第2話

「ぜったい嘘ね」

 朝、教室で青空虹子あおぞら・にじこは僕の話を嘘だと決めつけた。もちろん、きのうの鳥籠男爵の話だ。

「なんでみんな嘘だって決めつけるのさ」

 きのう、家に帰ったあと母さんに話してもぜんぜん信じちゃくれなかった。父さんに話したら、ふざけるなって怒られた。

 たしかに、廃屋に灯りと人影だけならともかく、肋骨がむき出しになってて、がらんどうの胸の中にカナリアを飼ってる男なんているわけないしね。常識で考えたら。

 でも見たんだからしょうがない。

「なんでって、そんなことあるわけないじゃない。ぜったいに。百パーセントない。ありえない。命賭けたっていいよ」

 虹子は強気だった。両手を胸でがっしりと組み、ちょっと小振りの鼻をつんと上に向けて、いきがる。

 といっても、このちょっと男みたいな女の子と僕は、べつに仲が悪いわけじゃない。

 ちょうど四月はじめにこの学校にきたといっても、他のみんなは五年生の時からいっしょのクラスだったらしいから、僕はやっぱり転校生あつかいだった。席がとなりってこともあったけど、一番最初に声をかけてきたのが、この虹子だった。

 虹子は性格は男の子みたいだけど、外見はそうでもない。髪はショートだけどさらさらでなんか光ってるし、ちいさいけどつんととがった鼻はかっこいいし、目はきつい感じだけどきれいだ。

 服装だってけっこう気を使ってるらしく、きょうだってオレンジのヨットパーカーに、下はジーンズ柄のミニスカート。けっして男の子みたいな格好をしてるわけじゃないし、背だって男では平均以下の僕より少し低いくらいだ。

 ひょっとして、見た目の可愛さならクラスで一番か二番かもね。

 ただ、なんでもずばずばいうから、きらってる男も多いと思うけど。それでも僕らはなんだかんだいって気があった。

「だいたいタカは恐がりだから、なんでもないことを錯覚しちゃうのよ」

 虹子は僕をタカと呼ぶ。

「そうか。わかった。そいつは露出狂の変態なのよ。だってマントで体をおおってて、目の前でそれを開くなんて、もろに露出狂の手口よ。きっと、やせててあばらが浮き出てたから、それを見たタカが勝手にへんな妄想したに決まってる」

「そんなわけないだろ」

 いったいどうすればこんなアホな発想が飛びだしてくるんだろう?

「子供に、それも男の子に裸見せてよろこぶおじさんなんているわけないじゃないか」

「甘い。そういう変なおじさんもいるの、世の中には」

 虹子はみょうにうれしそうな顔で断言すると、前の席の椅子をけった。

「ねえねえ、武彦たけひこはどう思う?」

「はん。ばっかばかしい」

 話を振られてこっちを向いたのは、武者武彦むしゃ・たけひこ。学校で一番背が高く、いつもしかめたような顔をしている。

 家が剣道の町道場を開いてて、武彦もかなり親父さんに仕込まれてかなりの腕だと、自分でいっている。いつも黒っぽい服を着ているのは、そのほうが侍らしく見えるかららしい。

 長い髪を女の子のポニーテールみたいにしてるのは、とうぜん武士のちょんまげを気取ってるから。はっきりいって、馬鹿の証拠だと思う。やっぱり男の髪は、僕みたいにシンプルで短いほうがかっこいいよね。

