第26話 小人さんとおばけちゃん
おばけちゃんは気ままなお化け。今日も気ままにフラフラと散歩を楽しんでいるよ。気の向くまま風が吹くままの適当な散歩だけど、本人は街のパトロールのつもりなんだ。まぁ、何かを見つけてもおばけだから何も出来ないんだけどね。
「今日も平和だなあ。ヨシ!」
おばけちゃんが街に向かって指差し確認していると、カラスが大勢同じ方向に向かって飛んでいるのが目に入る。その雰囲気が独特だったので、その中の1羽に向かって声をかけた。
「ねぇ、どこ行くの?」
「やあおばけちゃん、何でも小人がいたらしいんだ」
「え? 僕も行く!」
おばけちゃんは小人と言う言葉が気になって、カラスについていく。カラス達もおばけちゃんを普通に受け入れていた。まぁ同じ街に住む仲間だからね。
「小人さんってどう言う感じなの?」
「いやあ、私も知らないんだ。着いたら分かるよ」
「そだね!」
どうやら、一緒に飛んでいるカラス達も今から見に行く小人がどんなものかは詳しく知らないらしい。おばけちゃんは初めて目にするであろう小人について様々な想像を膨らませる。
「きっと可愛いんだろうな。それで可愛い服を来て、声もきっとかわいいんだ」
「あ、あそこみたいだね」
おばけちゃんの言葉を遮るように、カラスが前方で騒いでる仲間達の様子を確認する。賑やかそうにカアカアと話している姿は、どこか気が立っているように見えた。
「どうしたのかな?」
「気になるね。何があったんだろう」
現場についたおばけちゃん達が急降下すると、騒いでたカラス達の言葉が耳に届いてきた。おばけちゃんは聞き漏らさないようにと耳を澄ます。
「逃げられたー!」
「探せ探せー!」
「俺はアッチに行ってみる!」
「じゃあ俺は上空から探してみる!」
どうやら見つけたはずの小人を見失ったらしい。その必死さを不思議に思ったおばけちゃんは、上空から探そうとしているカラスに声をかけた。
「どうしたの?」
「小人がいなくなったんだ。探さなくちゃ」
「どうして?」
おばけちゃんが小人を探す理由を聞こうとしたら、そのカラスは上昇しちゃって声は届きそうにない。思わずショボン顔になっていると、別のカラスがやってきた。
「小人の国にはお宝があるらしいんだ。その話が聞きたいのさ」
「本当なの?」
「俺もよく知らねーけど。ただ、それを確かめるためにもまずは小人を見つけねーとな」
つまり、カラス達は小人そのものと言うより、小人の国にあるお宝が目当てらしい。お宝と言う言葉にはおばけちゃんも弱かったので、すぐに目をキラキラと輝かせる。
「僕も探してみる!」
「見つけたら声をかけてくれよな!」
こうして、おばけちゃんとカラス達の小人捜索隊が結成された。背の高い草の多いこの場所は小さな生き物が隠れやすく、探す側からはすごく探しにくい。よって、どれだけ探してもどれだけのカラスを投入しても、全く成果は上がらなかった。
探し始めて10分くらい経ったところで、飽きっぽいカラスはどんどん離脱していった。
「もういいや~。俺小人そのものも見てないし」
「私も別の予定があるから~」
「わしも帰ろっと」
おばけちゃんは普段の日常に戻っていくカラスを手を振って見送る。毎日特に予定もないおばけちゃんは、カラス達を全員を見送った後で周囲の草むらを見渡した。
「ぼくは後もうちょっとだけ……」
おばけちゃんがキョロキョロと顔を左右に動かしていると、カサリと小さな足音が聞こえてきた。ちょうど静かになったばかりだったので、その音におばけちゃんは振り返る。
「誰っ?」
「うわっ、まだいたのっ?」
足音の主は、カラスが去ったのを見て安心して歩き始めたばかりだったようだ。驚いたその主の顔をおばけちゃんはじいっと見つめ、ニッコリと笑顔を浮かべる。
