第18話

「そ、そんな、馬鹿な?」

 僕は思わずさけぶ。どうして、春日先生が?

 結果的に先生を打ちすえた武彦もぼうぜんと立ちつくしている。

「いったいどうして……、いや、その前に警部補さん。虹子たちは一階にいます。あの部屋全体がエレベーターになってるんです。スイッチはドアのわきのカナリヤの飾り。ドアを閉めて、それを回すんです」

 僕は目の前の現実を説明してもらうより、まず虹子たちを助けるのが先だと気づいた。半分パニックになりながらも、必死でそう叫んだ。

「わかってる。心配するな」

 そういうと、警部補は無線で部下に指示を飛ばし、虹子たちの救出に向かわせた。

「いったいどうして獏が?」

 武彦がわけがわからんといった口調で聞いた。

「まあ、この坊やが俺のところに来たんだよ。その場ですべての謎を解明した。そして誘拐された高子さんと虹子ちゃんがここにいると説得したんだ」

 警部補がちょっときまりの悪そうにいう。

 え? ちょっとまって。獏がすべての謎を解明した?

「とんだ名探偵だったぜ、この獏くんはよ」

 警部補の言葉に僕はあぜんとした。

 獏の顔をのぞき込むと、えらぶるでもなく、いつものようにのんきな顔で笑っている。

 逆に武彦は明らかにおもしろくなさそうな顔をしていた。

 しばらくすると、階段の下からたくさんのライトの光がこっちに向けられた。見ると、警官隊に連れられた虹子と高子さん、それに意識を取りもどしたらしい例の足の悪い老人が階段を上がってくる。

「虹子!」

「タカ、武彦、それに獏ちゃん」

 虹子はこっちに駆けよってくると、僕と武彦をスルーして、獏に抱きついた。

「獏ちゃんが解決したんだって? さすが獏ちゃん、あたしの名探偵」

 獏はのんきな顔のまま照れていた。虹子が獏に一目置くのは、獏が名探偵だって知ってたかららしい。

 武彦は「けっ」といいながら、口をとがらせた。まあ、なんだかんだで、武彦だって活躍したんだけどね。

 まあ、正直いうと、僕も虹子に真っ先に抱きつかれた獏がすこしだけうらやましかった。

「春子」

 足の悪い老人は、血で染まった顔で気絶している先生を見つめると、哀れそうにつぶやいた。

 先生はそのまま、ふたりの警官に運ばれていく。そのとき、マントの中から、なにか四角いものが落ちた。

「ああ、それは俺にくれ」

 警部補は部下の警官にそういうと、その不思議なものを手に取った。

 それがなんなのか気にはなったけど、そんなことよりも先に説明してほしいことが他に多すぎる。

「獏。どうして、春日先生が鳥籠男爵なんだ?」

 僕は頭の中にあるもやもやをぜんぶぶつける感じで獏に聞いた。

「あ、あたしも知りたい」

 虹子はようやく獏からはなれ、僕らといっしょに聞き耳を立てる。

「春日先生はね、白皇院家の生き残りなんだ」

「え? だって、新聞じゃ、家族みんなが死んだって書いてたけど……」

 僕は新聞記事を思い出しながらいった。

「表向きはね」

「おい、どういうことだ、そりゃ。新聞に嘘が書いてあったていうのか?」

 武彦が納得いかなそうにいう。

「先生、つまり白皇院春子は表向き、隠された子供だったんだ。もっとはっきりというと、家族に監禁されてた」

「監禁?」

 僕と武彦と虹子がさけんだ。

「そう。あの日記、書いたのは春日先生だよ。さらにいうなら、あのアルバムに貼られていたのは先生の子供のころの写真なんだ」

「そんな馬鹿な? あの写真の女の子は、あのミイラだろ? あれは戦後すぐの写真じゃなかったの?」

 僕の問いかけに、獏は首をふった。

「先生はあの日記に書いてあったとおり、あのお屋敷に越してきて以来、ずっとあの開かずの間に閉じこめられてたんだ」

「ど、どうして? どうして自分の子供にそんなひどいことをするのさ?」

「ちょっと変わった子供だったんだと思うよ、先生は。しょっちゅういろんなことを夢想して、それと現実の区別がつかなくなるような子供だったんじゃないのかな。きっと両親はこう思った。『この子は頭がおかしい』って」

