第4話

 虹子のお姉さんの高子さんは、高校を卒業したばかりで、小さな本屋さんの店長をしてる。といっても、オーナーは虹子のお父さんの友達とかで、店員は高子さんひとりだけなんだけど。

 そこは東京でもめずらしい本格ミステリーだけを集めた専門店らしい。なんだかんだいいつつ、僕らのたまり場になっている。

「いらっしゃ~い。って、なんだ、虹子たちか?」

 僕らが店にはいると、高子さんはちょっと失望した顔をした。

 虹子とちがって背中の半分くらいまでとどくロングヘアで、手入れがいいのかつやつやしてる。だいたいジーンズとトレーナーとか、動きやすいかっこうにエプロン姿をしてる。きょうの服装はそのものずばりだった。あんまり色っぽくないけど、顔立ちはなんていうか、かっこいい。きりっとした美人っていうのがぴったりかな?

「あいかわらず、お客さんいないよね」

 虹子があきれたようにいう。

「しょうがないでしょう? だって本格ミステリー専門なんだもの。マニアしか来ないのよ、マニアしか」

 もっともそういう高子さんこそ、そのマニアの代表格だ。だからこそ、ここの店長やるかって話がきたとき、すぐ乗ったって、虹子がいってた。

 じっさい、せまい店の本棚にぎっしりと並べられているのは、クリスティー、カー、クイーンといった海外の古いミステリーから、江戸川乱歩、横溝正史といった日本の古いのに、ちょっと前に流行った新本格、さらに最近のものと、とにかく名探偵が活躍する謎解きミステリーばかりだ。

 まあ、そういうことがわかるのは、僕をふくめてこのメンバーはミステリー好きぞろいだからなんだけど。

「奥使っていいでしょ? あと、パソコンと」

「いいけど、もうすぐ晩ご飯の時間だよ」

「それまでには帰るから」

 虹子はそういうと、ずんずん奥にいく。店の奥は和室の休憩所になっているからだ。

「おじゃまします」

 僕らはそういうと、虹子につづいて、奥の和室に上がった。

 部屋の真ん中には春だというのに、テーブル代わりにこたつが置いてある。僕らはそれを囲むようにして座った。

「ちょっと待ってて、さっきの写真、パソコンに送るから」

 虹子は奥にある机の上のノートパソコンのスイッチを入れると、さっきスマホで撮った写真をメールで転送する。

 虹子は小学生の女の子で、しかも外で遊ぶのが好きなタイプだから、パソコンなんかに縁がなさそうに見えるけど、じつはそういうことにむちゃくちゃくわしい。

 なんでもパソコンやスマホくらい使いこなせないと、現代の探偵失格なんだそうだ。

「さっきの男はなんなんだ?」

 武彦がいう。まあ、姿を見たわけじゃないんで、男と決まったわけでもないけど。

「今の状況じゃまだなんともいえないよぉ」

 獏がのんきにいう。そういえば獏だけはあの緊張状態の中でも、のほほんとしてたような気がする。

 でもまあ、たしかに姿を見たわけでもない男の正体をあれこれいってもしょうがないかもね。

 だけど、あの男がやたらと「恐ろしいことが起こる」とかいっていたのがすごく気になる。

 虹子は作業を終えたらしく、席に着く。

「で、そのアルバムにはなにが載ってるの?」

 獏はアルバムをこたつの上で広げた。

 何枚もの写真が貼られている。例のおかっぱ頭をした着物姿の女の子ばっかりだった。

 やはり、古い写真らしく、ぜんぶモノクロで、アルバムも写真を透明シートの間にはさむやつじゃなくて、のり付けだ。写真立てにあった、鳥籠男爵とのツーショットと同じ写真もある。

「この女の子が、あの部屋に住んでたんだろうね?」

 僕はつぶやいた。だって、そうでなきゃ、あの部屋で幽霊になるわけないしね。

「だが、なんか変じゃないか? この子、着物着てるぞ。写真だってカラーじゃないし。そうとう昔なんじゃないのか。あの屋敷から人がいなくなったのって、いつの話だ?」

「うん。あたしも武彦に賛成。あのお屋敷が廃屋になったのって、せいぜい十年とか二十年くらい前じゃないの? それにしてはこの写真、古すぎると思う」

 ふたりが否定的だったので、僕はちょっとむきになった。

「そうはいうけど、着物着てたからって大昔とは限らないじゃないか。今だって、着物はあるんだし。写真だってそうさ。モノクロフィルムは今だって売ってる。十年前ならなおさらだよ」

「そんなのこじつけだ。俺は親父とお袋が結婚する前の写真を見たことがあるが、ぜんぶカラーだったぞ。着ているものだって今とたいして変わらん。もしその子があの屋敷に住んでたんなら、とうぜんカラー写真を撮ってたはずだ。着物だってなにかのイベントのときならともかく、日常的に着てるのは変だろうが」

 たしかに写真は同じ日に撮ったわけじゃなさそうだ。背景がちがうし、はじめの写真とあとの写真じゃ、女の子の年が微妙に違う気がする。つまりいつもこんなかっこうをしてたってことだ。

「それは置いといて、これを見てよ」

 獏がページをめくった。

 そこには変色した古い新聞の切り抜きがはさんであった。

 貼り付けてあったわけじゃなくて、アルバムの中にはさんであっただけ。ひょっとしたらこの新聞はあとから誰かが入れたのかもしれない。


「白皇院家経営破綻の末、一家心中」


 記事にはそう書いてあった。日付は今から十五年前。

「一家心中? それで幽霊屋敷になったのか?」

 僕は思わずさけんだ。

「だが、あの家かどうかわからないじゃないか?」

 武彦が口をはさむ。

「そんなのパソコンで調べればすぐよ」

 そういいだしたのは虹子だ。パソコンを机の上からこたつの上に移すと、なにやら操作しだした。

「どうやらほんとうみたい」

 そういって、画面を指さす。

「いったいなにをやったんだよ、虹子?」

「なにって検索したのよ。そんなこともわかんないの、タカ」

 ちょっとおもしろくなかったけど、虹子にしてみればそれは常識らしい。

「とにかく、白皇院家っていうのが十五年前に一家心中したのはまちがいないみたいだし、住所からいって、あの幽霊屋敷が白皇院家よ」

 虹子は画面を見ながら解説する。さらにいろいろ検索を続けた。

「どうやら白皇院家っていうのは戦後急に力をつけた家みたい。いろんな企業を持って栄えたけど、それがぜんぶだめになって絶望したんでしょうね」

「でもちょっと変だねぇ。この新聞記事には死んだ人の写真が載ってるんだけど」

 獏にいわれて記事を見返すと、たしかに家族の写真がずらずらと並んでいた。

 父親、母親、さらにその両親や兄弟が何人か。子供は男女あわせて五名。女はふたりいたけど、どっちもあの写真の女の子とはちがう。

「じゃあ、あの写真の子は誰なのさ?」

 武彦と虹子だってそう思ったはずだ。

「その答えはこの日記帳にあるかもね」

 獏はそういって日記帳を開いた。

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