第10話

 今、高子さんのお店には、警察の鑑識のひとが入りこんで指紋採取やら写真撮影などをしてる。けっきょく虹子のお母さんが、警察に連絡したからだ。

 それを外でながめていると、僕らも指紋をとられた。部屋の中の犯人の指紋と区別をするためだそうだ。

 虹子はかけつけたお母さんと、互いになぐさめ合っていた。虹子のお母さんはを見るのははじめてだった。さすが社長夫人だけあって普段着なのに高級そうな服装をしている。上品で優しそうなひとだけど、さすがにすごく心配そうな顔だった。虹子はそれ以上に落ち込んでいる。

 ほんとなら、僕ら三人が虹子を元気づけなくちゃいけないのかもしれないけど、今はお母さんと虹子の間に入れそうにない。

「君らが発見者の子供らか?」

 僕らにがらがら声をかけてきたおじさんがいた。なんか、ほとんどプロレスラーみたいに大きくてがっちりした体をしていて、ねずみ色のスーツがすごくきゅうくつそうだ。四角くて、日焼けした顔にびっしりとあごひげがおおわれていて、髪の毛はすごく短い。たぶん、四十歳くらいで、ちょっと怖そうだけど、精いっぱい笑顔を浮かべているって感じ。

「おじさんは後藤っていう刑事、……まあ、階級でいうなら警部補だけどな。いったいなにがあったのか、話してくれ」

 後藤警部補は、名乗りながら警察のバッジを見せた。

「あ、あの、俺たち虹子の友達です。虹子のお姉さんが、この店で働いてて、俺たちが来たときには、いなくて、かわりに鳥かごが……」

 武彦が一生懸命説明しようとするけど、なんかけっこうしどろもどろだった。

「よくわからんな。それでどうして、高子さんが誘拐されたと思ったんだい?」

「ええっと、それは……」

 よく考えれば、うまく説明しようと思えば、最初から説明しないとわかってもらえそうにない。武彦は普段の威勢の良さはどこに行ったのか、緊張しまくってるし、獏はぜんぜん説明する気がなさそうだ。仕方なく僕が説明した。最初から。

 まず、僕が塾帰りに幽霊屋敷に笛を吹く女の子を見たこと。

 鳥籠男爵に出会ったこと。

 四人で幽霊屋敷を探検したこと。

 そのとき、廊下で足を引きずる男の足音を聞いたこと。

 次の日、学校で虹子の机から、変な手紙を見つけたこと。

 学校に現れた足を引きずる男を尾行したこと。

 ふたたび鳥籠男爵に出会い、復讐が虹子の家に関係あるといったこと。

 そして、高子さんがいなくなり、鳥かごの中に手紙が入っていたこと。

 後藤警部補は、ふんふんうなずきながらメモを取っていく。

 ひととおり、僕の説明が終わると、後藤警部補の質問がはじまった。

「まず君が見た鳥籠男爵と名乗った男だが、どんなやつなんだ?」

 どんなやつって……。

 黒マントでシルクハットかぶってて、顔にはゴムのマスク、マントをはだけると、肋骨がむき出しになってて、その中はがらんどう。そこにカナリヤを飼っている。ついでに煙のように消え失せる特技を持っている。