 僕にいわせれば、武士というより忍者だ。でも、なぜか女の子にはけっこう人気があったりする。

「幽霊なんてやつは、怖い怖いと思ってるやつにしか見えんのだ」

 つまり、いいたいことは虹子といっしょらしい。僕の見まちがえ。幻覚。そう言いたいんだろう。

「つまり、軟弱なやつにしか見えん。この俺みたいに精神を鋼のようにきたえたものにそんなものが見えるはずもない」

「それでも見えたらどうすんのさ?」

 僕はちょっとだけムキになった。

「俺にまかせろ。その場合はどうやら本物の化け物のようだが、我が家に伝わる霊剣で幽霊だろうが妖怪だろうが一刀両断にしてくれる」

「あんたらどうしようもない馬鹿ね」

 虹子があきれ顔でいった。

「幽霊や妖怪なんているはずないし、逆にもしいたら、あんたらに退治できるわけないでしょう」

「いるんだ」

「退治できる」

 僕と武彦の声が重なった。

 虹子は僕と武彦の顔を、交互に「あ、馬鹿がいる」といった顔で見つめる。

 そのとき、教室の後ろから風が吹いたような気がした。

 そっちを見ると、たった今、ドアを開けて教室に入ってきた生徒がいた。南風獏みなみかぜ・ばくだった。

 僕は漠と顔を合わせるたびに、なんかそんな錯覚を起こす。外はもちろん、部屋の中でも風といっしょにやってくるような。

 もちろん、そんなことは誰にもいったことがない。だってはずかしいからね。獏は風とともに現れるなんて真顔でいうのは。もし「詩人」なんてあだ名がつけられたら登校拒否になりそうだ。

 よくわからないけど、獏はとにかくそういう雰囲気を持ったやつなんだ。

 背格好はどちらかというとやせていて、背は僕よりもすこし低い。髪の毛は虹子よりも少し長いくらいで、目は前髪に隠れがち。いつもだぼだぼの服を着ていてんだけど、歩くたびに髪と服がふわふわと漂っているような気がするのは錯覚だろうか?

 なんか話だけ聞いてると、まるで妖精のように聞こえるかもしれないけど、じっさいそんなイメージをふりまいてるのが獏なんだ。風が吹けば飛んでいきそうだし、強い日ざしを浴びれば消えてしまいそう。そのくせ、獏自身があたたかい光を発し、さわやかな風を呼ぶような気がする。

「あ、獏ちゃんだ。獏ちゃん、獏ちゃん、ちょっと聞いてよ」

 虹子が獏の姿を見るなり、笑顔で呼びかける。なぜか知らないけど、虹子も彼にだけは調子がいい。

 獏はふわふわと漂うように歩いてくると、僕の前、武彦のとなりの席に座る。

「なんだい、虹ちゃん」

 そして後ろを向きながら、にっこりと天使のように笑う。

 僕もたいがいのんきな顔をしてるっていわれるけど、獏はそれを通りこして、見てる人までついのんびりしたくなるような顔をしている。その顔で笑われると、ついつい幸せな気分になってしまうんだ。

 なんか、さっきからまるで僕は好きな女の子の話でもしてるみたいだけど、獏は男だし、僕にあっちの気はないからね。それでもそう感じてしまう不思議なやつなんだ、獏ってやつは。

 きっと虹子のとげとげしい性格もいやされてしまうんだろう。虹子はマシンガンのように僕から聞いた話を説明した。

「というわけなんだけど、獏ちゃん、どう思う?」

「ふ~ん。おもしろい話だねぇ」

 獏はとくにおどろきもしなければ、馬鹿にすることもなく、のんびりと答えた。

「もう、獏ちゃんったら、もうすこし反応してよ。『ぶううううん』に笛を吹く幽霊。おまけに鳥籠男爵よ、鳥籠男爵。あたしはむしろタカの想像力をほめたいくらいよ。マンガ家の才能でもあるのかもね。でもそれを現実に見たっていうのは無理があるでしょう?」

「たしかにいないよねぇ、そんなの。ふつうは」

「でしょ?」

 虹子は勝ちほこったようにいった。

 獏はくりくりっとした目で、楽しそうに僕を見る。

「でも、タカちゃんはそんなことで嘘をつくとは思えないから、きっとなにか秘密があるんだよ」

「だよね?」

 僕はここぞとばかりに、いきおいづいた。

「じゃあ、きょうの放課後、幽霊屋敷を探検してみようよ」

「え?」

 僕は虹子の提案に思わず叫んだ。

「なによ、嘘だってばれるのがいやなの?」

 虹子はにんまりと笑う。

 そうじゃない。あそこには二度と近づきたくないだけだ。

「ふふん。おもしろい」

「おもしろそうだねぇ」

 だけど、武彦と獏はなぜか乗り気だ。

「決まりよ。なんかすこしわくわくしてきた」

 虹子が鼻息を荒くしながら場を仕切った。僕の意志は確認しなくていいらしい。

 ちょうどそのとき、前のドアががらりと開いた。

 担任の春日春子かすが・はるこ先生が教室に入ってくる。

 僕はとりあえず、鳥籠男爵のことは忘れた。

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