第12話 廃屋とおばけちゃん
おばけちゃんは自由なおばけ。特定の家に住んでいる訳でもなく、毎日好きな所で好きに過ごしています。そんなおばけちゃん、散歩が好きで今日も日課の散歩をフラフラと気ままに楽しんでいました。
散歩のコースは大体決まっていたのですが、その日に限っておばけちゃんはちょっと冒険心がうずいてしまいます。
「たまには違う道にも行ってみよう」
その冒険心は、おばけちゃんに知らない景色を教えてくれました。初めて見る建物、初めて見る川、初めて見る人達、そして――。
「こんな所に廃屋があるんだ……」
気の向くままに冒険を楽しんでいたおばけちゃんが目にしたのは、廃墟マニアな人が見たら喜びそうな、いい感じに朽ちた廃屋です。今にも崩れ落ちてしまいそうなその外観に惹かれたおばけちゃんは、ホイホイと吸い込まれるように中に入っていきました。
おばけちゃんはおばけですから、入口のドアに鍵がかかっていようと問題ありません。スーッと壁抜けで中に入ります。
とっくに朽ちた廃屋は、当然のように中には誰もいませんでした。今までいつも霊感のない人の家にお邪魔して暮らしていたおばけちゃんは、この静かな雰囲気をとても気に入ります。
こうして廃屋で暮らす事を決めたおばけちゃんは、それからも気ままに過ごしました。今までと違う所と言えば、生活のベースが廃屋になったと言う事。廃屋を中心とした生活になったと言う事です。
目が覚めたらまずはストレッチ、それが終わったら廃屋から出発して、気ままな散歩を楽しんだら廃屋に戻ってくる毎日。おばけちゃんは、そのルーティーンをとても楽しんでいました。
この廃屋は別に誰かの所有物ではありません。もしかしたらどこかに管理人がいるのかも知れませんけど、基本的に無法地帯です。だから、たまに廃屋マニアの人がこの廃屋にもやってきます。おばけちゃんが在宅の時にも容赦なく知らない人が入ってくるので、おばけちゃんはそう言う時、気を悪くしてしまいます。
なので、あんまり機嫌が悪くなってしまうと、おばけちゃんもこの無法者達に対して抗議の意思を見せたりもしました。
「ここには僕がいる事を知ってもらわなくちゃ!」
どうしたらマニアな人が入ってこなくなるのか。ここが怖い場所と言う噂が経てばそうなるだろうと考えたおばけちゃんは、無断侵入してきた人達を驚かそうとします。おばけちゃんもおばけです。本気で脅かせば誰もが怖がるはずです。そう考えたおばけちゃんは、本気で怖がらせようと頑張りました。
暗闇の中でギイギイと色んな物を揺らしたり、耳元でささやいたり、入ってきた人の肩を叩いたり……。
けれど、残念ながらどの作戦も空振りに終わってしまいました。おばけちゃんの妨害作戦は、どれも来場者に気付かれなかったのです。
この散々な結果に、おばけちゃんもすっかり落胆してしまうのでした。
そんな日々が続く中、天気が悪くなって雨が降ってきました。廃屋は修繕されていないボロい家です。当然のように雨漏りし始めました。普通の人だったら雨漏りは迷惑でしかありません。ところが、やはりそこはおばけちゃん、雨漏りくらい平気なのです。平気どころか、雨漏りしているその状況を楽しむ余裕すらありました。それもそうでしょう、だっておばけは濡れませんものね。
それもあって、雨の日はおばけちゃんの好きな日でもありました。雨が降っていれば不法侵入者も来ませんし。
「雨音も雨の景色もいいな……」
おばけちゃんが雨の気配を楽しんでいるその時でした。普段は何も感じない廃屋に何らかの気配を感じます。突然現れたその気配はおばけちゃんを不安にさせました。今度はおばけちゃんと同じ、見えない世界からの侵入者が現れたのかも知れないと考えたのです。
もしかしたら、その気配はこの廃屋の先住者かも知れません。その気配の主は、勝手に入り込んでいるおばけちゃんに怒っているかも知れないのです。
色々と考えたおばけちゃんは、とりあえずその気配の正体を探る事にしました。恐る恐るふわふわと廃屋内を探し回るおばけちゃんでしたが、結局何も見つかりません。