 そんなことを言いだせば、僕の頭がおかしいか、そうでなきゃ、とんでもない嘘つきだと思うに決まってる。

 とたんに僕も武彦同様、しどろもどろになった。

「ええっと、あの……黒マントで、シルクハットかぶってて、顔はゴムのマスクで隠れてて……」

 さすがに胸の中にカナリヤを飼ってることと、追いかけると煙のように消えたことはいえなかった。

「黒マントにシルクハットだ?」

 後藤警部補の目にちょっと疑いの色がうかぶ。

 ますます緊張した。

「あの写真を見せてあげればいいんじゃないかな」

 とつぜん、獏が口を開いた。

「あの写真?」

 後藤警部補がぎろりと僕らをにらむ。

「虹子、鳥籠男爵の写ったあの写真とアルバムは?」

 落ち込んでる虹子に聞くのはちょっと気が引けたけど、そんなこともいってられない。

 虹子は目を赤く腫らしながらも、はっきりと答えた。

「お店の奥に置いたまんま。お姉ちゃんが見たいっていってたから……」

「店の奥? つまりこの中か?」

 後藤警部補は、中の鑑識課の人にどなる。

「おおい。奥の部屋にアルバムかなんか置いてあるか?」

「いえ、なにもありませんが」

 中から返事が聞こえた。

 そんな馬鹿な。じゃあ、鳥籠男爵が持ち出したんだろうか?

「ホシが誘拐と同時に処分したか?」

 後藤警部補も同じことを考えていたようだ。

「虹ちゃん。スマホに写真が残ってるんじゃないの?」

 獏がのんきな調子でするどいことをいう。

「あ、ある。消してないし」

 虹子はスマホを取り出すと、なにやら画面を操作し、鳥籠男爵と女の子が並んで映っている写真を出して、後藤警部補に見せた。

「小さくてよくわからんが、かなり古い写真だな。こいつと同じ格好をしてたってことだね?」

 同じ格好というか、僕は写真に写ってるのと、僕らの前に現れたのは同じやつだと思ってるけど、さすがにそうはいえなかった。

「そうです。同じ格好でした」

 そういうのが精いっぱいだ。

「他にも写した写真があるのか?」

 虹子はうなずきつつ、幽霊屋敷の中で映した写真をつぎつぎに見せた。

「これはうちの署のパソコンにメールで送れるかい?」

 後藤警部補がそういってアドレスを虹子に渡す。虹子はうなずいて、その作業を開始した。

「警部補さん、はやく鳥籠男爵を捕まえてやってください」

 武彦がようやく落ちついたのか、はっきりといった。

「だが、君たちの話だけじゃ、その鳥籠男爵と名乗った男が犯人とは限らないぞ」

「え? そんな馬鹿な? そいつが犯人に決まってるよ」

 武彦はつい荒い口調になった。

「だが、君らは廃屋でその男と出会い、そのあとまっすぐここに来たんだろう? 徒歩で十分くらいのことのはずだ。そいつが先回りしたとしても、たかがしれてる。その間に高子さんを誘拐するのは無理じゃないか?」

「え? だけど、そのときにはもう誘拐してたんじゃ……」

 武彦がいいかけてやめた。

 そうだ。虹子が鳥籠男爵と出会う直前、電話で話してる。すくなくともそのときは高子さんは店にいたはずだ。

 そうなれば、鳥籠男爵だけじゃなくて、あの足の悪い男も犯人じゃありえない。

「だ、だけど、とにかくあいつは怪しいんだ。警部補さん、きっと高子さんはあの幽霊屋敷のどこかに閉じこめられてるに決まってるよ」

 武彦が叫ぶ。

「よし、じゃあ、制服警官を引き連れて、今からそこにいってみるか」

「俺たちも連れてってください。きっと役に立ちますよ。前に入ってるし」

 武彦がとんでもないことをいいだした。

 後藤警部補はちょっと考えたあと、いった。

「よし、じゃあ、案内を頼むか」

「あたしも行く」

 虹子は一歩も引くもんかという顔つきだ。

「だいじょうぶでしょうか?」

 虹子のお母さんは心配そうにいう。

「いや、だいじょうぶです。安全を確認してから連れていきますから」

 どうやら、後藤警部補は本気でそこに鳥籠男爵がいるとは思っていないようだ。それでもなにか手がかりがあるかもしれないというくらいの気持ちなんだろう。

 こうして、僕ら四人と後藤警部補、それに拳銃を持った制服警官ふたりが、幽霊屋敷に向かった。

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