第19話

「まず、一番不思議なのはあの部屋だ」

 僕は一番奥の部屋を指さした。あのミイラがいた例の部屋だ。

「僕たちが最初にここに入ったとき、あの部屋は板で打ち付けられてなんかなかったし、中にはミイラなんてなかった。なのに、警部補さんたちときたときは、今と同じ状態になってる。十年前、高子さんが見たときもそうだ。どうして、最初に僕らが来たときだけああだったのさ?」

「それはものすごくかんたんなトリックだよ。ここに壁があっただけ」

 獏は一番奥の部屋と、二番目の部屋の堺に、手をやった。

「え?」

「この間に、壁があったんだよ。といっても、角材と石膏ボードかなんかで作った、簡単に動かせる仮の間仕切りだけど、ここは昼間でもうす暗いからね。よっぽど注意して見ないとわからない」

 なんてこった。つまり、僕たちは二番目の部屋に入って、一番奥の部屋に入ったとかんちがいしてたのか?

「だ、だけど、なんでさ? なんでそんな壁があって、次来たときはなくなったんだい?」

「壁を作ったのは、私だ」

 答えたのは鳥居さんだった。

「ここはこのへんじゃ幽霊屋敷として有名になって、子供たちがよく忍びこんでた。幽霊を演出して追いやったりしてたが、万が一、誰かがこの部屋のドアをこじ開けたりしたら大変だからね。数年前に私がこしらえた。奥の部屋に入れないように」

「じゃ、じゃあ、二回目に来たとき、それがなかったのは?」

「春子が壊したんだろうな」

「どうして?」

「演出だと思うよ」

 今度は獏が答えた。

「怖がらせたかったんだよ。僕らを……というより、虹ちゃんを」

「え、えっ……?」

「不思議なことを演出して、虹ちゃんや高子さん、さらには両親を怖がらせようとしたのは、先生のせめてもの復讐だったんじゃないかな」

 そういわれれば、わからないでもなかった。だけど……。

「だけど、最初に怖い目にあったのは僕だ。鳥籠男爵を見たのも、女の子の幽霊を見たのも。僕には恨みなんかないはずなのに」

「先生はとうぜん知ってたさ。僕らが仲間で、しかも不思議なことが大好きだって。もし、僕らの誰かがここで幽霊や化け物を見たらどうする? 虹ちゃんをつれて、ここを調べに来るだろう? 現に来たわけだし」

「じゃあ、僕は虹子を呼び寄せるための、餌?」

「うん。そうだろうね。そして、先生は、タカちゃんが塾の帰りにこの前を通ることも、塾に通う曜日や時間まで知ってた」

 そういえば、僕は塾通いのことを先生にぼやいたかもしれないし、いつ通ってるかだって家庭訪問のとき、母さんが自慢げに話していたような気もする。

「で、でも、そもそもあれはなんだったのさ? 僕が見た鳥籠男爵は先生だったんだろ? じゃあ、あの女の子の影は誰がやったんだ? 第一、あの部屋には誰も入れないはずじゃないか?」

