第14話 公園おじさんとおばけちゃん
おばけちゃんは気ままなおばけ。今日もふわふわと自分の住む街を散歩中。おばけちゃんも今までに色々あって、今の生活に落ち着いていた。毎日の日課はこうしてブラブラと地元をパトロールする事。
今日も特に異常はなしって事で、おばけちゃんはお気に入りの公園にやってきた。パトロールの最後は、この公園のベンチでひと休みすると言うルーティーン。
平日の朝の誰もいない公園のベンチに、おばけちゃんはちょこんと座る。そこでぼうっと流れる時間を楽しむのが、今のおばけちゃんには一番の癒やしの時間なんだ。
「おっ、猫ちゃんだ」
おばけちゃんが何となく公園を見ていると、そこに猫が通りかかる。興味を持ったおばけちゃんはそのまま猫の後をついていった。猫は公園を抜けて、てとてとと道を迷いなく歩いていく。おばけちゃんも探偵気分で気配を消してついていった。
近付きすぎると気付かれるから距離を取って慎重に進んでいると、やがて視界の端に川が見えてくる。
「おっ、川だ。吹き抜ける風も気持ちいいなあ」
川の景色も好きなおばけちゃんは、ちょっとだけその景色を堪能した。すぐに顔を元に戻したものの、追いかけていた猫はフッと姿を消してしまう。そこで焦ったおばけちゃんは急いで辺りを探すものの、結局見つからずじまい。
猫を見失った事にショックを受けたおばけちゃんは、失意のまま公園に戻ったんだ。
「あれっ?」
見慣れたお気に入りの景色にひとつだけ違和感が。おばけちゃんお気に入りのベンチに誰かが座っている。そこにいたのは何だか冴えない中年のおじさんだった。
おばけちゃんは、このおじさんに興味を持ってスーッと近付いていった。
おじさんは普通のおじさんで、だからおばけちゃんが近付いても全くの無反応。それをいい事に、おばけちゃんはおじさんの周りを飛び回ったり手を振ったりとやりたい放題。
おじさんは少しうつむき加減でぼうっと座っていて、何だかとても淋しげな感じだった。
「おじさん、どうしてここにいるの?」
おじさんに興味津々なおばけちゃんは思い切って話しかけてみるものの、霊感のないおじさんが反応するはずもなく――。
この日のおじさんは夕方になるまでベンチに座っていて、みんなが帰り始める頃に立ち上がると、どこかに去っていった。流石におじさんを尾行する気にもなれなかったおばけちゃんは、それを黙って見送るばかり。
次の日から、おじさんは公園に毎日来るようになった。決まった時間にベンチに座って決まった時間に帰っていく。お気に入りの場所を取られた格好になったおばけちゃんだけど、いつも一人の時間に誰かがいると言うだけで嬉しくて、気付かれないのを承知でおじさんをからかい続けた。
抱きついたり、肩を叩いたり、頭をなでたり――。おばけちゃんがどれだけいじっても、おじさんは全く気付かない。たまに公園に訪れる猫を見ても全くの無反応。
おばけちゃんは、ただ決まった時間を公園で過ごすだけのこのおじさんが段々心配になってきた。
「やっぱり気になる」
おじさんが公園を去った後、意を決したおばけちゃんはついに尾行を試みる。とは言え、おじさんには霊感がないので、おばけちゃんも少し離れた位置からついていくだけで良かったのだけれど。
背後を全く気にしないおじさんは、やがてボロいアパートに吸い込まれていった。そのアパートの雰囲気にこれ以上立ち入ってはいけないものを感じたおばけちゃんは、おじさんの家が分かったと言うだけで満足する。
「おじさんにもちゃんと帰る家があったんだ。良かった良かった。……うん、帰ろ」
安心したおばけちゃんはおじさんの家を後にして、自分の家に帰っていく。そうして、夜はゆっくりと更けていった。
その次の日も、おじさんは当然のように公園にやってきた。そうして、いつものようにベンチに座る。それを待っていたおばけちゃんは、おじさんの横にちょこんと座る。
