第15話
そのあと、僕らは強制的に帰らされた。
きっと虹子の家は、あれから鑑識課とかいろんな捜査員でごっちゃになってしまったんだろう。そうなると僕らは邪魔でしかない。
僕は虹子がいなくなることで落ち込んだけど、同時に考え続けた。虹子を見つけるには謎を解くしかないからだ。ただ、悲しんでいたって、なにも解決なんかしない。
だけどわからなかった。ずっとずうっと考え続けたけど、僕の頭じゃどうしても謎は解けない。
ただ、思いついたことは、虹子はあの幽霊屋敷の中にいるんじゃないかってことだ。
べつに根拠なんかない。ただの勘だ。
常識で考えたら、高子さんがさらわれたとき、警察といっしょに探して誰もいなかったんだから、虹子だってあそこにはいないはずだ。でも、どうしてもあそこにいるような気がしてならない。
時計を見ると、もう十一時をすぎていた。夜中だ。でも、そんなの関係ない。
もう、父さんも母さんの寝てるはず。
僕は懐中電灯を探すと、見つからないようにこっそりと家を出た。
*
「遅え」
幽霊屋敷の前までいくと、武彦がすでに来ていた。
僕は家を出たあと、近くの公衆電話から武彦のスマホにかけていた。さすがに、ひとりでこの中にはいるのは怖かったからだ。さいわい、武彦は僕の提案に乗ってきた。獏とは連絡が付かなかった。
武彦は例によって黒っぽい服装で、手にはなにか細長いものを持っている。布の袋になにかがはいっているようだ。
「これか? これは木刀だ」
僕の視線に気づいたのか、武彦は当たり前のようにいう。
「小学生の俺たちに持てる武器はこんなもんだ」
いや、小学生が夜中に木刀持って外に出たら、かなりヤバいと思うよ。
そうでなくても武彦は家で親父さんに剣を仕込まれてる。竹刀ならともかく、木刀はかなり危険だ。もっとも今はたのもしいけど。なにしろ、鳥籠男爵と出くわしたら、戦わなくっちゃいけないんだから。
「いくぞ」
武彦の号令で、僕たちは例の塀の割れ目から、敷地内に侵入する。
真夜中に見る幽霊屋敷は、よりいっそう、不気味でまがまがしい。
もちろん、窓からは灯りひとつ見えない。特別、なにか音が建物からするわけでもない。この中に虹子が捕らわれているという根拠はなにも感じられなかった。
僕が懐中電灯をつけようとすると、武彦が手を押さえつけた。
「待て。もしこの中にやつらが潜んでるんなら、極力気づかれないようにしなくちゃまずいだろう? 必要があるときまでライトは点けるな」
え? この真っ暗な中、あの中に侵入するの?
冗談じゃないと思う反面、武彦のいうことに一理あると感じだ。
僕らの目的は、相手に気づかれずに、虹子と高子さんを探すこと。だったら武彦のいうとおりにするしかない。ライトを点けるのは、なにかを確認するときだけだ。
武彦は布袋の紐をほどくと、中から木刀を取りだし、袋はたたんで、ポケットにしまった。抜き身の木刀を素振りすると、心地よい風切り音がひびく。
二、三度振って気がすんだのか、武彦はずんずんと建物のほうに進んでいく。
いくらライトを点けていないといっても、都会じゃこの時間に完全な暗闇になんかならない。ここだって、外れとはいえ東京の内。街灯やらなにやらの灯りがなんだかんだ入ってくるし、おまけに月だって出てる。
それでも全身黒ずくめの武彦は闇に消え入りそうだった。僕は遅れまいと、必死でついていった。
もうすっかり僕らの侵入の入り口になってしまった右端の部屋の前に行くと、割れた窓から中をのぞき込む。室内はさすがに外よりも暗く、ライトを点けないとなにも見えなかった。
武彦はかまわず中に入りこんだ。その時点で武彦の姿が消え失せる。
武士というより忍者みたいなやつだな。
僕は心の中で軽口を叩いて、勇気をふるい起こした。足もとに注意して、床の上に下りる。
「ここでしばらく目を闇にならそうぜ」
武彦が声をひそめていう。
ほんとうにこういうことになれているというか、こいつ本物の忍者なんじゃないのか?
