第13話 ゾンビちゃんとおばけちゃん
おばけちゃんは気ままなおばけ。今日ものほほんと日課の散歩を楽しんでいるよ。この日のおばけちゃんの目的地は、最近出来た立派な建物。何でも最先端の研究をする研究所なんだって。
研究所はとても立派な建物で、ネズミ一匹入る込む隙間もありません。そんなとても厳重な警備でしたが、おばけちゃんには関係ないんです。だっておばけちゃんはおばけなんですもの。
ついーっと入り口の検問を抜けて建物の中へ。勿論ドアを通る必要もありません。おばけなので壁抜けです。
建物に侵入したおばけちゃんは、白衣の人達が歩き回る中を気ままに探検しました。病院のような機器が並ぶ部屋、最新の検査施設の並ぶ部屋、実験動物が実験させられている部屋――建物の中は怪しい研究をする人達でいっぱいです。
色々と見て回ったおばけちゃんは、ちょっと怖くなってきました。
建物の上層階を探検し尽くしたおばけちゃんは、地下の方へと向かいます。厳重で分厚いドアをスーッと通り抜けたその時でした。突然建物内にアラートが響き渡ります。どうやら非常事態が発生したようでした。
おばけちゃんは、突然鳴り響いたこの警報に混乱してしまいます。
「一体何が起こったの?」
おばけちゃんが戸惑っていると、白衣の人達が慌てて廊下を走っていくのが見えました。そこに興味を抱いたおばけちゃんは、この流れに逆らって警報の原因を見にいく事にします。すると、通路のシャッターがどんどん下ろされていくではないですか。
ですが、おばけちゃんには意味がありません。壁を抜けて更にその奥へと向かいます。
「うわあああっ!」
シャッターの奥に広がっていたのは、通路を徘徊するゾンビ達の姿です。おばけちゃんはその光景を見て、腰を抜かすほど驚いてしまいました。
耳を澄ますと、逃げ遅れた施設のスタッフ達の絶叫が聞こえてきます。どんどん悪くなる雰囲気に、おばけちゃんは頭の中が真っ白になりました。
「いやあああ……」
おばけちゃんが両手を頬に当てて絶望していると、ゾンビ達がおばけちゃんの周りに集まってきます。ゾンビにはおばけちゃんの姿が見えるようでした。近付いて来るゾンビはお約束のように腐った死体。どう言う理屈かは分かりませんけど、とにかく見た目と匂いが強烈なのです。
そんな集団が集まってきたものですから、当然、おばけちゃんは絶叫しました。
「ギャアアア!」
そうして、パニックになったおばけちゃんはついに気を失ってしまいます。倒れたおばけちゃんの周りにわらわらとゾンビ達が群がったその時、研究所は大爆発を起こしました。研究所が証拠隠滅を図ったのでしょう。
爆発は建物をふっとばしたばかりでなく、その周囲をも巻き込んでいました。
おばけちゃんが気がついた時、かなりの広範囲が焼き尽くされた光景が広がっていました。おばけちゃんはその光景を見て、昔体験した戦争の光景を思い出します。
「嘘……。どうして、こんな……」
その破壊力と引き換えに、おばけちゃんの周りにいたゾンビ達は全て消え去っていました。きっと焼き尽くされたのでしょう。キョロキョロと見渡すと、どうやら研究所を中心とした周囲は完全に隔離されているようでした。視界の向こう側に高い壁がそびえ、その壁がぐるりと周囲を囲っています。
少し前まで見慣れていた風景がすっかり様変わりした事を実感したおばけちゃんは、がっくりとうなだれるのでした。
「誰か……いませんかぁ~」
おばけちゃんは変わり果てた焼け野原をフラフラと飛び回ります。少し前まで見慣れていた平和な風景はもうそこにはありません。どこまで行っても何も見当たらず、おばけちゃんは絶望しました。
そうして、このエリアに見切りをつけようと思い、壁の外へと向かいます。
後もう少しで壁に辿り着こうとしたそんな時でした。近くにかろうじて形を保っていた建物があって、その影に誰かがいたのです。あの破壊があって生き延びた人――おばけちゃんはすぐに確認に向かいました。
ぐるっと回り込んだおばけちゃんの目に映ったのは、建物の隅っこでしゃがんで怯えている小さくて可愛らしいゾンビの女の子。
「えええっ?」
その子を見たおばけちゃんは、びっくりして少し後ずさりしてしまいます。あの研究所で見たゾンビと似てはいますが、この子はまだかなり人間に近い姿をしていました。それにまだ人間の心を持っているようで、目に意思を感じます。
そこに興味を抱いたおばけちゃんは、思わず声をかけていました。
「や、やあ……」
おばけちゃんはすぐにこの行為を後悔します。何故なら、おばけちゃんと話が出来るのは霊感のある人だけだから。
「え? あなたはだあれ?」
返ってこないはずの返事が返ってきて、おばけちゃんはもう一度びっくりします。それで、おばけちゃんはその子に近付きました。
「僕の姿が……見えるの?」
「うん、見えるよ。でも私、何もかも忘れちゃった。あなたは私の友達だったの?」
「僕はおばけちゃん。安心して、はじめましてだよ」
おばけちゃんは女の子にニッコリと微笑みかけます。それから少しずつ会話を交わして、彼女の事も分かってきました。女の子はゾンビになる前の事をほとんど覚えていなくて、自分の名前すら思い出せないようです。
「私の名前って何だろう。何も思い出せなくて怖いの」
「じゃあさ、本当の名前が思い出せるまではゾンビちゃんって事で」
「ああは、じゃあそうする。名前を有難う、おばけちゃん」
こうして、ゾンビちゃんとおばけちゃんは友達になりました。色々な事を忘れてしまった彼女でしたが、ゾンビになった後の事はしっかり覚えています。
その事も、ゾンビちゃんはおばけちゃんに話しました。
「気がついた時、私みたいなのはたくさんいたの。でもみんな普通じゃなくて。だから怖くて隠れてた。気がつくといつの間にかみんないなくなっちゃってた。だから怖いの。その内私もそうなるんじゃないかって……」
そう話す彼女を見て、おばけちゃんは決意を固めます。ぎゅっと拳を握ってゾンビちゃんをしっかり見つめました。
「ゾンビちゃん、逃げよう! 多分だけど、ここにいちゃダメだよ!」
「え……。でも、それはダメ……。私はもう普通じゃないの。きっと居場所はここしかない……」
記憶をほぼ失っていると言うのに、ゾンビちゃんは外に出たら自分がどんな扱いをされるのか分かっているみたいです。おばけちゃんは彼女を説得する言葉をすぐには思い付けません。
それもあって、おばけちゃんはゾンビちゃんの様子を見守る事にしました。
大事な友達が出来たおばけちゃんは閉鎖区域をもっと丹念に調べ始めます。もしかしたら、ゾンビちゃんの仲間が他にいるかも知れないと思ったのです。
けれど、そんな期待も空しく、ゾンビちゃん以外のゾンビはどこにも見つかりません。
フラフラと漂っていると、いつの間にかおばけちゃんは壁の出入り口に近付いていました。閉鎖された壁の出入り口は警備が厳重で、ゾンビちゃんを連れて出る事は難しそうです。
その後も詳しく閉鎖区域の事を調べたおばけちゃんは、その事をゾンビちゃんに説明しようと、彼女のいる所まで戻ろうとしました。
そんな時です。壁の大きな扉が突然開いたかと思うと、何台もの頑丈そうな車が入ってきました。悪い予感を感じたおばけちゃんはすぐに後を追います。けれど、車はおばけちゃんを置いてさっさと走り去っていきました。
おばけちゃんは遠ざかる車を見ながら、自分の無力さに絶望感を覚えます。
「うう、全然追いつけない……」
一方、おばけちゃんをぶっちぎったその車達はまっすぐにゾンビちゃんのいる建物の方に向かっていました。そう、彼らの目的もまた、彼女だったのです。
ちょうど建物の前で車は停まり、中から武装した複数の人が出てきました。その人に守られるように、防護服を来た人も降りてきます。
「まさか天然の生き残りがまだいたとは……。これで無駄な実験をする必要もなくなったな」
どうやら防護服の人物は科学者のようです。彼はすぐに怯えているゾンビちゃんを見つけると、懐から特殊な銃を出して彼女を撃ちました。撃たれた彼女はそのまま意識を失います。そうして、武装した人に抱えられて車に運ばれました。
おばけちゃんが追いついたのは、ゾンビちゃんが謎の組織に拉致される瞬間です。その光景をひと目見ただけで、おばけちゃんは大体の事情を察しました。
「ゾンビちゃーん!」
おばけちゃんは走り去る車を追いかけます。すぐに車にしがみついたので、今度は見失う事はありませんでした。車はそのまま別の実験施設に入っていきます。
ただ、おばけちゃんはひとつ大きな間違いをしていました。必死でしがみついたのはいいのですが、ゾンビちゃんを運んでいたものとは別の車だったのです。
この車は敷地内に入ったところで別ルートを辿り、普通に車庫に入ってしまいました。車が止まったところで、おばけちゃんはようやくこの違和感に気付きます。車から出てきたのが、ボディガードっぽい人達だけだったからです。
「ああっ、車を間違えたっ!」
おばけちゃんはすぐにゾンビちゃんを探しました。建物の中に壁抜けで入ると、部屋のひとつひとつを
悪い予感を感じたおばけちゃんは、必死にゾンビちゃんを探します。
「ゾンビちゃーん! どこーっ?」
おばけちゃんがゾンビちゃんの名前を叫びながら各部屋を確認していると、1階の1番奥の部屋でついに見つける事が出来ました。ただし、そこにあったのは拘束具でしっかり固定されてぐったりしているゾンビちゃんの姿。
彼女はガッチリと拘束されたまま、すっかり意識を失っています。
やがて、おばけちゃんの見ている前で実験が始まってしまいました。全自動で動くロボットアームの先にはレーザーの照射装置がついていて、それで彼女の身体を切り刻むみたいでした。
これから何が起こるのかを察したおばけちゃんは、それを止めようと動きます。
「やめろおおおーっ!」
この時に発生したおばけちゃんの感情の爆発は、ゾンビちゃんの身体に眠るゾンビ因子を爆発的に活性化させました。そして、空調設備を通して研究所全体に因子が蔓延していきます。すると、研究所のスタッフ全員のゾンビ化が始まってしまいました。
この非常事態に研究所は大混乱。彼女の実験も急遽中止になります。実験室の電源が落とされたところで、おばけちゃんはゾンビちゃんに近付き、拘束具を外していきました。
「ゾンビちゃん、早くここから出よう」
「……」
彼女は麻酔がまだ効いているのか、呼びかけに答えてくれません。そこで、おばけちゃんは一計を案じました。
「仕方ない、入るね!」
意を決したおばけちゃんは、ゾンビちゃんの身体の中に入ります。憑依した事でおばけちゃんの意志で彼女は動き出しました。そうして、一気に出口まで走っていきます。
混乱した研究室内はゾンビちゃんが逃げた事よりも自分達が助かる方を優先していたので、何とか無事に研究室から脱出する事が出来ました。
おばけちゃんはゾンビちゃんの体を使って、研究所からかなり離れた公園まで辿り着きます。そこでベンチに横になると、彼女から離れました。
その途端に、ゾンビちゃんの目がゆっくりと開きます。彼女は起き上がると、ベンチに座り直しました。
「おばけちゃん、ありがとう」
「気付いてたの?」
「うん、途中から……」
ゾンビちゃんにお礼に言葉を言われたおばけちゃんは、顔を真っ赤にしながら視線をそらします。ものすごく照れくさかったのです。そんなおばけちゃんの姿を見た彼女は、ベンチから降りて目の前の白くて可愛い幽霊を優しく抱きしめました。
「最後に会えたのがおばけちゃんで良かった」
「えっ?」
おばけちゃんを抱きしめたゾンビちゃんは、身体がボロボロと崩れていきます。わずか数秒で、彼女の身体は完全に砂のようなものに変わってしまいました。
そうして、ゾンビちゃんの魂が天に向かって昇っていきます。おばけちゃんは、見えなくなるまでずっと見送るのでした。
その後、研究所跡は完全に解体され、更地のまま立ち入り禁止区域となりました。この顛末の秘密を知る人はおらず、おばけちゃんも二度と近付く事はなかったと言う事です。
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