それまではずうっと無口だったおじさんだけど、この日は様子が違っていた。ぶつぶつと何かを喋り始めたんだ。ただ、それがすっごい小声だったので、おばけちゃんはおじさんの主張を知ろうとぐいっと耳を近付ける。
「全く、なんで俺なんだよ。俺より出来の悪いのはたくさんいるのに……」
「何の話?」
「会社に貢献だってした! どれだけ儲けさせて来たと思ってるんだ!」
「へぇ、すごかったんだね」
おばけちゃんの声はおじさんには届かない。届かないんだけど、おばけちゃんはおじさんの独り言に適当に相槌を打っていた。おじさんの言葉が聞けた事で、少しずつその素性も明らかになっていく。
その独り言は、たまにおばけちゃんには分からないような言葉もあった。けれど、少しでも事情が分かる事で、おばけちゃんはよりおじさんに親しみが持てるようになっていったんだ。
ぶつぶつと独り言を喋り始めたおじさんは、それからも公園のベンチに座る度に何かしらの愚痴を吐き出していく。心に溜まっていたものが軽くなっていったおかげなのか、ずうっとぼうっと虚空を見つめていたおじさんの顔にも少しずつ生気が戻ってきていた。
ついには、公園に横切る猫を見て笑顔になるくらいに感情が戻っていたんだ。
「おっ、この公園にも猫は来るのか。猫はいいな」
「おじさん、元気になったね。良かった」
猫を見て喜ぶおじさんの顔を見て、おばけちゃんは嬉しくておじさんの周りを踊りながらくるくると回る。勿論おじさんは霊感がないから、おばけちゃんがどれだけウザ絡みしても全く無反応。
それでも、おばけちゃんはおじさんを祝福するのをやめなかった。
おじさんが感情を取り戻した次の日、おばけちゃんはいつものように公園で待っていた。けれど、毎日決まった時間に現れるはずのおじさんが、今日は一向に姿を表さない。
それがとても不安になったおばけちゃんは、すぐにおじさんを捜そうと公園を後にする。真っ先に向かったのはおじさんの家だったけれど、その周辺に気配は全く感じられない。どうやら、おじさんはもう家を出た後のようだった。
家にもいない、公園にも来ていないと言う事で、おばけちゃんは自分の感覚を信じておじさんを捜し始める。街中を超高速で飛び回っていると、おじさんの気配の欠片を感じる瞬間があった。
おばけちゃんはその痕跡を辿って、ついにおじさんを発見する。
おじさんはコンビニの近くにいた。しかもその表情は昨日までと違って何だか怖い顔になっている。悪い予感を感じたおばけちゃんは、すぐにおじさんの背中に向かって声を張り上げた。
「おじさん! おじさんダメだよ!」
「えっ?」
今まで霊感がなくてずっとおばけちゃんの声に無反応だったおじさんが、ここで初めて振り向いた。どうやら、おばけちゃんとずっと一緒にいたせいで霊感に目覚めたらしい。
振り向いたおじさんはまだその感覚が不安定みたいで、そこにいたおばけちゃんを確認しようと目を細めたり、顔を動かしたり。とにかく、今まで感じていなかった感覚を覚えて当然のように戸惑う表情を見せている。
ただ、そう言う場合って普通は驚くものだけど、おじさんは変に肝が座っていた。
「君、いつからそこにいた?」
「ダメだよ、悪い事をしたら落ちていくだけだよ」
「う、うわああーっ!」
どうやら肝が座っていたのは最初だけだったみたいで、おばけちゃんに説教されたおじさんは勢いよく駆け出していってしまう。また何かやらかすかも知れないと感じたおばけちゃんも、すぐにおじさんを追いかけた。
結局、辿り着いたのはいつもの公園。思いっきり走って落ち着いたのか、おじさんは息を整えるといつものベンチにどっかりと座る。そうして、背中を丸めてじいっと地面を見始めた。
おばけちゃんはそんなおじさんの事がすごく気になって、すぐに話しかける。
「ねぇ、おじさん。どうしちゃったの?」
「あはは……。おばけに心配されるなんてな」
「良かったら話してよ。僕、何でも聞くから」
「つまんない話だよ……」
