第18話 ヨルズの物語⑨

 俺は既に『ナイン・タイタン』のコックピットシートに座っていた。ハッチを閉じると天井から半球体の屈折水晶が降りてきて周囲の様子を映し出す。

 敵影は正面からやって来たので簡単に目視できた。


『ヨルズ・レイ・ノーランドはいるか!』


 わざわざ無線通信ではなく、外部スピーカーで怒鳴っている。

 声からは怒りが滲み出ていた。

 白くリペイントされた外装はエングレービングが施され、一目で途方もないコストをかけているのだと判断できる。

 あんなものを職人に手彫りさせたのだから、人件費を想像するだけで肝が冷えた。


 モルビディオ廃坑のゲート方面から現れたのは『フォージド・コロッサス3』である。

 そいつは俺の『ナイン・タイタン』が座るトレーラーの300メートルほど手前で停止した。

 拡声器からの声と、機体で誰だか一発で分かる。

 それだけに頭痛と胃痛が同時に襲ってきて辛い。


『あいつ、この前アリーナでヨルズに負けた機械巨人ギアハルクだよね?』


 そういうことをパブリック回線で喋るなよ……フェリスに無線機を預けたのはミスだったかもしれない。


『負けたのではない! 惜しくも敗れただけだ!』


 やはり聞き取られてしまった。

 間違いない。この面倒臭さはアルベルトである。

 貴族のお坊ちゃんで、遊び半分にアリーナへ殴り込んできた厄介者だ。


 何をやるのも気障で鼻につくタイプである。

 俺に八百長試合を持ち掛けてきたが、にべもなく蹴られて敗走していた。

 もっとも本人が直接交渉してきたわけではないので、周りの従者が勝手に買収をしようと手を回してきただけなのだろうけど。


『ヨルズ、相手の機械巨人ギアハルクは儀礼用か? やたらと細かい装飾ばかりで悪趣味だが……』


 ラインヒルデもやめて!

 パブリック回線でわざわざ敵を刺激しないで!


『僕の美しいバラルが悪趣味だと! 隠れて悪罵とは卑怯な連中だ。姿を現して堂々と言ってみろ!』

『悪趣味な機械巨人ギアハルクだと言っている』


 運転席から無線機の電源コードを引き摺って出てきたラインヒルデはマイクを手に仁王立ちした。

 その傍には無線機本体を抱えているフェリスがいる。

 頼むから、敵と俺の間に立たないでくれ。攻撃できない。

 しかもジャケットもマントも羽織っていないので身体のラインが丸見えの衣装のままだ。


『なんという破廉恥な格好をした女だ! 貴様のような痴女に僕のバラルを貶められる謂れなど無いわ!』


 向こうも屈折水晶でラインヒルデの姿を捉えたらしい。

 こんな荒野に水着みたいな薄着の女性がいれば、そんな感想を抱いてしまっても仕方ない。

 だがアルベルトのセリフはどうやら彼女の琴線に触れてしまったようだ。

 一歩踏み出し、胸を反らせて紅い瞳で『フォージド・コロッサス3』を睨み付ける。


『挨拶も無しか。躾がなってない』

『痴女に用など無いわ。僕はそこのナイン・タイタンのパイロットに会いに来た』

「はいはいはいはいはい、分かったから! 分かったから喧嘩はやめようね、初対面で!」


 一触即発の状態をどうにか宥める。

 だいたいのアルベルトの意図は読めていた。

 こんなところまでわざわざ出向いてきたのである。


 言っておくが友達ではないし、アリーナで戦った以上の交流は皆無だ。その上で貴族階級ときている。

 それならおそらく……


『ヨルズ・レイ・ノーランド! 僕は貴様に決闘を申し込む!』


 そう来ますよね……

 リベンジマッチならアリーナでやってくれればいいものを、こうして出向いたのは俺が試合を干されているからだろう。

 堪え性が無くて呆れてしまいそうだ。


『聞いて、ヨルズ』


 今度は専用回線で無線が入る。声の主はフェリスだ。

 この会話はアルベルトには聞こえていない。

 ということは、最初の通話はワザとか……まったく。

 こちらにも呆れそうになるが何やら深刻そうな様子だった。


『もう1機、近くにいる。悪意をすごく剥き出しにしているの』

「なんだって?」

『だいたいの位置は分かるわ。南から来て、大きく東側へ回り込んでいる最中よ。ラインヒルデに相談したら、スナイパーの可能性が高いって言ってる』

「スナイパー……」


 まずいな。

 機械巨人ギアハルクの狙撃手というのは、実質的には移動砲台である。

 威力こそ殲滅光砲アニヒレーターに大きく劣るが射程外からの攻撃が如何に厄介かは説明するまでもない。


(狙撃銃なんてST8よりもずっと高価なんだが、金持ちの貴族なら持っていても不思議じゃないな……)


 このままでは何も抵抗せずに倒される可能性が高い。

 というか、これから決闘をしようという人間がわざわざ狙撃手など用意するだろうか。


 少なくとも愚直なアルベルトはそんな選択をしないと思えた。

 もし、本当に狙撃するなら先に『フォージド・コロッサス3』が姿を見せたのはおかしい。

 そのスナイパーとやらが起動前の『ナイン・タイタン』を撃ってしまえばその時点で俺はゲームオーバーだった。

 山を背にしている以外に遮蔽物は無いのだから、それがもっとも手軽である。


『ねぇ、ヨルズ。あいつ自身、スナイパーの存在を知らないんじゃないかな?』

「どういうことだ?」

『うまく言えないんだけど……あの白いヤツ、そんなに頭良く見えないし』


 ストレートな物言いだ。

 しかし、フェリスには同意しておく。

 ならば想像力を巡らせなければならない。

 頭の回転が鈍い自分が戦って生き残るために必死である。


『聞こえているか、ヨルズ』


 今度はラインヒルデからの通信だ。アルベルトとは睨み合ったまま、専用回線に切りけてマイクで話しかけてきている。


『もう1機の方は私がなんとかしよう』

「いいのか?」

『少なくとも一宿一飯の恩義がある』

「助かる」

『任せろ』


 ラインヒルデが笑ったのが分かる。

 自信のありそうな声音からは策があるのだと確信できた。


『30分ほどもらえれば対応できる。相手を言いくるめて決闘の開始時間を調整してほしい』

「了解」

『私のことをした奴だ。挨拶もしないし、失礼きわまりない』


 なんだ、根に持っているのか。

 サバサバとした性格かと思ったが、少し違うようだ。

 接し方を間違えないように気をつけよう。


「邪魔が入らないようにしてくれるのはありがたいな」

『油断はしないように』

「勝てる確信は無いよ」

『え? ヨルズは1度、あいつに勝ってるでしょ?』


 フェリスの言う通りだ。1度はアリーナで勝っている。

 アルベルト側からすれば格下の機体相手に屈辱的な敗北を味わったことになっているだろう。

 俺の装備からすれば大金星だ。

 それでも正直に白状しておく。


「あいつ、本当に強いんだ。機体だけじゃない。乗っている奴そのものが……ね」

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