見つからないのが更に恐怖を強調させて、おばけちゃんは恐怖で顔が真っ青になったのでした。
その夜、気配を探し疲れたおばけちゃんはゴロンと横になってぐっすりと眠ります。眠りについたおばけちゃんは夢を見ました。その夢に出てきたのは、この廃屋がまだ普通の家だった頃の景色。
この景色をおばけちゃんは知らないはずなのに、何故かはっきりそうだと確信出来ていました。
夢の中のその家には一般的な幸せな一家が暮らしています。その一家は順調に歴史を重ね、やがて子供達は家を出ていき、年老いた両親もやがてこの世を去っていきました。
その何気ない家庭の歴史を夢の中で走馬灯のように眺めていたおばけちゃんは、思わずホロリと涙を流すのでした。
そうして目覚めたおばけちゃんは、いつものように家を出ます。そこには見慣れた景色が広がっているはずでした。けれど、この時におばけちゃんの目に飛び込んできたのは大きな重機の姿。他に、土木作業の人が何人も廃屋の前に並んでいます。
「あ、家が壊されちゃう……」
似た光景を今までに何度も見た事のあるおばけちゃんは、この先にやってくるであろう光景を容易に想像する事が出来ました。このままだと、折角見つけたベストプレイスが跡形もなくなってしまう事でしょう。
どうしてもそれを阻止しなくてはと言う使命感に燃えたおばけちゃんは、早速行動を開始します。
まずは作業員のところまで飛んでいくと、聞こえるか聞こえないか分からないギリギリの声量で、呪いじみた謎の呪文っぽい出任せの言葉を唱え続けます。もちろん嘘っぱちのナンチャッテ呪文なので、本当の効果はこれっぽっちもありません。
けれど、ちょっとでも霊感があると、その声がそれっぽく聞こえてしまうのです。
この嫌がらせは見事に成功し、何人かの作業員が気味悪がって取り壊し工事は見事に中止になりました。おばけちゃんは勝利のガッツポースをしたのですが、現場に重機は置かれたまま。なので、そこに一抹の不安を覚えたりもします。
翌日、おばけちゃんの悪い予感は的中しました。なんと、対おばけちゃん用に工事の人達が祓い屋さんを連れてきたのです。
「先生、よろしくお願いします!」
「うむ、ワシに任せられよ……」
祓い屋さんは神主のような服装をしていて、いかにもな雰囲気がプンプンと漂っています。工事の人達も祓い屋さんにすっかり頼り切っているようでした。おばけちゃんも長年おばけをしているので、こう言う霊的なバトルの経験は何度かあります。
と言う訳で、これから始まるであろう激しい霊的バトルを想像してゴクリとつばを飲み込むのでした。
おばけちゃんが警戒する中、祓い屋さんは数珠を手に取り、お経みたいな言葉を唱え始めました。その仕草もどこか演技がかっています。なので、見ているだけならすごい事をしているように見えるのですが、おばけちゃんには全くのノーダメージ。つまり、祓い屋さんの呪文は全く効果のない言葉の羅列でしかなかったのです。
この見掛け倒しのお祓いにおばけちゃんは少し落胆しました。
「このおっちゃん、本当に僕を祓うつもりなんかな……」
がっかりしたおばけちゃんでしたが、攻撃が効かないのは幸いです。恐そるるに足らずと、調子を取り戻したおばけちゃんは反撃の狼煙を上げました。
おばけちゃんはまずは祓い屋さんの至近距離にまで近付き、土木作業の従業員の皆さんにしたように耳元で不吉な言葉とかをささやき始めます。霊感がある人ならそれだけで驚いたり警戒したりするものですが、なんと祓い屋さんにはおばけちゃんの言葉が耳に届いていないようなのでした。
どれだけ恐ろしそうな事をつぶやいても、恨み言や呪いの言葉を語気を強くして荒っぽく叫んでも、祓い屋さんには通じません。その事から言って、どうやらおばけちゃんの声も存在すらも祓い屋さんは感じ取れていないようなのです。
これには、逆におばけちゃんの方が呆れてしまいました。
