第7話 ヨルズの物語⑤
電素で膨張するオイルジェルをシリンダーに詰め、機構学に基づいて人体に近い動きができるよう四肢を組み上げる。
あとは装甲板で全身を覆ってやり、内部にオペレーターとなるヒトが乗り込む。
コックピットにある操縦桿やペダルは開度によって電気信号を発し、その刺激でオイルジェルを収縮・膨張させて人工の筋肉の如く動かすわけだ。
動力源は背面の太陽光キャパシターであり、名前の通り光を電素へと変換して蓄える。
コックピット・シートの周囲には前述の操縦桿やペダルが無数に備え付けられていて、それらを踏んだり引いたりして巨大なヒトガタを操るのだ。
なお、外部の様子は屈折水晶によって投影される。半円形状の画面は明確に外の景色を捉え、場合によっては望遠したり機体からの情報を掲示したりできる。
操縦席内部の慣性はオイルジェルでダンピングされるので、下手なクルマなどよりもよっぽど乗り心地は良い。
慣れさえすればほぼ自分の手足のように、全長20メートル近くある鉄の巨人を操ることができた。
歩兵では自分の10倍以上の背丈を持つ者の相手などできないし、携行できるサイズの火砲では全く歯が立たない。
……とまぁ、
共和国の治世が行き届いていない世の中だから尚更だ。
旧帝国が阿呆みたいにたくさん生産してくれたおかげで終戦から50年が経った今でも部品は手に入るし、新造されるケースも多々あった。
軍隊でなくても運用できるため、製造日が古くても稼働している個体が多い。
もっとも、何割かはアリーナ送りになって見世物と化している。
俺がレンタルしている『ナイン・タイタン』もそのうちの1機だ。
こいつは旧帝国でもっとも生産数が多い傑作機である。
球形を多用した装甲はデザインに優れるだけでなく、防御面でも頼もしい。
特徴的なのは頭部が一眼になっていることだろう。
これはコストだけでなく望遠を優先した設計の屈折水晶を使用しているからだ。
唯一、気に入らないところはレンタル品だからテンガナ・ファクトリーのパーソナルカラーである暗い緑色に塗られていることだ。
オマケに肩のアーマー部分には会社のロゴまで入っている。
「さて……と」
ベッドのようなトレーラーの荷台に横たわっていた『ナイン・タイタン』は保護用の強化繊維カバーを投げ捨て、ゆっくりと起き上がる。
備え付けてある武装はナイフ2本と刃の潰れた槍が1本だけ。
頼もしくて目眩がしそうだ。
一応は盾を持っているが1対1を想定した作りで、コックピットのある胴体を防護できる程度の大きさである。
(無い物ねだりしている場合じゃないな)
外の景色は屈折水晶のディスプレイを通しても殺風景であることに変わりは無い。
俺はそんな中、1枚のメモ用紙が無造作に貼り付けられているのを見つけた。
汚い字で『日頃のご愛顧に感謝し、1本だけサービスしておく』とある。
「メッサーの野郎……」
視界の右端にある『BOOST』と書かれた後付けの計器の針が右まで振り切れていた。
いつもならば空っぽでゼロを指している。
自然と笑みが溢れてしまった。一応は感謝しておく。
「どうせならば電素探知機を戻しておいてくれよ」
本来であれば電素を飛ばし、その反射を拾って敵を探知する機能が搭載されているのだが……アリーナを主戦場とするレンタル品では無用の長物なのでオミットされていた。
あの場所では敵を探す必要なんてない。目の前にいるのだから。
しかし今は目視で先に敵を見つける必要がある。
(フェリスは北の方に固まっているって言ってたよな……)
4機というのが当たっているとしたら、かなり厳しい。
こちらはアリーナ装備だ。あの場所で戦うルールでは火器の使用は厳禁である。
客席に弾が飛んで行ったのでは商売にならない。
もっとも、
相手は……どういう連中なのか想像し難い。
だから遠距離武器を持っている可能性も考慮しておく。
(機械巨人を運用している強盗団で、ここいらを縄張りにしているというのが1番あり得るセンだけど)
そんな情報は聞いていない。
仮にいたとしても4機というのは相当な数だ。
どれだけ金持ちなのだろう。
(それなら傭兵団? 俺を狙っている? でも、どうして?)
恨まれることをやってきた自覚はあっても、これほどの規模で攻撃される謂れは無いだろう。
本当に怨恨ならば殺し屋を1人雇った方が安い。
機械巨人を相手にするよりも遥かにコストが安く、達成する難易度だって低い。
街中でナイフ刺し放題祭ができてしまう。
少なくとも俺だったらそうする。
「んー……」
数歩進んだところで俺と『ナイン・タイタン』は立ち止まってしまった。
無策で突っ込めば囲まれてボコボコにされるだろう。かといって突っ込まなければ手持ちの武器は当たらない。
思案していると逃げ出すフェリスの姿が見えた。チラリとこちらを振り返ったものの、すぐに建物の中へと入っていく。
ここで俺が死ねば、あいつは生身だろうと構わず謎の武装集団に仇討ちを仕掛けてしまうだろう。
それだけはさせない。
絶対に……だ。
(あ、そういえば――)
ふと思い出したのは子供だったフェリスが窓ガラスを叩き割る遊びにハマっていた頃のことだ。
もう字面だけでとんでもないことをしていたのが分かる。
1枚たりとも破壊していない俺が何故か一緒に謝る羽目になったのは鮮明に覚えていた。
「あのときは確か……」
俺は投げ捨てた強化繊維のシートを拾い、身を潜めながら北西へ進んだ。
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