第3話 ヨルズの物語②
大陸の覇権をかけた戦争が終結してから50年の月日が流れた。
強大な軍事力を誇った帝国は敗れて解体され、共和国による統治がはじまる。
しかし、異なる民族を唐突に束ねることなど到底できずに混乱の時代に突入した。
旧帝国軍による反乱が繰り返され、地方都市は勝手に独立を宣言し、治世とは程遠い現状がいつまでも続いていた。
中央政府は辛うじて国家の体裁を保っているのに過ぎず、権力は細分化の一途をたどっていく。
そんな中、内陸に位置する自由都市のひとつ『リノ』は順調な発展を遂げていた。
農地も工場も無いが鉄道網による各地へのアクセスが良いことを活かし、ある特産品によって多大な観光収入を得ている。
それは戦時中の人型兵器……
リノの街の最外殻を覆うように広がるアウターストリート。
その一角にあるのが名門テンガナ・ファクトリーだ。
ここに寄った理由は1年契約でレンタルしている
スポンサーのいない俺みたいな
勿論、そこで賞金が稼げなければ莫大な借金を背負ってトンズラするしかない。
勝利で得た賞金の殆どは
まさに自転車操業である。
貯金しながらギリギリ生活できてはいるものの、負ければそこで終わり。
どのタイミングで落っこちるのか分かったものじゃない。
さて、話をテンガナ・ファクトリーへと戻す。
社屋であるギザギザの三角屋根に所々に穴の空いた建物は相当な年月が経っていたが、どれだけ儲けていないのか。
このファクトリーが良心的かと尋ねられれば迷わず首を横に振ってやるし、顧客としてはいつ夜逃げするのか不安でもある。
ボンヤリとしたマイナスの評価は今後も覆らないだろう。腕の良いメカニックでもいないことには。
「おい、ヨルズ。なんで子供のおつかいに
「用心のためだよ」
「またコッソリと練習するつもりだろ」
「ついでに……な」
「熱心だねぇ」
そんな中でもこいつは優秀に分類してもいいメカニックである。
ツナギ姿の油まみれ。顔もガタイも山脈にそびえる絶壁の如く厳つい上に、デリカシーがまるで無かった。
とことん女に縁のない。それもその筈、機械を愛してしまった変態なのだ。
彼の名前はメッサー。年齢は俺よりも7つ上のむさ苦しい野郎である。
彼は、ぶつくさ言いながらも運搬用のトレーラーへの積込作業をキッチリと行ってくれた。
22輪車(このうち駆動輪は4つだけだ)の荷台に横たわるヒトガタの機械を前に、メッサーへ煙草を1本差し出す。
工場の中は当然のように禁煙だがここは外だから問題あるまい。
断っておくと俺は愛煙家ではないので、メッサーの機嫌取りに用意しただけである。
ニコチンが切れると頭が回らないのも不憫なものだ。
「サンキュ」
「修理は終わっているんだろ?」
メッサーは自分で火をつけてやると目を伏せながら煙を吐き出す。タップリと味わってくれているようだ。
急に依頼した作業でも、ソツなくこなしてくれるのはありがたい。
「当たり前だ」
「相変わらず仕事が早いよな」
さり気なく褒めておく。これは世辞ではなく本音だ。
メッサーはプライベートではクソ野郎に分類されるが、
「褒めても安くしねぇぞ」
「値切ったらその分だけネジを緩めて寄越すだろ」
「そんなの当たり前だ。無料で作業してやるほどお人好しじゃない。時間工賃500グレイル。これは譲れん。あぁ、ついで言っておくがアリーナ装備のままだから火器は無いぞ」
「戦争じゃない。もともと使う機会なんて皆無だ。構わないさ」
「弾代はバカにならねぇし、貧乏なお前には不向きだわ」
「言うなよ」
「しかしまぁ、お前も下手くそな生き方してるな。あんな美味しい話を蹴っちまうんだからよ」
「この前の試合のことか?」
「そうさ。相手は貴族家のお坊ちゃん。金にモノ言わせて『フォージド・コロッサス3』のカスタム機を持ち込んできやがった。
コネ使ってシルバーランキングに入っている。その上で八百長まで持ちかけてきた」
「おいおい、メッサー。忘れたのかよ。お前も『やっちまえ』って言ってただろ」
極東の方のコトワザで判官贔屓というヤツだ。アリーナの客だって、こいつと同じことを考えていただろう。
甘い汁を啜っている貴族が平民から憎まれるのは当然だ。
それが庶民の娯楽の場に、空気も読まずに殴り込んできたのだからボコボコにされるのも仕方ない。