「あのとき、タカちゃんが女の子の幽霊を見たのは、一番奥の部屋じゃない。この部屋さ」

 そういって、獏が指さしたのは二番目の部屋だった。

「え? だ、だけど……」

 僕は必死で思い出そうとした。どうしてかわからないけど、まちがいなく一番奥の部屋だったような気がする。

「きっと、暗示にかかったんだよ。そのとき、鳥籠男爵、つまり先生は、灯りがついていたのは一番端の部屋だっていったんじゃないのかい?」

 いわれて僕はやっときづいた。たしかにそのとおりだった。あのとき、鳥籠男爵はそういった。だから僕はそう信じ込んでいたんだ。

「ちょっとこの部屋に入ってみようか?」

 獏はそういうと、二番目の部屋に入った。僕らもつづく。

 いくつものライトに照らされたその部屋は、いわれてみれば、僕らが最初に入った部屋のような気もする。

「タカちゃん、窓の上を照らしてごらん」

 いわれるがままに、僕はライトを向ける。

 この前入ったときには気づかなかったけど、なにか細長い、円筒のものが天井付近の壁に付いている。

「スクリーンだよ」

 獏はそういうと、窓の下枠に足を乗せて、スクリーンに飛びついた。

 獏が床に下りると同時に、巻いてあった白い半透明なスクリーンがするすると下に伸び、窓をおおいつくす。

「あのとき、先生は映写機で女の子をここに映したんだ。きっとリモコンを使って外から操作したんだろうね」

 そうだったのか? そういえば、あのときも、ぶうううんっていう発電機の音がしてた。だから電気には困らない。あれはたんに映写機の映像と、音だったんだ。

「たしかに、それは納得いった。でもさ、あのとき、鳥籠男爵は胸を開けて、肋骨の中のカナリヤを見せたんだ」

「タカちゃん、マジックでさ、三本足のテーブルの上に、生首が乗ってて、それが笑うってやつを知ってる?」

「え?」

「かんたんなトリックなんだ。たんにテーブルの下に人がいて、穴の開いたテーブルから頭だけ出してるんだけど、観客から体は見えない。どうしてかっていうと、テーブルの脚と脚の間に、鏡が貼ってあるんだ」

「鏡?」

 獏は両手の指先を胸の前でくっつけた。ちょうどその角度が直角になるくらいのかっこうで。つまり、両手で「く」の字をつくり、角の部分を僕に向けるような感じだ。

「この手の部分が鏡だよ。そうすると、反射するだろう? 真後ろのものが見えているようで、じつは真横のものが見えてるんだ。生首のマジックの場合、真後ろと真横に、同じ距離で同じ色のカーテンでもかけておけば、真横のものが見えてるのに、真後ろのものが見えてるような気がする。だから体が鏡で隠れてることに気づかない」

「つ、つまり?」

「同じだよ。あのとき、鳥籠男爵はマントの前をはだけだ。そのとき同じように胸の部分を「く」の字型の鏡が隠していたんだ。そうすれば胸を見ているようで、じつは真横のものが見えてる。あのとき、鳥籠男爵は両側のマントの中に、肋骨の模型を隠してたんだ。それが鏡に映っただけ。もちろん、カナリヤも左右のどっちかに入れておいたってわけ」

 そんなかんたんなトリックだったのか?

「あのときは暗かったし、見せたのはほんの数秒だったでしょう? それにただでさえ気が動転してたから気づくわけないよ」

 獏は笑った。

 僕らがぼうぜんとしてると、さらに続ける。

「それから、一度僕らがここから持っていった日記とアルバムがとなりの部屋に戻ってたよね。僕らの指紋が付いてたから、偽物じゃない。まちがいなく、あの日記とアルバムなんだ。どうしてだと思う?」

 わかるわけがない。あのとき、ドアはがっちり板で止められていたし、床につもった埃や蜘蛛の巣から、すくなくとも数年は誰も入っていないのはまちがいない。窓からはいることも不可能。魔法でも使わない限り無理だ。

「じつはこれもどうってことないトリックなんだ」

 獏はそういうと、奥の部屋に面した壁に置いてある本棚の、下の方の段の本を抜き出した。

 本がなくなると本棚の後ろ側の板を外す。そこには大きな穴が開いていた。

「え?」

 思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。

 穴の向こうにはなにか板きれが見えた。獏はそれをつかむと引っぱる。その板きれはごくうすいらしく、割れもせずシートのようにめくれた。

「もうわかったでしょう? これはとなりの部屋の机の引き出しにつながってるんだ。日記とアルバムはここから突っこんだんだよ」

「な、なんで、こんな穴が……」

 半ばあきれてる僕らに、警部補がばつの悪そうな顔をした。

「どうして気づかなかったっていいたいのか? まあ、そういうな。となりの部屋の机は固定されてたから見えなかったし、そもそもこっちの部屋は鑑識の連中、調べなかったらしい。まあ、何十年も前の事件だし、もともと証拠なんて出るはずもないしな」

「オカルトめいた不思議なことは、これだけだっけ?」

「まだだよ。鳥籠男爵は僕らが目を離したほんの一瞬の隙に消えたじゃないか。あれは?」

 僕がそういうと、獏はちょっと笑った。

「ああ、あれ? あれはねえ……」

「ああ、これだな?」

 警部補が了解したとばかりに、獏になにやら手渡した。

 それは先生が連れていかれるとき、マントからこぼれ落ちたものだ。

 数十センチ角の四角いものなんだけど、なんなのかはわからない。

 獏はそれを床に置くと、自分はその上に乗ってしゃがんだ。そして両手で縁をつかむと、一気に立ち上がり腕を上に伸ばした。

「えええええ?」

 僕らはそれを見て、叫んだ。

 獏がほんの一瞬で自動販売機になっていたからだ。しかもごていねいに故障中という紙が貼ってある。

「びっくりした?」

 獏は上から顔を出した。

 どうやらそれは提灯のように、蛇腹で伸び縮みするものらしく、伸びきった状態で自動販売機になり、縮めればマントに隠せるほどコンパクトになる。

 こんな馬鹿馬鹿しいものに僕らはだまされたのか?

