第20話
きのう、深夜パトカーで家に送られた僕は、両親から大目玉を食らった。おかげでほとんど寝ていない。
今、学校に向かってるけど、春日先生が僕らを迎えることはもうない。
かわりに校長先生か、教頭先生が事情を説明するんだろうな。きっとクラスのみんなはおどろき悲しむんだろうし。
っていうか、今ごろ警察から連絡がいって、学校はおおさわぎになってるのかも。
気がのらない。このままサボってしまいたいくらいだ。
そんなことを考えて歩いていると、ひゅっとさわやかな風が横から吹いてきたような気がした。
見ると、そこには獏がいた。いつも遅刻ぎりぎりの漠と通学路で顔を合わせるのはめずらしい。っていうか、きょうは僕が遅いってことだ。
「やあ、タカちゃん」
獏はいつものように、のんきそうで、それでいてなれなれしい口調であいさつした。
僕は漠と並んで歩きながら、あれからずっと考えて、どうしてもわからなかったことを聞いてみた。
「ねえ、獏。あの事件の真相はきのう説明されてわかったけどさ。そもそもどうして獏は春日先生が鳥籠男爵だってわかったわけ?」
たしかに獏の推理を裏付ける証拠は出るのかもしれない。たとえば、あの開かずの間の中に残された指紋と先生の指紋が一致するとかさ。だけどそんなの、あの時点で獏にわかってるはずもないし。
「う~ん。べつにたしかな確証なんかなかったよ。でも、虹ちゃんが誘拐された状況から考えると、先生以外の人が犯人だってのは考えにくかったしね。それに、閉め切った教室にいきなりカナリヤが現れたのだって、先生が放ったって考えるのが一番自然だったし、あの足の悪い老人が学校に現れたのも、先生が誘拐なんかやってることを知って止めようとしてるって考えれば納得いったし」
なるほど、状況証拠ってやつか。そういえば、僕があの時間、塾帰りに幽霊屋敷のそばを通るって知ってるおとなも限られるしね。
「だから、先生こそがあの写真の女の子で、心中事件のあと、こっそり執事だった鳥居さんに引き取られたって考えれば、パズルのピースがぜんぶ合ったんだ。あとは警部補に鳥居さんには春子っていう養女がいたことを聞いてまちがいないと思ったよ」
「じゃあ、虹子があそこに閉じこめられてたのはどうしてわかったのさ?」
「あれは確信があったわけじゃないよ。ただ、タカちゃんから、ぶううううん、っていう変な音がしてたこと聞いてたし、ひょっとして発電機によるエレベーターじゃないかって思いついたんだ。あの部屋の上に時計塔があったのも気になったし。ちょうどあの中にひと部屋丸ごと入りそうじゃない?」
獏はにっこりと笑った。
「タカちゃんこそ、どうしてあそこに虹ちゃんがいるってわかったの?」
ただの勘だよ。勘だけで武彦を連れ回したあげく、一階にいたのがいつの間にか二階になってようやく気づいたんだ。そして鳥居さんにエレベーターの動かし方を聞いたんだ。
「さあね?」
僕はそう答えるのがしゃくだった。だからごまかした。
「先生と鳥居さんはどうなるんだろうね?」
関係のない話題を振ってみる。だけど獏は気を悪くもせず、答えた。
「先生は復讐目的の誘拐罪だから、けっこう重い罪になると思うよ。鳥居さんはどうだろうね。今度の誘拐には関係ないけど、子供のときの先生を引き取ったのだって、誘拐っていわれてもしかたないし、なにより、昔メイドさんの死体を部屋に運んで偽装したりしたからね。でもそれほど重い罪じゃなさそうだし、ひょっとしたらもう時効かも」
そうなのか? 鳥居さんは時効ならいいと思った。
先生もちょっとかわいそうになった。もちろん、先生が虹子と高子さんを傷つけようとしたことは許せないけど。
「でも、あのまま先生を捕まえなかったら、もっとひどいことになってたかもね。そうなったら、死刑になってもおかしくないよ。あそこでとめて正解だったんだ」
そうか。もし、最悪のことになっていたら、僕はとうぶん立ち直れなかっただろう。そう考えれば、獏に感謝しなくちゃね。
「おはよう」
「オス」
通学路で今度は虹子と武彦に出会った。はっきりいってめずらしい。四人が学校に到着する前に顔を合わせるなんて。
虹子はもう元気そうだ。武彦もいつもと変わらない。
あの事件のことをいつまでも引きずってなんかいられない。
僕らは顔を見合わせ、四人でそろって登校した。
鳥籠男爵 南野海 @minaminoumi
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