第5話

 八月十五日


 きょう、あたしはお父様とお母様に連れられ、新しいお屋敷に引っ越してきました。

 ここに来る途中、車の中からみた様子では、まだあちこちにやけあとが残っていました。でもそまつながらも人が住む家が建ち並んでいます。みんな必死なんだろうなと思いました。

 それに比べると、あたしは幸せなんでしょうか? このお屋敷はまわりの家に比べるとずいぶんと立派です。家族だって、お父様、お母様、お兄様、お姉様とみなそろっています。

 着ているものだって、道ゆくひとたちはみすぼらしいかっこうをしているのに、あたしの家族はみんなきれいな服を着ています。あたしもお気に入りの振り袖を着ていられます。

 それにみんなあたしに優しいの。家族はもちろん、じいややばあやだってけっしてあたしに大声で怒ったりはしません。

 あなたは特別だから。

 お嬢様はふつうのひととはちがうから。

 そんなことをいって、ちやほやしてくれます。

 でも、ほんとうはあたし、お外で同じ年頃のお友達と遊びたいの。

 どうしてだめなんだろう?

 あたし、べつに体が弱いわけでもないのに。

 きょうだって、お屋敷にはいるとすぐに、じいやにあたしの部屋に案内されました。二階の一番奥の部屋です。ほんとはお外を探検してみたかったのに。

 あたしの部屋は畳の部屋じゃなくて、ちょっと洋風な板張りの部屋でした。押し入れがなくて、かわりにベッドがあります。それにお便所やお風呂までついています。もちろん、勉強机や本棚といったものもちゃんとありました。

 カナリヤのピーコが鳥かごに入ってぶら下げられていました。ピーコは前の家にいるときからのお友達です。

 じいやは廊下に出ていきました。あたしもいっしょにいきたかったけど、だめだっていわれました。

 じきにとんとんとなにかをたたく音がします。

 あたし、じいやに聞きました。なにをやってるのって?

 じいやは答えました。ドアを板で打ち付けているのですって。

 どうしてそんなことをするのって聞きました。

 悪いやつらがはいってこないようにと、じいやは答えました。

 お外で遊びたいというと、じいやは答えます。

 そとにいるやつらは、あたしの姿を見れば、いじめるに決まってると。

 だから、がまんしてくださいと。

 あたしは気分が暗くなりました。だって、ずっとこの中にいなくてはいけないんですもの。

 お腹が減ったらどうするの?

 じいやは答えます。ここから差し入れてあげますと。そしてドアの下の方にあるちいさな窓を開けて手を出して見せました。

 じっさい、夕方になると、そこからお盆にのった食事が出されました。

 あたしはひとりで食べました。

 さみしくなんかありません。だってあたしにはピーコがいるし。

 でも、ちょっとだけ落ち込んで、笛を吹きました。


 八月二十五日


 毎日毎日、退屈です。

 あたしの話し相手はピーコだけです。あとはじいやが食事を運んできたとき、すこし話をしてくれるだけです。

 お父様やお母様はどうしたのでしょう? きっと忙しいんだと思います。

 ピーコがそういってました。

 しょうがないから、笛を吹きます。


 九月三十日


 退屈で退屈でしょうがないので、あたしはピーコに相談しました。

 ピーコはいいます。

 じゃあ、鳥籠男爵を呼ぼうって。

 男爵なんて、なんかえらそうな人ですけど、あたしの遊び相手なんかになってくれるのかしら?

 でもそれはよけいな心配でした。

 ピーコが歌います。

 ぴるるるぴるるるぴるるるる。

 それにあわせて歌う、べつのカナリヤの声が聞こえました。

 気付くと、部屋の中に黒マントとシルクハットをかぶった大きな男の人が立っていました。

 あたしはびっくりして、どこから入ってきたの? と聞きました。

 私はどこからでも入ってこれるし、どこへでもいけるのさ。

 鳥籠男爵はそういって、笑いました。

 ピーコも笑うように鳴くと、鳥籠男爵のほうからもカナリアの鳴き声がします。でも鳥籠男爵は手になにも持っていません。

 どうして、カナリアの声が聞こえるの?