「僕はおばけちゃん。よろしくね小人さん」
「ぼ、僕は……シレフ」
「僕、小人さんって初めて見るんだけど、どうしてここに?」
「気がついたらここにいたんだ。そうしたら沢山のカラスが襲ってきて……」
シレフはそう言うと黙ってしまう。彼は全長10センチくらいの大きさだ。そこに1羽のカラスが近付いてくるだけでも威圧感がすごいのに、20羽以上が集まったらそりゃあパニックにもなるだろう。カラスの方に悪意がなくても、襲われると思ってしまっても不思議じゃない。
おばけちゃんはさっきまでカラス達と一緒にいたのもあって、彼らの目的を代弁する。
「カラスさん達はみんなシレフさんの国の話を聞きたかっただけだよ」
「そうだったんだ。でも怖くてそれどころじゃなかったんだよ」
「そっかあ」
おばけちゃんは、話の流れでシレフの身の上話を聞いていく。この草むらに着く前の事はほとんど何も覚えていないらしい。
「多分何かあったと思うんだ。かすかに覚えているのは記憶の中にある景色。そこに辿り着けば思い出せるとは思う。おばけちゃん、協力してくれないか?」
「うん、いいよ!」
その景色がシレフの故郷なのではないかと思ったおばけちゃんは、彼を背中に乗せてふわりと浮き上がった。普通は誰も触れないおばけなのに乗る事が出来たと言う事は、小人と言うのは精霊に近い存在なのかも知れない。
そうやって上空から街を見下ろしたものの、シレフの記憶に一致する景色は見当たらなかった。おばけちゃんは淋しそうな声を漏らす彼を勇気付ける。
「この辺りで小人さんを見たって話は聞かないから、故郷はかなり遠いんだろうね」
「もしかしたら、僕、別の世界からこっちの世界に飛ばされたのかも……」
「えーっ? でも来れたんだからきっと帰れるよ」
おばけちゃんは頑張っても上空20メートルくらいまでしか浮かび上がれない。小人サイズからすればそれはかなり高い認識になるのだけれど、やはりそこまで遠くまで見渡せると言うものでもなかった。
ある程度周辺を廻ってみたものの、疲れてしまったおばけちゃんはどんどん高度を下げていく。
「ごめん。ちょっと疲れちゃった」
「おばけちゃん、もういいよ。僕1人で探すから」
「ちょっと待って! 僕、詳しい人を知ってる!」
おばけちゃんはヘロヘロになりながらも知り合いの霊能者、
壁抜けを駆使して最短で航大の事務所まで辿り着いたおばけちゃんは、廊下でバタリと倒れてしまう。それに気付いたこの部屋の主は、おばけちゃんをベッドの上に寝かせた。
「また厄介事を持ち込んできたのか?」
「厄介じゃないよ。人助けだよ」
「まいいや。何があったんだ?」
航大が話を聞く姿勢になったので、シレフが警戒しながら顔を出す。航大は少しも驚かず、顎に指を乗せながら小人の彼を興味深そうに見つめた。
「なるほどな」
「お願い。シレフの故郷について教えて! 出来れば連れてって!」
「いや無理」
航大はおばけちゃんの依頼を秒で断る。納得行かない顔で見つめるおばけちゃんに彼は得意顔で駄目な理由を説明した。
「いいか? 小人ってのはここら辺にはいない。日本で小人がいるとするなら北海道だ。そして北海道はここからむっちゃ遠い。地図を見せてやる」
航大はPCを操作して日本地図を映す。おばけちゃんもすぐに覗き込んだ。聞く体制が出来たところで説明が始まった。
「ここが今いる場所。で、ここが北海道。むっちゃ遠いだろ?」
「そうかな? でもそんなに遠くない気もする!」
「いやいや、お前の飛行スピードだと数ヶ月単位かかるぞ」
「でも旅も楽しいかも!」
