第10話 WEB小説家とおばけちゃん
「ちょっと、お嬢さん」
「え?」
ある日、シャッター街の商店街を歩いていた私は謎の占い師のようなおばさんの呼び止められた。たまたま1人で歩いていて無防備だった私は、その声に反射的に反応してしまう。
おばさんは人当たりの良さそうな顔で、ニコニコと微笑んでいた。
普段なら無視して通り過ぎていたんだけど、この時の私は膨らみ続ける好奇心に抗えなかった。何故なら、刺激を欲していたからだ。私が声につられて前まで行くと、彼女はじっと魂の奥底まで見通すような視線を投げかけてきた。
「えっと、私、その……」
「大丈夫、お金は取らないから」
「占い……ですか?」
「占いもするけど、あなたに必要なものがあると思ってね、はいこれ」
彼女はそう言うと、海外のお守りのような不思議な物を私に手渡した。工芸品……なのかな? 丸い宝石を天使が抱いている――ようにも見えなくもない、手のひらに収まる小さなアクセサリーだ。
「これは?」
「これは必要なものを与えてくれるものよ。あなたにあげる」
「ど、どうも……」
私はただと言う言葉に弱い。なので、そのままこの謎のラッキーアイテムを手に入れ、何ひとつ疑う事なくそれを持ち帰った。
家に帰って自分の部屋に戻った私はそのまま貰ったアイテムを机の上の無造作に転がす。そもそも、自ら欲したものではないのでも全く思い入れが沸かないのだ。
私は椅子に座って後ろ手に組むと、思いっきり背を反らした。
「あー、こんな事でアイディアが降りてきたら苦労せんよ」
独り言ちた後、PCの電源を入れる。しばらくの待機時間の後、ブラウザを立ち上げると見慣れた画面が浮かび上がった。WEB小説投稿サイト『カクヨム』の小説管理画面だ。私は『新しい小説を作成』をクリックし、その画面の前で固まる。
「う~。何も思い浮かばないー」
「へぇ~」
私が頭を抱えていると背後から見知らぬ声が聞こえてきた。その声に驚いて反射的に振り返ると、目に飛び込んできたのは可愛らしい半透明のおばけの姿。怖い系じゃなくて、ハロウィンとかで子供がよく仮装していそうな頭からシーツをかぶった、あんな感じのやつ。
大声で叫ぼうと思ったのに、あまりにも可愛いから私の口から出たのは疑問の言葉だった。
「えっ?」
「えっ?」
そのおばけも私の言葉にオウム返しで返す。多分見えてないと思っていたのだろう。その顔もまるで鳩が豆鉄砲を食らったような感じのアレだ。
「ボクが見えるの?」
「あ、あなたは誰?」
「ボクはおばけちゃん。よろしくね、もも先生」
ももって言うのは私のペンネームだ。正確には『さくらもも』だけど。当然ながら本名じゃない。それは良いとして、このいきなり現れたおばけ――おばけちゃんはどうして私のこの名前を知っているの?
