第4話 アルベルトの矜持①
戦争は不憫で素晴らしい兵器を生み出した。
それは
人間こそ、神が生み出した中でもっとも美しい形をしているのだ。
それを模した
頑強な鋼の四肢を持ち、電素で伸縮する高粘度の油脂が体内を流れる。
それは骨と血を、人の手によって創り替えたものだ。
だから醜い移動砲台が戦場で幅を利かせているかと思うと悲しくなる。
僕は
愛機の『フォージド・コロッサス3』は共和国軍と交渉して手に入れた逸品だ。
他にもコレクションとして何機も所有しているが、1番のお気に入りである。
トレードマークとして装甲は純白でリペイントし、豪奢なエングレービングを施した。
一目で僕が操るものと分かるように。名は『バラル』と付けている。
カスタムはそれだけではない。
機体を軽量化することで運動性を向上させ、標準装備ではないレイピアを敢えて採用することで慣れぬ敵を翻弄する。
1000時間にも及ぶ慣熟の上で満を持してアリーナへ参加し……あの男に負けた。
何という悲劇なのだろう。
獲物を狩りに出た筈が、獲物に喰い千切られたのである。
卑怯にもあの男は不意打ちでナイフを投げて『バラル』のカメラアイを壊し、塞がった視界を見越して執拗に脚を狙ってきた。
転倒させられたこちらが起き上がるのすら待たず、追撃を仕掛けてくる。
軽量化で装甲の薄くなった肘関節を狙い、槍とも呼べぬような棒で撃ち抜いてきた。
腕を失った『バラル』は戦闘不能になり――
「くっ……」
大衆の前で恥をかかされた記憶は思い出すだけでも胃液が込み上げてくる。
敗北の夜はどれだけ酒をあおっても眠ることすらできなかった。
だが忘れてはならない。
戦場の砲火に戦いの精神は無かった。
そこで力を示すことこそが僕の考える貴族の姿であり、同時に勇者となることの証だ。
だからこそ躓いた石を無視するわけにはいかない。
掘り起こして、粉々に砕かなければ次へ進むことなど考えられなかった。
「アルベルトお坊ちゃま」
読書の時間に、爺やの声が割って入ってくる。
顔を上げると背筋を伸ばした老人が恭しく佇んでいた。
目が隠れてしまいそうなほど鬱蒼とした眉毛に、同じく鬱蒼とした髭を蓄えた彼は祖父の代から我が家に仕えている。
優れた情報網を持ち、分析力も高く、仕事すべてに無駄が無い。
僕は手にした近代歴史学の本をサイドテーブルの上に置いた。
内容は栄華を誇った帝国がいかにして衰退し、共和国によって解体されたかを記した名著である。
あの国の最後の皇帝は亡命したまま行方不明となっていた。
民草の上に立つ者としては失格だろう。
「ヨルズ・レイ・ノーランドの動きを捉えました」
「ほぅ?」
憎きライバルの名を耳にして鼓動が早くなる。
ヤツは今、
リベンジするためとはいえ待つのは性に合わなかった。だから機会をうかがっていたのである。
「『ナイン・タイタン』をリノの街の外へ持ち出そうとしております」
「外へ? どういうことだ?」
「通関検査官を買収して外出申請書の内容を確認したところ、モルビディオ廃坑へ向かったようですな。場所は違いますがヨルズ殿は過去に何度も機械巨人のテスト申請を出しております」
「なるほど、人目につかぬ場所で訓練ということか」
「左様で」
アリーナを有し、観光資源としても活用しているリノの街では
しかし、人目がある以上は完全機密とはいかない。どこかしらで噂が漏れてしまうのだ。
僕の『バラル』だって事前に情報をリークされている。
「新兵器の運用か、それとも奥義の取得か……」
ヨルズ・レイ・ノーランドが何を考えているのかは分からない。
だが、第三者からの邪魔が入らない廃坑に機械巨人ごと居てくれるなら好都合だ。
観客の野次が無ければもっと集中して戦える。ヤツに決闘を挑むには持ってこいのシチュエーションとなるだろう。
「『バラル』の修繕は終わっているな?」
「はい、全ての動作テストが完了しております」
「準備してくれ。あの憎き男に決闘を挑む」
「……アリーナ装備での出陣は推奨できません」
皺の深い爺やの顔が曇る。
まるで最初から負けるような口調ではないか。
そのことが気に障った。
「飛び道具を使えとでも?」
「これはルールの外での戦いとなります故……せめてST-8の一丁くらいは携行したほうがよろしいかと」
「僕が負けると思っているのか」
「いえ、そうではございませんが……まだそのタイミングではないと申したいのです」
「僕は一刻も早く雪辱を晴らし、前へ進まなければならない。イザベラのためにも」
婚約者の顔が浮かんで声へ熱が入る。
あるときから彼女は「強い男とでないと契りを交わしたくない」と告げ、僕と距離を置いてきた。
力を示してこちらを振り向かせる。そのための機械巨人であり、アリーナなのだ。
「二度も同じことを言わせるな。決闘だ」
「……かしこまりました、アルベルト坊ちゃん」
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