第5話 ヨルズの物語③
トレーラーの助手席に座ったフェリスは鼻歌を歌っている。
何がそんなに楽しいのか、満面の笑みだ。
このあたりは伐採が進んで赤茶けた山肌が剥き出しになっている。眺めていて面白い景色というわけでもあるまい。
(気楽なモンだなぁ……)
舗装されていない道は土煙を巻き上げ、窓から埃っぽい空気が入ってくる。
おまけに借り物の輸送用トレーラーは乗り心地最悪だ。
凹凸を乗り越える度に尻を蹴り上げられているのかと思うほど揺れる。
フェリスは強靭なので(これはギャグではない。本当のことだ)、このくらいでは車酔いなどしない。
「こうやって2人で出掛けるのって久しぶりだよね?」
流石にいつものエプロンドレス姿にはNGを出しておいたので山歩きできそうな格好ではあった。
ジャケットにズボンという地味な姿に不平を漏らしていたがなれてしまったらしい。
「あー……そうだな」
「そうやって腑抜けた返事しないでよ」
「すまん。今、思い出す」
該当する記憶を脳みそを掘り出してみると、俺が14歳のときに孤児院から脱走したときのことを思い出す。
敢えて明言するが主犯は俺じゃない。院長にこっ酷く叱られたフェリスが家出を画策し、孤児院の塀を乗り越えるための踏み台として俺を選んだのだ。
無事に目的を果たした筈のフェリスは「一緒に来て!」と喚いて、何故か俺の腕を引っ張って壁を越えさせたのである。
勿論、逃げ切れるわけもない。
なけなしの食糧が底をついて途方に暮れていたところをあえなく逮捕となった。
「6年ぶりくらいか」
「3年ぶりよ」
しまった、まだ暗黒に埋もれた思い出があったとは。
蜂蜜色の髪の毛を風に揺らしながら、フェリスは頬を膨らませている。
「あたしの成人の日にデートしたじゃない」
「あぁ、そういえば……」
食事を奢らされた苦い記憶が甦った。あのときも今日みたいにやたらとはしゃいでいたな……
当時の俺は孤児院を出たばかりで金が無かった。
昔の戦場跡に足繁く通っては
「ヨルズはいいわよね。好き勝手に生きて」
「全部が全部、好きってわけじゃないさ」
「そう?」
「いずれ好き勝手の代償は払うつもりだよ」
「ふ〜ん? ホントに?」
「払うことになるさ。フェリスも好きに生きたらどうだ?」
「あたしは好きに生きているわ。子供の面倒みるの好きだし」
伊達に孤児院の院長を任されてるわけではない。
フェリスは他所との交渉や金勘定だってしっかりしている。
本当ならオンボロ孤児院に縛り付けられているのは可哀想なくらいの秀才である。
もっといい就職先だってある筈だ。
望めばどこかに嫁ぐことだって簡単なのに。
「でも……そろそろ自分の子供が欲しいわね」
ポツリと漏らした。
果たして本音なのか。
つまらない指摘をするつもりなどなく、思った通りのことを伝えてやる。
「フェリスはモテるんだからすぐ結婚できるだろ。それに何回も求婚されてなかったか?」
「……そうね」
そっぽを向いてしまった。
あまり上手い褒め方ではなかったらしい。
それからしばらくは沈黙が続く。何となく気まずくなってステレオのボリュームをあげた。
クルマに備え付けられたラジオから割れた音でカントリーミュージックが流れてくる。
流行りというのはループするらしく、今は旧帝国風の音楽が人気らしい。
(やっぱよくわからないなぁ……)
フェリスは突然、機嫌が悪くなる。これは昔からそうだ。
理由を尋ねても答えてくれたことはないので今回も詮索はしないでおこう。
結局、次に喋ってくれたのは昼食の時間になってからだ。
何やら気合を入れて弁当を作ってきてくれたらしい。
実は2人で10日過ごせるくらいの食糧と水は持ち込んでいる。
往路で3日、復路で3日、途中に街もあるがかなり余裕を見た数字だ。
その上で荷台には
たかだが墓参りとはいえ、廃坑が目的地で何があるか全く分からないのだ
メッサーに笑われた通りに思い過ごしならばそれでいい。
(フェリスの作るメシは美味いんだよな……)
心配事は尽きないが、上の空ではまた怒られる。意識は弁当へと向けておこう。
フェリスは日々の炊事で技術を鍛え上げていた。
コストと味を考え抜いた上での料理は見事だと評しておく。
クルマを止めると、フェリスは持ち込んだバスケットから次々と食べ物を取り出しては笑顔で説明していく。
さっきまでの不機嫌は何だったのか、まったく……
(いい嫁になると思うんだけどなぁ……)
健康で器量も良い。
元気な子が産めるに違いなかった。
そのうちいい嫁ぎ先がきっと見つかるだろうと思いつつ、俺たちは昼食を堪能した。
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