第12話 ヨルズの物語⑦

 同じような景色が続いてウンザリしていた頃だった。

 フロントウィンドウの先にポツンと点が見えて、それが掘っ建て小屋だと分かるとどういうわけか俺はトレーラーのアクセルペダルを緩めてしまう。

 目を凝らすと、その建物の中で人影が動いたような気がした。


「誰かいる」

「えっ? こんなところに?」


 キョトンとしたフェリスが聞き返してくるものの、確信は無い。

 それを確かめるために停車してしまった。

 進めば廃坑があるだけで、戻っても朽ちた街しかない。


 おまけに山も森も切り開かれている。まさに不毛の大地と呼ぶにはうってつけであった。

 蝶番が壊れて外れかけた扉を開け、作業服の老人が出てくる。

 俺のいる運転席とは高さに差があるから見下ろす形となった。

 随分と年季の入ったご老体だ。良く言えばにこやかだが、悪く言えばニヤケている。


 思わず停車してしまった俺にも非はあるのだろう。これはもうコミュニケーションをとるしかない。

 だが、第一声からしてバッドな方向に傾いた。


「ここを通りたけりゃ1人10,000グレイルじゃ」


 小屋に掲げられている看板には、モルビディオ廃坑を管理していた会社の名前が書かれている。

 ここは警備員の詰め所か何かだったのだろう。


 その先へ道路も続いている。陽は既に傾いていて、夜のうちに坑道の中へ入ることはないだろう。

 予め組んだスケジュール通り、廃坑の入り口くらいは今日のうちに拝んでおきたかった(勿論、無数にある入口のひとつだ)。


「じいさん、ここでどうやって生活してんの?」


 とりあえず誤魔化す。それと同時にこの老人の情報を得たい。

 素朴な疑問で、廃坑の門番など酔狂である。


「先週、家出をしてな。普段は100キロほど南に住んでおる」


 枯れた声で笑いながら返事をしてくれた。

 よくよく見れば、小屋の横には老人と同じくらい年季の入ったバイクが置いてある。荷台には水やら雑貨やらが括り付けてあった。

 なんともリアクションし難い。


「息子夫婦から邪険にされて家に居場所が無いってヤツ?」

「お主、嫌な性格しとるな。当たっとる」

「同情するよ」


 それなら仕方ないとばかりに運転席と助手席の間に置いておいた荷物入れを弄って財布を取り出した。

 顔こそ出していなかったが、聞き耳を立てていたフェリスは慌てて俺の腕に掴みかかってくる。


「ちょっと! まさかとは思うけど払うつもり?」

「満額とはいかないけどな」


 流石に10,000グレイルは高い。フェリスと合わせてたら20,000グレイルだ。

 紙幣を何枚か取り出して差し出し、申し訳なさそうに告げる。


「まけてもらえない?」

「3人分にしては安すぎるわな」

「3人?」

「ほれ、荷台にもう1人乗っておるじゃろ」


 まさか、機械巨人ギアハルクまで頭数に入れるのだろうか。

 面倒な事は全力で避けたいところだ。

 この老人を無碍にするとどんな厄介が起こるのかは全く予想はできないが、穏便に済ませたいものである。

 もっとも、傭兵団とドンパチやらかした奴の台詞ではないだろうが。


「いくらなんでもボッタクリよ!」


 そんな心の中のボヤキを他所にフェリスは俺とハンドルの間に体を捻じ込んで、トレーラーの窓から身を乗り出した。

 老人は眉を撫でながら目を光らせ、なにやら唸っている。


「これはこれは、随分と高貴な方をお連れでいらっしゃる」

「褒めたってお金は出ないわよ!」

「かわいい嫁さん連れて、機械巨人まで持ち込んで一体なにをやらかすつもりなのやら」

「お嫁さん!」

「いや、嫁じゃなくて姉だよ」


 妙なところに反応したフェリスに対しては訂正しておく。

 それとほぼ同時に、大腿の上に乗り上げている姉が全体重をかけてきた。

 小柄とはいえ人間ひとり分の質量を受け持った骨が軋む。

 よく分からないが、またも急激に機嫌が悪くなったらしい。


「頼むから降りて」


 小さな声で懇願すると、フェリスも小さな声で返事をしてきた。


「降りたらヨルズはお金払っちゃうでしょう?」

「仕方ないパターンもある。さっさと墓参りに行くんだから」


 ここでまた老人の目が光ったような気がした。

 相手の耳が遠いだろうと踏んで、小声でやり取りをしていたが失策である。


「ほほぅ……墓参りとな? こんな寂れた廃坑で?」

「そうだよ。世話になった人の友達が眠っているらしい。その人はもう病気で動けない。だからこうして代わりに来たんだ」


 観念した俺は素直に答えた。変に嘘をついても見抜かれそうな気がする。