「なんだって? つまり、こういうことなのか? 頭がおかしい子は名門の我が家にふさわしくない。だから世間から隠そう。そういうことだってのか?」

 武彦が怒りの声を上げる。

「そうなんだと思うよ。そうですよね、鳥居さん?」

 獏はにっこりとした顔で、足の悪い老人に聞く。

「あ、ああ。その子のいうとおりだ。今とちがって春子は、あきらかにふつうの子じゃなかった。しょっちゅう頭の中で話を作り上げて、それと現実の区別がつかなくなる子だった。それで旦那様が、とても人の前には出せないと、世間的には死んだことにして、あの部屋に監禁した。いや、私に監禁するように命じた。したがうしかなかったんだ。そのあと、ずっと世話をしたのも、この私だ。旦那様はよほど春子のことがはずかしかったらしく、あとから来た新参のメイドたちにも春子のことは秘密にした。知っているのは家族と、古株の使用人の私だけだった」

 足の悪い老人は、やはり鳥居のという名の、白皇院家の元執事だった。

「じゃ、じゃあ、あの日記は妄想なのか? 終戦直後っていうのは、空想の産物だったってことになる。だが、現に写真の子は外に出ていたし、鳥籠男爵の写真もあった。あれはなんだってんだ?」

 そのことは武彦だけじゃなく、僕も知りたい。そういう事情なら、どうしてあんな写真が?

「鳥居さん、先生を哀れに思ったあなたが、家族の留守をねらってこっそり外に連れ出してあげたんでしょう? もちろん、あの鳥籠男爵の写真はあなたの変装ですよね」

「そうだ。獏くんといったね。君のいうとおりだ。私は春子がかわいそうでね。隙をねらっては外に連れ出してあげた。あのかっこうをしたのは、春子に私だと知られたくなかったからだ。もし、春子が口を滑らせて、私が外に連れ出したことがしれると、クビになってしまうからな。もちろん、口止めはしたが、そういうことに無頓着な子だった。だが、マスクで顔をかくした黒マントの男が連れ出したなどと、もしいいだしたとしても、誰も相手にはしない。またいつもの妄想がはじまったと思われるだけだ」

「写真を残したのは? それもわざわざモノクロで」

 僕はもう獏に出はなく、鳥居さんに直接聞いた。もし、そんな事情なら、どうして証拠になる写真なんかを残したんだろう?

「私は春子に、せめてもの思い出をつくってあげたかった。どうせ、旦那様たちは春子の部屋に入ることはない。ならばあの部屋にアルバムがあったところで誰にもそれがしれるわけもない。写真がモノクロだったのは、当時私は写真撮影が趣味で、自分で現像もしていたからだ。ただ、店に出さず、個人で現像する場合、モノクロじゃないと難しいんだ」

「だ、だが、変じゃないか? あのドアは当時から板で釘を打ち付けたあったんだろう。刑事さんがその当時いたメイドさんから証言を取ってる。窓は金具で固定されてたし、どうやって連れ出したんだ? 家族が留守のときだって、他に使用人くらいはいたはずだ。誰にもわからないように連れ出すなんてかんたんなことじゃないだろう?」

 武彦の疑問はもっともだった。

「そうでもなかったさ。あの板は、見かけ倒しだった。ドアの部分には目いっぱい釘を打ち込んであるけど、壁に打ってある部分はごく短い釘で簡単に抜ける。ドアが開かなかったのは外から鍵を掛けていたからだ。つまり、鍵を開ければ、簡単に開く」

「で、でも、僕たちが見たとき、釘はびっしりと打ち付けられてた」

 僕は後藤警部補があれを引きはがすのに、ひと苦労していたことを思い出した。

「それはあとで打ち付けたことなんだ。春子があの部屋にいるときは、ちがった」

 鳥居さんは話を続ける。

「ホールを通らずに外に抜けるのは簡単だった。向かいにあるあのエレベーターの部屋を使ったのさ。あれで一階に行けばホールを通らなくてすむ。さらにその向かいの部屋こそが私の部屋だった。あとは私の部屋に連れこみ、窓から出れば誰にも見つからない。万が一のことを考えて、私はマントの中に春子を隠して移動した。春子にしてみれば、マントの中に隠れている間に、外に出て行った気になったのだろう」

「そもそもあの秘密の部屋はなんだったの?」

 僕はそのことがどうしても納得いってなかった。ふつう、あんな部屋を作るはずがない。

「この屋敷は先代の旦那様によって、戦後すぐに建てられたんだが、当時は治安も悪く、浮浪者やならず者がこの屋敷に暴動をしかけることを恐れていた。いざというときのための隠れ部屋だったんだ。もっともじっさいにその目的で使うことはなく、ずっと空き部屋のままだった。電線を切られた場合を考えて、自家発電で動かせるようにしてあったわけだ」

 だからこそ、電気が通っていない今でもエレベーターを動かすことができたってことだ。

「鳥居さん、あなたはだんだん先生が閉じこめられているのに、我慢ができなくなって、ついに先生を連れ出したんですね?」

 獏が自分の考えを確認するように聞く。

「ああ、そうだ。旦那様と奥様はどうかしていた。あんなちいさな子を部屋に閉じこめたままにしておくなんて、虐待もいいところだ。私は考えた。こっそり春子を連れ出して、自分の家で自分の子供として育てようと。どうせ、旦那様や奥様は、春子をあの部屋に閉じこめたまま、中をのぞきすらしない。あの人たちにとって、春子はもう死んだ娘なのだ。自分のやることは誘拐にはちがいないが、正義なのだ」

「それだけだったら、たとえ法を犯そうと、かわいそうな子供を救った英雄だったかもな。だが、それならばどうして、春子のかわりにべつの女の子があの部屋の中に入った。あれは誰だ?」

 後藤警部補がどなりつける。

「あれは、当時、屋敷に勤めていたメイドです」

「なに? おまえが殺したのか?」

 鳥居さんはしずかに首をふった。

「いえ。旦那様です。もっとも殺そうとした殺したわけではありません。事故でした。当時、会社がすでに危なくなっていたのか、旦那様はかなりヒステリックになっていました。メイドのちょっとしたミスに我慢できずに、殴ったのです。そのメイドは倒れたとき、打ち所が悪く死んでしまいました。旦那様は私に命じました。屋敷の他の誰にも秘密で、この娘をどこかにわからないように捨ててくれと」

「おい、おい。それを承諾したのか?」

 警部補は信じられないといった顔だ。

「はい。そのとき、名案がひらめいたのです。この娘の遺体を春子のかわりにあの部屋に入れようと。顔を潰して、春子の着物を着せ、身代わりにすれば、春子は自由の身です。さいわいそのメイドは小柄で、春子と同じ程度の背格好でした。しかも髪型まで似ていたのです。もし、旦那様達があの部屋を開けることがあっても、春子のかわりにあの死体がある。春子は自殺したと思って探すことはしないでしょう」

「じゃ、じゃあ、おまえは、そのあと、心中事件が起きるまで、死体に食事を運んでいたのか?」

「いいえ。ただでさえ精神的に追いつめられていた旦那様は、翌日、耐えきれずに心中に走りました。まあ、罰が当たったんでしょうな」

 鳥居さんは恐ろしいことを淡々と話しつづける。

「とはいえ、私にそんなことが予想できるはずもありません。それこそ、しばらくの間は死体に食事を運ぶふりを続けるつもりでしたよ。なにしろ、メイドが死んだ直後に春子が自殺し、しかも顔がつぶれているとなれば、旦那様もさすがにその死体が、自分の殺したメイドなのではと、怪しむでしょうから。すこし時間をおく必要がありました」

