第46話 ヨルズの物語⑯
特に行く宛もない俺とフェリスは陽の光に当たろうと病院の屋上にやって来た。
あの2人の話に聞き耳を立てる気は起きない。
50年ぶりの再会だ。
ずっと眠っていたラインヒルデはともかく、院長先生には積もる話もあるだろう。
快晴の空の下、風が雲を運ぶ。
転落防止の金網越しに、俺はリノの街を眺めた。
生まれ故郷は三本腕に焼かれている。
この街は第2の故郷と呼んでも差し支えない。
病院から近い中心部には背の高いビルが並ぶ区画もあり、鉄道が通っている。
外縁に向かえばアウターストリートだ。
そこには
(悪いが、顔は出せないな。レンタル品の『ナイン・タイタン』を全損させちまっているし)
子供の頃に住んでいたノーランド孤児院は広い敷地を確保するために、アウターストリートのさらに外に建っている。
病院の屋上からではとても見えそうにない。
ボロい三階建てで、いつも子供の声で五月蝿かった。
「悪いな、フェリス。世話させちまって」
車椅子を押してくれる姉に声をかける。
振り返ると首が痛むので正面を向いたままだ。
「う〜ん……まぁ、逃げ出せないヨルズが可愛いから特別に許してあげる」
「なにそれ怖過ぎるんだけど」
随分とパンチの効いたジョークを飛ばしてくれるものだ。松葉杖があっても歩くのすら難しいので反論はしないでおく。
本来であれば絶対安静だが、少なくとも事の顛末は見届けたかった。
「ヨルズは院長先生があたしのおばあちゃんだって気付いてた?」
「雰囲気は似ていると思ってたよ」
「顔は似てなかったでしょ。整形していたなんてね」
「そういうフェリスは知らなかったのか?」
「血縁者だなんて教えてもらってないわ」
敢えて第三者を演じてフェリスに接していたのは、厳しく躾けるという意図があったのかもしれない。
身内の情を捨てる覚悟があったのだろう。
「おばあちゃんは、あたしに帝都を奪還させるつもりだったのね。反共和国勢力のトップに据えようとしていたんだもの」
「待望の『獅子の瞳』を持つ子供が生まれたんだ。希望の光が差したんだろうな」
「問題なのは、その子が全く皇位に興味が無かったことかしら?」
「自分で言うなよ」
失ったものを取り返そうとする気持ちは分からなくもない。
そのために注ぎ込まれた膨大な何かを俺は想う。
そこまでして得るものは無かった。
だから最期にラインヒルデに会いたかったのだろう。
手助けできたのなら大怪我した甲斐があるというものだ。
「ここからでも
遠くには地上から生える牙のような2本のモニュメントが見えた。薄い灰色で色付いたそれはやや反り返り、先端に行くにつれて細っている。
あれこそが
「もう戻る事は無いだろうな」
「そうね。折角、新人王になったのにね」
「惜しくはないさ」
既に共和国軍からは指名手配がかかっているらしい。
こうしてのうのうと病院に居られるのは、院長先生の庇護があるからだ。
彼女が『リノの魔女』と呼ばれる裏の権力者であるが故に俺は助かっている。
「ねぇ、ヨルズ。ラインヒルデから『ナイン・トゥエルヴ』を自由に使っていいって言われてたんでしょ?」
「そういえば、リノに帰る前にそんなこと言ってたな」
宿場町に置き去りにしたため、共和国軍に接収されたと聞いている。
ラインヒルデ曰く、奪還する算段があるらしいが……どんな手を使うのかはまだ教えてもらっていない。
「どうするつもり?」
「用途はひとつしかない。人殺しだよ。あの三本腕に乗っているパイロットの息の根を止める」
「それは家族の仇を討つためだよね……」
「俺自身もこんな目に遭わされているからな。憎くて堪らないよ。それに復讐は15年間ずっと身体の一部だった。今更、切り離したり捨てたり出来ない。だから……」
ここで別れを告げよう。これ以上、フェリスを巻き込むような真似はしたくない。
もし俺が犬死したとして、曲がり間違ってもこいつの脳裏に更なる復讐など浮かばないように釘を刺す。
「だから、もう俺に構うな」
「イヤよ」
即答された。そのせいで頭の傷が痛む。
もうこれでもかという呆れた顔をしてしまう。
「あのなぁ……」
「そうやってすぐ自己満足しようとするのね」
