第13話
きのうの夜、高子さんはけっきょく帰ってこなかった。僕はあれから、事件のことをずっと考えていたけど、けっきょくなにもわからなかった。
それは武彦も虹子も同じだったらしい。昼休み、他のクラスメイトたちに聞かれないように、僕らはこっそりと校舎の裏庭で意見を出し合おうとしたけど、いいアイデアなんてひとつもでない。
獏はなにもいわずに相変わらずのんきな顔でにこにこしていた。正直なにを考えてるのかわからない。
「ところで虹子。おまえ、学校に来てていいのか?」
武彦がすこし心配そうに聞いた。
僕もじつはそのことがすこし気になっていた。鳥籠男爵のねらいは高子さんだけじゃなくて、虹子も含まれているのかもしれないのだから。
「だいじょうぶ。朝は刑事さんが車で送ってくれたし、帰りもおでむかえしてくれる」
さすがに学校の中は安全ってことだろう。
「それにお父さんもお母さんも、あたしが心配しても仕方がないことだから、学校にいってなさいって」
虹子は不満そうだった。きっと高子さんを取りもどす役に立ちたいんだ。
とりあえず、もう泣くつもりはないようだ。むしろ犯人と戦う気満々って感じがする。
「それで虹ちゃん、犯人からなにか連絡は来たの」
獏が普段のままおっとりした口調で聞く。
「なんにもないわ。そうね。ふつうだったら、誘拐されたら身代金の要求とかがあるはずだよね」
それは犯人、つまり鳥籠男爵のねらいが身代金じゃなく、復讐だからだ。
「それで復讐の理由はわかったのか?」
武彦がすこし遠慮ぎみに聞いた。
「それがお父さんの話じゃ、ぜんぜん心当たりがないんだって。もっとも、仕事がらみのことってどういうことで逆恨みされるかわからないともいってたけど」
「だが、そもそも鳥籠男爵は白皇院家の一員じゃないだろう? そもそもあいつはどういう関係なんだ?」
いわれてみればそうだ。もし白皇院家が青空家に復讐をしようにも、その白皇院家は一家心中で全滅してる。
「わかんない。でも、鳥籠男爵については警察がいろいろ調べてるみたい。昔の資料とか調べればきっとわかると思う」
「そうか。それとあの足の悪いじじいは何者なんだ?」
「それも今警察が調べてる。当時の白皇院家の使用人とか、調べればわかるはずだって」
たしかに一家心中してるんだから、当時の事件の記録を調べれば、使用人とかはわかるはずだ。そのころの警察だって、事件を捜査してるだろうし。
「それと虹子。あの部屋を調べた鑑識結果とかはわかったの?」
僕もついでに質問してみた。ちょっと気になっていたから。
「まだなにも聞いてない。たぶん、きょう帰るころには、それも含めて、いろいろ結果が出てるはずよ」
「だったら、俺たちも放課後、虹子の家に行こうぜ。後藤警部補にはいろいろ教えてもらう必要がある」
武彦が断言した。
「うん。迎えに来る刑事さんに聞いてみる」
虹子もそうしてもらいたそうな口ぶりだった。まあ、僕もそれに反対はしない。虹子だって僕らといっしょのほうが心強いだろうしね。
そうこうしてるうちに昼休みは終わり、午後の授業はあっという間にすぎた。
放課後になると、さいわい、虹子を迎えにきた若い刑事さんは、後藤警部補に了解を取って、僕らを虹子といっしょに車に乗せてくれた。どうやら警部補のほうでも、いろいろ僕らに聞きたいことがあったからちょうどよかったみたい。
車が到着し、僕ははじめて虹子の家を見た。白皇院家のお屋敷のイメージがあったから、ひょっとして虹子の家もあれくらい広いのかと思っていたら、それほどでもなかった。
とはいえ、僕の家とはやはり大ちがいで、二階建ての広めの家で、外壁は真っ白、大きめの窓がそこら中についた明るい雰囲気。ガレージには車が二台止めれるようになっていて、ついでに青い芝がきれいに刈り込まれている庭が広かった。
虹子のあとをついて、玄関から広々とした居間にいくと、ソファには虹子のお母さんと、そのとなりに口髭を生やしたちょっと立派な身なりのおじさんが座っている。たぶん、この人が虹子のお父さんだ。
さらに向かい側のソファには後藤警部補と、若い刑事さんがいる。他にも警察の人が何人か、部屋の中にいた。みな、深刻な顔をしている。
「お父さん、あたしの友達が心配してきてくれたの」
虹子が僕らのことを説明する。
「ああ、ありがとう」
虹子のお父さんは、暗い顔でちらっと僕らを見て、おざなりにあいさつをすると、また目をふせた。
「ちょっと失礼」
後藤警部補はそういうと、席を立ち、僕らのほうに来た。
「すこしこっちで話そう。いろいろ聞きたいことがある」
