第13話 ヨルズの物語⑧
乾燥米に水を注いでふやかし、鍋ごとバーナーの火にかけてやる。
炊き上がったら木の器によそって、副菜として缶詰をいくつか開けた。
魚を酢漬けにしたものもあれば、肉をやたらと濃い味付けで押し込めたものもある。良くも悪くも保存食だった。
味気ない夕食なのは百も承知である。
フェリスはそれを文句も言わずに平らげてくれた。普段は作る側なので食事を用意する労力はよく知っているに違いない。
「ごちそうさま。けど、言ってくれれば夕食くらい作ったのに」
「今日は疲れてるだろ。メシくらい俺でもなんとかなる」
「……ありがと」
周囲を調べても水はなさそうなので食器を洗うのにも気を使うことになるだろう。すぐにやる気力が起きなかったので一旦、避けておく。
その間に金属製のカップにインスタントのコーヒーとお湯を注ぎ、工具のコンテナに腰かけたフェリスへ渡してやる。
「お星様が綺麗ね」
「そうだな」
太陽が落ちると急激に寒くなり、周囲に人口の灯りが無いせいで満点の星空が広がった。
フェリスと一緒にそれを見上げる。
天体観測などいつ以来だろうか?
星座の名前をよく知っているのか、フェリスはひとつずつ解説してくれた。
俺はそれに聞き入って過ごす。悪くない。
しばらくそうしていたが飽きたのか、フェリスは話題を切り替えてきた。
「廃坑の中に入るのって危なくないの?」
「ガスが溜まっていたり、道が分かれていたり、色々と危険はある。けど院長先生がくれた地図が信じられるならば問題なく行けそうだよ」
「……ならいいけど」
廃坑の入り口は獣の顎門のようにポッカリと開いている。
コンクリートで四角く作られた出入り口は十分に広かったが、錆び付いたシャッターで塞がれている。
それにトレーラーや
作業者用の小さな扉は壊せそうなのでそこから入ることになるだろう。
ランタンもガス式ではなく蓄光式のものを用意した。これなら間違って可燃性ガスに引火することもない。
服も……念の為、金具の類は外しておこう。火花が散ったりすると悲惨だ。
「墓があるって場所までは歩いて2時間くらいだ。明日1日あれば終わる」
「中は暗いんじゃない? お墓、見つかる?」
「紅い水晶の十字輝が墓標らしい。だから目立つんじゃないか」
「あかい十字輝……?」
怪訝な顔をされてしまう。
何かまずいことを言ってしまったのだろうか……
「それって、旧帝国の皇帝親衛隊のマークだよね?」
「そうなのか?」
「うん。有名な話でしょ。よく小説やお芝居にも出てくるし」
「すまん、歴史の成績が悪くて」
「ヨルズは全科目で点数低かったでしょ……」
ジト目で見られてしまっては仕方ない。その通りである。
対するフェリスは頭が良かった。子供の頃はよく勉強の面倒を見てもらったのだが……いかんせん、すぐに怒り出す。
まぁ、さっさと遊びに行きたい姉に面倒をかけていたのだから申し訳ない。
思い出して悲しい気持ちになってしまった。そのせいで院長先生の言葉を思い出す。
『大丈夫よ。勝手に孤児院を飛び出していったあなたのことが心配で仕方ないだけだから』
まったく……20歳にもなってまだ心配をかけているのか俺は。
情けない。
「ねぇ、ヨルズ」
「ん?」
曇った思考は静かな声に振り払われた。
湯気の立つ金属のカップを手にしたフェリスが真剣な顔をしている。
つられて俺も似た表情になってしまった。
星の瞬きが聴こえてきそうである。妙に緊張して五感が鋭くなっていた。
「前々から疑問に思っていたこと、聞いてもいい?」
「構わないさ」
「ヨルズはどうして
「……前に話さなかったっけ?」
フェリスは目を伏せて静かに首を振る。
それもそうだ。俺が
他は同じことを聞かれてもはぐらかしてきた。
「賞金欲しさだよ」
「お金が欲しいなら普通に働けばいいのに」
「名誉欲しさでもある」
「お腹は膨れないよ」
「それとスリルかな」
「……」
嘘がバレるくらい承知している。
それでも本当のことは言えなかった。
怒られたって構わなかったが、実際は違う。
うつむいたフェリスの声は上ずっていた。
「ヨルズは子供の頃からずっとそうだった。自分のことは殆ど話さない」
「恥ずかしいんだよ、なんとなく」
「ずっと探しているんでしょ、『三本腕』のことを」
不意打ちで息が止まってしまった。それどころか心臓すら動くのをやめてしまったのではないかと錯覚する。
フェリスから出てきたワードはそれくらい重苦しい。
(まさか、院長先生が喋ったのか?)
