第11話 カッパちゃんとおばけちゃん
おばけちゃんは気ままなおばけ。今日も気ままに散歩を楽しんでいます。おばけちゃんの散歩のコースはいつも気まぐれ。風の吹くまま気の向くまま。
その日は何となくそんな気分だったので、フラフラと街の外れの池にやってきました。そこは昔から地元にある池で、実は色んな噂や伝説が語り継がれていたりする場所だったりするのです。
おばけちゃんもこの景色を結構気に入っていて、月に一回は必ず訪れていました。
「うーん、今日もいい景色だなぁ……」
おばけちゃんは池の周りをぐるぐる回ってその雰囲気をしっかり堪能すると、すっかり満足して帰っていきます。
そんなおばけちゃんを、こっそり観察する影がありました。その影は、池の中からおばけちゃんをじいっと見ていたのです。
見られていた事に全く気付いていないおばけちゃんは、そのまま公園へと向かいます。公園もまたおばけちゃんのお気に入りスポットなのでした。いつもは誰かがいるこの公園も、今は何故だか誰ひとりいません。
そんな静かな公園では、鳥達が賑やかにお喋りする声だけが響いています。
「たまに静かなのはいいけど、最近ずっと静かなのはちょっと淋しいな……」
おばけちゃんが公園のベンチにちょこんと座ってくつろいでいると、そこに黒猫がやってきます。黒猫もまたこの公園の常連で、おばけちゃんとは面識がありました。
とは言え、いつも無口なのでおばけちゃんも直接この黒猫と話した事はありません。
この時もそんなお馴染みの無口なやり取りかなと思っていると、今日の黒猫は特別でした。思わせぶりな目配せをしたかと思うと、着いてくるように促してくるではありませんか。
おばけちゃんは、この初めて目にした新鮮なパターンに心を動かされました。
「分かったよ、どこに行きたいの?」
おばけちゃんの質問にやっぱり黒猫は答えてくれません。それでもおばけちゃんはついていく事にしました。黒猫に先導されてやってきたのは、さっきまでおばけちゃんがぐるぐると回っていた池。
そこについたところで、黒猫はまるで催眠術が解けたみたいに我に返ると、どこかに走り去ってしまいます。
「えっ? 黒猫ちゃん?」
この特殊な状況におばけちゃんが戸惑っていると、池から何かが浮かび上がってきました。おばけちゃんは、この初めて遭遇する異常事態にすっかり混乱してしまいます。
「うわああああ!」
やがて、それは池からぬぼっと顔を出しました。おばけちゃんがガクガク震える中、その影はゆっくりと近付いてきます。
「やあ、はじめまして……かな?」
「うわああ! 怖いいいい!」
「ま、待って!」
恐怖が最高地点に到達したおばけちゃんは、その影をしっかり確認する前に逃げ出していました。影は一目散に逃げていくおばけちゃんの後ろ姿を見送りながら、挨拶のために上げた右手を中途半端な位置に降ろします。
「ああ、やっぱり驚かせちゃった……」
しょぼんとうなだれるその影の正体は、この池に住む河童のカッパちゃんでした。カッパちゃんはおばけちゃんを引き止められなかった事を後悔しています。
そうして、次に会った時は怖がらせないようにしようと心に強く誓ったのでした。
翌日、あんな事があったのにおばけちゃんはまた池の近くまで来ていました。やはり昨日の出来事が気にかかっていたのです。とは言え、怖いのもまた事実で、池の一歩手前まで来たところでピタッと動きが止まりました。
「やっぱり、これ以上はちょっと無理かな……」
「ちょっと待って!」
「うわああっ!」
突然誰かに手を掴まれたおばけちゃんは驚いて大声を上げました。でも大丈夫、おばけの声なので聞こえる人にしか聞こえません。と、そんな話は置いておいて、おばけちゃんは驚きながら手を掴んできた存在を確認しようと振り返ります。そこで目に飛び込んできたのはカッパちゃんでした。
長い間おばけをしているおばけちゃんでしたが、カッパちゃんを見るのは実は初めてです。そんな事情もあって、おばけちゃんはさらに混乱しました。
「た、食べないでくださーい!」
「食べないよっ!」
変に誤解をされているなと察したカッパちゃんは、大声で否定します。その後も押し問答を何度か繰り返して、ようやくおばけちゃんも落ち着いてきました。
何とか怖くない妖怪だと理解してもらえたところで、カッパちゃんは手を離します。自由に動けるようになって、おばけちゃんは改めてカッパちゃんと向き合いました。