居間に隣接してるキッチンのそばのダイニングテーブルを指さすと、自分はそのまわりの椅子に腰かけた。僕らもそれにならって座る。
「犯人からなにか連絡はあったんですか?」
虹子がいった。
「いや、ない。やはり身代金誘拐じゃない可能性が高い」
警部補はすこし声をひそめていった。
「で、なにかわかったことは?」
武彦がすこし遠慮ぎみにいう。
「君たちが見た足の悪い男ってやつはこいつじゃないのか?」
警部補は、一枚の古い写真を取り出す。古いといっても、あのアルバムに貼られてあった白黒写真とはちがって、カラーだった。
そこに写っていたのは、執事服を着た五十歳くらいの男の人で、短めの髪をオールバックになで上げ、きりっとした顔立ちの、かなり有能そうに見えた。
「え、これ?」
僕は思わず、そんなことをいってしまった。
古い写真だから、年齢が合わないのはしょうがないにしても、イメージはぜんぜんちがった。この写真に写っている人は、かなりまともそうだ。健康で、ふつうに仕事をして、ふつうに家庭を持ってる感じに見える。
だけど、僕らが見たあの老人は、猫背でずいぶん小さく見えるし、着ているものもボロ、髪はぼさぼさ、足を引きずって歩き、顔だってずいぶん不気味なイメージだ。とても同一人物には思えない。
「そうかな、雰囲気はぜんぜんちがうけど、顔は似てるような気がする」
意外なことをいったのは、虹子だった。
「僕もそう思うよ」
さらに意外なことに、獏がそれに同意する。
僕と武彦は思わず顔を見合わせた。たぶん、武彦も僕同様、こいつはぜんぜんちがうと思ったんだろう。
「まだ足取りをつかんだわけじゃないが、あの心中事件があったとき、あそこで働いていて、今も生きてる可能性があり、年齢が合う男はこいつしかいない。
「こいつ、足悪いんですか?」
武彦の質問に、警部補は首をふった。
「当時はそんなことはなかった。しかし、それからずいぶん経ってる。なにがあっても不思議はない。とりあえず、こいつのゆくえはべつの警官が追っているところだ」
「鳥籠男爵のほうは?」
これは僕が聞いた。なにしろあいつの胸を見た僕が、一番あいつの恐ろしさを知ってるし、気になってる。
「古い資料を調べたが、そんなやつの記録はない。さらにきょう、べつの刑事たちが近所を聞き込みしたが、当時そんなやつを見たという人はひとりもいなかった」
「でも警部補さん、あの日記を信じるなら、鳥籠男爵は心中事件のころじゃなくて、終戦直後にあのお屋敷をうろついてたんじゃ……」
後藤警部補は僕の顔を見て鼻で笑った。
「あれをそのまま信じろというのか? 少女を連れて瞬間移動したり、胸の中にカナリヤを飼ってたりするんだぞ」
だけど僕はその胸で飼われているカナリヤを見たし、ほんの一瞬目を話した隙に消えられたのを体験してるんだ。
そう叫びそうになったけど、こらえた。どうせそんなことをいったって信じてもらない。他のことまで疑われるようになるかもしれない。
「でも、警部補さん。それじゃあ、あのミイラは誰なんですか?」
獏がおっとりと口をはさむ。
とたんに警部補がだまった。獏はそれをにこにこながめている。
「う、うむ。……それがわからないんだ。あの心中事件のとき、家族はみな死んだ。ホールに集まって当時の当主の白皇院宗一が拳銃でみなを撃ち殺したあと、自殺した。あの写真の少女に匹敵する人物はいないはずなのだ」
「誰か当時屋敷で働いていた人、その鳥居っていう人以外にいないんでしょうか?」
「いやいる。当時のメイドが、この近くに住んでいることを確認した。今、べつのやつが聞き込みにいってる」
「じゃあ、その人に確認してみてください。あの開かずの間は、当時から開かずの間だったのかを」
獏はにこにこしながら、平然という。
「なにか? もしそうなら、あの心中した家族は何年もミイラと同じ屋根の下で生活してたっていうのか?」
そのとき、警部補のケータイが鳴った。
「後藤だ。おう、メイドに会えたか。ナイスタイミングだ。……ふん、ふん。つまり、そのメイドも鳥籠男爵なんて、ふざけたやつは見たことも聞いたこともないっていうんだな。わかった。それからちょっと確認してくれ。当時、あの部屋には板が打ち付けられてあったのか?」
電話のやりとりをしていた警部補の顔つきが変わった。
「……そうか。確認する。あの部屋はそのメイドが住み込んだときから開かずのまで、なにが入ってるか聞いても、けっして誰も教えてくれなかったんだな?」
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