最終話 そして私は復讐を誓う

 ジュネイロは工業地帯を有している。市街地から離れればいくつもの煙突が天を突き、黒々とした煙を巻き上げていた。空気が悪いのは致し方ない。

 鉄道網が発達したカラカスとは雰囲気が異なるものの、大きくて活発な街だ。

 見世物として機械巨人ギアハルクを戦わせる闘技場アリーナも建設されており、本場であるリノには劣るものの多くの観客を集めている。


 ジュネイロの網目状に整然と走る道路は計画的な都市開発の賜物であり、縦の番号と横の番号さえ覚えていれば迷わず目的の区画まで行くことができた。


 その中にあるC4R4通り。通称ヨンヨン・ストリート。

 所謂、娼館が並ぶその地区の治安は決して良いものではない。

 だからゴミが散乱した路地裏まで追い詰められて、拳銃を向けられる者がいても何ら不思議ではなかった。

 ここの住人は当然のように心得ているので、真夜中にどんなに声を上げても警察を呼ぶような真似はしない。


「や、やめてくれ!」


 得意先の情婦を求めてやってきたその軍人は、鼻水まで垂らして惨めに命乞いをしてくる。

 年齢は50代半ばといったところで、不摂生のため太った腹が醜く飛び出ていた。

 3人いた護衛は私が既に殺したので、頼れるのは金か己の力かどちらかだけである。

 この男の場合は後者が圧倒的に不足していた。脂汗をかく様は見るに堪えない。


「金なら出す! だから撃たないでくれ!」

「売国奴」


 私は低く通る声で切り出してやる。

 そいつはこちらが求めているものを察したらしく、膝をついて両手を上げた。


「誤解だ! これまで40年間、私は共和国のために――」

「あなたは反政府組織からカネを受け取り、機密情報を漏洩していた。うまく資金洗浄していたつもりでしょうが、既にアシが付いています」

「それは……」

「心情は理解しているつもりですよ。腐敗した上層部の人間なら誰でもやっていることですから。争いの火種が無くなると自分の持っているシマから旨味が無くなる――ということですよね」


 一歩、前へ出る。その分だけ男は後退りし、生ゴミの詰まったバケツを引っくり返してしまう。


「私は共和国への不義を咎めているのではありません」


 豚のような面がさらに間抜けに口を開けた。

 それが愉快で私も満面の笑みを浮かべてしまう。


「私が潰したいのは『コード912』に関わった中で『リノの魔女』に通じていた連中です。つまりは共和国軍に潜り込んだ卒院生と、奴らに情報を売った上層部のことですよ」


 脂の詰まった面の皮がみるみるうちに青褪めていく。

 恐怖で視界が歪んでいることだろう。

 そうだ。もっとだ。もっと……


「お、お前は何者だ!?」

「ミレイ・ジル・ノーランド。共和国軍改革派の所属です」

「馬鹿な! ノーランド姓なら卒院生だろうが! 何故、情報源であるワシを害する!?」

「やはり分かっていないようですね。『ナイン・トゥエルヴ』を取り逃がしたせいで、私の部隊は解体されました。その泥を被ったのは隊長殿です。彼は戦死しました」

「そうか、お前はケルベロス部隊の生き残――」


 トリガーへ指をかけ、照門に男の眉間を捉える。

 台詞を遮って銃声が響いた。

 男の右目と左目のちょうど中間地点に穴が空いたのを確認し、加齢臭のするコートへと手を突っ込む。

 財布を奪った私は足早に現場から去った。


………

……


 今回の事件を追って知ったことがたくさんある。

 まず『コード912』は全くもって機能していなかった。

 共和国軍へのタレコミによって始まった本作戦は現場に場当たり的な対応をさせ、体裁を保つためだけに過去の『ナイン・トゥエルヴ殲滅作戦要綱』の番号だけが引っ張り出されていたのである。


