第7話
きょうは朝から雨が降っていた。
教室の窓もすっかり閉めきられ、しめった空気でどんよりとしている。
きのう、高子さんの店から帰ったあと、僕は必死で鳥籠男爵と幽霊屋敷のことを考えていたけど、けっきょくこれだっていう考えはなにひとつ浮かばなかった。
もっともそれは僕だけじゃなく、虹子や武彦だって同じらしく、朝、顔を合わせたときに、得意がって謎解きをしたりはしなかった。
なにか思いついたら、まちがいなくえらそうに解説するに決まってるから、僕と同様なにも思いつかなかったんだろう。
おたがい一晩考えてなにもわからないのは恥と思ってるのか、なんとなく牽制しあっていた。
そんな中、始業時間ぎりぎりになって、後ろの扉が開いたかと思うと、どんよりした空気を切りさくような風が吹いた気がした。たぶん、気がしただけだ。
そこにいたのは例によって獏で、いつもののんびりした顔に笑顔を浮かべながら席に着いた。
「ねえ、獏ちゃん。獏ちゃんはきのうのこと、どういうことかわかるの?」
前からそういう気はしてたけど、虹子には、僕や武彦に負けるのは我慢できなくても、獏ならしょうがないと思ってるところがある。
「さあ、僕にはまだなにもわからないよ」
獏が涼しい笑顔でそういうと、虹子はほっとした顔になった。
きっと、獏にわからないんじゃ、自分もわからなくて仕方ないと思ったんだ。
どうして、虹子がそこまで獏を信頼してるのかわからないけど、しょせん僕はひと月ほど前にやってきた転校生だし、知らないことがあるのはしょうがない。
「ま、推理するには材料が足りないんだよ、材料が」
武彦までこんなことをいいだす始末。
「なんにしろ、幽霊だの妖怪だのが現実にいるわけがない。きっと真実は単純なことに決まってる」
けっきょく虹子も武彦も、あの日記をほんとうにあったことじゃなくて、物語かなんかだと決めつけていたけど、昔高子さんが忍びこんだとき、ドアが釘止めされていたことや、鳥籠男爵の写真があることを説明できないでいる。
かといって、ただの悪戯のはずもない。だって、あんな閉め切った部屋の中に置いてあったんじゃ悪戯にならないからね。僕らがあの部屋に忍びこむことなんて、誰にだって予測できっこないし。
正面の扉がいきなり開いた。
膝までの黒いスカート。上はブラウスに白いジャケットというかっこうをした春日春子先生が、ちょっとカールのかかった髪をふわっとたなびかせながら、さっそうと入ってくる。
「起立」
日直の合図で僕らは立ち上がり、礼をした。
「はい、みんなおはよう」
春日先生は朝から元気だ。メガネの奥から大きな目をにっこりさせ、大声で挨拶する。
なんか見てるだけでいい気分になる先生だ。前の学校の先生より、ずっといいと思う。
僕の塾通いの愚痴とかも優しく聞いてくれるし、この前の家庭訪問のときは、人をめったにほめない母さんも、まだ若いのにしっかりしたいい先生だってほめてたくらいだ。
春日先生ははつらつとした声で出席を取りはじめる。
ごくあたりまえの、いつものできごとだった。だけど、とつぜん、教室の中にきれいな声が鳴りひびいた。
ぴるるるるるっる~っ。
僕は心臓が止まるかと思った。それはおとといの夜から何度も聞いているカナリヤの声であるのはまちがいない。
「あら? あんなところにカナリヤが……」
春日先生が、教室の後ろのほうを指さす。
みんなそっちの方を向いた。とくに幽霊屋敷に探検に行った僕ら四人はその行動がすばやかったと思う。
「あ、あっちあっち」
僕らがふり向いたとき、そこにはすでにカナリヤの姿はなく、先生はすぐにべつのほうを指さす。僕らが釣られて見ると、カナリヤはあたりを飛んでいる。
しばらく飛び回ったあと、カナリヤは窓の下枠にとまった。
事情を知らない他のクラスメイトたちは、大さわぎしながらもかわいい侵入者を大歓迎した。
「きゃ~っ、かわいいっ」
女子の黄色い声があちこちからひびく。
「はいはい、しずかに。立ち上がらないで席について」
春日先生は優しく注意する。
「それにしてもどこから入ってきたのかしら?」
その一言に、僕はとっさにまわりをたしかめた。
雨が降ってるせいで、窓はぜんぶ閉まってる。前と後ろの入り口の引き戸も、さらに廊下に面した上と下にある小窓もぜんぶ閉まったままだった。それもほとんどすき間なく。
いったいこのカナリヤは、いつ、どこから入ってきたんだろう?