「おばけちゃん、いつも私の背後に?」
「勝手に覗いててごめんね。今まで気付かれてなかったから」
「質問に答えて!」
「えっと……」
おばけちゃんは少し罰が悪そうに顔をポリポリと掻くと、作り笑いを浮かべる。おばけってこんなに表情が豊かなんだ。と、感心している場合じゃないな。これは私のプライバシーの問題なんだ。もしずっと見られたとしたら、恥ずかしいっ。
「ボクね、この辺りをよく散歩しているんだ。だからもも先生が執筆を始める前から知ってるの」
「ずっと私を見てたの?」
「うん。でも散歩コースのひとつで寄ってるだけだから」
どうやらおばけちゃんはずうっと私の部屋にいついている訳じゃないらしい。それはホッとしたんだけど、何で急に私に霊感が……。全く思い当たる事がなくて、私は顎に指を乗せる。
「おばけちゃんはいつも私の作品を背後から眺めてたんだよね?」
「そうだよ。どうして急に見えるようになったの?」
「いやそれ私が知りたいやつ! 言っとくけど、私に霊感なんてないから!」
「今日何かなかった?」
今日あった出来事――。おばけちゃんに指摘されて、私は改めて過去を振り返った。いつもと変わらない朝を迎えて、いつもと変わらない学校生活を終えて、いつもと変わらない放課後――あっ。
「もしかして……これ?」
私はさっき机の上の放り出したあのお守り的なやつを手にとっておばけちゃんに見せた。彼(?)はそれをマジマジと見つめ、可愛らしく小首を傾げる。
「よく分かんないや」
「分からんのかーい!」
何となくノリで目の前の霊体に軽く裏拳を当てる。すると、案の定スカッと手は空を切った。それが面白くて私は何度も繰り返す。
「え~。何これ何これ~」
「ちょ、やめて……」
「もうちょっとだけ、もうちょっとだけぇ~」
そうやって遊んでいるとと、ドアの向こう側から親の声が聞こえてきた。どうやら夕食の時間になったらしい。私が返事を返そうとドアに向かって視線を移したその隙に、おばけちゃんは消えてしまう。
「嘘っ……?」
この突然の消失に、自分が否定されたような気になった私はがっくりと項垂れる。きっとからかわれすぎて嫌になったのだろう。ああ、何か気になるとそればかりに夢中になる癖、直さないとな。
その後は不思議なものは全く目にする事はなく一日は過ぎていく。当然、物語は1文字も書けなかった。
次の日、帰宅後にPCを立ち上げたところで振り返ると、そこには昨日目にした白くて可愛らしい霊体が。
「おばけちゃん? なんで?」
「何でって、この時間はいつもいるって言ったでしょ」
「私が嫌になったんじゃないの?」
「そんな事ないよ! それより昨日は執筆の邪魔してごめんなさい」
おばけちゃんはまたしても可愛らしくペコリと頭を下げる。その仕草にキュン死しそうになった私は、おばけちゃんをニマニマしながら見つめた。
「ンモー。おばけちゃんは可愛いなあ」
「あれから執筆は進んだ?」
「いや……。あ、そうだ。おばけちゃん、私の作品読んでるんだったよね」
「うん、ボクは物に触れないからもも先生が読んでいる時に一緒に読むしか出来ないけど」
私は小説を書いている事を秘密にしているから、身近に存在しているファン1号がおばけちゃんと言う事になる。ネット上では応援コメントやレビューをもらう事はあるけど、リアルな声未体験だった私は好奇心を踊らせ、おばけちゃんをじっと見つめた。
「な、何?」
「ねぇ、私の作品の感想を聞かせて!」
「え、えっと……。もも先生の話は先生の人柄がよく現れてて、読んでいて優しい気持ちになれるから好き」
「そっか。そっかそっかぁ~」
ああっ、目の前で肉声で聞ける感想っていいな。しかもファンからの感想だからだから褒め言葉が返ってくるんだよ~。嬉しい~。と、有頂天になっていると、そんなファンから素朴な質問ミサイルが私の心に直撃する。