 杜撰ずさんな出だしで始まった本作戦には携行用の殲滅光砲アニヒレイターのテスト程度の意味合いでケルベロス部隊があてがわれた。

 上層部はまさか本物が出てくるとは予想していなかったらしく、隊長殿の一報で目の色を変えたのである。


 そこで意志統一をはかればよかったものの、武勲をあげようと各部署が姦計をめぐらせてしまう。

 共和国軍の影響が小さい地域での戦闘とはいえ、結果としてまともな戦力も寄越さず『オンスロート』と『ストロングホールド』は何回も出撃することとなった。


 特に『ナイン・トゥエルヴ』を鹵獲した後が酷かったらしい。

 どこの部門が引き取って調査をするかで揉めて、全く調整がつかなかったという。

 カラカスに留まる羽目になったのもそいつらのせいだ。

 そんな愚かしさが招いた結末については知っての通り。


 銀髪の女に奪取された黒い機械巨人ギアハルクを追撃し、隊長殿は戦死した。

 不仲とはいえ共和国軍と同盟関係にあるカラカス自治軍はこれを事実上静観するだけで手を出さなかったのである。

 調べるとノーランド孤児院の卒院生たちによる活動の形跡があり、買収されたとみて間違いない。


 何よりも屈辱的なのは『ナイン・トゥエルヴ』発見は誤報で「本物とレプリカを間違えた」という最終報告がなされたことだ。

 これは互いに足を引っ張りあった愚図どもが、保身のために作戦失敗そのものを有耶無耶にした結果である。


 悪いことにカラカス自治軍だけでなく共和国軍側にも金銭目的で反政府戦力とパイプを持つ者がいた。

 そいつらは情報を漏洩し、『リノの魔女』との取引によってワザと現場を混乱させるような指示を飛ばしていたのである。


 解体されたケルベロス部隊を出た私に待っていた新たな任務は、腐敗した上層部の掃除だった。

 新たな直属の上司は軍内部の清浄化に熱心で共和国軍改革派を名乗っている。

 そいつから与えられる仕事にはやりがいを感じるが少々、潔癖が過ぎて取っ付きにくい。


「やはり、隊長殿の下で働くのが1番楽しかったな。こんな単独の殺し屋みたいな真似をするよりは」


 C3R4サンヨン通りの安ホテルで目を覚まし、向かいにある喫茶店のテラスで遅い朝食を摂った。

 薄いコーヒーにタップリと砂糖を入れ、バターを塗りたくったトーストを口に運ぶ。

 ヒトを殺した翌朝の食事でも味は変わらない。

 もう相手の顔すら忘れかけていたが、手にした朝刊には殺人事件が一面に書かれていた。

 ワザと財布を盗んでおいたので、強盗殺人ではないかと紙面では推測されている。

 特定されないような工作はしているものの、万が一にも私が捕まったところで軍は関係を拒否し単独犯ということになるらしい。

 なんとも気楽な仕事だ。


「ふぅ……」


 あまり眠れなかった。昨日だけでなく、あれからずっと。

 疲れた私の目の前ではディーゼルエンジンの車と人々が行き交う。

 その中に親子連れと思しき3人組がいた。

 母親と、父親と、娘。手を繋いでいる。


(幸せそうだな)


 ふと、隊長殿の身の上を心の中で復唱しておく。

 彼の死亡を告げようと家族の行方を調べて分かったことだが、妻と子供は既にこの世にいなかった。

 愛想を尽かしたわけでもなく死別だったのである。

 20年前、の出身者が街中に仕掛けた爆弾に巻き込まれて命を落としたのである。


 その日、母娘は隊長殿(当時は新兵だったらしい)がリクエストした夕食の材料を買い出しに出かけていたそうだ。一般市民を平気で巻き込む非道な行為によって家族を失い、彼が絶望したのは言うまでもない。


 事件後、軍はゲリラを憎む隊長殿を利用し、暴徒鎮圧のための機士きしとして働かせたのである。

 そこで晴れることのない恨みと、焼け付くような後悔に苛まれながら彼は生きていた。『オンスロート』を操って汚れ仕事を率先して受けたのもそれが理由だろう。


 最期はに討たれて死んだ。

 それが隊長殿についての物語の全てである。


(ヨルズ・レイ・ノーランドか。奴はまだ生きている)


 カラカスでの戦いに於いて、隊長殿はパブリック回線で通信していた。

 その際のやりとりを傍受していた自治軍の兵からのヒアリングは完了している。

 隊長殿は相手のパイロットを「ヨルズ君」と呼んでいたそうだ。

 

 私には殺さなければならない相手が多すぎる。

 売国奴も、ノーランド孤児院の卒院生も、銀髪の女も。


 その筆頭はヨルズ・レイ・ノーランドだ。


「昔、共和国は帝国に領地も財も奪われた。だから復讐して帝国を滅ぼした」


 戦争の難しいことなんて私には不勉強で分からない。

 けれど、だいたいそんな動機だろう。人が争う理由なんて。


「滅びた帝国はゲリラとなって共和国に復讐した」


 連綿と続く憎悪の螺旋。

 その端部が私の元にも届いている。


「隊長殿はヨルズ村のゲリラに家族を奪われた。だからヨルズ村を滅ぼした」


 人は、人を憎む。

 わかり易い。


「ヨルズは隊長殿に村を奪われた。だから隊長殿を殺した」


 なんて、わかり易いんだ。

 笑いだしてしまいそうなくらい、わかり易い。


「私はヨルズに隊長殿を奪われた。だからヨルズを殺す」


 仄暗い覚悟を噛み締め、コールスローサラダとヨーグルトを一気に掻き込む。

 太陽が真上に昇ろうとしている時間帯だ。昼食は抜きにして、次の任務に当たらなければならない。


 ジュネイロを出発する電素列車までは時間がない。

 カップの底に残ったコーヒーはそのまま、喫茶店を後にした。

 ホテルのチェックアウトは済ませている。

 手にはバッグがひとつ。最低限の荷物しか持っていない。


 タクシーを拾うのが何故か億劫になってターミナルを目指して歩く。

 春先らしく空気は冷たいが、都市特有の汚れを含んでいて清浄からは程遠かった。


 ふと、視線を感じて足を止める。

 表通りから1本入った路地に小さな子供が立っていた。


 多分、10歳くらいだろう。

 襟元に毛皮をあしらったコート姿だった。

 真っ赤な瞳で私のことをキョトンと見ている。


(珍しい肌と髪だな……)


 銀髪に、真紅の瞳に、褐色の肌。

 少なくとも大陸の西部出身ではなさそうだ。

 私自身も西の血と東の血が混じった赤髪なので、他人の容姿にとやかく言うつもりはないが。


「ほら、ボーッとしていると置いて行っちゃうわよ」

「あぁ……」


 その子は親子にも姉妹にも見えないエプロンドレスの小柄な女に手を引かれ、雑貨店の中へ入っていった。

 微笑みかけるくらいはしてやればよかっただろうか?

 目の下にクマを作った殺人鬼にそんなサービス精神を求める子供はいないか……

 

「さて」


 また歩き出す。

 雑踏の中で自然と足が早くなっていった。


 身体は血を求めている。

 いつか辿り着くであろう彼の血を。


 焦るつもりなんてない。

 私の――ミレイ・ジル・ノーランドの復讐は始まったばかりなのだから。



(了)

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プロジェクト・ナイン・トゥエルヴ 恵満 @boxsterrs

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