第3話

 放課後、僕たち四人は幽霊屋敷の前の路地にいた。きのう、鳥籠男爵と出会ったところだ。ひとりだったら絶対にこないけど、きょうは仲間といっしょだし、まだ明るいからとりあえずオーケーかな? でもまあ、できればいたくないね、ここ。

「ふ~ん。このへんて民家がないね。夜になればたしかに不気味かも」

 虹子が昼間のいきおいはどこへやら、ちょっと弱気な発言をした。

「だろ? やっぱり帰ろう」

「はん。タカがそうなのは知ってたが、虹子もけっこう臆病だな。どこが怖いんだ。ただのさびれた裏通りじゃないか?」

「なによ。べつに怖がってなんかないわよ。人通りが少ないっていいたかっただけ。だいいち今昼間だし」

 武彦がからかうと、虹子は頬をふくらませた。教室では強がってただけと思われたくないらしい。

「で、その鳥籠男爵はどこにいたの、タカちゃん?」

 そんなやりとりとは一生無縁って感じで獏が聞く。

「ここさ。ここに立ってたんだ。僕はここにいて……」

 僕はあちこち指さしながら、位置関係をみんなに説明する。

「ふ~ん?」

 獏はなんか楽しそうに、身をかがめて路上を見つめだした。なにか手がかりはないか探してるんだと思う。僕たちもつられていっしょに探したけど、とくに変わったものはなにもない。

「なあ、獏。こんなところ探したって手がかりなんかないぜ、きっと。それより幽霊屋敷の中を探検しよう」

 こんな恐ろしいことをいいだしたのは武彦だった。まったく馬鹿に怖いものはないっていうけど、ほんとだと思った。

「うん。そうだねぇ」

 だけど、獏までのんびりした口調で、武彦に賛成した。

「いいよ。あたしは怖くなんかないし」

 虹子は力強く断言した。

 たとえ僕が反対しても、三対一だからしょうがない。さすがにひとりだけ逃げ帰るのはかっこわるすぎる。

「よし、いくぞ」

 武彦のかけ声とともに、僕らは塀の壊れているところから、敷地の中に入った。

 こっちはお屋敷の裏側で、いちおう裏庭みたなのはあるけど、それほど広くなくて、塀から建物まではせいぜい十メートルくらいしかない。長年ほったらかしにされてるせいで、雑草がけっこう茂っていた。

 窓ガラスはいくつかあるけど、やっぱりほとんど割れていたし、外壁全体をおおっているツタはやっぱり気味が悪い。まあ、夜見るよりはましかもしれないけどさ。

「で、幽霊がいたのはどの部屋だ?」

 武彦が聞いてきたので、僕は指さす。

「たぶん、あそこだよ」

 二階の一番左端の部屋。にょっきり時計塔が建っているところの裏がわだ。もちろん今そこには人影はなかった。

「ところで、どっから入る?」

 虹子が建物をきょろきょろ見まわす。

「そんなの、このへんの窓から……」

 武彦はそういいながら、一番派手に窓ガラスの割れた一番右側の部屋の前まで行った。そのまま窓に手をつっこんで鍵を開け、とっとと中に入りこんでいく。虹子がそれを見て、負けじと続く。獏もあとに付いていったから、僕だって行くしかない。

 その部屋は誰かの個室だったみたいだ。机に椅子、ベッド、クローゼットに本棚が置かれてあり、それほど広くもない。長年掃除してないだけあって、机の上は埃まみれで、板張りの床は吹きっさらしの雨のせいか窓のそばだけ腐りかけてる上、割れたガラスがそこら中に落ちてる。ベッドのスーツはうすよごれ、壁や天井にはあちこち蜘蛛の巣が張っていた。

 この部屋から廊下に出て、ようやくこの建物の大まかな作りがわかった。

 真ん中に長い廊下が走ってて、その両側に部屋がある。外に直接面した窓がないおかげで、かなりうす暗い。

 部屋は僕らが入った裏側には七部屋ならんでいて、正面側は四部屋。三部屋少ないのはその分ホールになって玄関側に飛び出しているからだ。

 ホールに行くと、先に玄関ドアが見える。ホール自体は吹き抜け構造で、屋根が丸見えになっている。天窓があるせいで上から降りそそいでくる光がまるで森の中の木漏れ日のようだ。おかげでその光の筋の中に、散乱する埃がよく見える。どうやら雨漏りがひどいらしく、ホールに置かれたソファとかはぼろぼろだし、大理石の床の表面には汚れがこびりついていた。

