第6話

「なんだこりゃ?」

 しばらくいっしょに読み進めていた武彦がついに叫んだ。

「おとぎ話だろ、これ?」

 たしかにここに書かれていることは、とてもほんとうのこととは思えなかった。

 でも僕は必ずしもそうとはいいきれない。だって、じっさいに鳥籠男爵を見ちゃったからね。しかも、がらんどうの胸の中にカナリアを飼ってるってところまでいっしょだ。

 それに死んだカナリアが入った鳥かごがあったり、なにより、女の子と鳥籠男爵が並んで写っている写真がある。とてもおとぎ話では説明がつかない。

 だから、僕は主張した。ここに書いてあることはどんなに現実ばなれしていても、ほんとうにあったことにちがいないと。

「だいじょうぶ、タカ?」

 虹子はまるでかわいそうな子供を見るような目で、僕を見る。

 武彦とおなじように、まるっきり信じていないみたいだ。

「じゃあ、この日記に書かれてある、ドアを釘付けされたとか、ドアには食事を出し入れする穴があるとかはなんだ? そんなものはなかったし、ドアは釘付けなんかされてない。それどころか鍵すら掛かってなかっただろうが」

「う……、そ、それは……」

 たしかに日記の内容とあわない。

 やはり作り話か、ただの妄想なんだろうか?

「獏はどう思う?」

 僕は最後の希望を獏にたくした。

「すごく、きょうみ深いねえ」

 そういって、あいまいに笑う。

 なんかおもしろくなかった。だって、これがただの物語だとしたら、どうしてこんな日記風にしなくちゃいけないんだろ?

「べつにタカちゃんを馬鹿にしたわけじゃないよ。でも、この日記が何年のものなのか書いてないけど、これを見る限り、終戦直後みたいだよ」

「終戦直後ですって?」

 虹子が目を白黒させる。

「だって、ほら、最初のほうに『 ここに来る途中、車の中からみた様子では、まだあちこちにやけあとが残っていました。』って書いてあるよ。そんな状態は、終戦直後しか考えられないよ」

 獏が最初のほうを指さす。

「ますますでたらめだ」

 武彦がそう決めつけた。

「いや、そんなことないだろ?」

 僕はちょっとムキになった。

「だって、一家心中があったのは、ほんの十五年前だろ? この女の子がそのちょっと前に住んでいたんなら、新聞記事にこの子が載ってるはずじゃないか? 載ってないのは、もっと昔の話だって証拠だよ。それなら、着物を着ていたり、写真が白黒なのも説明がつくじゃないか?」

「じゃあ、なにか? この女の子は、この記事でいえばおとなの女か?」

 武彦がふたたび、記事を見る。

「ええっと、終戦っていつだっけ?」

 正直僕は社会科に興味がない。

「一九四五年よ。心中事件があったのは、二〇〇四年。もしこの子が当時、十歳くらいなら、事件当時は六九歳ってところね」

 虹子がてきぱきと暗算する。僕は途中まで計算しようとして、考えるのをやめた。虹子を信じることにする。

「ふん。おとなは何人かいるが、そんな年のやつはいないな」

 武彦が勝ちほこったようにいう。

「でも、もっと前に死んだか、事件のときはもう、どっかに行っていなかったのかもしれないじゃないか?」

 僕はそういい返した。

「それだったらドアのことも説明がつくよ。あの女の子が死ぬかいなくなったあと、釘止めしていた板を外して、ドアを取りかえたんだ。もう、そんなことをする必要がなくなったからね」