航大の説得もおばけちゃんには通じない。画面上の地図を見せただけでは、おばけちゃんには距離感が掴めなかったからだ。逆に、すごく長い時間がかかるならその分旅を楽しめそうと考える始末。
おばけちゃん単体ならそれでもいいのかもだけど、これはシレフを連れて行くのが目的だ。途中での彼の食事だとか寝床だとか、そもそもちゃんと安全につれていけるのか。航大の目からはおばけちゃんがそれらの事をしっかり考えているようには見えなかった。
「じゃあ行ってくるねー」
「ちょま、分かってんのか!」
「北に行けばいいんでしょー! 途中で鳥さんとかにも聞くから平気ー!」
「お前なぁ……」
おばけちゃんは長旅に興奮して、航大の言葉が届いていないようだ。それと、普段のおばけちゃんを知っている彼は途中で飽きる事を見越してこの旅を黙認する事にした。
「じゃあ行けるだけ行ってこい。それと、北海道が正解とは限らんからな!」
「分かったー!」
こうして、おばけちゃんはシレフを乗せて北海道までの長い旅に出る。時速20キロも出ないくらいの自転車並のスピードだけど、小人のスケールスピードで言えばかなりの体感速度だ。
「おばけちゃん有難う。こんな僕のために」
「ううん。僕も旅がしたかったんだ。その理由が出来て僕の方こそ有難うだよ」
こうして旅は穏やかな雰囲気で始まる。飛び始めて1時間ちょい。ようやく街を出るところまで進む事が出来た。
おばけちゃんは意志の力と風に乗って進んでいるのもあって、まだそこまで疲れてはいない。上空も鳥が何羽か飛んでいたものの、特に障害になるものでもなかった。
「僕、ここから先は初めてなんだ。知らない景色を見るのは楽しいな」
おばけちゃんが未知の景色に喜んでいると、前方から何かが突っ込んでくる。どうやら、それは鳥ではないらしい。
大抵の事には動じないおばけちゃんでも、この展開には目が大きくなった。
「え? 何あれ?」
「おばけちゃん、あれは……魔女だ!」
背中に乗っているシレフの方が先に正体に気付く。彼はその魔女に見覚えがあるようだった。魔女はおばけちゃんの数倍のスピードで迫ってきたので、すぐにその顔を確認出来るところまで近付く。その顔は絵本で見る魔女の姿と瓜二つ。
シワシワの老婆で目と鼻が大きくて、とんがり帽子に真っ黒な服を着て、使い古されたホウキに乗っていた。
「みぃつけた!」
「うわあああああああ!」
魔女を怖がったシレフは、おばけちゃんを必死に掴み、その恐怖心を感じ取ったおばけちゃんもすぐに逃げ始める。スピードは魔女の方が早かったけど、小回りがきかない分おばけちゃんにも分があった。
すぐに低空飛行に切り替えたおばけちゃんは地形を利用して魔女を翻弄。必死にジグザグ飛行をして何とか魔女から逃げる事が出来たのだった。
狭い路地に逃げ込んでようやく落ち着いたおばけちゃんは、ハアアと大きくため息を吐き出す。
「びっくりしたねえ。あの魔女さん、何か怖かった」
「おばけちゃん、思い出したよ。アイツのせいだ!」
「え?」
シレフはそこで忘れていた記憶を思い出したようだ。彼いわく、平和に暮らしていたある日、突然魔女にさらわれたらしい。
隙を見て逃げ出したら、床に書かれていた魔法陣ぽいものに足を踏み入れてしまったのだとか。
「……それで、気が付くと全然知らないこの場所にいたんだ」
「大変だったね」
「でもまた魔女が追いかけてきた。どうしよう」
「しばらく隠れてたらきっとあきらめてくれるよ。それでまた旅を続けよう」
おばけちゃんは楽観主義者。だから、明るくシレフを慰める。その優しい心遣いに彼の心も落ち着いたところで、魔女が2人の前に現れる。
「隠れてもムダァー!」
「おぼわららららら!」
