第8話 とある傭兵の仕事
屈折水晶のディスプレイの映りに文句は無いし、上下振動のダンピングもキッチリとできている。
稼動部の機械音は正常で調子も良い。
絶好の狩り日和だ。
生身で廃墟に潜んでいる斥候からの無線によると、ターゲットは街に入る手前でトレーラーを停止させてたらしい。
そこで
おかげで面倒な事が増えてしまった。
楽な仕事だからと引き受けたのだが、思い通りにはいかない。
(どうして待ち伏せに気付いた?)
何故を問いかけても答えてくれるヤツなんていない。
状況が全てだ。つまらない憶測に労力を割くのは馬鹿のやることである。
相手は『ナイン・タイタン』の44モデル後期が1機。
実に渋いチョイスだが、俺たち銀影団の敵じゃない。
こっちはチームカラーのイエローで統一した『フォージド・コロッサス1』が4機だ。
半世紀前の機体だがカスタムもメンテナンスもたっぷり時間をかけている。
アリーナ上がりのレンタル品に負けるわけにはいかない。
緊張を解すために深呼吸をした。
すると2番機から無線通信が入る。マヌケにもパブリック回線を使っていた。
これでは敵にまで会話内容がダダ漏れしてしまう。
『今回の依頼人、弾代まで払ってくれるンすよね?』
「専用回線を使え。それと無駄弾は論外だ。スマートに片付けて次の仕事に繋げる。それがプロってもんだろ」
『へいへい。つっても、こんなにイージーでおいしい話なんて5年に1回あるかどうかですよ?』
「舐めてかかるな。相手は去年のリノ・アリーナ新人王だ。万が一、接近されると厄介だろう。常に距離に注意しろ。連携を絶対に忘れるなよ」
『了解ですよ、了解』
咎めてやるとヘソを曲げたらしい。
ここのところ仕事続きでストレスが溜まっているのだろう。
そういうのをケアするのもリーダーの役目だ。さらに怒るような真似はしないでおく。
(ヨルズ・レイ・ノーランドか……)
それが今回の敵パイロットの名前だ。
簡単な経歴だけ電話で知らされていたが、顔は分からない。
20歳。男性。ノーランド孤児院出身。借金をしてテンガナ・ファクトリーと契約し、
リノの街のアリーナで去年デビューし、新人王に輝いたという。戦績は20勝1敗1分け。
ブロンズランクをすっ飛ばして現在はシルバーランキング8位で、上位ランカーたちから対戦を避けられているそうだ。
それだけ勝てばたんまりと賞金も入る。借りた金を返した上で十分に食っていけるだろう。
(アリーナ上がりなら接近戦しかできない。あそこは火器使用厳禁だからな。負けの目があるとしたら、懐に潜られて各個撃破されたときだ)
(相手が遠距離武器を持っていないのは確認済みだ。俺たちは固まって接近してやればいい)
コックピット内の電素探知機は7時の方向に反応を示している。
どうやら回り込もうとしているらしい。
建物の密集地で奇襲を仕掛けてくるつもりだろう。
おおよその地形は把握しているので交戦地点を見極めて、3機の部下に指示を飛ばす。
移動を開始した直後に、斥候から無線が入った。こちらは専用回線を使ってくれている。
『リーダー、トレーラーから女が1人降りていきました。近くの建物の中に入っていきます』
「相手の観測手か?」
『いえ……違うみたいです。それらしい道具は何も持っていません。戦闘に巻き込まれるのを避けるためにクルマから降りて避難したみたいですね』
依頼内容は『ナイン・タイタン』の破壊だが、その他は自由にやっていいと言われている。
だからといって無闇に殺しをするわけにはいかない。
「捕まえておけ。人質にして敵に投降を促す」
『えぇ〜、なんかカッコ悪くないですかそれ?』
2番機から文句が入る。今度は専用回線からだ。
目的を履き違えてはいけない。相手を屈服させて勝ち誇る必要などないのだ。
「この稼業でメシ食っていくってのは、こういうことだ。勝ち方に拘るな」
『共和国の正規軍様がサボってくれるおかげで護衛の需要ありまくりの稼ぎ放題じゃないスか?』
「蓄えが多いに越したことはない。
『へいへい』
「……打ち上げは、お前のお気に入りがいる店にしてやる」
『ほんとスか? 頑張りますわ!』
あまりに現金なので苦笑いしてしまう。
しかし、今は集中が必要なのですぐに顔を引き締めた。
戦闘では退路を断つのが基本だが、今回はそうしない。
移動用のトレーラーを破壊するのにチームを分けるのは愚策だ。
(敵は単騎。ならば4対1の状況を作って確実に叩く)
そう決断を下して行動開始した矢先のことだ。
『あー、あー。テストテスト。聞こえますか?』