「このおじさん、僕がここにいる事を感じ取れてすらいないよ……」
祓い屋さんはその後も自分に酔った風で、適当な呪文を唱えながら謎の踊りを気の済むまで続けます。そうして、それが終わった後に適当な印を切りました。
そうして、この様子を見守っていた作業員達の方に向かって振り返ります。
「これで全ての作業は滞りなく終わりました。もうこの地場に穢れは何ひとつございません」
「本当ですか! 先生、有難うございます!」
霊感ゼロのインチキ祓い屋さんは自信満々な顔で浄霊が終わった事を告げると、そのまま勝手に帰っていきました。
おばけちゃんも過去にそう言うなんちゃって霊能者の人に何度か会った事があったのですが、今回の祓い屋さんは歴代のインチキさんの中でもトップクラスのインチキさんだなと呆れ果てます。
「あのおじさん、よく今までインチキがバレなかったなぁ……」
嘘でもお祓いが出来たと言う事で、作業員達は安心して仕事を再開させようとします。それを見たおばけちゃんは、今度こそあきらめてもらおうと大胆な行動に出ました。作業員の人が重機に乗り込む前に先に乗り込んで、重機を軽く動かしたのです。おばけには機械を勝手に動かす能力が備わっているので、そう言う事が出来るのですね。
もちろん、ぐりんぐりんと派手に動かす事は出来ません。けれど、人間を驚かすにはちょこっと動かすだけで十分なのです。
「うわああああ! 機械が勝手に動いたあああ!」
作業員の人達は今度こそ本気でビビって、急いで逃げ帰りました。重機もすぐに車に乗せます。こうして工事はなかった事になったのでした。
おばけちゃんは一連の作業を見守り、今度こそ勝利のポーズを決めて、その夜はぐっすりと眠ります。
おばけちゃんが深い深い眠りについていたその時、突然大きな揺れが廃屋を襲いました。割と大きめの地震が発生したのです。
この揺れを感じたおばけちゃんは、すぐに飛び起きました。
「うわああ! 地震だああああ!」
この地震、作りのしっかりした建物なら耐えきれるレベルの揺れではあったのですが、おばけちゃんが住んでいたのは廃屋です。しかも、その状態になってかなりの年月が過ぎていました。
なので、普通なら耐えられる震度でありながら、廃屋は呆気なくぺしゃんこになってしまったのです。
もはやそこは家ではなく、ただの瓦礫の山。この惨状を前にして、おばけちゃんはしばらく呆然としてしまいます。
その内に、大事な場所がなくなくなってしまった実感が湧いてきました。
「そんな、こんな事ってないよ……。うわあああん!」
おばけちゃんは心の底から泣き叫びました。折角怖い霊のフリまでして守った場所がその日の内になくなってしまったのですから、当然と言えば当然でしょう。
おばけちゃんが泣いていると、瓦礫の山から魂のようなものが昇っていきました。それはこの廃屋に宿っていた残留思念のようなものなのかも知れません。
「あ、還っていく……」
その魂に気付いたおばけちゃんはすっと泣き止んで、昇っていく様子を見えなくなるまでずうっと見送ります。そうして静かになり、おばけちゃんはまた別の場所を探して、この場所を去っていったのでした。
やがて、おばけちゃんはまた別の場所を住処に定めます。それからは廃屋のあった場所に近付く事もなかったのですが、ある日、ふと思い立って立ち寄ってみる事にしました。工事の予定のあった場所なので、何か別の建物が建っているんだろうなと思ってそれを確認しに行ったのです。
見覚えのある道を抜けた先で、おばけちゃんを待っていたものは――。
「うわあ……。ここ、公園になったんだ……」
そこにあったのは真新しい遊具が並ぶ公園でした。廃屋跡はみんなの憩いの場所となっていたのです。おばけちゃんはすぐにこの公園を気に入り、毎日の散歩コースに組み込みました。
それで、特に用事のない時はいつもここで遊ぶようになったのです。
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