春日先生はカナリヤのそばまで行くと、窓を開けた。
「お家に帰りなさい」
そういって、カナリヤを外に追い払う。
「え~っ」
一部の女子が先生を非難するような口調でいったけど、僕はほっとした。
もし、せっかくだからこのクラスで飼いましょう、とかいいだしたらどうしようかと思っていた。あれ以来、僕はちょっとしたカナリヤ恐怖症だ。
そのあと、授業はふつうにはじまった。
ふつうじゃないことが起こったのは、六時間目の体育が終わったときのことだった。
教室に戻ると、虹子がちょっと青ざめた顔をしてる。
「タカ、武彦、獏ちゃん、見てよ、これ」
虹子が僕らに見せたのは、一枚の紙切れだった。
『鳥籠男爵の復讐がはじまる』
その紙にはたった一言、そう書かれてあった。パソコンでも使ったのか、手書きではなく、活字で打たれている。
「どういう意味よ、これ? どうしてあたしの机の中に入ってるの?」
虹子が不思議がるのはとうぜんだった。仮に鳥籠男爵がなにか復讐をする気だったとしても、それが虹子とどういう関係があるんだろう?
僕らがあの部屋に行ったのは、ただの偶然なのに。
「ひょっとして、あの部屋に行った祟り?」
僕が思わず口にすると、虹子に頭を殴られた。
「なにいってんのよ。それなら、最初に鳥籠男爵を見たタカこそ呪われるべきでしょ?」
その理屈はどうかと思うけど、たしかに僕ら四人の中で虹子だけがねらわれる理屈はない。
「鳥籠男爵はきっと虹子を僕らのリーダーだと思ったんだよ。いつもいばってるから」
もう一回殴られた。
「どう考えても、武彦のほうがいばってたでしょうが。あそこじゃ」
そうだったろうか? どっちもどっちだったような気がするけど。
「どうする? 警察にいう?」
僕がいうと、虹子が首をふる。
「相手にしてくれるわけないじゃない。警察どころか先生だって、ただの悪戯だとしか思わないわよ」
「ま、そうだろうな」
武彦も同じ考えらしい。
まもなく、先生が教室に入ってきた。連絡事項をひととおりいい終えたころ、窓ぎわにいる男子の誰かが叫んだ。
「校庭に変な男がいる」
みんな窓のほうにいった。もちろん、僕らも。
たしかに校庭には、雨の降る中、変な男が突っ立って、こっちを見ていた。
たぶん六十歳は超えてると思う。背はあまり高くなく、ずんぶりむっくりした感じだ。少し長めの髪の毛は白髪交じりで、ぼさぼさのまま無造作に垂らしている。服装は、かなりぼろいレインコート姿だった。
そいつはぷいっと後ろを向くと、校門のほうに歩いていった。ただし、片脚を引きずっている。
もちろん、僕は幽霊屋敷で聞いた足音をすぐに連想した。
ひょっとして、あいつが教室に忍びこんで、虹子の机の中にあれを入れたんだろうか?
「出て行ったわ。みんな、もし帰るときに声をかけられたりしてもついてっちゃだめよ」
春日先生はそういって、場を閉めた。
「つけるぞ、あいつのこと」
武彦が僕らに小声でいう。
虹子はなんか乗り気そうだった。獏はいつもみたいににこにこしていた。僕は頼むからかんべんしてくれと思った。
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