第17話

 暗闇の中を照らす灯りが、スポットライトのように黒マントの怪人を映しだした。

 鳥籠男爵はまるで闇を切り裂く太陽に身を焼かれる吸血鬼のように、両手で顔にかかる光をさえぎろうとして、後ずさった。

「覚悟しろ、鳥籠男爵」

 武彦が木刀を振り上げ、中におどりこんだ。

 だけど、そのまま武彦が鳥籠男爵を打ちすえて、終わりにはならなかった。

 鳥籠男爵が拳銃をマントの中から取りだし、武彦にねらいを定めたからだ。

「それ以上、近づくな」

 鳥籠男爵は低いかすれた声で命令する。さすがの武彦もそれ以上前には進めない。

「木刀を捨てろ」

 武彦は一瞬、捨てるか、そのまま突っこむか迷ったようだけど、けっきょく鳥籠男爵の足もとに木刀を放った。

 武彦と鳥籠男爵の距離はまだ数メートルある。悔しいけど剣じゃ銃に勝てない。

 ちょっと調子にのりすぎていた。エレベーターのからくりがわかった段階で、警察に電話すべきだった。僕は携帯電話を持ってないけど、武彦のがあるんだから。

 まさか鳥籠男爵が拳銃まで用意してるとは。だけど逆にいえば、ただの人間の証拠だ。消えたのだって部屋がエレベーターだったっていうだけだし、今までの他の不思議なできごとだって、なにかトリックを使ったにちがいない。

 そう思うと、ちょっとだけ勇気が出た。

「虹子たちはどこだ?」

 武彦はさらに強気だ。こんな状態でも平気で鳥籠男爵をどなりつける。

 鳥籠男爵は左の方に顎をしゃくった。

 僕は一歩部屋の中にはいると、そっちの方にライトを寄せる。

 壁ぎわには、Xの形をした磔台がふたつ並んで立っていた。そこに両手両足の先を金具で固定されているのは、もちろん、虹子と高子さんだった。

 ふたりは猿ぐつわを噛まされ、両手は万歳の形で、両足は肩幅より少し広げた状態で磔にされている。

 虹子がすがるような目で僕らを見た。

 それを見て、僕は鳥籠男爵に対する怒りがわき上がってきた。

「すぐに虹子を下ろせ。いったい、おまえはなにがしたいんだ?」

 武彦は僕以上に怒り狂った。

「おまえなどの知ったことか。私は青空家に復讐せずにいられないのだ」

 復讐、……復讐だって?

 だけどよく考えたら変だ。どうして今なんだろう? 白皇院家が滅亡したのはずっと前のことだ。復讐がしたいなら、そのときにやっていたはずじゃないか? こいつはいったい何者なんだ?

