第8話
雨はけっこう降っていて、校庭を歩くときはぬかるんだ。とうぜん、傘も差している。でも、まあ、雨の音で尾行するのはかえって楽なのかもしれない。
僕らは校門から外に出ると、さっきの男が近くにいるかどうかたしかめた。
いた。そいつは近くにある大きな樹の下で、雨をさけるとも、姿を隠すともとれるようにしながら、不気味な目つきでこっちをじっとながめている。
「道路、わたろう」
虹子がそういいつつ、目の前の横断歩道をわたる。僕らは男の視線を気にしつつ、向かい側の歩道にうつった。
不気味な男は、僕らを追うこともなく、そのままずっと校門をながめている。
僕らは路上駐車していたトラックの陰にかくれて、そいつを観察した。ちょうどここからはそいつの後ろ姿が見える。こっちをふり返る気配はない。
「あたしたちに関心ないのかな?」
虹子が不思議そうにいった。
「いや、わからんぞ。フェイントかもしれん」
武彦は疑り深そうにいう。
でも、じっさいどうなんだろう?
あの、鳥籠男爵の復讐を匂わせる不気味な手紙のあとに、校舎からはなれていく姿を見ちゃったから、なんとなくあいつが体育の時間で誰もいない教室に忍びこんで、虹子の机に手紙を置いていったような気がしてたけど、よく考えたら変だ。あんな怪しい人が校舎に入ったら、先生たちが大さわぎするに決まってる。
だとすると、あいつはいったいなんのために学校に来たんだろう?
「あいつは、虹子の机の中の手紙とは関係ないんじゃないのかな?」
僕が思ったことをいうと、虹子と武彦は口をそろえていう。
「そんなわけねえだろ」
「あいつに決まってるじゃない」
「で、でも、あいつが校舎に入ったら怪しまれるよ」
僕がとうぜんの疑問を口にすると、武彦は断言した。
「だから、授業中をねらったんだよ。他の先生は教室で授業やってるだろ? こっそり忍びこんで、目的を果たしたから、追いだされる前に逃げたんだ」
う~ん。どうだろう? そういわれればそうかもしれない。
獏は相変わらず、どちらにも味方せずに、にこにこしたままだ。
学校から若い男の先生が出てきた。先生はあの男を見つけると、そばまで行って、なにやら話している。たぶん、危ないやつじゃないかってことで、追い返そうとしてるんだ。
案の定、しばらくたつと、その男は学校を背に、歩きはじめた。きっと、警察を呼ぶぞとかいわれたんだろうな。
「追うぞ」
武彦にいわれ、僕らは道路をはさんでそいつを尾行した。
もっとも、その男は尾行されているなんて思いもしないのか、一度も後ろをふり返ったりはしない。ただ、ひたすら歩いた。重そうに右足を引きずりながら。
五分も歩くと、そいつの向かってる先がだいたい想像ついた。
小さな路地に入っていったからだ。そこはもちろん、例の幽霊屋敷に通じている。
「あいつ、まさかあそこに住んでんじゃないでしょうね?」
虹子は半分あきれ顔でいう。
「あんな電気もこないところでか?」
武彦はそんなことあるわけないと思ってるみたいだけど、廃屋にホームレスが住み着くのはありえそうな気がした。あの男、ホームレスだっていわれても、違和感ないかっこうしてたしね。
僕がそういうと。武彦は馬鹿にして笑う。
「はっ。どうしてただのホームレスが学校に忍びこんで、虹子の机の中にあんなもの入れるんだ?」
まだ、あいつのしわざと決まったわけじゃないけど、武彦のいうことにも一理あった。とにかく学校の中に入りこんできたことはまちがいないし。ただのホームレスがそんなことするわけがない。
しばらくすると、男は思ったとおり、幽霊屋敷の前まできた。前に僕らが侵入した塀の穴から中に入っていく。そのまま、裏庭を横断すると、きのう僕らがやったように、一階の部屋の窓から建物に侵入した。
「どうする。中にはいるか?」
「さすがにまずいんじゃない?」
武彦と虹子も、もう一度屋敷の中にはいるのはいやそうだった。もちろん、僕は反対だ。中でさっきの男とはち合わせになるのは、まずすぎる気がする。
「まあ、きょうのところはいいか。しかし、いろんなことがわかったぞ」
武彦がなんかえらそうなことをいいだした。
「まず、やつはここに住んでるかどうかはともかく、ここにしょっちゅう来ている。そして、きのう、例の部屋の外から中をのぞき込んだやつもあいつだ」
それはたぶんその通りなんだろう。っていうか、もったいつけていうほどのことじゃないと思うけど。