「時間を置くったって、死体は腐るだろうが? そうなれば、おまえがしばらくの間、死体に食事を運ぶふりを続けていたのがばれるぞ」

 警部補が問いつめる。

「そうですね。当時は冬で暖房を入れなければ凍えるほど寒かったとはいえ、放っておけば死体がいずれ腐り、悪臭を放つのは目に見えています。そうなれば、私が死体に食事を運んでいたことが旦那様にばれる。私は考えました。防腐処理をしようと。ちょうど友人にそういうこと詳しいものがいましてね。そのための薬ももらいました。そのせいで、あれは今ミイラになってしまったのでしょう。私は春子と入れ違いに死体をあの部屋に入れると、誰にも扉を開けられないように、釘を打ち直しました。念入りにね」

「だが、そんなこと、警察が調べれば……」

「警察が調べる? もしそんなことになれば、旦那様は警察に知らせることもなく、その死体をまた闇に葬り去ろうとするに決まっています。自分の殺したメイドの処理を使用人に命じ、自分の娘を死んだことにして長年閉じこめてきたような人なのですよ」

 鳥居さんは笑った。ライトだけがたよりの闇の中でにやりと。

「私がそんな一連の作業を終えたあと、偶然にも旦那様は家族を撃って自分も死にました。おかげで私は春子を堂々と自分の子供として育てることができましたよ。春子はおとなになるに連れて、空想と現実が区別つかなくなることもなくなり、ふつうに日常生活が送れるようになりました。ただひとつ、計算違いがありました」

「なんだそれは?」

「私は当時、なぜ自分が春子を引き取ることになったか、春子にこう説明したのです。おまえの父親は、青空家との競争に負けて、自殺に追いやられたのだと。だけどおまえだけは死なせたくなくて、私にあずけたのだと。青空家の名前を出したのは、当時飛ぶいきおいで力を伸ばした車産業の経営者だったからです。とっさにそういってしまったのです」

「そ、それが、今回の事件の動機なのか?」

 警部補はおどろいた顔で聞き返した。

「そうなんでしょうね。ただでさえ、なんでも空想して、現実と区別がつかなくなる子でしたから、きっと頭の中でなにか物語を作ったんでしょう。青空家が自分たちにした残酷な物語を。おとなになって独り立ちし、空想癖がなくなった今も、根付いてたんでしょうな、春子の頭の中に」

「先生はしばらくはそんなことを忘れていたけど、ある日、自分の受け持ちの生徒の中に、青空家の娘がいるってことを知ってしまったんですね?」

 獏が聞くと、鳥居さんはうなずいた。

「それが引き金になったんだろうね。春子が復讐をはじめようとしていることに私は気づいて、必死になって止めようとしたんだが……」

 この人が学校に来たのは先生を説得しようとしたんだ。

「で、でも、あなたは心中事件の後も、あの屋敷に出入りしてたみたいだけど……」

 高子さんが十年前に見てる。そして僕らが忍びこんだときも。

「あの屋敷を子供や浮浪者に荒らされたくなかっただけだ。だから幽霊がいるかのように、足音だの笛の音だのを録音したものを流したりもしたし、ときどき見回りもした。たまには部屋の掃除だってした。きょう、ここに来たのは、誘拐した子をあの秘密の部屋に監禁してるんじゃないかって思いついてね。案の定、そうだったわけだが」

 だけど、先生はあの部屋の秘密を知らないんじゃ……、いや、知っている。あの部屋を通って、外に出ていたんだから。ただ、それは子供のころの先生の中じゃ、鳥籠男爵の魔法にすり替わっていたんだ。

「刑事さん、私が話せるのはここまでです。残念ながら今度の誘拐事件には私はかかわっていない。なにが起こったのか、知らないのです」

 鳥居さんの告白は終わった。

 鳥籠男爵に関する昔の謎はこれで解明できたのかもしれない。でも、僕にはまだわからないことだらけだった。

「獏、君にはぜんぶわかってるの? 僕にはさっぱりわからないよ。昔のことはともかく、ここ数日いったいなにが起こったのさ?」

 獏は警部補をちらりと見た。

「君が説明すればいい。君の推理だ」

 獏はにっこり笑ってうなずいた。

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