「ああ、そろそろ二・二六事件か」

「いやそっちは大丈夫。中央から締め出しといたから。ちょっと海軍に予算渡すために陸軍の予算削っちゃったから……」

「いやそれはいかんでしょ」

「海軍省に憲兵隊が押し寄せそう」

「そんなに来られたらどうしようもないじゃないか」

「そう言えば岡田総理って海軍の人だっけ」

「その通り、さすが京香先輩。取りあえず陸軍には自転車師団と機甲師団の創設を確約したからこれである程度腹の虫を抑えてくれるはず」


 きちんと対策は打っているようだし、京香からの指摘をコアなネタで返す余裕があるあたり、日本は大丈夫そうだと思われた。

 しかしそれはつかの間のことに過ぎなかった。



 ゲーム内時間一九三六年二月二十六日未明。


「あのー響ちゃん?」

「はい何でしょう京香先輩」


 帝都東京において


「たった今画面に表示されたポップアップについてご説明願いたいんですけど」

「あ、それ私も気になってた」

「やっぱり見間違えじゃなかったか」

「いやぁ反対派を事前に追放してたからスムーズに行きましたね」


 陸軍の皇道派将校が一斉蜂起


「追放したって統制派の方をかよ」

「まあ内戦が起きてないだけドイツよりゃマシか」

「さぁ昭和維新の始まりです!」


 更に陸軍上層部及び海軍もこの動きに同調。


「粛清の嵐が吹き荒れそう」

「皇道派と違って統制派は明確な線引きがないのでそこまで酷いことはしないしできませんよ。てか事前に一夕会の関係者は左遷したからこれ以上何かする気もないです。関東軍率いて満州でクーデター起こすとかなら考えますが」


 即日戒厳令が敷かれ、ほどなく天皇による親政の開始を告げる勅令が発せられた。俗に言う昭和維新の幕開けであった。



「なんだろう。昭和天皇がホルティ提督みたいなことになってる」

「でもでも京香先輩、陛下が為政を行ってくださるなら陸軍と海軍が内輪揉めすることもないし、盧溝橋事件も取り返しがつかなくなる前に勅令一つで片付くし。史実より全然良くないですか?」

「まあ確かに旧軍が暴走できた原因のひとつは軍の上にいるのが実権はないけど神聖不可侵な天皇だけだったことにあるし。文官が何か言ってきても統帥権を盾に突っぱねられるからねぇ。実際東条英機が死刑執行直前に書いたメモには『統帥権マチガイ』ってあったというし」


「うわぁー話に全くついて行けねぇ」

 グループきってのインテリである京香と響の会話を聞きながら思わず勇が呟く。それ自体は何気ないものだった。

 しかし、次の彼女の言動が場を凍り付かせることとなる。



「さて、うちも内戦と洒落込むか」



「勇先輩がなんか始めたんですけど」

「え、怖い怖い!」

「何やらかす気よあなた」


 急ぎミュンヘンを落として内戦を終わらせようとする楓華、なんとかしてオーストリア統合を前倒しできないか考える美咲、南方方面に海軍を出撃させかける響、進行途中の大粛清を中断しようか迷う京香

 彼女達が過剰なまでの反応を示したのには理由がある。


 この春本勇という女、普段から奇天烈な言動で知られており、こと趣味が絡んで気が昂ぶると脳のリミッターがその機能を放棄することで有名であった。



「何って、ただの内戦ですよ。それが何か?」


 ざわめき出す面々を嘲笑うかのように、勇はマウスカーソルを宣戦布告の四文字に据え、マウスの左半分を叩き、それと同時にスマートフォンの中央に置かれた三角の模様をタップした。



 ゲーム内時間一九三六年三月三日、イギリス、アイルランドへ宣戦布告。


 ポップアップが表示されると同時に、「旧支配者のキャロル」が電話口から響き渡る。そう、正気を失った勇が再生したのだ。


「先輩、これの何が内戦なんですか?」

「アイルランド自由国を名乗る叛徒共は皇帝陛下の愛を以て屠られなければならない!」

「英愛条約とウェストミンスター憲章どこにいったの! 三六年にはちゃんとイギリスのお墨付きがあるから!」

「うるせえ! アイルランド人にはそこら辺のジャガイモでも食わせとけ!」

「次にジャガイモ飢饉が起きたらいよいよアイルランド滅びるんだけど!」


 迫撃砲か何かを使用した会話のドッジボールが行われている間にもアイルランドはイギリスに呑まれてゆく。他メンバーの嘆く声などなんの意味もなさない。


「というかそもそもどうやったらこんなに早く宣戦布告が出来るんですか?! イギリスは民主主義だし一次大戦絡みでデバフがあるから宣戦事由の作成にえらい時間がかかるはずじゃあ!」

「……私の記憶が正しければ確か旧英領全部に対して宣戦事由を得るイベントがあったはず。多分それを発動させたんだと思う」

「そんなのあるんだー。ほぼドイツしか使わないからわかんない」


 アルザス・ロレーヌ地方を絶対にアルザス・ロレーヌとは呼ばず、頑なにエルザス・ロートリンゲンと呼ぶ位にはドイツが好きな楓華とは違い、響はもう幾つかの国家をプレイしている。まあそうは言っても海軍の充実している国家のみだが。


「あれか……私はついぞ使わなかったなぁ」

「京香先輩もイギリス経験あるんですか?」

「まあ何回かね。そのイベント米仏とものすごく関係悪くなる上に民主主義で発動すると国内ガッタガタになるから、普通発動するのは政変を終えてドイツやイタリアあたりと手を組んだ後なんだよね。ゲーム開始からすぐに発動するなんて正気の沙汰じゃない。あとBGM止めてくれない? これずっと聞かされると流石におかしくなりそう」



 京香からの抗議を受け、曲の音量を徐々に下げる勇。そして、音楽が他のメンバーに聞こえなくなった瞬間とアイルランドの降伏を告げるポップアップが表示された瞬間が重なった。


 こうしてアイルランドは、この世界戦において最初に退場した国家となった。ゲーム内時間一九三六年三月八日午後五時のことである。


 更に三日後の三月十一日正午。臨時首都ミュンヘンを失陥したナチスドイツは、ドイツ暫定政府に降伏。一ヶ月以上に及んだドイツ内戦は、血塗れの役者と無傷の観客を残して幕を閉じた。



 しかし、この波瀾万丈のスタートダッシュすらも、これから押し寄せる混沌に比べればほんのさざ波に過ぎないことをまだ誰も知らない。五人の内のたった一人を除いて。


 ちなみに、ドイツ内戦終結の直後に、オーストリア・ハンガリー帝国の復権を図るハンガリーがオーストリアを国民投票で統合したが、あまりにも平和的だったため、話題に上ることはなかった。

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