第28話 霊感おばちゃんとおばけちゃん

 おばけちゃんは気ままなお化け。今日もふわふわと散歩をしているよ。いつも決まったルートを飛んでいたおばけちゃんだけど、今日は風の向くままに行ってみようと考えたんだ。


「風が気持ちいいなぁ」

「ちょっとあんた!」


 おばけちゃんはいきなり呼び止められてビクッとなる。だっておばけちゃんは霊体。普通の人には見えないはずだから。つまり、おばけちゃんは見える人とすれ違ったと言う事。

 見える人には仲良くなりたい人か退治したい人かの2種類が存在していて、後者の方が圧倒的に多い。おばけちゃんは今までの経験を踏まえ、一目散に逃げ出した。


「ま、間に合ってますぅー!」

「ちょっとったら!」


 おばけちゃんは頑張って飛んだものの、その声の主も走ってきてすぐにおばけちゃんの肩を掴む。さわれないはずのおばけの体を掴めるだなんて、相当の霊力の持ち主だ。

 これほどの実力があるからもう仕方がないと、おばけちゃんは覚悟を決めて振り返る。すると、そこにいたのは普通のおばちゃんだった。普段着だし、手ぶらでそこらを普通に歩いてたと言う雰囲気。おばけちゃんと同じ、散歩の途中っぽかった。


「あんた、何で成仏してないん? どんな未練があるん?」

「えっ?」

「あんたくらいの子なら普通はすぐに成仏するはずや。案内の霊とか会えへんかった? それ拒否したんやろ?」

「えっと、あの……」


 霊感があるだけに、やはりその手の知識は豊富そうだ。おばけちゃんはおばちゃんのマシンガントークについていけなかった。


「ぼ、僕はおばけちゃん。成仏には興味ないんだ。それじゃあ」

「まぁ待ちいって。ええ坊さん知っとるから。あんた成仏した方がええよ。ずっとこっちにおったら悪霊になってまうし。あんたがそんななったら寝覚めが悪いんよ」

「い、いいからあ!」


 おばけちゃんは必死におばちゃんから逃げようとするものの、彼女はおばけちゃんを無理やり引っ張ってどこかに連れて行こうとする。その行き先はおばけちゃんでも簡単に予想出来たし、実際その通りだった。


「ほら、お寺さんついたで。ほな行こか」

「いーやーだー!」


 無理やり成仏させられると言う恐怖に耐えきれなくなったおばけちゃんは、隙をついておばちゃんの手から逃れ、今度こそ全速力でその場を離脱する。

 おばちゃんは一瞬だけ呆気にとられたものの、すぐに追跡を開始した。


「ええ度胸しとるやん。逃れられると思わんとき~」

「うわあああ!」


 おばちゃんが追いかけてくる気配を背後に感じたおばけちゃんは、更に逃げるのに必死になる。恐怖で普段では出せないほどのスピードが出たおかげで、何とかおばけちゃんはおばちゃんをまく事が出来た。

 振り返っておばちゃんの姿が見えなくなった事を確認したおばけちゃんは、大きくため息を吐き出した。


「はぁ、怖かったぁ」


 ようやく心の平穏を取り戻せたおばけちゃんは、お気に入りの公園へ。ベンチに座って空を見上げようとしたところで、視界におばちゃんが入り込んできた。


「へぇ、ここにおったんやねえ」

「ギャーッ!」


 おばけちゃんは奇声を上げながら、すぐにベンチから飛び上がる。そうして、今度は何も考えずにデタラメに飛び始めた。自分でも行き先が分からない出たとこ勝負の逃亡劇だ。

 その作戦でおばちゃんの魔の手から逃れようとしたものの、道端で待ち伏せされたり、砂浜に行っても見つかったり――。フラフラになりながら神社に隠れようともしたものの、そこでも待ち伏せされてしまう。


 おばけちゃんは、そのあまりの手際の良さに感情が爆発した。


「何で分かっちゃうのーっ!」

「勘や! もうええやろ。お寺行こか」

「いーやーだー!」


 おばけちゃんはおばちゃんに強く手を握られてしまい、もう逃げる事は出来なかった。そして、お祓いとかでも実績がある有名なお寺に連れてこられる。

 おばけちゃんはその大きなお寺を見て、ゴクリとつばを飲み込んだ。


「大丈夫や、安心しい。成仏は怖くも痛くもないんやで。もっとええとこに行くだけや」

「僕、今のままで満足なんだよ。成仏しないからね!」

「何言うとん。ここまで来たら覚悟決めなあかん」


 そうして、強引に住職の前におばけちゃんは突き出される。おばちゃんは最初はドヤ顔だったものの、住職の顔を見て小首を傾げる。


「あれ? 代替わりしたん?」

「ええ、もう10年前に」

「あれ、ごめんねえ。全然知らんかったわ。あの頃は色々あって」

「いえ、お構いなく。今日はどんな御用で?」


 代替わりした住職は若さこそあったものの全体的に覇気がなく、どこか頼りない印象を受ける。勉強だけしてきて実技はからっきしダメ、そんな雰囲気だ。

 おばちゃんは、そんな若き住職におばけちゃんをズイッと突き出した。


「このおばけを成仏さして欲しいんや。出来るやろ?」

「あの……僕、霊感はないんで。そこにお化けがいるんですか?」

「はぁ? 役に立たんなあ」


 どうやら、住職にはおばちゃんが掴んでいるおばけちゃんの姿は見えないようだ。この事実におばちゃんは落胆して、ハァァと大きなため息吐き出す。


「先代はなぁ、こう言う仕事得意やったんやで。才能受け継がんかったんか……」

「とりあえず、やってみます」


 こうして、おばけちゃんはこのお寺でお祓いの儀式を受ける。大きな仏像のある部屋で香を焚いてお教を唱え、雰囲気だけはそれっぽい。

 おばちゃんもおばけちゃんも、住職のお経を聞き入っていた。


「形だけは出来てるけど、それだけやなあ」

「そうだねえ」


 結局、おばけちゃんは成仏に至らず。それどころか全くのノーダメージだった。おばちゃんは失望しながらお寺を後にする。それでもしっかり手を握られていたので、おばけちゃんは逃げ出す事は出来なかった。

 このお寺の一件を受けて、おばけちゃんは反撃を試みる。


「ほら、僕はお経じゃ成仏しないんだよ。これで分かったでしょ」

「そうか? 宗派違うんちゃう?」

「え?」

「こうなったら、とことんまで付き合ってもらうで」


 あきらめきれないおばちゃんは、おばけちゃんを連れて様々なお寺に向かう。それぞれの宗派のお祓いを受けたおばけちゃんは、似たような事の繰り返しでげんなり。

 それに、どれだけのお経を聞いてもおばけちゃんには一切の効果がなかった。


「ねぇ、もうやめようよ。飽きたよ」

「有名どころはあらかた回ったしなあ。霊感のある坊さん、どこにもおらんかったわ。みんな詐欺やな。もうまいったらへん」

「だから分かったでしょ! 手を離してよ」

「いいや! まだや!」


 おばちゃんは空いている手をぎゅっと握り、気合を入れる。成仏作戦がことごとく失敗したと言うのに、失望どころか全く逆の反応をしている姿を見たおばけちゃんは軽い恐怖を覚えた。

 おばちゃんはおばけちゃんを両手で掴み、じいっと見つめる。


「こうなったら、おばちゃんがあんたを成仏させたる」

「出来るの?」

「やった事ないけどやってみるわ」

「えぇ……」


 プロでも成功しなかったお祓いを行き当たりばったりで行うと言うおばちゃんの無謀さに、おばけちゃんは困惑。

 ただ、だからこそ、おばけちゃんはそんな適当なやり方では成仏しないぞと口角を上げる。今までの成仏失敗が自信になっていたのだ。


「僕はそんな簡単に成仏はしないよ!」

「そんなんやってみんと分からへんやろ。ええか、覚悟しいや」


 おばちゃんは両手を合わせて祈り始める。この時にお経のようなものは唱えない。本当に自己流のようだ。口は動いているので、小声で何かを喋ってるようだ。おばけちゃんはどうにかしてそれを聞こうと耳を澄ませて集中する。

 すると、おばけちゃんの体が光に包まれ始めた。そして体が軽くなり、今までに感じた事のない高揚感に満たされていく。


「うわあ、何だろうこれ……。すごく気持ち良くて、何も考えられない」

「その調子やで。それが極楽への道や」

「おっ、おばちゃん! 僕を成仏させないで」

「何言うとんや! 死者は死者の世界で暮らさなあかんのや!」


 それまでどんな高名なお坊さんでも成し得なかったおばけちゃんの成仏が今、あっさりと成されようとしている。そこに気付いたおばけちゃんは必死で抵抗を試みるものの、おばけちゃんの霊体の体の波動はどんどん高くなるばかり。このまま臨界点を超えたら、おばけちゃんは強制的に霊界に旅立ってしまう事になる。

 それをどうにか阻止しようと、おばけちゃんは精一杯の拒否反応で抗った。


「いーやーだー!」

「素直になりな! あんたはもう……」

「やめとけよ母ちゃん」

「「道隆?!」」


 おばちゃんとおばけちゃんは同時に同じ名前を叫ぶ。そこに現れたのは、おばちゃんの息子であり、おばけちゃんの知り合いでもある霊能者の青年『たちばな 道隆みちたか』だった。

 おばけちゃんはおばちゃんが道隆の母親だと言う事実を知り、その潜在能力に納得する。


「君の母親だったんだ。道理ですごい訳だよ」

「おばけちゃん何やってんだ?」

「聞いてよ。僕突然君の母さんに捕まって、無理やり成仏させられそうになってるんだ」

「だって、可哀想やないの。人間界にずっと1人ぼっちやなんて」


 おばちゃんは自分の行為の正当性を訴える。一般論ならそれは正しいだろう。しかし、それは独りよがりな押しつけでもあった。おばけちゃんは毎日をエンジョイしているし、心は平穏そのもの。未練があってこの世に留まっている訳ではない。

 道隆は長年おばけちゃんと付き合っているだけに、その事はしっかりと分かっていた。


「母ちゃん、そいつはいいんだ。そのままで」

「なんで止めるん?」

「そいつは俺の友達なんだよ」


 道隆はそう言ってニカッと笑う。その笑顔を見たおばちゃんは、素直に祈りを止めた。そうして、軽く息を吐き出すと息子の方に顔を向けて口角を上げる。


「そか、友達ならしゃーないな」

「ふう、助かった」


 祈りが終わった事で、おばけちゃんの体の波動振動数も落ち着いた。おばけちゃんは何度も手を開いたり閉じたりして、体の調子が戻った事をしっかり確認する。

 そうして、大丈夫だと実感して喜びの踊りをしているところを見たおばちゃんはニッコリと笑った。


「じゃあ、その子はお前に預けたよ」

「分かった。じゃーな、母ちゃん」


 道隆は、去っていく母親の背中に向けて手を振る。おばちゃんも振り返らずに手を振ってそれに応えていた。やがて、おばちゃんの姿は見えなくなる。こうして、おばけちゃんは成仏のピンチを脱したのだった。

 2人きりになったところで、彼はニタリといやらしい笑みを浮かべる。


「さてと。おばけちゃん、助けたんだから分かってるよな」

「仕事を手伝えって言うんだろ。分かってるよ」

「うん。物分りがよくて助かる!」


 こうして、おばけちゃんは道隆の仕事の手伝いをする事になった。実はおばけちゃん、何かしらのピンチを彼に救ってもらう度に同じ事を繰り返していたのだ。お金とか持ってないから、お礼は働きで返すしかないんだよね。

 と言う訳で、今おばけちゃんは大量の悪霊に追われている。悪霊の封印が解かれてしまったため、それを再封印する仕事だった。


「おばけちゃん、全ての悪霊を惹きつけたら封印スポットまで飛んできてくれ!」

「怖いよー! もうこのくらいでいいじゃああん!」

「ダメだ! 全員捕まえないと意味がないし報酬も出ないんだよ! 頑張れ!」

「おばけ使いが荒いよー!」


 逃げ出した悪霊は全部で256体。そのほとんどはおばけちゃんに反応して追いかけてくるものの、数体は無反応でどこに行ったのかも分からなかった。その数体も全部見つけて連れて来いと言うのだから大変だ。

 しかも、おばけちゃんは悪霊に触れられると汚染されてしまい、最悪同じ悪霊になってしまう。だからこそ、おばけちゃんは死にものぐるいで逃げ回っていた。


「助けてー!」

「すまん、今は無理だ。手が離せん。せいぜい頑張ってくれ。最悪悪霊になったら浄化してやっから」

「悪霊なんていやだあ~!」


 おばけちゃんは涙目になって必死に飛び回る。そこに、誰かがひょっこりと顔を出した。


「あんた何しよん?」

「おばちゃああん! 助けてえ!」

「何かよう分からんけど、任しとき!」


 おばちゃんは、おばけちゃんの背後に迫る悪霊達をビンタで次々に昇天させていく。面白いくらいに簡単に悪霊達は成仏していき、気がつくと全ての悪霊に引導を渡しきってしまった。

 全てが終わり、おばちゃんはパンパンと手を叩いてわずかに残った穢れを落とす。そうして、おばけちゃんに向かって笑顔を見せた。


「これでええか?」

「うん、有難う」

「もう成仏しいとは言わへんよ。また困ったらいつでも呼びいや」


 こうして、おばけちゃんとおばちゃんは友達になった。その後、封印の仕事なのに勝手に成仏させたと怒る道隆との親子喧嘩が始まる。

 おばけちゃんはその口喧嘩の応酬を、ニコニコ笑顔で見守ったのだった。



(おしまい)

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