「ちくしょう。撃てるもんなら撃ってみろ。銃声を誰かが聞きつけて、警察に通報するぞ。そうなったらおまえは終わりだ」

 武彦が叫ぶ。

「心配するな。この部屋は防音が完備している」

「防音が完備だって? ドアが開いてるじゃないか?」

 僕はここぞとばかりに大声を出す。

 どんなにすぐれた防音の作りの部屋だって、ドアが開いてればそこから音はもれる。

「だまれ。もうしゃべるな。ふたりとも壁ぎわによれ。いやなら、虹子を撃つ」

 鳥籠男爵はいらいらした口調で命令した。

 いくら強気な発言をしても、銃を持った相手が本気になれば逆らえない。ましてや虹子を人質に取られればなおさらだ。

 しかたなく、命令にしたがい、僕らは虹子のそばに立つ。

 鳥籠男爵は銃を構えたまま、武彦の木刀をひろい、ドアのほうに歩いた。

 そうか。外に出て、エレベーターを動かして、僕らを部屋ごと地下に送るつもりだ。

 思ったとおり、鳥籠男爵は銃を構えたまま、廊下に出た。そしてドアを閉めようとする。

 そのとき、武彦が飛び出した。ドアを閉めるためにほんの一瞬、できた隙をねらって、まるで黒豹のようにすごいスピードで。

 どーん、とはげしい音を立てて、ドアに体当たりする。

 ドアは外にはじけるように開いた。

 武彦はそのまま外に飛び出した。

 僕もあとに続く。そのときは怖さを忘れていた。とにかく、体が動いたんだ。

 鳥籠男爵がひっくり返っている。

 武彦が廊下に落ちている木刀を拾った。

 鳥籠男爵は上半身を起こし、銃口を武彦に向けた。

 僕はとっさにライトで鳥籠男爵の顔を照らす。

 鳥籠男爵は明らかに目をくらまされたようだ。左手で顔をおおった。

 武彦がとぶ。木刀を上段にふりかざし、距離を一瞬にしてつめた。

 銃声がひびいた。だけど、武彦は木刀を下にふりきっている。

 拳銃は宙に舞っていた。しかも運良く僕の足もとに落ちる。僕はとうぜんそれをひろった。

 鳥籠男爵は右手を押さえ、うなった。きっと木刀で骨をくだかれたにちがいない。

 マントをひるがえすと、風のように走り去っていく。

「追うぞ」

 武彦が叫ぶ。とりあえず、拳銃の弾は当たらなかったらしい。めいっぱい全力で走ってる。ついていくのがやっとだ。

 鳥籠男爵は階段をかけ上る。僕らは追う。

 なんで上に逃げるんだ?

 僕は追いかけながら、不思議に思った。上に行けば追いつめられるのに。

 鳥籠男爵は階段を上りきると、右に向かった。例の秘密の仕掛けのある部屋の方向だ。

 僕は二階の廊下までかけあがると、ライトを秘密の部屋の方向に向ける。

 鳥籠男爵はすでに扉を開けている。

 そうか、一足早くその中にかけ込んで、一階に戻るつもりだ。そうすれば、僕らは階段で下りるしかない。その間に逃げられてしまうかもしれない。

「しまった。武彦、階段で下りよう。先回りするんだ」

 ところが、なぜか鳥籠男爵は部屋の中にかけ込まなかった。いや、一瞬入ろうとして、立ち止まり、後ずさった。

 それを見て、Uターンしようとしていた僕らの足が止まる。

 いったいなにが?

 正直いって、まったくわからない。

 そのとき、僕は鳥籠男爵の前の部屋の中からなにか風のようなものが吹いた気がした。

 いや、ほんとうに吹いたわけじゃなくて、たぶん錯覚なんだと思う。そしてそれはなにか懐かしい感じがするものだった。

 鳥籠男爵がさらにドアから遠ざかる。なにかから逃げるように。

 部屋の中から出てきた者がいた。

「獏?」

 僕は思わずさけぶ。

 そう、そこからあらわれたのは、まぎれもなく獏だった。いつものだぶだぶの服で、のんきそうな顔ににこやかな笑顔を浮かべた。

 どうして、獏がここに? それにどうして鳥籠男爵は後ずさっているんだろう?

 部屋の中からもうひとり出てきた。

 それは拳銃を構えた後藤警部補だった。ただでさえどうどうとした体格で、拳銃を構えて怖い顔をしていれば、鳥籠男爵といえど、逃げるしかない。

「動くな。もう逃げ場はない。この建物は警官隊で包囲されている」

 警部補がどなりつける。

 鳥籠男爵はマントをひるがえし、こっちに向かって走ってくる。拳銃を持った警部補より、木刀を持った武彦を突破するほうを選んだってことだ。

「武彦」

 武彦がとびだした。僕にライトで照らされてる鳥籠男爵とちがって、直接ライトで照らされていない武彦の姿は見えなかったらしい。鳥籠男爵はするりと横を抜けた武彦の動きについていけない。

 ひゅんという音とともに、武彦の剣が首筋に決まった。

 鳥籠男爵はその場に崩れおちる。完全に意識を失ったらしい。かけつけた警部補がその上にのり、押さえつけ、後ろ手に手錠を掛ける。

 僕はライトを鳥籠男爵の顔に当てる。シルクハットはどこかにとんでなくなっていた。

 例の髭を生やした、ゴムかビニールでできた不気味なマスク。後藤警部補は、そのマスクをはぎ取った。

 そこにあらわれた鳥籠男爵の素顔を見て、僕は死ぬほどおどろいた。

 見なれた顔があったからだ。

 それは僕らの担任、春日春子先生だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る