第19話 とある執事の策謀②
こんな老齢でもまだ
しかし、不思議なもので身体に馴染んだ感覚というのは50年経っても消えておりません。
減衰された上下動も、オイルジェルが圧縮されたときの臭いも、胸部装甲に風が当たって唸る音も、懐かしさすらを感じます。
もっとも、身体の衰えは自覚させられました。
まさか搭乗するだけであんなに苦労するとは……
ともあれ荒地用の迷彩塗装を施した『フォージド・コロッサス2』は問題なく稼働しております。
機関良好、オールグリーンといったところでしょう。
私の方も間隔こそ空いておりますが定期的に訓練を欠かさなかったおかげで、こうして操縦することができています。
それでも戦争の魂は人の形をしたものに宿ると信じておりました。
今、この老いぼれの経験が無駄ではなかったことに安堵しております。
それにしても操縦席というのは狭いものですね。ここを棺桶にしたがる者は多いのですが、私は遠慮いたします。ベッドの上で死にたい。
おっと、与太話です
さて、坊ちゃんの『バラル』は予定通り先行しました。
これは内緒にしておりますが、私めは援護射撃をいたします。
道中の護衛機という名目で持ち出した『フォージド・コロッサス2』には最初からそういうプランがありました。
しかし、
不甲斐ない。
そのせいで決闘を挑む日が1日遅れてしまいました。
しかし、時間以外はプラン通りに進めさせてもらいます。
私の手で『ナイン・タイタン』を倒す必要はございません。
脚や腕を撃ち、行動を鈍らせるだけでよいのです。
そうすれば坊ちゃんはその隙を突いて勝利することでしょう。
勿論、悟られてはいけません。そのため用意した弾丸は貫通力を重視して、あくまで装甲を撃ち抜いて内部のシリンダーを損傷させることだけに特化させました。
小さく穴を空けて、中身だけを破壊します。
偶発的に故障したように見せかけるために……ね。
「狙撃地点までは……あと少しですね」
地図によれば小高い丘があります。ターゲットは開けた平地におりますから、そこからであれば容易に狙撃できるでしょう。
あとは坊ちゃんの『バラル』に弾を当てないように細心の注意を払うだけです。
しかし、その目論見は脆くも崩れ去ってしまいます。
ポイントに到着し、姿勢を低くして待機していると屈折水晶のスクリーンの端に人影が見えました。
(人? まさか……この辺りは無人の筈ですが……)
嫌な予感がし、映像を拡大します。
間違いなくそれは人影であり、手足と頭が確認できました。
しかし、大きい。この大きさは人間ではありません。
(電素探知機には何の反応も無い? それなのにあの大きさは間違いなく
その人影はこちらへ向き直りました。
真っ赤な十字輝のカメラアイがこちらを捉えます。
次の瞬間、とてつもないプレッシャーが私の神経を焼き払いました。
続けて記憶の奔流に意識が呑み込まれ、戦場の景色がフラッシュバックします。
圧倒的で抗い難く、絶対にして最強の存在!
気付けば、そいつの二つ名を絶叫していました。
「光を閉ざすもの!」
あぁ、なんということだ。
奴を前にしたら嘆きも祈りも全て時間の無駄です。
無骨な一対の羽を持つ、漆黒の機械巨人『ナイン・トゥエルヴ・ブラックナイトモデル』……
そうでした、こいつは電素を反射しない装甲材を使っていますから機影を捉えることができません。
(いえ、そもそも何故ここに?)
どうしてこんな場所にいるのか見当もつきません。
出会うのはこれで2度目です。
1回目は50年も前のことでした。
当時の私は共和国軍の所属でしたから当然、こいつは敵です。
この図式が現代に当てはまるとは限りません。
呑気な私めを現実に引き戻したのは敵の放つ殺意でした。
一気に鳥肌が立ち、迎撃体制へ移ります。
右手の馬上槍を、左手に盾を携えて『ナイン・トゥエルヴ』は間合いを詰めてきました。
巨軀に似合わず軽やかに地面を蹴り、ジグザグに走ってきます。
その間に2発、狙撃銃から弾を撃ち込みました。敵はそれを難なく回避します。
狙いが甘かったので当たることなど期待しておりません。
相手が動きを止めてくれれば良し。
そんな魂胆は見抜かれていたのでしょう。
接近戦の距離になるや否や『ナイン・トゥエルヴ』の鋭い突きは狙撃銃のバレルを捉えてきます。こちらの得物はあっさりとひしゃげ、使い物にならなくなりました。
すぐさま狙撃銃を放棄し、背面に装備している接近戦用のナイフを右手に構えます。
もともと狙撃のために出撃したのでシールドの類はありません。
こればかりは仕方ない。
ですが、大振りなランスでは懐に潜り込まれると対応できないでしょう。
リーチの差を埋めるためにも内側から右肩を狙って相手の攻撃力を削ぐ……という方針に切り替えます。
ですが敵はさらに上を行きます。私めが武器を抜き放つのに合わせ、ランスを持った右手を引いて代わりに盾を持った左手を突き出してきます。
踏み込みに合わせて壁を作られ、屈折水晶のディスプレイは黒い塊で覆われてしまいました。
衝突すれば頭部のカメラが割られて何も見えなくなります。
寸前で機体を踏み留めましたが結局は視界が遮られてしまい、次の一手で迷って身体が硬直します。
距離を取ればランスの餌食になるのは予想できました。やはり近付くしかありません。
その判断を直感的に処理できなかったことが敗着となりました。
コンマ数秒の持ち時間をロスしてしまったのです。敵はバックステップを踏み、上体を捻っています。
「しまっ――」
