第6話 ヨルズの物語④

 得られる限りの情報ではモルビディオ廃坑に隣接して朽ち果てた無人の街がある。

 もともとは戦時中に捕虜となり、鉱夫として働かされていた旧帝国軍の連中たちが住んでいたらしい。


 鉱山が閉鎖された後もしばらくは住居として使われていたようだが、今となっては人などいない。

 それでも幅の広い道路が未だ残っているのは僥倖だ。


 これまでは自然の殺風景が続いてたが、ここから先は人工物による殺風景の始まりだ。

 そこら中に錆び付いたダクトが這い回り、崩れたコンクリートの建屋が傾いている。


 彩りは茶色と灰色だけで一切の派手さが無い。そのおかげで傾いた太陽を掲げた空がやたら青くて綺麗に見えた。

 ちょうどオヤツの時間ではあるが、風景に対してはなんともコメントし難い。

 珍しい動物の一匹でも飛び出して来てくれれば会話のキッカケくらいにはなるだろうに。

 もっとも、クルマで轢いてしまう可能性が高いのでそのまま身を潜めていてくれても構わないが。


「ヨルズ」


 不意に、フェリスに名前を呼ばれてそちらへ目を遣る。

 眉間にシワを寄せていつになく真剣な表情になっていた。

 背の高い建物の並ぶエリアに入る直前なのが幸いか……俺はトレーラーを停車させて助手席のフェリスへ向き直る。

 正直、頭が痛い。

 トラブルが起こるのは覚悟していたとはいえ、目的の廃坑とやらにすら着いていないのに……


「もしかして……またか?」

「うん」


 どうしてなのかは考えない。

 俺はフェリスのことを超人だと思っている。

 凡夫に出来ることは、そんな彼女を信じることくらいだ。


「どのくらいの規模か分かるか? あと、だいたいでいいから方角」

「大きいのが4つ。機械巨人ギアハルクだと思う。まだ北のほうに固まってる」

「4対1は厳しいな……」

「もしかして、襲撃があるのを予想して準備してた?」

「そんなわけないだろ。『ナイン・タイタン』を持ってきたのは、廃坑で目立たないから思う存分に練習できると思ったからだ。襲われると分かっていれば、借金してでもST8あたりのライフルを借りておいたさ」

「今から引き返して逃げるのは?」


 それがもっとも穏便な方法なのは疑う余地もない。

 ただし、輸送用トレーラーが転進したのを見た瞬間に敵は襲いかかってくるだろう。

 少なくとも、俺ならそうする。


「逃げている最中に後ろから撃たれて終わりだ」

「じゃあ、どうするのよ」

「フェリスは降りて、あっちの頑丈そうな建物に隠れろ。俺が駄目だったときは水と食料を持ってさっき通った街まで歩いて引き返せ。夜は絶対に火を忘れずに。2晩もあれば着く筈だ」

「私も戦う」


 軽く驚き、どう返そうか迷う。

 フェリスは真面目な顔を崩していない。ジッと、俺を見ていた。

 突き放すために鼻で笑ってやる。

 でないと、本気で参戦してきそうだ。


「相手は機械巨人ギアハルクだぞ。その辺の喧嘩とはワケが違う。生身でどうやって戦うつもりだ?」

「このトレーラーを運転して体当たりするくらいならできるわ」


 いやいや。

 どうすればそんなバイオレンスが思いつくのだろうか?

 運転席が1番前にあるんだから、ぶつかって最初に潰れるのは自分自身だぞ。

 こういうとき、フェリスの無茶な発想には頭が下がる。


 おつかいに巻き込む程度なら構わなかった。

 だがこの先は違う。

 口でも腕力でも全てで負けたとしても説得しなければならない。


「フェリス・エル・ノーランド」


 両手を肩に置いて、をフルネームで呼んでやる。

 大きな青い目は変わらずこちらを見据えたままだ。


「お前が死んだら、ノーランド孤児院はどうなる?」

「大丈夫、リリィが跡を継ぐわ」


 脳裏に浮かんだのは、いつもフェリスに面倒事を押し付けられているリリィの姿である。

 可愛そうなのは間違いないが、今は救ってやれない。


「あの娘には荷が重いだろ?」

「楽勝よ。院長代理の仕事だってちゃんとこなしてくれるし」

「ここにいたら危険なんだって。もしかしたら、死んじまうかもしれないんだぞ?」

「ヨルズが死んだら、あたしは仇を討つ。相手が機械巨人ギアハルクだろうが何だろうが関係ない。どんな手を使ってでも。絶対に。首を落とされたって喉笛に噛み付いてやるんだから」


 本当にやりかねないので、ここはノーコメントだ。

 しかし、モタモタしていては相手に時間を与えてしまう。

 フェリスが反応したのなら、敵対心を持っているのは確実だ。


 数や方角もほぼ正確だろう。

 向こうはなんて知らないだろうから、待ち伏せがうまくいくと思い込んでいる筈だ。


 ならば先手を打ちたい。

 説得ができないならせめて、特攻なんて仕掛けさせないように釘を打っておこう。


「分かったよ。仇討ちしてもらえるなら安心だ。心置きなく戦える」

「あたしを連れて行かないなら、せめて無事に帰ってくるって約束して」

「必ず帰ってくるよ。だから待っていてくれ」


 右の拳をフェリスの前に突き出してやる。

 そっと手を添えてきた彼女は額を当てた。

 手の甲を伝わってくる温かい感触が気恥ずかしい。

 生憎と神様は信じてないが、フェリスの祈りなら信じよう。


「行ってくる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る