「言ったっけか?」
「間違いなく言ったぞ」
「忘れたな」
しれっと言ってくれるが、メッサーは間違いなく「やっちまえ」と発言している。
それを真に受けた俺も悪いといえば悪い。
「ま、俺は感動しているんだよ。こんなオンボロの『ナイン・タイタン』に乗って勝ったことに。流石はヨルズ・レイ・ノーランドだ。これでスポンサーもつくんじゃないか?」
「相手の顔を立てられないような馬鹿野郎に金を払う物好きはいないみたいだ」
「八百長を蹴ったのは2回目だよな?」
「そうだ。最初はアリーナ新人王の決勝戦。そのせいで優勝した後も俺にはスポンサーが付かなかった。聞き分けのないガキだってバレたからな」
「そりゃ残念だ。俺が金持ちならば囲ってやったのによ」
「やめろよ、気持ち悪い」
笑いながらメッサーは煙草を捨て、安全靴の底で踏み付けて火を消した。
まだ他の仕事が残っているだろう。
しかし、サボるつもりなのか工場の中へ戻る様子は無かった。
「ま、せいぜい墓参りを頑張ってきな。どうせアリーナから干されてヒマなんだろ」
「休暇だと思ってそうするさ」
「腐るんじゃないぞ、ヨルズ。俺は、お前のまぐれのファンなんだ」
「よく壊してくれるから上客だ――って素直にそう言え」
「違いない。折角だからもう少し話そうや」
「サボる気だろ?」
「英気を養うのさ」
「ま、構わないさ。そういや『三本腕』の件はどうだ?」
「収穫無し」
「そうか」
テンガナ・ファクトリーの中からは金属を叩く音が絶え間なく響き、オイルジェルの焼ける匂いが漂ってくる。
俺たちの横ではこれからアリーナへ向かうであろう機械巨人がトレーラーで運び出されていった。
ディーゼルエンジンのやかましい音と排煙にむせながらも、しばしの休憩をする俺たちは他愛のない話を続ける。
悲しいかな、いい年齢の男2人の口から出てくるのは鉄と油の話ばかりでまるで華が無かった。けれど悪くない。
が、すぐに聞き覚えのある甲高い声によってぶち壊される。
「あああっッ! やっぱりここにいた!」
身体の芯から震えてしまった俺は、恐る恐る門の方を振り返る。
冷たい汗が流れる嫌な感触に全ての動きが鈍った。
一方でメッサーのクソ野郎はニヤニヤと笑っていやがる。
門の前には予想通り、エプロンドレスの若い女性が立ってた。
しかし、その体躯には恐るべき筋組織と骨格が詰め込まれていることを俺は知っていた。
彼女は怒り肩のままズカズカと近寄って来る。
その迫力に俺は後退してしまう。チラリと横目でメッサーを睨んでやった。
「フェリスに俺を売ったのか?」
「人聞き悪いこと言うなよ。フェリスちゃんから、お前が来るときは連絡をくれって頼まれていたのさ」
「くそっ、雑談は足止めのためか!」
抗議は聞き流され、あっという間にエプロンドレスの女性こと、フェリスが詰め寄ってくる。
背が低いのに威圧感は半端ない。
パッチリとした大きな青い目に、フワッと膨らむ蜂蜜色の髪をした女である。
愛らしい童顔のせいで実年齢より下に見られることが多く、肉付きがよくないのを孤児院の子供にからかわれてもいた。
痩せっぽっちを本人は悩んでいるらしい。
どれだけ食っても胸に栄養が行かず、筋肉へと変換されてしまうのだから同情しておく。
なお、俺の評価を素直に述べるならば『凶暴』の一言に尽きる。
子供の頃は自家製の投石器を作って街の窓ガラスを破壊して回ったり、孤児院の壁をぶっ壊して逃走したこともある武闘派テロリストだ。
さすがに今はそんなことないが。
「ヨルズ!」
逃げようがない。
背中を見せれば、後ろから襲われる。
信じられないだろうが筋力も脚力もフェリスには勝てない。こんなガワだが中身はクマと一緒だ。
お前の細腕にはどういう筋繊維が詰まっているんだとツッコミたくなる。
普段から暴れまわる子供たちを捩じ伏せているだけあって、その実力は恐ろしい。
なるべく刺激しないように臨む。
「よ、よう。久しぶりだな、フェリス」
「挨拶は『こんにちは』からでしょ!」
横にいるメッサーが必死に笑いを堪えていた。
何という屈辱だろう。20歳になった男が挨拶の仕方を咎められるとは。
「こんにちは……」
「はい、こんにちは! よくできました!」
俺は一体、何をしているのだろう?