 ほんの小さな変化だが老人の口元が引き締まった。そして俯いて何かブツブツと喋ってから押し黙った。

 何か言ってくるかと思ったが、しばらくは無言のままである。


「ん?」


 妙に思って耳を澄ませると寝息が聞こえる。

 急に眠ってしまったようだ。

 疲れるからそういうのやめてほしい。


「100%割引ってことからもう行くぞ?」

「あ〜、わかった。わかったわい。墓参りなら仕方ない。タダで通してやるから行ってこい」

「さっきのやり取り全く意味が無いわね……」

「寂しい老人と心温まる会話をしたんじゃ。有意義だったぞい」


 流石のフェリスも呆れてため息を漏らし、もうどうでもいいと言わんばかりに助手席に戻っていった。

 一体、この老人は実力行使されたらどうするつもりなのだろう。


 実は物凄い武術の達人で、機械巨人ギアハルクなど素手で倒せてしまう……とかだろうか。

 ともあれ出費は少ない方がいい。

 しかし、無料ほど怖いものは無い。

 俺は一応、老人に金を握らせようと何枚か差し出すが首を横に振られた。


「どうせなら、やたらたくさん積んでる機械巨人用のライフルを寄越しておくれ」

「ST8を? 1丁で幾らすると思っているんだよ」

「腕は2本しかありゃせん。4丁も要らんじゃろ?」

「……ったく、30,000グレイルより明らかに高いぞ。それにどうやって運ぶ気なんだ」

「ちょっと離れたトコに旧式じゃが、工作用の小型の機械巨人ギアハルクが置いてある。油を差して電素でキックかませば動くじゃろうて。そうそう、弾は抜くなよ?」

「結局、高くついた」


 俺がボヤくと老人はニシシと笑う。

 何というか、頭の回転が悪い自分が恨めしい。


「わかった。けど回収作業はそっちでやってくれよ?」

「応よ」


 指摘通りに余剰火力だ。売ればもっと儲かることは分かっていても、面倒臭くなって置き土産にしてしまう。

 トレーラーから降りてサッとタイヤを足場にジャンプし、荷台へ着地する。

 カツカツと足音を立てながらレンタル品の愛機を攀じ登り、首の付け根辺りにあるハンドルを操作してコクピットハッチを開けて『ナイン・タイタン』に乗り込む。

 省電力モードで機動させた後は右のアームで保持していたライフルを地面へ投げ出し、また運転席へ戻る。


「手慣れたものじゃな」

「そりゃ、機士きしだからな。じいさん、あんたは結局のところ何者なんだ?」

「ここの管理人じゃよ」

「嘘だろ。ホントは?」


 半眼になって睨んでやると、老人はまたも愉快そうに口元を綻ばせる。

 どうにも話し相手が出来て嬉しいようだ。


「儂は昔、戦争に負けて職を失った。そのあとはここへ連れてこられた。強制労働でモルビディオ鉱山にいたが、数年で希少銀は出なくなってドサクサ紛れに故郷へ帰ることができた。ま、ある人のおかげだがな。悪運だけは強い男じゃよ」

「旧帝国軍の残党か……」

「間違いではないが人聞きが悪いのぉ。今は三等共和国民の資格を持っているわい」


 それはぶっちゃけ、戦犯扱いにならなかったというだけでロクな身分ではない。

 勝利を収めた共和国が旧帝国領にやった仕打ちは相当なものだ。

 大陸で50年前の戦争の火種が未だに燻っているのもそのせいである。


「事実なら喋らず黙っていたほうがいいぜ。どうしてまたここにいるのさ? 強制労働なんてロクな思い出じゃないだろ」

「でっかい借りを返すために」

「その借りは生きているうちに返せそうかい?」

「あぁ、返せたよ。ありがとう」

「そっか。それなら良かった」

「達者でな」


 老人に見送られて、俺はトレーラーのアクセルペダルを踏み込む。

 ドコドコと五月蝿いエンジン音が妙に心地よく感じる。

 隣のフェリスは不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいた。


「さっきのやり取り、何?」

「実は俺にもよく分かっていない。なんとなく話していた」

「なにそれ」


 呆れ顔をされてしまうが、実際そのとおりだ。

 あの老人が何者で、どうしてあの場所にいるのか全く分からなかった。

 けれど……こんな朽ちた坑道の門番をするだけの意味が彼にはあったのだろう。


「けど、悪い人じゃなさそうだ」

「まぁ……ね」

「どうした? 何か変だぞ?」

「そんなことないよ」

「?」


 悪意を向ければフェリスに嗅ぎ取られる。それが無かったのだから、あの対応で大丈夫だろう。

 俺たちがモルビディオ廃坑の12番出入り口に着いたのは、不思議な老人と邂逅した2時間後だった。


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