 そう聞いてみると、鳥籠男爵は笑ってマントの前をはだけました。

 あたしはびっくりしました。だって、鳥籠男爵の胸は肉が付いてなくて、あばらの骨が見えていたんですもの。

 しかも、あばらの中はがらんどうで、中にカナリアが一羽止まり木にとまっていました。

 ピーコが歌うと、鳥籠男爵の中のカナリアも歌います。

 あたしはようやく、どうしてこの人が鳥籠男爵と呼ばれているのかわかりました。

 自分自身が鳥かごだったんですね。

 あたしは歓迎の意味で、笛を吹きました。

 鳥籠男爵は音色に合わせて踊ります。

 ピーコも、鳥籠男爵のカナリアもそれに合わせて歌います。

 楽しい一日でした。

 鳥籠男爵は呼べばまた来ると約束して、消えました。それこそあたしの目の前で、煙のように。


 十月十日


 鳥籠男爵は毎日遊びに来てくれました。

 でも、あたしはだんだんお外に行きたくなりました。

 だめでもともとで、鳥籠男爵に頼んでみました。

 鳥籠男爵は笑ってマントを広げると、この中にお入りといってくれました。

 あたしはちょっと考えた末、笛とピーコの入った鳥かごを持って、男爵のマントの中に入ります。ピーコもきっと外の景色が見たいと思ったから。

 すっぽりと包まれて、真っ暗になると、鳥籠男爵はどこに行きたい? と聞いてきました。

 公園。あたしがそう答えると、鳥籠男爵はマントをめくってくれました。

 目の前には公園がありました。あたしと同じ年頃の子が、遊んでいます。

 鳥籠男爵はピーコは見ててあげるから、いっしょに遊んでおいでといいました。

 でも、はじめてのことなので、ちょっともじもじしていると、じゃあ、笛を吹いてごらんと勧められました。

 がんばってなるべく楽しそうな曲を吹いてみました。

 はじめはあっけにとられていたその子たちも、あたしのまわりに集まってきて、うまいなあとか、きれいなベベね、とか話しかけてきます。

 あたしは誘われるままに、その子たちといっしょに遊びました。

 お父様たちは、あたしが外で他のこと遊ぶといじめられるっていってましたけど、そんなの嘘でした。

 どの子もあたしに優しくしてくれました。

 鳥籠男爵はそんなあたしを見守って、ときどき写真を撮っていました。

 夕方になって、その子たちがお家に帰るというと、鳥籠男爵はあたしといっしょの写真を撮ってほしいと、カメラをひとりの子に渡しました。

 あたしは鳥籠男爵と並びます。その子はこんな高級カメラ見たことないと大さわぎしたあと、うれしそうにファインダーをのぞいて、シャッターを切りました。

 みんながお家に帰ると、鳥籠男爵はまたマントの中にあたしをいれると、お屋敷に戻ってきました。

 鳥籠男爵はいいます。お家の人にはないしょだよ。

 あたしはうなずきました。だって、お家のひとたちはどうしてか、あたしがお外に出るのをきらうんですもの。

 鳥籠男爵は、また煙のように消えていなくなりました。


 十月十五日


 鳥籠男爵は、この前の写真を持ってきてくれました。

 あたしが写ってる写真。それに鳥籠男爵といっしょに写っている写真。

 あたしは鳥籠男爵とふたりで並んでいる写真を写真立てに入れました。

 他の写真はアルバムに貼りました。

 鳥籠男爵はいいました。この写真はけっして家の人に見せてはいけないよと。

 あたしはうなずきました。ふたりだけの秘密です。なんかわくわくします。

 きょうもふたりでお出かけです。きょうはピーコはお留守番です。でも笛は持って出ました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る