回避を許さぬ絶妙な距離です。
次の瞬間には仰け反った私めの『フォージド・コロッサス2』の肩口に馬上槍の切っ先が突き刺さり、右腕が地面へ落ちました。
破損したシリンダーからはバチバチと帯電したオイルジェルが吹き出して雨の様に降り注ぎます。
コックピット内では油圧低下の警告音が鳴り響き、単純化されたヒトガタの警告灯の右肩から右手までの部位が消灯しました。
機体保護のため電素の供給が遮断されたのです。
実に的確な一撃で、こちらの動作すら見切ってジョイント部を壊しに来ました。
急激に重量バランスを崩して左側に傾く機体を、下半身の操作で立て直しますが丸腰です。
もう体当たりくらいしか攻撃手段はありませんが……これほどの技量を持った相手が、そんな苦し紛れの攻撃を許すわけもないでしょう。
(この私が一瞬で……強い。何という強さ……)
相手が伝説の機体だからという理由ではありません。
パイロットの技量が桁外れなのです。一撃を加えることすら許されません。
例えば、アルベルトお坊ちゃんの強さを100だとすれば(参考にアリーナのシルバーランクはせいぜい90〜110程度です)、この者は1,000とか2,000といったところでしょう。
次元の違いを肌で感じます。
そこで攻撃は止み、追撃はありません。
私は恐る恐る交信を試みました。
「聞こえますかな、黒い
パブリック回線ですから、相手が無線OFFにしていない限りは届く筈です。
大抵の機士は回線を開いていますから、もしかしたら奴も……
『聞こえている』
返事がありました。
若い女の声です。てっきり老練の兵士かと思っていました。
驚愕を悟られないように呼吸を落ち着けます。
「こちらは武器を全て失いました。もう敵対することも、その意志もございません」
『奇遇だな、私もだよ。あのナイン・タイタンを襲ったりしない限りな』
『ナイン・トゥエルヴ』が視線で指差した先は、坊ちゃんとヨルズ・レイ・ノーランドが決闘している場所です。
ここからでも火花が散っているのが見えました。
『バラル』のレイピアと『ナイン・タイタン』のナイフがぶつかっているのでしょう。
「貴女はヨルズ・レイ・ノーランドの味方でしょうか?」
『今は、そうだ』
含みのある返答に私は可能性を見出します。
後であれば立場を変えるとも取れる発言ですね。
「いくらお支払いすれば、その立ち位置は反転いたしますかな?」
『生憎と金には興味が無い』
「残念です」
『左腕は動くようだが、まだ私と戦うか?』
「先ほども申し上げた通り、降参です。勝ちの目がございません」
片腕が生きていたところで、逆転は不可能でしょう。
観念した私は残った左手を挙げました。正真正銘、降参のポーズです。
『お前はあの白い機体に乗っている者の関係者だろう。決闘のためにここに来たのであれば、小細工などせず信じてやったらどうだ?』
「勝負の世界に100%はございません。私めはその確率を1%でも引き上げるために行動いたします」
『彼らの道中で襲ってきた銀影団とかいう連中もお前の差し金か?』
「さぁ、心当たりがございません……」
『どうであれ残った頭部と左腕は破壊させてもらう。コックピットハッチのヒンジは潰さないでやるから、解放して周辺を目視確認しながら帰投しろ。次に私たちを襲ってきたら命はないものと思え。あの白い機体も含めて……な』
おそらく本気でしょう。
淡々とした口調には殺気が織り交ぜてあります。
しかし、やり方が甘い。殺せるうちに殺しておくタイプではなさそうです。
もしも傭兵団の襲撃を認めていたら……この場でトドメを刺されていたでしょうな。
「ひとつ、つまらぬ質問をしてもよろしいですかな?」
『答えるか答えないかは私が決める』
「構いません。私めは先の戦争で、直に『ナイン・トゥエルヴ』を目撃したことがあります」
『お前は帝都包囲戦の生き残りか……』
「左様。その機体が本物であることを確信しております。50年も経った今になって、伝説の
『指の隙間から零れ落ちたものがあった。それを取り戻すため、私はここにいる』
「慚愧の念でございますか。酷ですな」
『黙れ』
衝撃がコクピットを揺らします。
ランスで左肩と頭部を突かれたようですね。
こちらが完全に抵抗できなくなった後、『ナイン・トゥエルヴ』の気配が消えます。
どうやらモルビディオ廃坑の方へと去ったようですね。
「やれやれ」
ハッチを開けて周囲を見渡します。
老眼ではありますが敵が完全にいなくなったのを確認しました。
操縦桿から手を離そうとしましたが、接着剤でくっ付けたように離れません。緊張で指が硬直していたのです。
静かになったせいで耳の奥まで自分の鼓動が聞こえました。
普段よりもずっと早く心臓が動いています。
(このプレッシャーは凄まじい……)
ゆっくりと呼吸し、血流を巡らせると何とか指をグリップから浮かせることができました。
私は無線機へと手を伸ばし、チャンネルを合わせます。
こちらのキャンプへの回線を開き、咳払いをしました。
まずは応答した者へ作戦の失敗を告げ、怪我をしていないことを伝えてから別の者へと替わるように指示を出します。
連れてきた中には通信に優れた技術者もいますので、早速呼び出しました。
「最寄りの共和国軍に私の名前と現在の座標を伝え、『コード912』の発動を要請しなさい。いいですが、一刻も早く」
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