第12話
「お、お姉ちゃんじゃ、……なかった」
そういった虹子は、むしろほっとした様子だった。
たしかにドアを開けたとき、あの人影はとても生きてるようには感じられなかった。ひょっとして、虹子は高子さんがあんな衣装を着せられて殺されているんじゃないかという、最悪の想像をしてしまったのかもしれない。
もし、ほんとうにあれが血まみれの高子さんの死体だったりしたら、僕らはびっくり仰天どころか腰を抜かして気を失っただろう。
でもあれはミイラだ。死体は死体でも、ずっと前に死んだものだ。しかも血まみれじゃない。顔がくずれてる上、手とかも肌がかさかさして、むしろ人間には見えなかった。
なんにしろこれはあの日記の女の子にまちがいない。やっぱり家族に閉じこめられてたんだ。そしてそのまま死んでしまった。家族は死んでからも、ここを開かずの間にして、葬式も出してやらなかったんだ。
でも、なんで?
っていうか、やっぱり変だ。顔がつぶされてる。ってことは誰かが密室に忍びこんで殺した?
正直まったくわからない。
いや、そんなことより、これはいったいどういうことなんだろう?
僕らはきのうここに入ったはずなのに。
ドアだけのことなら、あれから取りかえて、板を打ち付けてたとむりやり考えることもできるけど、これはありえない。
こんなこと一晩でとても演出できるはずもない。そもそもこのミイラはどこから運んできたというんだろうか?
でも、僕らはまちがいなく、きのうここに入った。
警部補は窓をライトで照らした。
ガラスにひびは入っているけど完全には割れてない。錠が内側から下りている上、窓の四方には金具がボルトで取りつけられている。内側から開けられないように。
きのう見たとおりだった。
「なるほど、この子はたしかに監禁されてたらしいな」
警部補は窓が開けられないことを確認した。
竹で編んだ鳥かごがそのすぐそばにつり下げられている。中にはやっぱりミイラ化したカナリヤが止まり木にとまっている。
ベッドの位置も、机の位置も、本棚の位置も同じだ。ただきのう見たときよりもずっと汚れている。というか、古びている。
まるでこの部屋に中だけ時間の流れがちがうようだ。
僕はふと、足もとに転がってる、さっき警部補が引きはがした板きれを手に取ってみた。
板が古いのはもちろん、釘がさびてぼろぼろだった。はがしたとき、途中で折れているものも多い。
やっぱり、きのう古い板を古い釘を打ち付けたって考えるのは無理だ。こんなぼろぼろの釘じゃ、まともに打てるはずがない。
この部屋は長年ずうっと開けられてなかったってことなんだ。
「ふん。君らがいったとおり、机の上に写真立てがあるな」
警部補はライトを机の上に向ける。埃がつみかさなった机に、やはり埃まみれの写真立てがあった。
「たしかに鳥籠男爵とやらが写ってる。女の子といっしょにな」
ライトはさらに机の引き出しを照らした。
「君らのいうことを信じるなら、この引き出しの中にアルバムと日記帳があったんだったな」
警部補は引き出しを開けた。
「おいおい、ほんとにあったぜ」
嘘だ。そんなことあるわけがない。僕はもう少しで叫びそうになった。
警部補はポケットからハンカチを取り出すと、それをつかって、引き出しからアルバムと日記帳を取り出す。それをぱらぱらと見ると、元に戻した。
「いったいどういうことだ、こりゃ? 君らが持ち出し、なくなったはずのものが、この開かずの間にある」
ということは、アルバムには女の子の写真が貼ってあったってことなんだろう。
日記帳にしても、アルバムにしてもすくなくとも外見は同じものだった。
警部補はそのあと、部屋の入り口わきにあるバスルームのドアを開け、中を確認した。なにもないらしい。もちろん、バスルームの位置は、きのう僕らが入ったときと変わらない。
警部補は、さらにあちこちにライトを向け、部屋の中を確認したあと、廊下に出てきた。
「念のために一応聞くが、君らがきのうはいったときには、こんな状態じゃなかったんだな?」
「も、もちろんです」
僕はちょっと焦りながら答えた。嘘なんかついてないけど、そう取られてもしかたのない状況だ。
「ほんとだ。嘘なんかついてないよ」
「嘘じゃないです」
武彦が加勢した。虹子も同意する。獏はなんかひとり無言で考えこんでいた。
「わかった。それに関してはまたあした話を聞こう」
警部補はスマホを取り出す。
「課長、例の白皇院家の廃屋に死体発見。……いや、青空高子のものじゃありません。ミイラです。すくなくとも数十年前のホトケです。鑑識をまわしてください。……ええ、青空高子はここにはいません。……わかりました」
警部補はなにやら、状況を報告している。どうやら鑑識課が調べに来るようだ。
「おまえらは、ここに残って鑑識が来るまで現場を保護しろ」
警部補は電話を終えると、制服警官ふたりに命令する。
「もう、遅い。君らを家まで送ろう」
そういって、先頭を歩きだす。ライトを持っていない僕らはあとをついていくしかなかった。
来たとき入った部屋から外に出ると、空はもう暗かった。雨もまだ降っている。
「パトカーを呼んでおいたから、それで順次送らせる。……ああ、そうだ。この事件のことはマスコミにもいってない。人命優先だからな。君たちも、学校や近所で事件のことをぺらぺらしゃべったりしないように。いいね?」
それには同意した。下手なことをして高子さんが危ない目にあったら大変だし。
警部補は僕らがうなずくのを確認すると、裏庭を横断し、出口の塀の割れ目に向かう。
「ってことは、やっぱり、お姉ちゃんはまだ見つかってないんですね?」
虹子が沈んだ声で聞いた。
「残念だがまだだ。だが、必ず見つける」
警部補はふり向いて力強くいった。
敷地の外に出ると、パトカーが二台待機していた。
「君はこっちだ。俺もいっしょにいく」
虹子は警部補といっしょにいくらしい。たぶん、虹子のお父さんにいろいろ聞くことがあるんだろう。
「君ら三人は、そっちのパトカーで送ってもらえ」
警部補はそういうと、虹子といっしょにもうひとつのパトカーに乗りこんだ。
僕らはべつに歩いてもすぐだし、帰り道を鳥籠男爵が襲うとも思えなかったから、送ってもらう必要なんてないとも思ったけど、ちょっとパトカーに乗ってみるのも悪くないと思った。雨も降ってるしね。
「よし、さあ乗って」
新米なのか、まだすごく若い刑事さんにうながされて、僕らは家まで送られた。
パトカーに乗ってる間、僕は必死で考えた。
どうして僕らがきのういったときは、部屋の状態がきょうとちがったんだろう?
十年前、高子さんが探検したときは、きょうと同じ状態だった。高子さんが僕らを怖がらせるために、あんなことをいったんじゃないかと思ってたけど、ちがった。
そのとき、高子さんの友達のガキ大将の子が窓から見た幽霊っていうのは、きっと今のミイラのことだ。そう考えれば納得がいく。
問題は、どうして僕らがそれを見なかったかだ。
そしてあのアルバムと日記帳。どうしてあそこに戻っていたんだろう?
今、鑑識の人が調べてるから、あしたにはもっといろんなことがわかるんだろう。
あした後藤警部補に聞いてみよう。
パトカーは僕の家に着いた。
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