 いや、べつにこれは屁理屈じゃないよね。十分ありえることだと思う。

「なになに? なんかおもしろそうな話してるわね?」

 店の営業が終わったのか、高子さんが顔を出した。そして、アルバムの写真や新聞記事をめざとく見つける。

「白皇院家? ああ、あの一家心中した幽霊屋敷ね? そういえば、子供のころ、あそこ探検したなあ」

 高子さんは懐かしそうにいう。

「え、それ、いつの話よ、お姉ちゃん?」

「だから、子供のころ。十年くらい前かな?」

「ふ~ん。でもべつになにもなかったんでしょう? タカは幽霊見たらしいけどね」

「え、幽霊見たの、タカちゃん?」

「え、は、はい。ほんとです。嘘じゃないです」

「やあねえ。誰も嘘だなんていってないでしょう? あたしも見たしさ」

「え? それほんと? はじめて聞くわよ、そんなこと」

 虹子は疑り深そうな顔だ。

「あんたが小さいころ、いった。覚えてないんじゃないの? 小さいくせにちっとも怖がらないで、あたしを嘘つき呼ばわりした。だから、もうその話はしてない」

 高子さんはちょっとおもしろくなさそうにいう。

「そ、それで、なにを見たんですか?」

 僕は身をのりだした。

「ええっとね……」

 高子さんは幽霊について語り出した。


   *


 あれは、あたしがたしか八歳のころね。夏休みのことだったと思うけど、近所の上級生の男の子何人かといっしょに、夕方忍びこんだのよ。幽霊屋敷探検気分で。

 あのころは、あのお屋敷まだそんなに荒れ果ててなかったなあ。窓ガラスとかもそんなに割れてなかったし、なにより中はけっこうきれいだったわ。

 玄関は人が入れないように戸締まりされてたから、一階のガラスの割れた窓から入ったんだけど、廊下に出ると、上の方から音がするの。

 ぱたぱたぱた、ぱたぱたぱた、って。

 誰も住んでないはずなのに、明らかに足音だったわ。それも小さい子供が走りまわってるみたいな。

 いっしょにいた六年生の男の子のひとりがもうびびっちゃってさ。「帰ろう、帰ろう」ってうるさいのよ。だけど、あたしはガキ大将の男の子の意見に賛成だったわ。

「なに馬鹿なこといってんだよ。幽霊がいるなら見てやろうじゃねえか」

 まさにそういう気分だったわ。だからわくわくしながら、その子のあとをついて階段を上っていった。

 二階にはもちろん誰もいなかった。足音も聞こえなくなったわ。

 かわりに笛の音が聞こえてきたの。一番奥の部屋から。

 怖がる子らは置いて、あたしとそのガキ大将の子は、音の聞こえる部屋まで行ってびっくりしたわ。

 だって、部屋のドアに板が打ち付けて、誰も出入りできないようになっていたんですもの。

 そう。いわゆる開かずの間だったわ。まるで、なにか良くないものを閉じこめでもしてるみたいだった。

 でも、笛の音はまちがいなくこの中から聞こえてくる。

 それだけじゃない。その音に合わせて、小鳥が鳴いているの。

 たしかめたくてもドアを開けることはできない。でも、ドアの下のほうに、郵便受けみたいな細長い穴があることに気付いたわ。

 あたしはそこから中をのぞいてみた。

 カナリヤが部屋の中を飛びまわっていたわ。でも、笛を吹いている人は誰もいない。

 あたしがそういうと、ガキ大将の子は、さすがに怖そうな顔をして、あとずさりするのよ。

「ふん。いたずらだ。きっとなにかに録音して流してんだろ?」

 強がってるけど、あきらかに怖がってた。ぎゃくにあたしは怖くもなんともなかった。だってなにもいなかっただけで、お化けの類を見たわけでもないしね。

「さっき足音がしたってことは誰か隠れてるんだ。そいつがカセットのスイッチを入れたのさ」

 その子はそういって、二階の部屋ひとつひとつを開けていった。

 もちろん、あたしもいっしょに中をのぞきこんだけど、誰ひとり隠れてなんかいなかった。

 ついにその子は真っ青になって下に走っていったわ。

 あたしはわけもわからず、ついていったけど、まあ、今思えば、小さすぎて想像力が働かなかっただけなのかもね。

 そのまま、みんなで外に出ちゃったけど、そのガキ大将の子、こんなことをいいだしたの。

「やっぱり変だ。あの部屋、窓からのぞいてやる」

 たぶん、勇気をふりしぼったんでしょうね。幽霊におびえた姿を下級生の女の子に見られたままにできなかったんだわ。

 雨樋を伝って、二階のバルコニーに登ると、窓から中をのぞいたわ。

 カナリヤも飛んでなかったって。

 そのかわり、籠の中に死んだカナリヤがいたんですって。

 しかも窓は中から鍵が掛かってたし、ガラスも割れてなかった。

 そして着物を着た幽霊が、その子をじろっと見たんですって。

 その子、バルコニーから飛びおりて大変だったわ。さいわい怪我はしなかったみたいだけど。

 その子はすぐに引っ越しちゃったんだけど、それまでの間、二度とあそこで見たことを話すことはなかったわ。

 あまりくわしい話をせずに、いなくなっちゃったから、噂が尾ひれをつけて広まって、たいへんだった。とにかく、あそこにはカナリヤを笛で操る女の子の幽霊がいるっていうのはすごく有名な話になった。

 それ以来、近所の子は誰もあのお屋敷には近づかなくなったの。


   *


「や、やっぱり……」

 僕は高子さんの話を聞いて、震え上がった。

 カナリヤ、笛の音。もういたずらなんかじゃないのはまちがいない。

 そしてあの部屋は十年前からもう開かずの間になっていた。窓にだって開けられないようになってたし。密室なんだ。あの中に幽霊は住みついてるんだ。

「で、あんたたちも屋敷の中まで入ったわけ?」

 高子さんが興味津々って顔で聞いてくるので、虹子がしょうがないって感じでぜんぶ説明する。

「ふ~ん。なかなかおもしろそうな話ね」

 高子さんは目をかがやかせる。さすが姉妹だけあって、そういうところはそっくりだ。

「でも変ね。あたしがいったときには、たしかにドアには板が打ち付けられてあったし、ドアの下の方に食事の出し入れでも死そうな小さな穴があったわ。なくなったってことはあとで誰かがドアを入れ替えたのかしら?」

 それもなんか変な話だった。だって、高子さんが探検したころにはあそこは幽霊屋敷として有名な廃屋だったんだから。誰も住んでない家のドアをわざわざ交換なんかするはずがない。

「今度夜中に探検しようか?」

 そういって、僕らを見つめ、にっと笑った。

 冗談じゃないです。

 さすがに武彦と虹子も行くとはいわなかった。獏はにこにこ笑ってただけだけど。

「まあ、もういい時間だし、探偵ごっこもきょうはここまで。各自家に帰んなさい」

 というわけで、僕らは追い出された。

 僕は家に帰りながら考える。

 謎だらけだ。

 あの写真の女の子はけっきょく誰なんだろう? 

 鳥籠男爵は女の子とどういう関係なんだろう?

 あの屋敷で聞いた足を引きずる音は誰のものだったんだろう?

 女の子はどうして家族にあの部屋に閉じこめられたんだろう?

 女の子は一家心中事件のとき、どうしていなかったんだろう?

 そして最大の謎は、どうして女の子の幽霊と、鳥籠男爵は現代によみがえったのかだ。

 自分には直接関係なことだとは思いつつ、気になってしょうがなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る