「カッパちゃんって言うんだ? 僕はおばけちゃん。何か僕に用なの?」
「実は……最近人気がなくて……」
「え……っ?」
悩み相談されると覚悟はしていたのですが、その悩みが予想の斜め上なものだったのでおばけちゃんは若干引きました。そんなおばけちゃんの態度を見ても、カッパちゃんは全くテンションを変えずに話を続けます。
「最近は水辺から上がってくる妖怪と言えばアマビエなんですよっ!」
「そ、そうなんだ……?」
「おばけちゃん! カッパ人気の復活を一緒に考えてっ!」
カッパちゃんは真剣な目でおばけちゃんに迫ります。その迫力におばけちゃんは圧倒されてしまいました。どうやらカッパちゃんは多くの人に注目されたいようです。
おばけちゃんが何も喋れずにいると、カッパちゃんは更に昔自分がどれだけ人気だったかを身振り手振りを加えて説明を続けます。同じ話を何度も何度も聞かされて、流石のおばけちゃんもうんざりしてしまいました。
「分かったよ。分かった!」
「本当? 協力してくれる?」
自分の話が聞き入れられて、カッパちゃんの顔がパアアと明るくなります。そうして、さらにずいっと顔を近付けてきました。期待の眼差しを至近距離で向けられたおばけちゃんは、手を伸ばして適切な距離を作ります。
グイグイとくるカッパちゃんの圧はそれでも強くて、暑苦しいくらいでした。
「で、どうするの? 何をしてくれるの?」
「知り合いとか、色んな人に話を聞いてみるよ」
「本当? 有難う!」
カッパちゃんはとても嬉しそうな表情を浮かべ、おばけちゃんの両手を強く握ると激しく何度も上下に振ります。終始その勢いに圧倒されたおばけちゃんは、もはやその流れに逆らう事が出来ませんでした。
約束をしてしまった以上、おばけちゃんも動かなくてはなりません。と言う事で、早速見える人、つまり霊能者の知り合いに相談をする事にしました。
こう見えて、おばけちゃんはその筋の交友関係が広いのです。街の霊能者とは全員友達と言っていいくらいでした。今回はその中でもおばけちゃんの悩みに一番親身になって答えてくれる人、霊能者のカケルさんの元に向かいます。
「……と言う訳なんだけど、何かいいアイディアないかな?」
「うーん、河童ねぇ……。メジャーすぎて今さらブームっつっても……」
「やっぱ無理?」
「……いや、ひとつ思いついた」
こうして、彼の話を聞いたおばけちゃんはその案に乗っかる事にしました。数日後、吉報を待つカッパちゃんのいる池におばけちゃんが現れます。当然、すぐにカッパちゃんは姿を現しました。
「おばけちゃん! ずーっと待ってたんだよ!」
「や、やあ……」
「どう? 話はまとまった?」
「その件についてなんだけど、紹介したい人がいるんだ」
おばけちゃんはそう言うと、背後で待っていた人に手招きをします。その合図で現れたのはどこかもっさりとしたお兄さんでした。手にはスマホを持っています。
「霊能ユーチューバーの人を連れてきたよ」
「ユーチューバー?」
「この人に宣伝してもらえればきっと有名になれるよ」
おばけちゃんはニッコリ笑顔で、カケルさんの知り合いの霊能ユーチューバーの紹介をしました。彼はその手の配信者の中では割と有名な方で、チャンネル登録者も2万人くらいいるのだとか。
おばけちゃん自身はそれがどう言うものなのかあんまり理解出来ていないのですが、とにかく教えてもらった事をそのままカッパちゃんに伝えました。
で、この霊能ユーチューバーのさとしさんも、初めて見る河童に眼鏡を曇らせるほどに興奮しています。
「本当に河童だ……。俺、初めて見た。すごい……」
「僕が、僕が見えるの!」
「見えるよ! 嬉しいなぁ。動画撮っていい?」
「当然だよ! でもかっこよく撮ってね!」
こうしてカッパちゃんは彼の撮影するスマホに向かって必死にPRしました。自己紹介とか、歌とか、ダンスとか、そりゃあもう傍で見ていてもその必死さが痛いくらいに伝わります。
時間にして数分のその自己PRが終わり、カッパちゃんはやりきった表情を浮かべました。
「どうですか? 良い
「うん、バッチリ! ちょっと確認してみるね」
さとしさんはそう言うと早速動画をチェックします。最初はニコニコだったのですが、すぐにその表情は曇ってしまいました。何故なら――。