 ホールの中に二階にいく階段があった。

「まあ、夜来れば怖いかもね」

 虹子がなにげなくいったけど、たぶんほんとは怖いんだろう。顔は笑ってない。もちろん、僕だってこんなところにいたくない。

 逆に獏はみょうに楽しそうに、くりくりっとした目で、あっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろしている。

「ふん、いくぞ」

 武彦は鼻息を荒げ、ずんずんと階段を上っていった。仕方なく僕らもそれに続く。

「幽霊を見たってのは、こっちの突き当たりだったな、タカ?」

「うん」

 武彦は階段を上りきると、右側を指さし、僕に確認するとさらに進んでいった。

 二階もどうやら一階と同じ作りらしく、裏側には一列に部屋がずらりと並んでいる。

「おい、開けるぞ」

 一番奥の部屋の前までいくと、武彦がごくりとつばを飲み、ドアノブに手をかけようとする。

「待ってよ。証拠写真撮っとく」

 追いついた虹子は、ポケットからスマホを取り出すと、内蔵のカメラでドアを正面から撮った。

「いいよ」

 何枚か撮ったあと、虹子がいう。

 僕ら四人は一瞬、顔を合わせた。なんだかんだいいつつ、みんな緊張してる。

 武彦がドアノブをがちゃりと回す。鍵は掛かっていないようだ。

 やだなあ。もし女の子の死体があったらどうしよう。

 僕はなんとなくそういう可能性が高い気がしていた。だって、きのう見たのはまちがいなく幽霊だろうからね。

 武彦はドアを開けた。

 さいわい、中には誰もいないし、死体もなかった。

「なんか女の子の部屋みたいだね」

 虹子はそういうと、鑑識課にでもなったつもりか、スマホのカメラでかしゃかしゃとあちこちを撮りまくりる。

 同感だった。ドアから見て、右のほうの壁には本棚をはじめとした棚が並び、棚にはいくつかの人形が並べられている。和装の女の子の人形だったけど、どれも古いせいかかなりうす気味悪い。反対側の壁には机と椅子、窓ぎわにベッドが置かれてあった。その布団カバーは薄汚れてはいたけどピンク地に動物のキャラクターが描かれたものだった。

 とりあえず、着物を着た女の子の死体があるという最悪の事態には出会わなかったけど、よく見るとこの部屋はそうとう不気味だ。

 まず、窓のそばには天井から鳥籠がつり下げられていた。竹で編んだような作りで、変色してぼろぼろになってるけど、中の止まり木には小鳥がとまっていた。といっても、ずっと前に死んだらしく、黒ずんでミイラみたいになってるやつで、もうカナリヤだか文鳥だかわかりゃしない。

 とうぜん、僕は鳥籠男爵を連想していやな気分になった。

 しかも窓は回転錠が下りてるだけじゃなくて、四隅に金具がボルトで窓と窓枠をがっちり固定して、開けられなくしてある。まるで囚人の部屋だ。窓ガラスはひびは入っていたけど、ちゃんとはまっていた。手をつっこむすき間だってない。

 さらに机の上を見ると、横笛が置かれてあった。フルートのような金属製のものじゃなくて、古びた木製のやつ。和風の横笛だ。

「きっときのうの幽霊が吹いてた笛だ」

 僕が怖々というと、虹子が興味深そうに、笛に向けてカメラのシャッターを切る。

「ふん、馬鹿馬鹿しい」

 武彦は取り合わない。強がってるんじゃなければ、ほんとうに幽霊とかは信じてないらしい。

「写真立てがあるねぇ」

 獏にいわれて、机の奥に古い写真立てがあるのに気付いた。ふたりの人物が写っている。古いモノクロの写真だった。

「うわあ。幽霊と鳥籠男爵だ」

 僕は間抜けな叫び声を上げる。

 でもしょうがない。そこに写っているのは、ひとりは黒マントとシルクハットをかぶった大柄の男で、ぴんととがった口髭を生やし、顔にはサングラス。おまけに手には鳥籠を持っている。そしてもうひとりは十歳くらいの振り袖を着たおかっぱの女の子だ。手には笛。他に考えようがないじゃないか?

