第43話 ミレイの憂鬱⑤

 拍子抜けだった。

 あれだけ決意を固めて現場へ赴いたのに、ケルベロス部隊が送った監視兵から「パイロットたちは逃げ出した」という報告が入ってきたのである。


 隊長殿と私は呆気にとられ、ひとまず状況確認のため殲滅光砲アニヒレイターによる狙撃は中止された。


 例の宿場町に着いてみると見事にである。

 どういうわけか敵勢力は『ナイン・トゥエルヴ』と、カスタム機の『フォージド・タイタン3』を置いたまま撤退してしまった。


 後者は華美な装飾を施したアリーナ仕様の機体で、貴族から強奪されたものだと分かり、返却することになっている。

 何の苦労もせずに伝説の機械巨人ギアハルクを……それも無傷で手に入れてしまったのだから笑うしかない。


 隊長殿は心底、当てが外れたという顔をしていた。

 破壊するつもりで出向いてこんな結果なのだから肩透かしも相当なものである。


 だが、いくつも問題が残っていた。

 まずは『ナイン・トゥエルヴ』だが制御系統が故障している。

 私が乗り込んで起動させようとしても沈黙したままで、仕方なく『オンスロート』と『ストロングホールド』の2機で積載車まで運んだのだ。


 カラカスまで戻ってメカニックに診てもらったものの、原因は全く不明とのこと。

 私たちと交戦した際には動いていたというのに。

 これでは故障が原因で放置された可能性すら出てきてしまう。


 もうひとつは、ヨルズ・レイ・ノーランドが逃走したことである。

 こんな状況になってしまって、もっとも事情を知っていそうな捕虜の姿が消えていたのだ。

 カラカス事務局はガス爆発事故に遭ったせいで一部が派手に吹っ飛んでおり、行方不明者も出ている。


 なんでもメイドに扮したテロリスト2人の仕業らしく、クレームを付けて乗り込んできた貴族(そいつは隊長殿を呼び出そうとしたガキである)と一緒に応接室に通されたらしい。

 当の貴族は関与を一切否定しており、地位の高さもあって追及を免れている。


 テロリストのメイド2人に関しては、貴族の奴が執事と喧嘩して家出していた最中に「現地で金で雇っただけ」だそうだ。

 信じろという方が無理な話だが、権力の前には屈するしかない。


「はぁ……」


 私がヨルズ・レイ・ノーランドに抱いていた些細な嫉妬心も既に霧散しかけている。

 溜息はとことん重い。


「折角のデートなのに、ミレイちゃん退屈そうだねぇ……」


 テーブルを挟んだ向かいに座る隊長殿はしょげていた。

 飲屋街の一角でクダを巻いているのだから、そんなに楽しく振る舞うこともできない。

 店内には黒板に白墨で書かれたメニューが吊り下げられ、オススメの肉料理に関する熱心なアピールがされていた。


 溶かしたチーズを蒸した芋やソーセージにかけた逸品は既に味わっているし、地ビールも堪能している。

 管楽器を使ったカントリーミュージックの演奏もあって客の入りも多く、雰囲気も抜群だ。


 それでも隊長殿には悪いがデートという気分にはなれない。

 非番だから私服で来たのだが(メイクも含めて割と気合いを入れてきた)、目の前の上司は草臥れたジャケット姿でイマイチ締まりが無い。

 店のチョイスだけでなく、自分自身に対してもっと気を遣って欲しい。


「ビール、おかわり」


 少々、自棄やけになっていた。

 近くを通りかかったエプロン姿の店員に声をかけ、空のグラスを下げさせる。

 中身が空になった回数はもう片手では数えられない。


「羨ましいくらいお酒強いよねぇ」

「隊長殿が弱過ぎるのです。たった1杯で真っ赤じゃないですか」

「体質なんだから勘弁してほしいなぁ」

「無理に飲ませようとはしていませんよ。お水、もらいましょうか?」

「いやいや、大丈夫。折角だからもう1杯くらいはアルコールにするよ」


 そう言って、メニューの中から適当なものを選んでしまう。

 隊長殿は飲酒にほぼ興味が無いのでアルコール度数に対する知識は皆無だ。

 かなり強めで甘口のものを注文してしまったようだが、面白そうなので黙っておく。

 そして――


「うぅ……」


 飲み干した頃には呻いてテーブルに突っ伏してしまった。

 耳だけでなく、指先まで真っ赤である。

 アルコールに弱い体質とは知っていたのだからあまり意地悪をするべきではなかった。


「ほら、帰りますよ」


 隊長殿はどうにか起き上がってお勘定を済ませると、私の肩を借りながら店の外まで出る。

 全額奢ってくれたのだから宿泊しているホテルまで送ってやらねばなるまい。


(まぁ、割り勘だったとしても路上に放置するような真似はしないけど)


 共和国軍のカラカス事務局は例のテロで出入りが制限されているので、私たちのような外様の部隊は適当な宿をとるしかなかった。

 『オンスロート』と『ストロングホールド』も相変わらずドッグには入れてもらえず、ターミナルの一角で待機している。


 その隣で強化繊維のシートを被せられているのが伝説の機械巨人ギアハルク『ナイン・トゥエルヴ』だとは、誰も想像できないだろう。

 立派な作戦名の割に『コード912』は粗雑で方針がコロコロと変わる。

 発令されてから50年が経つ指令では致し方ない。


 鹵獲成功の報告を上げた途端に上層部からの破壊命令は取り消しとなり、またも長い待機命令が出た。

 手柄の取り合いでお互いの足を引っ張って身動きがとれない……というのは真実ではなく、私の妄想であってほしい。


「遠いわね……」


 酔いが覚めてきた。

 ホテルまでの道のりは思いの外に長く、大の男を1人支えて歩くのが辛くなってくる。

 体勢を立て直して隊長殿の腕を自分の肩へかけると、耳の側で嗚咽が聞こえた。


「ごめんな……守れなくてごめんな、カレン。ミリー……」


 隊長殿は相当に酔っていた。

 だからか、普段なら絶対に聞けない名前が出てくる。

 以前に飲みに行った時も同じような失態があった。


「大丈夫ですよ、あなた。私はここにいます」

「ありがとう、カレン……」


 罪悪感のある芝居に胸が痛む。

 カレンは隊長殿の奥さん、ミリーはその間に生まれた女の子だ。

 仕事ばかりにかまけている隊長殿に愛想を尽かして出て行ってしまったのは20年も前のことらしい。


 それを未だに引き摺っていて、酔っ払うと名前が出てきてしまうそうだ。

 中年男性に向かってこう表現するのは失礼だが、可愛らしいところもある。


「大丈夫ですか、あなた」

「……」


 反応は無い。それでいい。

 真顔で返された日には合わせる顔が無くなる。


 いつだったか。

 隊長はポツリと、私の髪を見て「嫁と同じ色だ」と言ってくれた。

 だから私は、自分の赤い髪の毛が好きだった。

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