第15話 オタクの人とおばけちゃん
とある地下アイドルのライブで、オタクの人が必死にMIXをしています。
「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!」
アイドルの楽曲に合わせたそのパフォーマンスは、けれど、熱中しすぎてアイドルの歌より自分が頑張る事に熱中している、そんな感じすらありました。とは言え、そう言うオタクの人もまた大事なお客さんには違いなく、アイドルも運営もその人を容認しています。
ライブも終わり、握手会でもオタクの人は推しのアイドルからしっかり認知され、ホクホク顔でライブハウスを後にしたのでした。
「いやあ、今日もいいライブだったなぁ」
「良かったね。僕もノリノリのヒロトを見ているのは楽しかったよ」
「ああ、おばけちゃんも盛り上がってたんだ、良かった」
ヒロトと呼ばれていたのはオタクの人です。で、彼がおばけちゃんと呼んでいたのはおばけのおばけちゃん。当然ながら、普通の人には見えません。
実は、さっきのライブでもヒロトと一緒にアイドルライブを楽しんでいたのです。おばけなので、タダで楽しんでいたのですけどね。
ヒロトとおばけちゃんは、その後も楽しそうにアイドル談義を続けます。ただし、おばけちゃんは普通の人には見えないので、周りからはヒロトがずうっと独り言を喋っているようにしか見えません。
けれど、それがいい感じで見えないバリアを作っていて、安全に道を歩く事が出来たのでした。
「あ……」
そんな帰路の途中、さっきまでヒロトとの距離が離れなかったおばけちゃんがピタリと止まります。その変化に気付いたヒロトは、すぐに振り返りました。そこはとあるマンションの前。おばけちゃんはそのマンションをぼうっと見上げています。
その様子を見て何となく察した彼は、おばけちゃんが動き出すまで立ち止まっていました。
時間にして数秒の沈黙の後、おばけちゃんは友達を待たせていた事に気付きます。
「あ、ごめん」
「いいよ。もういいの?」
「うん」
こうして、また2人はいい距離感を保って歩き始めました。ヒロトはさっきのおばけちゃんの行動の理由を聞く事なく、すぐにまた推しのアイドルの話を続けます。
おばけちゃんも変わらないヒロトのテンションに助けられ、またすぐに明るく振る舞うのでした。
尽きないアイドル談義を喋りまくっている内に、ヒロトは自分の家の前に辿り着きます。彼は玄関のドアの鍵を開けて中に入りました。おばけちゃんも続いて入っていきます。
そう、おばけちゃんはヒロトと一緒に住んでいるのです。
家に帰ったヒロトは靴を脱いで少し着替えると、すぐにテレビの前に向かいました。テーブルの上には、既にお菓子が用意されています。
「ヒロト、早く見ようよ」
「だな!」
おばけちゃんに急かされて、ヒロトはテレビのスイッチを入れました。そうしてすぐにネット放送を選択します。この仕組みのおかげですぐに好きな番組が見られるのです。
彼が選んだ番組はアニメでした。話題のアニメからちょっとマイナーなアニメまで、メニューから選び放題。ヒロトは慣れた手付きで好みの作品を再生させます。すると、画面にオープニング映像が映し出されました。それを、彼は真剣に食い入るように見始めます。
「簡単に好きな作品をいつでも好きな時に見られる。いい時代だなあ」
「そうなんだね」
「そうなんだよ」
ヒロトの隣にはおばけちゃん。2人は仲良くアニメを鑑賞します。ヒロトの盛り上がるところでおばけちゃんも盛り上がり、ヒロトが悲しむところでおばけちゃんも悲しむ。
2人のツボはほぼ一緒だったので、このアニメ鑑賞もまた楽しいひと時なのでした。
そんなヒロトですが、おばけちゃんと出会ったのは駅のホームでした。その頃の彼は何もかもうまく行かず、孤立もしていたので、生きる事をあきらめていたのです。
それで、フラフラと白線の外側まで歩いてしまっていました。後少しで電車が来てしまう、そんなタイミングで彼の背後から声が聞こえてきます。
(危ないよ。止まらなきゃ!)
「えっ?」
その頃のヒロトには声しか聞こえませんでした。でも、その一言で彼は自殺を思いとどまります。ずっと孤独だったからこそ、心配してくれたその声が嬉しかったのです。
彼に声をかけたのはおばけちゃんだったのですが、おばけちゃんも自分の言葉に反応してくれたヒロトを気に入ります。そこから、おばけちゃんは必死に彼に話しかけるようになりました。
ヒロトは事あるごとに聞こえてくる謎の声に、自分が変になってしまったのかと思うようになります。そうしてついにどこにも出かけられなくなってしまいました。
この謎の声が聞こえる原因を知りたくて、彼はネットで情報収集を続けます。しかし、満足するような情報は中々見つかりません。
「なんでこんなクソみたいなページしか引っかからないんだよ、クソっ!」
ヒロトが画面を見つめながら愚痴を吐き出したその時でした。またしても背後に気配を感じます。ゾワッとした彼は思わず振り返りました。けれど、そこにあったのは代わり映えのしない見慣れた部屋の景色。
彼は首をかしげながら、また視線を画面に戻します。すると、今度は至近距離から声が聞こえてきました。
「へぇ、よく分からないけどすごいね」
あまりにはっきり聞こえる声に、ヒロトはその方向に顔を向けます。すると、見慣れない白い半透明の塊が突然彼の目に飛び込んできたではありませんか。この時のヒロトの驚きようったらありません。
「うわあああっ!」
「うわあああっ!」
彼のあまりの驚きっぷりに、おばけちゃんもまた驚いてしまいます。思いっきり声を張り上げあった後、ほぼ同時に2人は向き合いました。
「お、おばけ……?」
「あ、うん。そうみたい」
「名前とか、あるの?」
「ぼ、僕は……誰?」
名前を聞かれたおばけちゃんは、腕組みをして顔を上に向けます。どうやら自分の名前を忘れたのか、最初から持っていないのか、とにかく今は名前がないようでした。その様子を見たヒロトは、記憶喪失か何かだろうと考えます。
目の前で展開される異常事態に彼の理解が追いつかないでいたところで、おばけちゃんはPC画面を覗き込みました。
「あ、これ僕の好きなアニメ」
「えっ、そうなの?」
画面に映っていたのはヒロトの好きなアニメ動画。趣味が同じだと言う事で、彼は一気におばけちゃんを気に入ります。そこで一緒に動画を見終わった後に、自分の好きな動画を次々と布教し始めました。そのどの作品もおばけちゃんは喜んで鑑賞します。動画を見ながらの感想も、ヒロトが喜ぶようなものばかり。
この一件で彼とおばけちゃんはすっかり意気投合し、2人は友達になったのでした。
「そうだ! 名前がないのは不便だから、今日からおばけちゃんって呼んでいい?」
「おばけちゃん……いいよ! じゃあ僕は今日からおばけちゃんだ!」
おばけちゃんは、ヒロトから名前をもらってとても満足そうに笑います。自分の付けた名前を気に入ってもらえたので、ヒロトもまたとてもいい気持ちになったのでした。
ヒロトとおばけちゃんが友達になってから、2人はとても楽しい日々を過ごします。ことごとく趣味が合うのもあって、彼も笑顔が増えていくと共にどんどん活発になっていくのでした。
やがてはオタ活もネット上だけじゃなくて、外出するようにもなってきます。アイドルライブを楽しんだり、映画を観たり、イベントを楽しんだり――。
周りの人には見えなくても、ヒロトはおばけちゃんと常に一緒でした。だからこそ、どこにだって出かけられたのです。おばけちゃんと一緒と言うだけで、ヒロトは勇気付けられていたのです。
おばけちゃんもまた、ヒロトと一緒に行動する事で様々な楽しい経験をする事が出来て、とても嬉しそうでした。
勿論、外出するだけじゃなくて、ネット上の活動もアクティブになっていきます。積極的に多くの人と交流をして、オフ会に出かけられるようにまでなっていきました。
少し前までのネガティブヒロトが、今ではまるで別人のようです。
ネット活動が充実するようになり、夜ふかしの日々を過ごす事も多くなったある日の真夜中。その日、珍しく早くに寝たヒロトの寝顔をおばけちゃんはじいっと見つめます。
その夜はおばけちゃん以外にも、もう1人の霊的存在が同じ部屋にいました。立派な大人の姿で、神秘的な装飾のついたシンプルな服を着ています。
その存在は優しいけれど少し厳しい、そんな表情をおばけちゃんに向けました。
「もうこれ以上は待てませんよ。あなたには行くべき場所があるのです」
「分かってる。最後にお別れを言いたくて……」
「では早くしてください。夜が明ける前に」
「うん……」
おばけちゃんは、改めて寝ているヒロトの顔を見つめます。彼と出会ってからの日々を思い出しながら、おばけちゃんは目に涙をためました。
「ヒロト、今まで有難う……ひぐっ。さよなら……」
「よく言えましたね。では行きましょう」
「うん……」
おばけちゃんは大粒の涙を流しながら、もう1人の大人の霊的存在に導かれてすうっと姿を消します。それからしばらくして、部屋に朝日が射し込みました。
いつもは夜ふかしのため昼まで目覚めない彼も、その朝は不思議と早起きをしてしまいます。そうして、すぐに違和感に気付きました。
「……おばけちゃん?」
いつも同じ室内にふわふわ浮いていた友達がいないのです。ヒロトは嫌な予感を感じて、あちこちを探し回りました。けれど結局見つかりません。探し疲れた彼は何気なくテレビのスイッチを入れました。
すると、ちょうどニュースが流れていて、その内容に彼は目を奪われます。
「……のマンションで、幼児の遺体が発見されました。亡くなっていたのは3歳の……」
ニュースで流れていたのは、アイドルライブの帰りにおばけちゃんが見上げていたマンションでした。この情報だけで全てを察したヒロトは、画面に向かって手を合わせます。
「そっか、成仏……したんだな」
その後、彼はオタクネットワークを駆使して、亡くなった幼児のお墓参りをしました。もう二度と会う事はなくても、ヒロトはずっとおばけちゃんの事を忘れない事でしょう。
自分の命を救ってくれた、大切な命の恩人なのですから。
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