「こいつらをきのう見たってのか? ほんとか?」

 武彦が疑り深そうに聞いた。

「ほんとだって。そりゃ、女の子はシルエットしか見えなかったから、顔まではわからないけどさ。でも、こんな感じだったよ。笛だって持ってるし。それに鳥籠男爵は同じ格好してるし……」

 いや、待てよ。この写真の男の人は、ふつうに顔を出してるけど、きのうみた鳥籠男爵は、ゴムのマスクみたいなのをしてたぞ?

「ま、まあ、僕の見たやつは顔かくしてたけど、……すくなくとも見た目はいっしょだ」

 ちょっと声が弱々しくなった。いわれてみると、同一人物かどうかはわからない。でも僕は理屈じゃなくて直感的に、こいつがきのう見たやつそのものだと思った。

「このふたりどんな関係なんだろ?」

 虹子が口をはさんだけど、もっともな疑問だった。

 親子かもしれないけど、服装がちぐはぐだ。どっちも時代錯誤な気がするけど、マントとシルクハット、口髭なんてまるでヨーロッパの古い時代の恰好。一方、女の子のほうは純和風だ。それに鳥籠とカナリアはなにか意味があるんだろうか?

 もちろん、誰も答えない。答えを知らないからしょうがない。

「こっちはバスルームか?」

 武彦が部屋の入り口のすぐわきにある小部屋のドアを開けるといった。見てみると、たしかに洋風便器にバスタブがあった。長年使ってないみたいで、壁や床のタイルはかなり汚れていたけど。

「おもしろいもの見つけたよぉ」

 のんびりした口調で口をはさんだのはもちろん獏だった。

 獏は机の引き出しを調べていたらしい。手に取ったのは、古そうな二冊の本だった。

「アルバムみたいだよ。それに日記帳と」

 そのとき、下の方から音がした。

 誰かがいる?

 たぶんホールのほうからだ。そのまま二階に上がってくる気かもしれない。

 僕らは互いに顔を見合わせ、誰からともなく人差し指を口の前で立て、耳をすます。

 じきに階段を上がってくる足音が聞こえてきた。とんとんと規則正しい音じゃなくて、なんか不規則だった。

 やがて足音はこっちに向かってくる。

 ずりっ、ずりっ。

 なにかを引きずるような音だ。

 まずい。なんか、まずいぞ。

 僕だけじゃなくてみんなそう思ったにちがいない。逃げようにも窓は開けられないし、ドアから出れば見つかってします。隠れるしかなかった。

 どこに? とりあえず、バスルームしかない。

 僕らは足音を立てないように注意してバスルームにもぐり込むと、しずかにドアを閉めた。

 ドアが開いた音がした。そいつが廊下からこっちの部屋に入ろうとしている。

「来ていたと思ったのだが……気のせいか?」

 声が聞こえた。しゃがれたうすきみわるい声だった。たぶん、男、それも老人だと思う。きのう聞いた鳥籠男爵の声とはすこしちがう気がした。それに鳥籠男爵は足を引きずっていなかったと思う。むしろ身軽なイメージだ。

「早くなんとかしなければ。なんとかしなくては」

 ドア越しに不気味な声が聞こえた。

「恐ろしい。ほんとうに恐ろしい」

 ばたんと、ドアが閉まる音がすると、ずりっ、ずりっという足音は遠ざかっていく。

 足音で階段を下りていくのがわかると、ようやく僕らはため息をついた。

「ど、どうする?」

 僕は小声で聞く。

「しばらくここでやりすごして、逃げるしかないだろ?」

 めずらしく僕は武彦の意見に賛成だった。

 こんな幽霊が出る部屋で夜を迎えるのは怖すぎる。もし窓が開くなら、二階から飛びおりたってここから脱出したかった。

「もう、いいだろ?」

 しばらく息を殺していたけど、ついに我慢できなくなったのか、武彦がいった。

 賛成だ。これ以上こんなことしてたら、窒息してしまいそうだ。

 虹子と獏も同じ意見だったらしく、だまってうなずく。

 僕らはこっそりと忍び足で部屋を出た。さいわい、さっきのやつの姿はない。

 けっきょく誰にも見つからず、屋敷の敷地外に出ることができた。獏はしっかり例のアルバムと日記を持ってきている。それを手に、僕らにいう。

「これちょっと見てみたいねぇ」

「じゃあ、あたしのお姉ちゃんのところにいく?」

 虹子の意見に反対するやつは誰もいなかった。

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