「ごめん、映ってない……」
「え? そんな……じゃあもう一回撮ってください! 映るまで何度でも僕頑張ります!」
「わ、分かったよ。じゃあ……」
こうしてまた撮影は再開されたものの、何度撮影してもカッパちゃんの姿が動画に記録される事はありませんでした。流石にここまで来ると、さとしさんも無駄な事をしているとを認めざるを得ません。
まだまだやる気満々のカッパちゃんに向かって、済まなそうな表情を浮かべます。
「ごめん、動画は無理だったからブログに記事を書くよ」
「そ、それでもいいです。お願いします!」
「カッパちゃんの写真は映ってないから期待はしないでね」
こうして、方針を変えたさとしさんはカッパちゃんにインタビューをして帰っていきました。しっかり話を聞いてもらえて、カッパちゃんも満足そうです。
その様子を見ていたおばけちゃんも、いい事をしたなとにっこり笑顔になりました。
その後、さとしさんの書いたブログはアップされます。けれど、肝心のカッパちゃんの画像はなかったためか、ブログを読みに来るマニアな人達にはあまり刺さらず、特に話題になる事はありませんでした。
折角記事にしてもらったのに全然話題ならず、カッパちゃん目当てに池に来る人は一向に現れません。結局何も変わらなかったので、カッパちゃんは更にしょんぼりとうなだれてしまいます。おばけちゃんはそんなカッパちゃんを見て心配になってきました。
なので、今度は相談をしたカケルさんを直接池に連れてきます。そこでカッパちゃんと今後の人気復活について話し合う事にしたのです。カッパちゃんは、このおばけちゃんの心遣いに瞳をウルウルとにじませました。
「おばけちゃん、有難う!」
「で、カッパちゃん、だっけ? 早速だけど君は薬の調合が得意なんだよね? 例のウィルスに効果のある薬とか?」
カケルさんはいきなり本題を切り出します。ここでカッパちゃんを有名にするにはインパクトしかないと、その路線で話を進め始めました。
今一番インパクトがあるとするなら、現在進行系で世間を蝕んでいるウィルスを退治出来ると言うものでしょう。アマビエもそれで人気となったのです。河童の得意な薬でそれがなされるのなら、きっと大人気になるに違いありません。おばけちゃんもそれならイケると両手をぐっと握ります。
けれど、当のカッパちゃんだけが浮かない顔なのでした。
「僕の薬は傷薬なんだ……。肺炎には効かないよ……」
淋しそうにつぶやいたカッパちゃんは、そのまま姿が薄くなっていきます。どうやらあまりに人気がなくなり人々から忘れられると、妖怪は姿を消してしまうようなのでした。
「カッパちゃーん!」
おばけちゃんは焦ってカッパちゃんに手を伸ばしますが、その手は空を切ってしまいます。カッパちゃんはニッコリ笑うと手を振りました。
「今まで有難う。嬉しかったよ」
「そんな……カッパちゃん……」
おばけちゃんが自分の無力さに打ちひしがれていたその時でした。池に誰かがやってきます。その人影は1人や2人じゃなく、7~8人くらいの規模でした。
「ここが河童のいる池?」
「ブログで書かれていたのはここみたいだよ」
「見つかるかな、河童」
「会いたいよね!」
どうやらそれはカッパちゃん目当ての人達のようでした。記事が出てすぐにはヒットしなかったブログも、時間差で誰かに発見されて割と読まれるようになっていたのです。
話題になっていると分かった途端にカッパちゃんも復活。相変わらず普通の人には見えないのですが、能力のある人には見えるくらいに存在感を回復させます。こうして、また自分の姿が定着した事でカッパちゃんは大喜び。
「やったよ! みんなが僕の事を話題にしてくれた!」
「良かったね、カッパちゃん!」
「みんなおばけちゃんのおかげだよ! 有難う! 本当に有難う!」
カッパちゃんをおばけちゃんの手を握ると何度も何度も上下に激しく動かしました。カッパちゃん目当てに池を訪れる人の数は増え、やがてプチカッパブームが起こります。グッズとかも発売され、行政が目をつけてゆるキャラにもなりました。
もう、これでカッパちゃんが忘れられると言う事もなくなる事でしょう。
そんな人気者になったカッパちゃんを見て、おばけちゃんもニッコリ笑顔になったのでした。
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