「最近は書けていないみたいだけど、大丈夫?」
「ううっ……」
「先生の話好きだから、また新作が読めるのを楽しみにしてるね」
「やめて……その期待は今の私にはちょっと重い……」
純粋なファンの善意の言葉だからこそ、今はそれがキツかった。どうやらおばけちゃんには産みの苦しみは分からなかったようで、私の反応に戸惑っているようだ。
「もしかして、まずかった?」
「いや、違うよっ。おばけちゃんのせいじゃないからっ!」
そう、おばけちゃんは何も悪くない。スランプな自分に全ての原因がある。目の前でふわふわ浮かぶ可愛くて白い霊体は、どうしていいか分からずに困惑した表情を見せるばかり。
私は何か別の話題を出して雰囲気を変えようと試みる。
「ねぇ、おばけちゃん。私の小説では何が好き?」
「えっと、ニャン太郎の冒険とか!」
「あっ、あの話ね! 自分では自信があったんだけど星があんまり付かなくて……」
「それはボクもおかしいって思ってるよ! あんなに面白いのに!」
ニャン太郎の冒険って言うのは、猫のニャン太郎が主人公の冒険物語だ。自分的には楽しく書けたので絶対受けると思ってた。なのに反応が悪くて、私的に納得の行ってない作品のひとつ。
そんな不遇の作品が一押しとか、おばけちゃん見る目あるぅ~。
それで私はすごく嬉しくなって、その後もおばけちゃん相手に小説談義を楽しんだ。一通り盛り上がったところで、私はつい現実に戻ってしまう。
「最近は全然読まれなくって、自信なくしちゃって……」
「大変だね……でも、もも先生ならきっと……」
「そうだ! おばけちゃん何かいいネタない?」
我ながらなんて無茶ぶりかとも思う。でもおばけちゃんなら、そのおばけ生活の中で色んな体験をして面白いネタも持っていると思ったんだ。
しばらく待っていると、何か思いついたのか、おばけちゃんは上目遣いで私を見つめる。
「……ボクの話で、いいの?」
「いいよいいよ。当然だよ。色んな話を聞かせてよ」
「じゃあ……」
私が乗り気なのが伝わって、おばけちゃんはぽつぽつとネタになりそうな話をしてくれた。本当に数え切れないほど語ってくれたので、私はメモに全てを書き留めきれなかったくらいだ。
今まで自分では思いつかなかったネタも多くて、おばけちゃんのおかげで新しい作品も書けそうな気がしてきたよ。
「有難うおばけちゃん! いい話が書けそうな気がする!」
「本当? もも先生の役に立てたなら嬉しいよ」
おばけちゃんは嬉しそうにその場でクルッと回って喜びを表現してくれる。可愛いなあもう。そんな仕草を見て言うたらネタが焼いたお餅のようにプクーと膨らんできたので、その熱が冷めないようにと私は思いついた文章を速攻で打ち込み始めた。
夢中になって書いている内におばけちゃんはまたいなくなっていた。ずーっと私の部屋にいて欲しかったのにな。
今ここにいないおばけちゃんの反応を想像しながら、私は1人で思い出し笑いをしていた。あのお守りに異変が起こっているのも知らないまま――。
次の日、おばけちゃんが現れた時点で私はお願いをしてみる。
「おばけちゃん、今日はどこにも行かないで!」
「えっ?」
「私の創作に付き合って欲しいの! 創作が終わったらどこにでも行っていいから!」
それがわがままだって事は分かってる。だからどんな返事が返ってきても受け入れようと思っていた。
私の告白を効いたおばけちゃんは、少し戸惑いながらニッコリと笑う。
「うん、分かった。じゃあ今日からそうするね」
それからは楽しく語り合いながら話を詰めていった。流石に執筆中は集中しているから会話は途絶えちゃうけど、出来上がっていく文章を読みながらおばけちゃんは適切なアドバイスをくれる。これは本当に有り難かった。今まで1人で書いてきて気付かなかった事もたくさんあったし。
あれ? もしかして私よりおばけちゃんの方が創作の才能があるのでは?