「つまり、あのとき、同じことをやって自動販売機に化けたってのか?」

 武彦もあきれ顔だ。

「そう。並んでる自動販売機が一個増えても、案外気にならないみたいだし。あのときはうす暗かったから気づきにくかったんだろうね。あのとき、虹ちゃんがスマホであのへんの写真取ってたでしょ? 僕が送ってもらうように頼んでたの、覚えてる? きょう、自動販売機が一個減ってるのに気づいたんだ」

「へえ、そうだったんだ? 役に立ったんだね、あれ」

 感心した声を出したのは虹子だった。

 なんだかんだで、不思議なことはぜんぶ説明されただろうか?

 閉め切った教室にいきなりカナリヤが現れた事件は、あのときは不思議だと思ったけど、先生が犯人なら不思議でもなんでもない。あっちにいると指さしてみんなの視線を誘導している隙に、隠し持ってたカナリヤを放しただけだ。

 いつの間にか虹子の机に脅迫状をしこんだのも、先生なら簡単だ。誰もいない体育の時間に教室に入ったって誰も怪しまない。

 いや、待てよ。

「獏。先生に共犯はいるの?」

「ううん。ぜんぶひとりでやったはずだよ」

「じゃあ、高子さんを誘拐したときは? あのとき、僕らは高子さんのお店に行く直前に鳥籠男爵に出会ったんだ。あれはつまり先生なんだろ? どうやって、僕らを先回りして高子さんをさらったのさ。虹子は鳥籠男爵と出会ったあと、高子さんと電話で話してるんだから、まだあの段階じゃ高子さんは店にいたはずだよ」

 高子さんがなにかいいかけた。

「じゃ、高子さんと虹ちゃんの誘拐について説明しようか?」

 だけど、獏がにっこり笑ってこういったので、まかせるようだ。

「たしかに、あのとき、鳥籠男爵は僕らの前に姿を現し、消えた。僕らはその足で高子さんの店までいったけど、その間、約十分。あれより近い道はないし、車を使ったって、せいぜい僕らより数分早くたどり着けるだけだよ。その間に高子さんを誘拐するだけでなく、奥にある日記やアルバムを探して持ち去り、鳥かごを置いてくるなんてできるだろうか? 仮にできるとしても、なんでそんな危ない橋を渡らなくっちゃいけないんだろう? あのとき、僕らが高子さんに会いに行くことはじゅうぶん予想できたはずなのに」

 獏はまず、僕の疑問を代弁した。

「そう、考えるのがふつうだよね。なにせ、日記やアルバムがうばわれた上に、脅迫状とも取れるものが入った鳥かごが置かれてあったんだから」

「え? つまり、そうじゃないってこと?」

 僕は混乱した。そうじゃないとしたら、いったいなんだっていうんだ?

「鳥籠男爵、つまり春日先生はあの時間、あの店に行ってないんだよ」

「じゃ、じゃあ、誰が……」

「誰もいってないんだ。かわりに高子さんを外に呼び出したんだよ」

「なんだって?」

 その手があったか? 一瞬そう考えたけど、やっぱりなんか変だ。

「でもアルバムや日記は? っていうか、なによりどうして鳥かごがあったのさ?」

「かんたんだよ。あの店に前の日の夜中にでも忍びこんで、どこかに鳥かごを隠しておいたのさ。あとは電話をかけて、どこそこを探してみろって、隠した場所を教えればいい。高子さんはそこに鳥かごと脅迫状を見てびっくりすることになる。あとはたとえば『盗んだ日記とアルバムを持ってこなければ虹ちゃんになにかするぞ。誰にもいうな』とかいって、呼び出せばいいんだよ。そうですよね、高子さん?」

「うん。獏ちゃんのいうとおりなんだ。まあ、あそこから虹子たちが日記とかを勝手に持ち出したのは事実だし、あれを返して終わりにしたかったんだ。だから、虹子にも、もうこのことに関わるなって電話したあと、日記とアルバムを持って出かけたら、さらわれちゃった」

 高子さんがあっさり認めた。

「え、で、でも、じゃあ、どうして鳥かごはレジのところに置かれてたんですか?」

「それに深い意味はないんだよ。頭がパニックになっちゃって、いつの間にかあそこに置いてた」

「じゃ、じゃあ、店にスマホが落ちてたのは?」

「あ、あれ? あわてて落としたのに気づかなかった」

 高子さんが、面目ないって顔でいう。

 なんてこった。あの事件はただそれだけのことだったのか?