おばけちゃんの想いが届いたのか、おじさんはぽつりぽつりと今までの事をまるで独り言のように話し始めた。景気が悪くなってリストラされた事や、最初はごまかしていたものの、その内にバレて離婚されてしまった事。再就職先がずっと決まらない事。貯金が底をついてしまった事――。絵に描いたような転落のテンプレを、おじさんはきれいに踏襲していた。
黙って話を聞いていたおばけちゃんは、おじさんのその淋しそうな顔をじっと見つめる。
「それは辛かったね。大変だったね……」
「あはは」
優しい言葉をかけられたおじさんは力なく笑う。そうして、ゆっくりとおばけちゃんの顔を見た。
「俺も君の仲間になろうかな。その方がずっと楽しそうだ」
「だ、ダメだよ! おじさんは生きなきゃダメ! だってまだ生きてるじゃない!」
おじさんの言う言葉の意味が分かったおばけちゃんは、必死にそれを止めようと力強く訴える。あんまり刺激させたらその場で自殺しかねいないと、おばけちゃんは生きる事の希望やらメリットやらを思いつく限り口にした。
「……だから、結論を出すのはまだ早いと思うんだ」
「けど、もう何もかも手遅れなんだよ……」
おじさんもこうなるまで色々と頑張ってきて、それでもうまく行かなかった事を説明する。残された選択肢は犯罪を犯すか、死を選ぶかの究極の二択。
おばけちゃんはそこまで追い詰められているおじさんを見て、どうにかしなければと考え始めた。すぐにはいいアイディアも思いつかなかったものの、結局苦しんでいるのはお金がないからなんだと言う単純な事に気付く。この時、おばけちゃんの頭に閃きが走った。
「そうだ! おじさん、いいところがあるよ! ついてきて!」
「え? ちょっ……」
おばけちゃんはおじさんの手を取ると、強引に引っ張っていく。霊感に目覚めたおじさんはおばけちゃんに引っ張られるまま、とあるビルまで連れてこられた。そのまま階段を上がって、ある部屋の前でピタリと止まる。
おじさんはそこで改めて、部屋の前に掲げられた看板の文字を読んだ。
「スピリチュアルカウンセラー……?」
「おじさんは霊感が目覚めたんだから、きっと雇ってくれるよ。僕からもお願いするから!」
そう、おばけちゃんは知り合いの霊能者におじさんを紹介しようとしていたんだ。おじさんも覚悟を決めてドアを叩く。
営業スマイルでドアを開けたおばけちゃんの知り合いは、その相手がおばけちゃんと冴えないおじさんだと分かって、露骨に嫌な顔をした。
「お前の顔を見たら、言いたい事は全部分かった」
「このおじさんを雇ってよ!」
「あ、あの……っ」
おじさんより一回りは若そうなその霊能者は頭をボリボリ掻くと、おじさんの顔をじいっと見つめる。そうして、そのまま部屋の中に通してくれた。室内は普通のオフィスみたいな感じで、あんまりスピリチュアルっぽさは感じられない。
ソファに向かい合って座ったところで、いきなり即席の面接が始まった。
「で、目覚めたのは?」
「えっと、今日です……」
「お願いだよ! このおじさんもう後がないんだ! 能力に目覚めたからさ」
「うっせえよ! 判断するのはこっちだ!」
おばけちゃんの必死の訴えを霊能者は一喝。そうして、真剣な顔でおじさんの顔を凝視する。
「なるほど、大体分かった。おっさん、悪い事は出来ないタイプだろ」
「え……。はぁ、多分」
「分かった。こいつに免じて雇ってやるよ」
「あ、有難うございます!」
こうしておじさんの再就職はあっさりと決まり、霊能者の助手としての新しい生活が始まった。おじさんは一回り若い雇い主にこき使われながら、毎日充実した日々を送っている。
おばけちゃんは、おじさんの仕事っぷりをこっそり見守るのが新しい日課になっていた。
毎日忙しそうにしていおるおじさんの顔からは、公園にいた頃のマイナスオーラが綺麗サッパリ消えている。おばけちゃんはそれが嬉しくて、毎日ニコニコしながら新しく出来たこの日課を楽しむのだった。
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