いや、違う。あの人はそんなことしない。
だがこの業界の人間ではないフェリスには知る由も無い筈だ。
「院長の用意した報酬は『三本腕』の居場所だよ。ヨルズはそれが欲しいんだよね」
「……俺は、何を貰えるかまでは聞いていない」
「あたしが勝手に報酬の中身を見たの。手紙だった。ある街を襲った
本当のことを話すかどうか逡巡する。逃げ場は無い。
もう15年になるのか。密かに追い求め続けたものを姉が持っている。
巻き込むまいと、今日まで必死に隠し続けてきたのに。
「お父さんとお母さんの仇を討つため、ヨルズは機士になったのね」
「軽蔑しただろ」
答えてはくれない。
心が軋んでいく。
知られたくなかった。フェリスには。
アリーナで格上の機体を相手に戦うよりも、火器の無い状態で4機を相手にするよりも、ずっとキツい。
だから自分から話しかけていた。
「知ってて墓参りについてきたのか?」
「うん」
「どうして、このタイミングで話した?」
「報酬の中身を見てからずっと迷っていたの。これをヨルズに渡すべきなのかな……って。でも昼間の戦闘で分かった。このまま戦いを続けたらヨルズはいつか死んじゃう」
「誰だって死ぬときは死ぬ。事故だろうが病気だろうが殺人だろうが老衰だろうが死ぬ」
「それはヨルズが死んでもいい理由にならないよ」
「受け入れるさ」
「あたしは止めようと思って、敢えて話しているの。お墓参りが達成されなければ報酬は受け取れない。ここで引き返せば、何もなかったことになるから」
「そう思っているなら俺に黙って院長の報酬を処分するべきだろ」
「無理。ヨルズに渡すと約束しちゃったから」
「矛盾してるし、筋が通っていないぞ」
「そうだね。でもヨルズは、院長のお願いが叶えられなかったら絶対に受け取らない。あたしには分かる」
ダメだ。動揺するな。
そして甘えるなよ、俺。
目の前に座っているのは決して不幸にしてはいけない女性だ。
親と死別して身寄りなく孤児院に預けられた過去を持つ。
けれど無鉄砲で、明るくて、みんなから頼りにされて好かれている。これからもっと幸せになるべきなんだ。
そろそろ自分の子供が欲しいと言っていたのだから、そうなればいい。結婚相手なんてすぐに見つかるだろう。
何年も、何年も、何年も……顔も知らないクズの首を捻じ切ることだけを考えて生きてきた俺とは住むべき場所が違う。
それでもフェリスの側は居心地がいい。ここに居てもいいんだという安心感に包まれる。
本当はそんなこと感じちゃいけない。だから孤児院を出て行ったのに。
どうすればフェリスを傷付けずに済むのか必死に考えるが答えはシンプルだ。
(『三本腕』を諦めればいい)
当たり前である。
それが出来れば苦労はしない。
俺の……ヨルズ・レイ・ノーランドの根幹を成す部分を綺麗さっぱり壊せば済む話だ。
自分の望みとフェリス。この2つを天秤にかけたとき、どちらを取るかという話である。
(こういう時だけ頭が回るのは我ながら勘弁してほしい……)
唐突に最低の回答が思いついた。
躊躇いがちに俺は告げる。
「院長先生の依頼はこなす。その報酬を俺に渡すか否かはフェリスが決めていい」
「逃げるの?」
「そうだ」
「……わかった」
結局、俺は回答権を押し付けてしまった。
そこには打算がある。例え、院長先生の情報が無くても……いつか俺は『三本腕』に辿り着く。仮にフェリスが報酬を渡してくれなかったとしても、近道が使えなくなるだけだ。
そう割り切っていても、自分の1番醜い面を知られてしまったのは堪える。俺は過去を捨てられず、他人を縊り殺すためだけに生きている……と。
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