「ねぇ、おばけちゃん?」
私が振り返って話しかけたその時だった。私の目の前でおばけちゃんの姿が一瞬消える。この予想外の展開に私は体が固まった。幸い、すぐにまた見えるようになったのだけど、その現象に不穏なものを感じた私は、すぐに机の上に転がっているアレを探す。アレとは、そう――お守りだ。
「やっぱり!」
「どうしたの?」
「ほらここ!」
私はおばけちゃんにお守りを見せる。亀裂の入ってしまったそれを。
「もしかして、このお守りが壊れたら……」
「多分そう、おばけちゃんが見えなくなっちゃう」
「そんな……っ!」
この事実を前に、おばけちゃんは両手を口に当てて顔を青ざめさせる。私も同じ表情をしていたのかも知れない。しばらく沈黙の時間は続いた。
もしこの私の推理が正しければ、近い内におばけちゃんは――。
結局、この日はこのショックが尾を引いてそれ以上の創作は出来なかった。小説執筆画面では書きかけの作品が中途半端なところで止まっている。おばけちゃんが私の前から去った後にもう一度お守りを確認すると、亀裂は更に大きくなっていて……もしかしたら後一度会うのが限界かも知れない。
「もし、これが最後なのだとしたら……」
私はいつも同じ時間に律儀にやってくるおばけちゃんを待ちながら決意を固める。そうと決まればと、すぐに小説執筆画面を開いた。そこにはおばけちゃんのアイディアを元にした書きかけの小説がある。
私はゴクリとつばを飲み込むと、それを全部消した。
「うん、これで良し」
「何が良しなんですか?」
すべての準備が整ったところで、タイミング良くおばけちゃんが現れる。私はくるりとその声のした方に振り向いた。
「おばけちゃん、小説、書いてみない?」
「へ?」
予想通り、おばけちゃんは私の提案に目を点にさせている。ここは解説が必要だなと、私は続けた。
「おばけちゃん、本当は自分で話を書きたいんでしょ?」
「で、でもボクはもうおばけだし」
「ここには私がいるよ! 私の体を使ってよ!」
「それって……」
ここでおばけちゃんが気付いたようなので、私はゆっくりとうなずいた。それでもすぐには行動出来ないようだったので、私は優しく手を差し伸べる。
「おばけちゃんなら大丈夫。さあ!」
「……うん、やった事ないけど、やってみる!」
そうして、私の体の中におばけちゃんが入ってくる。いわゆる憑依ってやつだ。すぐに意識がシンクロして、体が勝手に動き始めた。おばけちゃんが私の身体を使い始めたんだ。そこからは私の意識の方が遠くなって、何も分からなくなった。
それからどのくらいの時間が経っただろう。パキッと言うお守りの弾ける音がして私は我に返る。もうそこにおばけちゃんの気配はなかった。
「おばけちゃん?」
呼びかけてみたものの、反応はない。本当はまだすぐ近くにいるのかも知れないけれど、全く見えないし聞こえないのだ。
「おばけちゃん、まだいるんでしょ?」
この言葉にも全くリアクションは返ってこない。お守りを手に取ると、完全に宝石の部分が砕け散ってしまっていた。予想通り、お守りが壊れた時点で、私の霊感は完全に消滅してしまったようだ。
覚悟していたとは言え、現実にそうなってしまうとすぐには受け止めきれない。
「おばけちゃん! おばけちゃーん!」
「夜中にウルサイよ文子! 近所迷惑!」
「はぁ~い……」
大げさに騒いだせいでお母さんに怒られてしまった。ま、もう夜の10時だもの。静かにしなきゃだよね。親に怒られて冷静になったところで、私は改めて執筆画面に注目する。
そこには、おばけちゃんが書いたとても瑞々しい青春小説が途中まで書かれていた。
「うっ、まぶしい! こんな話、私には書けないよ……」
私はこの書きかけの小説を今度は自分の力で完結まで書き進めていく。おばけちゃんが残した生きた証……って言うのも変だな。おばけちゃんが残したかったものを私がちゃんと形にするんだ。
幸い、プロットは頭の中に残っている。それを思い出しながら、何とか短編を書き終えた。
「やった! 完成したよ!」
その日は小説を公開して完結にしたところで力尽きる。明日以降の反応を楽しみにしながら眠りについた。
次の日、学校から帰宅してすぐにPCの電源を入れた。早く反応が知りたかったのだ。学校がスマホ禁止でなかったらこんなもどかしい思いをしなくて済んだのに。
カクヨムのワークスペースの画面を出すとベルが赤くなっている。早速作品を読んでくれた人がいたんだ!
嬉しくなった私はすぐにベルをクリックする。
「あー、うん。やっぱそうかぁ……」
昨日の作品には応援とコメントとレビューが書かれていた。応援コメントは作中のキャラに共感した、みたいな嬉しいものだったのだけれど、レビューの方では前半部分の出来が素晴らしく、それ以降は別の人が書いたみたいだと言う厳しいもの。星は3つだったけれど素直には喜べない。
やっぱり、読む人には分かっちゃうんだなぁ……。
おばけちゃん、今も本当はこの部屋に来てるのかな。そこから見ててね、私もきっともっと上達するから。見えなくても応援していてね。そこにいるんだって思えたなら、これからも頑張って書き続けられる気がするよ。
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