腰に手を当てたフェリスは満足げに頷いている。
一方で、メッサーは決壊した堤防みたいに爆笑していた。
「え? 何の用事?」
極めて平坦に、これ以上ないくらい起伏をなくして聞いておく。
猛獣の潜む藪をつついてはならない。これは基本だ。
だが、最善の防御すら突破されてしまう。
「ヨルズったら、勝手に出て行ったきり全然帰って来ないんだから!」
「いや、だって独立したワケだし」
「たまには顔を見せなさいよ! なんであたしから会いに来なきゃならないのよ!」
馬鹿な。1年に1回は孤児院に帰るようにしているぞ。
そもそも成人して独立した生計を立てているのだから、そんなことで怒られる謂れは無い。
「文句を言いに来たのかよ……」
盛大な溜息が漏れてしまった。
するとフェリスの丸い瞳にさらなる炎が宿る。
粟立った肌を押さえて、俺はさらに下がっておく。
だが、予想に反して拳や蹴りが飛んでくることはなかった。
「院長先生から何かお願い事されたんでしょ?」
「ん。まぁ……な」
報酬はフェリスから受け取れと言われている。ならば院長の依頼自体を知っていても何らおかしくはない。
この時点で嫌な予感がした。だから濁しておく。
一刻も早く話を区切って立ち去らなければならない。
これまでアリーナで生き残ってきた戦士としての勘がそう告げてくる。
「面白そうだから、あたしも一緒にやるわ」
ほら、これだ。もっとも宣言されたくない内容である。
どうしていつもクビを突っ込んでくるんだ?
その度に、俺がどれだけ苦労して尻拭いしているのか知りもしないで。
「フェリスは院長の後を引き継いだんだろ? 孤児院を放ったらかしにするつもりか?」
それなりに考えた上で最大の攻撃材料を使ってやる。フェリスは責任感が強く、意志が固い。
だから仕事の放棄など論外の筈だ。
手痛いと思われた指摘はどういうわけかフェリス自身に笑い飛ばされてしまう。
おまけに自信満々に腕組みまでしてやがる。
「リリィに代理を頼んだから大丈夫!」
あの娘も不憫だな……こんな暴走女よりも1コ年下というだけでコキ使われて。
俺はメソメソと仕事に勤しむリリィの姿を思い浮かべ(かなり具体的なイメージが出てくる辺り、お察しだ)、彼女の幸運を祈っておく。
「あのな、フェリス。これは院長先生が俺に頼んだことだ。手伝ってもらうわけにはいかない」
「あら? 絶対に1人でやれって言われた?」
「うぐっ……」
言われていない。何という鋭さだ。
俺は八つ当たりとばかりにメッサーを睨み付ける。
元はと言えばこいつが全部悪い。
情報漏洩は銃殺刑に値する。
「メッサー、お前からも何か言ってくれ!」
「いいんじゃねぇか? ただの墓参りだろ? それに『幻聴』じゃなくてたまには本物に応援してもらえ」
「へぇ……何かと思ったら院長にお墓参りを頼まれたのね」
更にリークしやがった。いくらクソ野郎でも度がすぎるぞ!
いや、この場合は『幻聴』に触れられなかっただけでも良しとすべきか。
こうなるともうフェリスを説得するのは不可能だろう。
項垂れる俺にメッサーは耳打ちしてくる。
「何がそんなに嫌なんだよ? 俺は女なんて興味ないが、華があった方が休暇とやらも楽しめるだろ?」
「そう認識している時点でお前は分かっていないんだよ……」
「行くなら早くしよう! モタモタしてると時間の無駄よ!」
最早、止められない。
どうしてそんなに楽しそうなんだと尋ねてやりたかった。
最善を尽くすならば……さっさと院長先生の頼み事を済ませてしまうに限る。
あらゆる説得は無駄だろう。腕力でも勝てない。
ならば不慮の事故が発生するのを最大限に抑える。
俺に残された選択肢はそれだけだった。
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