「そのあと、どこかに呼び出された高子さんは、虹ちゃんに合わせるといわれて、あの幽霊屋敷に連れていかれたんだよ。そして隙を見て、あの部屋に閉じこめて、部屋ごと地下に送ったんだ。そのあと、発電機を切って、現場をはなれた。きっと、僕らが警察と来たときはそれからあんまり時間がたってなかったと思うんだ」

 なんてこった。あのとき、ちゃんと探していれば、高子さんは見つかったのかもしれない。もっとも発電機が動いてないなら、それを動かすところからはじめないといけないわけだから、そうかんたんにはいかなかっただろうけど。

「じゃ、じゃあ、虹子のときはどうなのさ? あのときは警察が家の中にいたのに……」

「あ、あれはね……」

 虹子が話しかけて、獏を見る。

「獏ちゃんが説明したそうだからだまってる」

 もう、なんなのさ。みんな獏の名探偵ぶりを信じ切ってるよ。

「あれも同じことなんだよ」

 獏はなにげなくいった。

 同じこと? どういう意味なのさ、それは?

「あのときも、警官隊がいるところに乗りこんでってさらったと思うから不思議なんであって、虹ちゃんが自分で窓から外に出たと考えればべつに謎じゃないでしょ? 雨どいを伝って外に下りることはできたんだし」

「え、だけどどうして虹子が自分でそんなことしなくっちゃいけないのさ?」

「覚えてる? あのとき、虹ちゃんは自分で自室に戻ったんだけど、その直前にスマホに電話があったでしょう?」

 あ、ああ。そうだ。しかもその相手は春日先生だ。

「春日先生が電話で命令したのか? 高子さんのことで脅しをかけて」

「うん。いうこと聞かないと、お姉ちゃんを殺すっていわれた」

 虹子が獏にかわって答えた。

「で、でも、それでもおかしいよ。どうして虹子のランドセルの中に、脅迫状はカナリヤが入ってたんだよ?」

「もちろん、春日先生が学校で隙を見て入れたんだよ。カナリヤはたぶん薬でかるく眠らせておいたんだと思うよ。あのタイミングで目覚めたのはできすぎだったけど、べつに鳴き出すのがもっとあとでもぜんぜん問題はなかったし」

「だ、だけど、カナリヤが鳴き出したのは、あのときだけじゃないよ。居間でも同じようにカナリヤが鳴いたじゃないか? けっきょく、姿は見えなかったけど」

「あれはあのあと、隠し置かれた小型スピーカーが居間から発見された。それで外から無線でカナリヤの鳴き声を流したんだろうな」

 これは後藤警部補だ。

「え? でも、そんなものどうやって仕掛け……」

「四月の初めに、つい先日、春日春子はクラス全員の家庭訪問をしたそうじゃないか。そのときに仕掛けたんだろうな」

 なんだって? そういえば、僕のところにも来た。

 つまり、先生はあのとき、電話で虹子を脅迫して、窓から抜けださせて、どこかで落ち合ってさらったってことか?

「近くに刑事さんがいたんだから、そんなことしないで、相談すればよかったじゃないか?」

 僕は虹子にいう。

「だって、この部屋は隠しカメラとマイクで盗聴も盗撮もしてるっていわれたから下手なことできないじゃない。お姉ちゃんが殺されたらどうすんのよ?」

 虹子が怒った顔でいった。

「外に出たあと、こっそり武彦のスマホにでもメールしようとしたら、その前につかまっちゃったし」

 そういう虹子はちょっとばつが悪そうだ。

「他になにか質問ある?」

 獏が無邪気な顔で聞いた。

「ないな」

 武彦がつまらなさそうにいった。獏にいいところとられておもしろくないんだろう。なにしろ、あの虹子がついさっきまでほとんど口もはさまずに、獏の推理に聞きほれてたくらいだから。

 まあ、僕だって正直いって獏の名探偵ぶりには恐れ入ったよ。なんなんだろうね、ほんとに。

 僕だって必死に推理したんだけどな。まあ、虹子の監禁場所を探し出しただけでも自分で自分をほめたいよ。もちろん、獏にだってお見通しだったから、警部補をここに連れてきたんだろうけどさ。

「よっしゃ、事件解決だ。おまえらはパトカーで家に送ってやるからな」

 警部補が満足そうにほえる。

 こうして鳥籠男爵の事件は幕を閉じた。

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