パブリック回線から通信が入る。
音は鮮明だが聞き慣れない若い男の声だ。
相手が誰なのかはすぐに察する。
『こちらはヨルズ・レイ・ノーランド。もう捕捉しているだろうけど、あんたらの待ち構える手前でトレーラーから降ろしたナイン・タイタンのパイロットだ。こんな辺鄙な場所で
随分とソフトな物言いだ。
無用な衝突を避けたいという意志が垣間見える。
『フォージド・コロッサス1』を黄色く染め上げている集団なんて俺たち以外にはいない。どうせ身元はバレる。
だから名乗ってしまっても差し支えは無いだろう。
こちらの名前を聞いて引き下がってくれれば儲けものである。
「俺たちは銀影団。ジュネイロから来た」
『聞いたことがある。名うての傭兵集団だろ?』
「ほぅ…… アリーナの新人王は情報通だな」
『ちょっと理由アリでね。個人的に機械巨人の情報を集めているから、あんたらみたいに目立つ奴らの話はすぐに入ってくる』
「それなら話が早い。こちらの目的は『ナイン・タイタン』の破壊だ」
通信機の向こう側からの音が途絶える。
僅かだが動揺したのが伝わってきた。
こんな遭遇をしているのだから覚悟はしていたのだろう。
戦闘が避けられないと分かれば腹をくくるしかあるまい。
『悪いが、それは手伝えないな。こいつを壊しちまったら、契約先のテンガナ・ファクトリーにバカ高い違約金を払わなきゃいけないんだ。夜逃げする羽目になる』
「悪く思うな。これは仕事だ」
『仕事ね……それなら仕方ない。依頼したのがどこのどいつだか知らないが、攻撃させてもらうよ。恨まないでくれ』
「それはこちらの台詞だな」
『じゃあ、始めようか』
通信中の油断がいくらかあったのだろう。俺たちは動きを止めてしまっている。
刹那、デカい破裂音が近くで聞こえた。
周辺の音を拾っているスピーカーからはパラパラと細かいものがぶつかる音が鳴る。
「なっ……」
あまりに突然のことで間抜けな声が出た上、肩が震えてしまった。
慌てて目視確認すると右側を固めていた2番機の頭部が歪み、屈折水晶のカメラアイが壊れている。
火薬の類じゃない。爆圧は無かった。
「2番機! 状況を!」
『くっ……カメラが壊された! 何も見えない!』
「動けるか?」
『駆動系に異常はないっス!』
「全機、1時の方向へ下がれ!」
破片の正体は……鉄筋コンクリートだった。
錆びた鋼線が灰色の塊に覆われている。
崩れたビルの一部がどういうわけか俺たち目掛けて飛んでくる!
(なんだこれは!)
幸いなことに全員の機体はまだ動ける。
そのうち、もっとも動きの鈍かった2番機へ、さらに鉄筋コンクリートが投げつけられた。直撃を受けたそいつは体勢を崩して倒れて倒れてしまう。
一体、どうなっている?
飛来してきた方角へとカメラを向けて望遠し、目を凝らす。
一足飛びでは踏み込めないほど遠い距離に緑色の人型が手に網のようなものを持っていた。
あれがターゲットの『ナイン・タイタン』に間違いない。
(機体保護用の強化繊維シートを即席の投石機にしたのか!)
人間同士の古い戦争では、そういう道具が使われていたのは知っている。
布の端を指でつまんで石を包み、振りかぶってタイミングよく離してやるのだ。うまく投げれば手元に布だけが残り、石は勢いよく飛んでく。
肩を支点とし、指先よりもさらに遠い作用点から放たれる礫は当然のように威力を増す。
それが手持ちの投石機というものだ。
(脆いカメラアイに直撃すれば視界を奪われる。だが、
近接武器しか持っていないとの情報は間違っていない。
だが、ヨルズとやらの発想はその上を行った。投石する
これで戦えるのは3機。数の有利は崩れていないが士気の低下は著しい。
「盾で頭部をカバーしながら接近しろ。所詮はコンクリートの塊だ!」
声が上擦りそうになるのを堪えて指示を飛ばす。
自分の動揺が伝搬するのは防がなければならない。
防御の体勢を維持したまま固まって走り出す。
しかし、さらなる裏目を引いてしまった。
様子見でシールドを下ろしたとき、視界からは『ナイン・タイタン』が消えていたのである。
(しまった……!)
急いで電素探知機を確認する。グリッドで区切られたモニタは11時の方向に反応している。回り込まれていた。
またも飛来する鉄筋コンクリートがぶつかり、自分の機体を大きく揺らした。
咄嗟に半身になったことでダメージは軽減できている。
そう何度も同じ手は喰らわない。
反撃はここからだ。
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