第14話

 つまり、あの部屋は戦後まもなく閉め切れられて、ずうっと開けられることがなかったってことだ。ということは、あの日記はやっぱり終戦まもなくのころに書かれてたってことだ。

 だけどそうすると、どう考えても理解できないことがある。

 まず、僕が鳥籠男爵に出会ったとき見た、人影だ。あの部屋がずっと閉め切られていたのは、打ち付けられた板や釘の古さや、窓の内側につけられていた固定用の金具などから明らかだった。つまり、あの中には誰も入れない。悪戯にしろ、なにか目的があるにしろ、誰かがあの部屋で死んだ少女のふりをすることなんてできはしない。

 もうひとつは、もちろん、僕らがあの部屋に入ってしまったことだ。それもなんの苦労もなく、まるでそのときだけ時間が戻ってしまったかのように。

 こういっちゃなんだけど、やっぱり僕には、あれは幽霊で、あそこは幽霊屋敷なんだとしか思えない。

「ふん。信じられんことだが、メイドが嘘をついていない限り、あのミイラは心中事件のずっと前から存在していたらしい。だが、そうだとすると、いったいなにがあったんだ? なぜ、警察にも知らせずにミイラを一室に閉じこめたままにしておいたんだ?」

 後藤警部補は頭をかかえた。

「警部補さん、あの部屋の窓はやっぱり金具で固定されてたんですか?」

 獏がまた質問した。

「ああ。ボルトで固定されていて、外からはぜったいに開けられない。ガラスもひびは入っていたが、蟻の出入りするすき間もない。もちろん、いったん外して入れ直した形跡などない。ついでにいうなら、固定されてたのは窓だけじゃなく、机などの家具も金具で愉快や壁に固定されていた。そして……」

 警部補はえへんと咳払いする。

「それと重要なことなんだが、あそこにあったアルバムと日記は君たちから聞いたとおりのものだ。というか、実物としか考えられん。なぜなら、君たちの指紋が出たからだ」

「え?」

 思わずさけんだのは、僕だけじゃなかった。武彦も虹子も獏も、驚きの声を上げた。

 僕たちの指紋は、高子さんがいなくなったとき、犯人の指紋と区別するため、すでに取られている。鑑識の人はそれと照合したんだろうから、まちがうとも思えない。

「そんな馬鹿な? といいたいだろう? あの部屋は長年誰も出入りしていない。それは最初に入ったこの俺が断言できる。床には埃がたかだかと積み上がり、蜘蛛の巣だらけだったからな。足跡を付けず、蜘蛛の巣を破らずに机のところまで行くことは不可能だ。そもそもドアの板きれは、長年外された形跡がなかった。それは鑑識だって認めてることだ。だがやっぱりあの日記とアルバムは君たちが一度持ち出したものなんだ」

 そんなことは絶対にありえない。それがほんとだとしたら、僕らはおととい、あの部屋に行くと、なぜかドアは簡単に開き、床の埃も蜘蛛の巣もほとんどなかったし、そもそも肝心のミイラがなかった。そして僕らは日記とアルバムをそこから持ち去る。だけど、次の日には、そこは完全な開かずのまで、誰も出入りした様子がなく、何十年と放置されたミイラがあり、しかもなくなった日記とアルバムがもとの机の引き出しに入っていたことになる。

「なにか、隠してることないか? なんでもいいからぜんぶ話してくれ。たとえ信じられないようなことでも」

 警部補はやけくそ気味だった。なにしろありえないことの連続なわけだし、とうぜんかもしれない。

「じつは、僕がはじめに鳥籠男爵を見たとき、あの日記のように、胸の中が空洞で、カナリヤがいたんです。そして、二回目に見たときは、ほんの一瞬、目を話したすきに、煙のように消えてしまったんです」

 僕は今しかチャンスはないとばかりに、胸につかえていたことを真顔でいう。

「ふざけたことをいってるんじゃ……、そういうわけじゃなさそうだな」

 警部補はどなりかけて、頭をかかえた。

 そのとき、スマホの着信音が鳴った。

 虹子のだった。虹子が出ようとすると、警部補がどなる。

「まて。犯人からかもしれん」

「でも、表示を見ると、春日先生からですけど」

 虹子が警部補のいきおいに、すこし引きぎみにいう。

「先生? 担任の先生か?」

「はい」

「わかった。出ろ」

 虹子は先生と話しはじめた。警部補はもう興味がなさそうだったけど、僕はすこし気になった。なにげなく聞き耳を立てていると、虹子は「だいじょうぶです」とかなんとかいっている。

 しばらく話したあと、虹子は電話を切った。

「なんだって?」

 僕は聞いてみた。

「べつに……。きょう、あたしが元気なかったから電話してみたんだって。警部補さん、お姉ちゃんのこと、先生くらいにはいっておいたほうがいいんじゃないですか?」

 そういえば警察の方針で、事件のことはマスコミはもちろん、学校にもふせている。

「うむ。まあ、どういう経路でマスコミにもれるかわからんから、もうしばらくは学校にもふせておいたほうがいいだろう」

 虹子はすこし不機嫌そうな顔をする。

「あたし、部屋に鞄置いてくる」

 そういい残すと、居間から出ていった。

「警部補さん、さっきからわけのわからんことばかりいってますが、そんなことより、高子の行方を探してほしいんですがね」

 虹子のお父さんがしびれを切らしたように、大声を出した。

「わかっています。今、この子らにいろいろ聞いていたのも、その手がかりを探すためです。現在、他の刑事たちが屋敷の使用人だった鳥居という男の居場所を探しているところです。あとは、犯人から連絡がないことには動きようがありません」