数十秒もたつと、だんだん闇の中で武彦の体が見えてきた。なんだかんだいっても、どこからかちょっとくらいは光も入ってきているらしい。
ぶうううううん。
かすかに変な音がしているのに気づいた。なにかが振動するような、低く、聞き取りづらいけど、みょうに気になる音が。
聞き覚えがあった。僕が最初に鳥籠男爵に出会ったとき、笛の音の前に聞こえたあの音だ。
「武彦、なんか変な音がしないか?」
「変な音? 気のせいだろ」
武彦は気にもとめていないみたいだった。
「そんなことより、ひと部屋ずつ調べていこうぜ。どこに誰がいるかわからんから、音は極力立てるな」
僕の耳元でそうささやくと、ゆっくりとドアを開け、廊下に出た。
廊下はさらに真っ暗かと思いきや、前のほうにほのかな灯りが見える。それは鬼火のように上から下に降りてくる。
僕はそれだけでおしっこちびりそうになったけど、よく耳をすますと、こつこつと足音が聞こえる。
それは鬼火なんかじゃなく、灯りを持って、階段を下りてくる何者かだった。
僕と武彦はその場で凍りついたように動きをとめ、息をひそめる。
そいつが階段を下りきったとき、その正体がわかった。
シルクハットに黒マント、顔ははっきり見えないけど鳥籠男爵であるのはまちがいない。鳥籠男爵は手に懐中電灯というより、ランタンのように手にぶら下げるタイプのライトを持っていた。
こっちを照らされたら終わりだ。
僕の心臓は高鳴る。
さいわいなことに、鳥籠男爵は僕らに背を向け、奥の方に進む。
こつこつこつこつ。
足音が遠ざかる。奥の行き止まりまでいくと、鳥籠男爵は右側の部屋にライトを向けた。
そのまま、まるでなにかを待つように、じっとドアを数秒間見つめたあと、鳥籠男爵はドアを開けた。
鳥籠男爵が中に入り、ドアを閉めると、廊下は真っ暗闇になった。
「きっと虹子はあの中だ」
武彦がささやく。
僕も同感だった。この前調べたとき、あの部屋には誰もいなかった。ひょっとしたら地下にでも通じる秘密の出入り口があるのかもしれない。
「いくぞ」
武彦がいう。ちょっと声がふるえてた。
僕はちょっと、いやほんとうのことをいうと、ものすごく怖かったけど、そんなこといっていられない。
気づかれないように、忍び足で、僕らは鳥籠男爵が入った奥の部屋へと向かう。
闇の中を、化け物が潜む部屋に向かうのは地獄に行く気分だった。
ようやく部屋の前にたどり着くと、中に物音を聞き取ろうと、耳をすました。だけど、なにも聞こえない。ドアのすき間からは灯りすらもれていない。
いったいどういうこと? まさか、鳥籠男爵はこの部屋に入って、灯りを消して、黙りこんでるはずもないだろうに。
「開けてみようぜ」
武彦がすこしふるえる声でいった。
めちゃめちゃ怖いけど、ここまで来て逃げ出すわけにはいかない。僕はがちがちに体をこわばらせたままうなずいた。
武彦がしずかにドアを開ける。
中には、人間のいる気配がしない。闇になれた目に、かすかに浮かび上がるのは、机やベッドなどの家具だけだ。
バスルームの中だろうか? いや、どこからもわずかな灯りももれていない。鳥籠男爵があのライトを持ったまま、この部屋のどこかにいるなら必ずかすかな灯りが目につくはず。たとえばドアの下からとか。
つまり誰もいないってことだ。
僕はたまらずライトを点けた。
「よせ」
武彦の声が聞こえたけど、かまうもんか。僕は部屋をかたっぱしから照らしまくる。もちろん誰もいない。
僕は中に入り、バスルームを開けた。もう、やけくそだった。
だけど、さいわいか、残念ながらか、バスルームの中にも誰もない。
クローゼットの中も、ベッドや机の下も照らした。もちろん、いない。
まさか、鳥籠男爵はこの部屋のドアから入って、窓から外に出たとでもいうのだろうか?
僕はこのとき、はじめてこの部屋には窓がないことに気づいた。
他の部屋にはあるのに、この部屋にだけはない。どうして?
ふたたび、廊下から足音が聞こえた。しかも、今度はさっきのとはちがう。
こつこつと規則正しい音ではなく、ずる、ずるっと足を引きずる音が混じっている。
あいつだ。あの鳥居とかいう足の悪い老人。
僕らはドアを閉めると、ライトを消し、押し黙った。
足音はどんどんこっちに近づいてくると、ドアの真ん前でぴたりととまった。
「きょうというきょうは許さん。そんなところに隠れても無駄だ。引きずり出してやる」
暗く、しわがれたどなり声がドア越しにひびいた。
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