こうしたまた追いかけっ子は強制的に再開された。魔女は合いからわずスピード重視で、だから何とかおばけちゃんもギリギリで捕まらずに逃げ切れている。
必死に飛びながら、おばけちゃんは背中に乗る彼に声をかけた。
「ところで、何で魔女は君を捕まえようとしてるの~?」
「そんなの分からないよ!」
「お前はワシのための薬の材料なんじゃー!」
いつの間にか背後に回っていた魔女が、無理やり会話に割り込んでくる。つまり、魔女の作る薬の材料に小人が必要と言う事らしい。原因が分かった事で、おばけちゃんは更に必死になって魔女から逃げる。
けれど、流石に学習した魔女はスピードを緩めておばけちゃんの旋回にピッタリと追従。そうして、ついに追いつかれてしまった。
「おばけちゃん、上昇だ!」
「イーヒッヒッヒ! もうあきらめな」
魔女は、得意の魔法でおばけちゃんの体を魔法の糸を使って固定化する。動けなくなったのは背中に乗っているシレフも同じだった。
「ぼ、僕達をどうするつもり?」
「おばけに用はないよ。小人だけ頂くさね」
魔女のその骨と皮だけの長い手がシレフに迫る。おばけちゃんも何とか逃げ出そうとするものの、何故だか魔法の糸にはすり抜けの力が使えなかった。
「すり抜けられないーっ!」
「そりゃ魔法の糸だもの。霊体だって縛り付けられるんだよ」
「そんなあ~っ!」
「さあ、可愛い小人ちゃんや。ワシの薬になりな」
「嫌だあああ!」
勝利を確信した魔女の顔が邪悪に歪む。せめてもの抵抗で、おばけちゃんは魔女の顔をにらんだ。
「おやおや、可愛いにらみ顔だうぼわらーっ!」
魔女がシレフを掴みかけたその時、突如現場に現れた航大のパンチで魔女は空高く殴り飛ばされて光の一点になる。
絶体絶命のピンチを救ったヒーローは、おばけちゃんに向かって白い歯を輝かせた。
「よ! 危機一髪だったな」
「航大? どうして?」
「依頼があったんだよ。シレフって小人を探してくれって」
彼がおばけちゃんを助けたのは、友情とか虫の知らせとかじゃなくてビジネス絡み。その事実を知っても、おばけちゃんの目の輝きは変わらない。
「その依頼って?」
「こう言うのは他人に話しちゃけいないんだが、まあぁおばけちゃんならいいか」
航大いわく、シレフは今回の依頼者の海外の霊能者の家に昔からいる家族みたいなものらしい。突然いなくなってフーチなどで調べたところ、航大に依頼が届いたのだとか。
その経緯を聞いたシレフの目がキラキラと輝いていく。
「そうだ! 思い出した!」
「帰還用の魔法陣はもう用意してある。事務所に来てくれ」
「シレフ、良かったね!」
こうして、この街に迷い込んだ小さな客人は無事に故郷に戻る事になった。航大の事務所まで戻ったおばけちゃんは、この小さな友達と最後の挨拶をする。
「ちょっとに間だけだけど楽しかったよ。元気でね」
「おばけちゃん、助けてくれてありがとう。君の事はずっと忘れない」
「じゃあまたね」
おばけちゃんと航大の見守る中、シレフは魔法陣の中に吸い込まれていった。この瞬間、彼は本来いた場所に戻っている事だろう。
転位が問題なく終わり、航大はハァァァと大きく息を吐き出していた。
「良かったぁ。長距離転位は成功率も低いから緊張したぜ。しかも小人の転位は初めてだったからなあ」
「あの魔女、大丈夫なの? またシレフを襲ったりしない?」
「俺が殴っただろ? だから魔女は今度は俺達を狙うはずさ。何度だってぶちのめしてやるぜ」
「え~。僕はもう懲り懲りだよ~」
おばけちゃんは、これからまたあの魔女に襲われる可能性を想像してゲンナリとしたのだった。
(おしまい)
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