 警部補はちょっとばつの悪そうな顔をした。

「しかし、その男は、虹子たちの話じゃ、犯行時、例の廃墟にいたそうじゃないですか? わけのわからん黒マントの男も同様に。つまりアリバイがあるってことじゃないですか? 犯人はべつにいるんじゃ」

「いや、おそらく仲間がべつにいるんでしょう。そいつらが事件に無関係とはとうてい思えません」

 その意見には僕も賛成だった。たしかにアリバイはあるけど、やっぱり犯人は鳥籠男爵しかいないと思う。仲間がいるかどうかはべつにして。

 ぴるるるるるう。

 いきなり例の鳴き声が聞こえた。

 僕だけじゃなく、そこにいた全員があたりを見まわす。

 声だけするけど、カナリヤの姿は見えない。しばらくして、カナリヤの鳴き声はやんだ。

 今度は居間にある電話が鳴った。

 警部補が若い刑事に目配せする。どうやら警察が用意した機械につながってるようだ。たぶん逆探知しようとしてるんだと思う。

「出てください」

 虹子のお父さんは、ごくりとつばを飲み、受話器を取った。

「もしもし……」

『私は鳥籠男爵だ』

 スピーカーを通じて、相手の低いしわがれた声が僕らにも聞こえた。警察のつないだ機械で、そういうふうになるらしい。

「高子はどこにいる? なにが目的なんだ?」

『姉のほうばかり心配しているようだが、妹のほうは心配しなくていいのか?』

 電話はそれで切れた。

 虹子のお父さんは見る見る顔が真っ青になっていく。

「虹子はどこだ?」

「さっき、自分の部屋に行くって……」

 答えたお母さんも真っ青になっている。

「虹子さんの部屋はどこですか?」

 警部補がどなる。先頭に立って走るお母さん。警部補、お父さん、刑事、そして僕らもあとに続いた。

「虹子!」

 お母さんが叫びながら、階段を上り、二階の一室を開ける。

 そこはもぬけのからだった。

「馬鹿な? そんなはずはねえ。必ずどこかにいる」

 後藤警部補がさけぶ。

「虹子、虹子」

 お父さんとお母さんは、名前を呼びながらあちこちの部屋を探した。

 いったいどういうことだ?

 僕は必死で考えた。いくらなんでも鳥籠男爵がこの家に入ってきたとは思えない。たしかに刑事さんたちは一階の居間にしかいなかったけど、誰かが入ってきたらわからないはずない。

「表見張ってるやつに連絡取れ。怪しいやつは見かけなかったか?」

 警部補が若い刑事にどなると、どなり声が帰ってきた。

「もう、確認しました。玄関からは誰も出入りしていません」

「ほんとか? 寝てたんじゃねえだろうな、あいつら」

「ひょっとして、鳥籠男爵は前もってこの家にひそんでたんじゃ?」

 僕が思いついたことを口にすると、警部補がどなった。

「そんなわけはねえ。俺たちはきのうから、この家に泊まりこみだった。もちろん、全室調べてある。どんなに神出鬼没の化け物だとしても、そんなことは不可能だ」

「でも、いません。どこにもいません」

 お母さんが泣きそうな声でいった。

 僕はその言葉を聞いて、はじめて虹子が消えてしまったということを実感した。

 冗談じゃない。

 まだ出会って一ヶ月しかたってないけど、もしこのまま虹子が帰ってこなかったら、僕は耐えられるだろうか?

 そう思うと、急に心臓が高鳴り、不安でしょうがなくなってくる。

 どこにも虹子がいないことが確認されると、けっきょくみんな虹子の部屋に集まった。虹子が最後にいた場所だと思われたからだ。

 部屋は荒らされた様子もない。もしここでさらわれたんだとしたら、抵抗するすきも与えられなかったってことだ。

「窓ガラスはやぶられていない。鍵は掛かってないな」

 警部補が窓を調べていう。

 さらに窓から身を乗り出した。僕らも後ろから様子を見る。

 窓の外にはバルコニーはなく、一階の屋根もない。近くに雨樋はあるからそれを伝えば上り下りできないこともないけど、それはひとりの場合だ。虹子をかかえてそんなことできるわけがない。もちろん、はしごを用意したのかもしれないけど、それも現実味がなかった。

 ぴるるるるる。

 またカナリヤの鳴き声が鳴りひびいた。僕らは誰もが身をこわばらせる。

「ランドセルの中からだ」

 警部補はさけぶと、床に落ちているランドセルを開けた。

 中からカナリヤが飛び立つ。そいつは部屋の中をところせましと羽ばたいた。

「こ、これは……」

 警部補はランドセルの中からさらになにかを取りだした。紙切れだった。


『鳥籠男爵の復讐はまだ終わらない』


 その紙にはそう書かれてあった。

 それを見た、虹子のお母さんは、床にたおれこんだ。

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