「それから、やつは例の写真の女の子と、なにか関係がある。だから、ここを守ってるんだ。きのうの俺たちみたいに興味半分で忍びこむやつらから」
いきなり飛躍したような気もするけど、まあ、そういう可能性もあるかもね。
「そして、やつはきのうあの部屋に忍びこんだのが、俺たちだって知っている。だからきょう学校まで来て、虹子の机の中にあの手紙を入れた」
「え、え? ちょっと待ってよ」
さすがにそれはおかしいと思った。
「なんであいつにそんなことまでわかるのさ? 僕たちは姿を見られたわけでもないし……」
「いや、ひょっとして見られたのかもしれん。俺たちが外に出るとき、どこかの部屋の窓からながめていたのに、気付かなかっただけかもな」
「だけど、それだけでどうして学校までわかるのさ?」
「どうしてって、ここに一番近い小学校は俺たちの学校だぞ。真っ先に疑うのはとうぜんだ」
「そ、それはそうかもしれないけどさ。じゃあ、どうしてクラスまでわかったんだい? しかも虹子の机の位置までわかってる。変じゃないか?」
「どうにかしてクラス名簿を調べたんじゃないのか? 夜中に学校の職員室に忍びこんだのかもしれん。あるいは近くの建物から、双眼鏡でひとクラスずつのぞいていったとか、方法はあるだろう? いや、きっとそうだ」
武彦はなにかを思いついたらしく、手をぽんと叩いた。
「あいつは俺たちが体育館にいってる時間をねらった。つまりいつ体育の時間だったのかを知ってたってことだ。それが不思議だったが、双眼鏡で教室をのぞいたとすれば不思議でもなんでもない。時間割を貼ってるからな。俺たちの中で虹子を選んだのは、たまたま虹子の顔を覚えていたんだろう」
「ええっ、かんべんしてよ」
虹子が唇をゆがめた。
武彦のいってることは、たしかにまんざらありえないことじゃない。すくなくとも鳥籠男爵の呪いとか、死んだ女の子の祟りよりは現実的だ。
でも、なにかちがう気がした。
具体的にどこがどうちがうんだと聞かれると、答えられないからだまってたけど。
たとえば、鳥籠男爵の復讐ってなんだろう? 僕たちがあの部屋に忍びこんだことなんかとは関係ないことのような気がする。もっと、深い恨みがあるんじゃないんだろうか?
だけど、その復讐の予告をどうして僕たちに知らせたのかと聞かれると、まったく答えられない。
「でもこれじゃあ、けっきょく鳥籠男爵の復讐ってなんのことかわかんないよね」
虹子が不満そうにいう。
まあ、自分の机の中に入ってたんだから、誰よりも気になるのはとうぜんだ。
そのとき、虹子のスマホがなった。
「お姉ちゃん? え、うん。べつに……」
虹子がなにかいいわけめいたことをいっている。そのうち、電話を切った。
「なんか、鳥籠男爵のことに首突っこんでないでしょうね? って釘を刺された。へんなの」
虹子が不満そうにいう。
「どっちかっていうと、きのうはおもしろがってたくせにさ」
たしかに高子さんは、いつもはそういうことをどんどんやれってけしかけるタイプだ。現にきのうはそんなかたくるしいこと一言もいってなかった。ましてや、きょう虹子の机に入っていた予告状みたいな手紙のことだって知らないのに。
なんか変だな?
ぴるっぴるうううぅ。
いきなり後ろから、カナリヤの声がひびいた。
はっきりいって、僕は飛び上がったよ。じょうだんじゃなくて、ほんとうに。
そしてもちろんふりかえった。僕だけじゃなくて、ほかの三人も。
ただ、カナリヤがいるだけだったらよかったけど、残念ながらそこには鳥籠男爵が立っていた。
「うわわわ」
すっとんきょうな声を上げて、後ずさったのは僕だけじゃない。僕だけが下がったんならほかの三人の背中が見えていたはずだからね。
「知りたいか?」
鳥籠男爵は、低くしゃがれた声でそういった。
「知りたければ、おまえの父親に聞くがいい。青空虹子」
鳥籠男爵は笑った。ゴムかビニールでできた作り物のマスクに醜いしわを作りながら。
そのままマントをひるがえし、走り去ると、建物まわりの塀の角を左に曲がった。
「ま、まて。追うぞ」
ちょっとの間、固まってたけど、すぐに正気を取りもどしたのか、武彦が叫びながら走った。
虹子と獏も走る。僕は追いたくなかったけど、ひとり取り残されるのがいやだったせいもあるのか、ついいっしょに走った。
僕らが角を曲がったとき、その姿はすでになかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます