第27話 土地神様とおばけちゃん
おばけちゃんは気ままなお化け。今日もフラフラと街を散歩しているよ。さっきまで雨が降っていたけど、おばけちゃんはおばけだから平気。傘だってさしたことはないんだ。雨粒は通過しちゃうしね。そもそもおばけは風邪をひかないし。
だけど、そんなおばけちゃんも雨の日はちょっと苦手。周りがよく見えなくなるからね。雨がやんだ中、おばけちゃんが雨上がりの空気を吸い込みながら飛んでいたんだ。
「う~ん。この雰囲気がいいよね~」
おばけちゃんが雨上がりの気配に酔いしれていると、目の前に小さな子供が現れる。普段ならあまり気にしないのだけれど、見た目5歳くらいの小さな男の子が1人で街を歩いてるのはちょっと不自然だ。
そこでダメ元で話しかけようと近付いたところ、突然周囲に霧が発生する。
「嘘っ?!」
おばけちゃんは霧を振り払うように手を動かすものの、霊体の手が霧に干渉する事はやっぱり無理。結局おばけちゃんはその小さな子を見失ってしまった。その子の気配すらすっかり消えてしまい、この現象に首を傾げる。
やがて霧が晴れた時、そこに子供の姿は見当たらなかった。有効周囲半径100メートルのおばけちゃんの対人センサーにすら引っかからない。おばけちゃんはこのあり得ない現象に戸惑いを隠せなかった。
「あの子は一体は何だったんだろう」
それから、おばけちゃんは事あるごとにその子を探す。その子に何か用があったと言う訳じゃない。ただ、突然目の前から消えてしまったしかけとかを聞いてみたい、それだけの理由だった。
「いないな~」
おばけちゃんの不思議な子探しは、それから一週間程続く。天気は不安定なままで、晴れたと思ったら雨が降ったり、ずっと曇りだったり。今の時期では有り得ないような天候だった。
当然、天気予報も外れてばかりで、おばけちゃんも作物の実り具合とかが心配になってくる。
「今日もスッキリ晴れないなぁ……。これじゃあ作物がまともに育たないよ」
おばけちゃんは天気の心配をしながらも、あの子を探して右往左往。今日で最後にしようかなとあきらめモードで探していたところで、ついにお目当ての子を発見する。道端に倒れていたのだ。
小さな子が倒れているのに誰も見向きもしない。そこに多少の違和感を覚えつつ、おばけちゃんはその子に触れた。
「大丈夫?」
おばけちゃんは人に触るとその人の体調とかが感覚で分かる。そのため、男の子に触れた時にその体の異変にはすぐに気が付いた。
「これはやばい。助けなきゃ!」
おばけちゃんはふんす! と気合を入れてその子を持ち上げる。本来、霊体は何も触る事は出来ないはずなのに、何故だかその子は触る事が出来、何とか安全な場所まで運んだのだった。
霊界にあるおばけちゃんの家のベッドにその子を寝かせて3日後の朝、男の子の目は自然に開く。
「ここは……?」
男の子が起き上がったところで、おばけちゃんが部屋に入ってきた。
「起きたんだ! おはよう!」
「ここは……お主の家か?」
「そうだよ! 僕はおばけちゃん。君が道端で倒れているのを見てね。家に運んだんだ。気分はどう? もう行けそう? ダメなら……」
おばけちゃんが経緯を話していると、ダンダンと玄関のドアを叩く音が聞こえてきた。話の腰を折られて無視したい気持ちになっていたおばけちゃんだけど、あんまりしつこく叩くものだから根負けしてしまう。
「もう! 分かったよ~」
おばけちゃんがガチャリと玄関のドアを開けると、そこにいたのはおかっぱで白装束の男の子。ベッドで寝ている子よりも大きくて、見た目は10歳くらいに見えた。
「ちょっと失礼するぞ」
「えっと?」
おばけちゃんが戸惑っている間に、その子はまっすぐ寝室に向かって歩いていく。この時、奇妙な事に足音は全く聞こえなかった。
謎の違和感を覚えつつ、おばけちゃんも彼の後に続く。
「ここにいたんですか神様! 心配したんですよ!」
「えっ? その子、神様だったの~?」
そう、道端で倒れていた不思議な子供の正体は、この土地守る土地神様。さっき部屋に入ってきたのは、眷属の精霊的な何かのようだ。
土地神様は一呼吸置くと、おばけちゃんの顔をじっと見つめる。
「おばけちゃん、すまぬ。ひとつ頼まれてくれぬか?」
「いいよ!」
おばけちゃんは、その内容も知らない内から土地神様の頼みに二つ返事で返した。眷属精霊はその潔さにほうと感心する。
「お前、中々に器の大きいやつだな」
「えへへ」
褒められたおばけちゃんが照れていると、土地神様は語り始めた。
「最近の我は力が足りず、土地を守りきれておらぬ。この辺りが天候不順なのはそのせいなのじゃ」
「僕に何か出来る?」
「ああ、お主にお使いを頼みたいのじゃ」
土地神様いわく、街の気が枯れそうなので、豊かな地域の土地神様から力をもらって来て欲しいのだとか。
その手順を聞いて自分にも出来そうだと思ったおばけちゃんは、準備が整ったところですぐに出発した。
「じゃあ行ってくるね~」
「うむ。気をつけて行くのじゃぞ」
土地神様に見送られながら、おばけちゃんはこの辺りで一番栄えている地域に向かって飛んでいく。豊かな地域はその土地神様も力を持っていて、土地神様が強いからこそ、その土地が栄えるのだそうだ。
おばけちゃんは頭にハチマキを強く巻いて、このミッションに臨んだ。
「少しでも早く戻って街の天気を元に戻さなきゃ!」
目的地は、おばけちゃんの飛行スピードで3日はかかる。なので、必然的に夜も飛ぶことになった。知らない土地の夜、しかもちょうど山を通る事になり、ビビリのおばけちゃんは常に周辺に話しかけながら飛んでいた。
「誰かいますか~? 僕はおばけちゃん。怪しいものじゃないよ~」
「なんだ? うっさいなあ」
ちょうど山の頂上あたりで、おばけちゃんの独り言に返事が返ってくる。無人の山道を通っている途中で声が聞こえてきたので、おばけちゃんはパニックになった。
「きゃー! おばけー!」
声の正体も確認しないまま、おばけちゃんは一目散に逃げようとする。そのリアクションを目にした声の主は呆れたようにツッコミを入れた。
「おい、おばけがおばけを怖がるなよ。お前、面白いやつだなあ」
「えへへ」
声の主はこの山に住み着いていたおばけ。珍しく山におばけが来たので冷やかしに来たのだとか。正体が分かって安心したおばけちゃんは改めて自己紹介をする。
「僕はおばけちゃん。土地神様に頼まれてお使いをしているんだ」
「ふ~ん。俺は佐太郎。なあ、一緒について行っていいか?」
「来てくれるの? やったあ!」
こうして、山のおばけの佐太郎が旅の仲間になった。知らない土地を1人で旅していて孤独に押しつぶされそうになっていたおばけちゃんは、話し相手が出来た事で随分と心が軽くなる。
2人で空を飛びながら、おばけちゃんは思い浮かんだ疑問を口にする。
「でもどうして?」
「俺、暇だったんだよ。何か新しい事がしたくて。そこにお前がやって来たって訳」
「それ分かるかも。僕も毎日退屈なんだ」
こうして、2人は笑い合って意気投合。色々と雑談を交わしている内に目的地に辿り着いた。そこはおばけちゃんの地元とは比べ物にならないほどの大都会。県庁所在地なので当然でもあった。様々な産業が活発で、街の財政もかなり潤っているらしい。
おばけちゃんは地元の土地神様から預かっていた紹介状の力で、無事この土地の土地神様にお目通り出来た。勿論佐太郎も一緒だ。
「よく来たねえ。ん? なんだい?」
おばけちゃんは大神殿の奥から聞こえてきたの土地神様の声を聞いて、緊張で体を硬直させる。そして、近付いてきた事でその正体が判明した。
この土地を治める土地神様は、全長30メートルを超える大蛇だったのだ。
「へび~!」
その姿を見たおばけちゃんは、秒で失神する。普通の大きさのヘビなら大丈夫だけど、怪獣レベルのスケールだったので受け入れられる許容範囲を越えてしまっていたらしい。
いきなり気を失ったおばけちゃんを見て、蛇の土地神様も困惑する。
「おやまぁ、おばけなのに肝が小さいねえ」
「はは、最初は俺を見てもビビってたぜ」
「変なおばけだねえ」
しばらくして復活したおばけちゃんは、大蛇の土地神様に事情を説明する。その辺りの事は紹介状に既に書いてあったものの、うんうんと優しく耳を傾けてくれた。
「ふむ。田所の土地が気枯れているんだね。あたしに任せな」
大蛇の土地神様はおばけちゃんを宝物庫に案内する。そこには、様々な宝石やら宝飾品やら神具などがキレイに整頓されて置かれていた。土地神様は、その中からひとつの石をおばけちゃんの目の前に置く。
そのきれいな緑色の丸い石は、中に不思議な力が宿っているみたいだった。
「この石を持っていきな。きっと役に立つ」
「うわあ。有難う」
早速おばけちゃんはその石を持とうとしたものの、やはりそこは霊体、持つ事が出来なかった。でも、勧めてくれたのだから持つ事は出来るはずだと、おばけちゃんは何度も挑戦する。
それでも、やっぱりおばけちゃんの手は石を素通りするばかり。
「あれえ?」
「ふむ。お前は霊力をもっと高めねばならんようだねえ」
こうして、おばけちゃんは急遽修業をする事になった。瞑想をしたり、霊的トレーニングをしたり、強い霊的な光を浴び続けたり――。中には結構しんどいメニューもあったものの、佐太郎に励まされて何とかそれぞれの項目をクリアしていく。
土地神様はその成果をしっかり確認して、改めて生命の緑石を渡した。
「もう持てるはずだよ」
「う、うん」
おばけちゃんが石に触れると、今度はそのあふれる生命力を敏感に感じ取る。そうして、今度こそ石を持つ事が出来た。それを専用の袋にしまうと、おばけちゃんは改めて深く頭を下げる。
「今まで本当に有難う。じゃあ、僕これを持って帰ります」
「ああ、早く戻ってやりな」
「良かったな、おばけちゃん」
修行に付き合った佐太郎も、笑顔でおばけちゃんの努力を称える。そうして、更に言葉を続けた。
「俺は残るわ。ここ、気に入ったしな。おばけちゃん、1人で帰れるか?」
「うん、もう大丈夫だよ。じゃあ佐太郎、さようなら」
こうして、おばけちゃんは1人で帰郷する。修行の成果もあったのか、帰路は自然にスピードが出て、行きの半分以下の時間で地元の街まで戻る事が出来た。
「あれ? こんなに近かったっけ?」
街が見えたところで、おばけちゃんはもらった石の確認をする。なくしてはいないはずだけど、念の為だった。
「あれ? あれれ?」
落とさないように大事に入れていたはずのポシェットの中のどこにも石が見当たらない。この事実におばけちゃんの顔は青ざめる。
穴が空いている訳でもなく、おばけちゃんはなくした心当たりを思いつかなかった。
「嘘でしょ? 一体どこで……」
ここまで頑張っての土壇場でのこの失態。おばけちゃんの頭は真っ白になる。すぐに周囲を探してみたものの、石らしきものは見つからない。来たルートを逆走してじっくり道を見渡すものの、やはり石は見つからなかった。
「いてっ!」
ある程度戻ったところで、おばけちゃんは見えない壁にぶつかる。まるで、これ以上戻る事が許されてないみたいと言った風だった。
石もないし戻れないしで、おばけちゃんはがっくりと項垂れる。
「そんな……」
ショックを受けたおばけちゃんは、この事実を報告するために街に向かう。その顔は絶望感満ちていた。
街に入ってしばらくすると、また土地神様が倒れている姿を発見。おばけちゃんはすぐに土地神様を抱きかかえた。
「何でまた倒れてんのー!」
その時、おばけちゃんの体から淡い緑の光が溢れ、その光を浴びた土地神様はゆっくりとまぶたを上げた。
「おばけちゃんか。でかした。見事役目を果たしたのじゃな」
「え?」
この展開に驚いたおばけちゃんは、反射的に空を見上げた。すると、久しぶりに真っ青に晴れた空が目に飛び込んでくる。
不安定な天候なんか、どこにもなかったみたいな晴天だった。
「おばけちゃん、有難う。お主のお陰で我は力を取り戻せた」
「でも僕、もらった石をなくしたのに……」
「その石の力、お主の体から出ておったぞ」
「ええっ?!」
どうやら、石はなくしたのではなく、おばけちゃんの体に取り込まれていたらしい。原理はよく分からないけれど、そう言うものなのだそうだ。
それで、石の力は無事に土地神様に移って完全復活。もう地元の天候が不安定になる事はなくなった。そればかりか、土地の力も安定したので作物も豊かに実り、水も以前より清らかになる。
ひとつの大きなミッションをクリアした事で、それからおばけちゃんは地元の土地神様とも友達になったのだった。
(おしまい)
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