「俺は、お前のためを思っているんだよ! お前は頭は良いし、性格はちょっとアレだけど可愛いからモテる! 大勢に頼りにされてて、いつだって周りに人が集まる。幸せな人生を生きる資質があるんだ! だから俺なんか放っておけって!」
「はぁ……」
今度はフェリスが死にそうなくらい重い溜息を吐いた。
寄りかかっていた金網から身体を離し、姉はギプスを嵌めた俺の足を蹴り飛ばしてくる。
瞬間、激痛が走って俺は車椅子から転げ落ちた。
「ぐおおおおっッ!?」
あまりの痛みに身悶えし、どうにか顔だけを上げると腰に手を当てたフェリスがすぐ前にいた。
鬼気迫るとはこのこと。すごい迫力である。
「あたしがバカだったわ。お淑やかに待っていればヨルズも察して孤児院に戻ってきてくれるだなんて、変な夢見てた」
「何を言って……」
「あたしはヨルズと一緒にノーランド孤児院を継ぎたかった。けど、それはもう捨てる。ヨルズが復讐を諦めないなら、あたしはそれを手伝う」
すぐに返す言葉は浮かばなかった。
車椅子にしがみ付いて立ち上がり、どうにか元の位置に座ったところでフェリスの顔を睨んでしまう。
「ダメに決まってるだろ!」
「復讐心が全てに勝るなら、さっさと目的を果たしちゃいなさい! それで燃え尽きて残った人生が虚しいなら、それをあたしにちょうだい!」
無茶苦茶を言い出したフェリスをどう制するか、気圧された中で探る。
その姿は強い。対峙するだけで冷や汗が出た。
あぁ、墓参りの旅にフェリスを連れてしまったのは最大の失敗だったのだろう。
誰がどう見てもアグレッシブな姉は、実は内向的で自分の気持ちや考えを積極的に発信しない。
いつだって明るく笑って派手に振る舞い、本心を誤魔化している。
だから酒にでも酔わなければ、俺のことを「子供の頃からずっと好きだった」なんて言ったりはしないのだ。
白状すれば宿場町で部屋飲みしたとき、俺はずっと起きていた。
酔ってはいたが意識だけはハッキリとしていて、ラインヒルデとフェリスの会話を聞いてしまったのである。
血の繋がらない姉は孤児院を出た後もアリーナに応援に来てくれて、ずっと好きだったと言ってくれた。
それに救われようとしている自分を振り払いたくて、突き放したのに。
「フェリス」
「……何よ?」
「俺は本当にロクでもないぞ」
「そんなの分かりきっているわ。もうお尋ね者じゃない」
「これから殺す奴にも家族や仲間がいて、俺はそいつらから怨まれるだろう」
「そうね。覚悟はする」
テコでも動きそうにない。
残念ながら、俺の引き出しにはもう何も入っていなかった。
底の浅さに自分でも呆れてしまう。
ストッパーになっているのは、やはり覚悟だけだ。
愛しい人を巻き込む。その一線を越える。
「俺は……『三本腕』を倒した後のことなんか考えていない」
「終わった後で考えればいいじゃない。あたしも孤児院に戻るつもりはないわ。同じくノープラン。後のことはリリィに任せる」
また哀れな院長代理の姿が思い浮かんでしまう。
最初から最後までリリィは振り回されっぱなしだ。
まぁ、ちょっと頼りないが慕われている彼女は心配しなくていいのかもしれない。
「分かった。取引しよう。フェリスは俺の復讐を手伝う。終わった後で俺はフェリスに同じくらいの何かをしてやる。それでいいか?」
「いいわ。約束」
俺が突き出した拳に、フェリスも自分の拳を当ててくる。
姉の本当の気持ちに途中から気付いていたのに、それに応えず逃げていた。
自分は狡いと思う。
そんな後ろめたさが少しだけ晴れた。
「じゃあ、あたしは自分の子供が3人欲しい」
「ヘビーな要求が来たなぁ」
「ヨルズが産むわけじゃないでしょ?」
「そうだけどさぁ……」
「ねぇ、結局のところヨルズはあたしのことどう思っているの?」
「どうって……」
子供云々とは順番が逆だろう。いや、確信があるからそういうことができるのか。
どう言い訳してもイニシアチブはとれない。
だが答え自体は簡単なことだ。シンプルに表せる。
俺はフェリスの言葉をなぞることにした。
「子供の頃からずっと好きだったよ」
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