第9話 博士とおばけちゃん
おばけちゃんは気ままなおばけ。今日もふわふわと好きに浮いています。ある日の事、日課の散歩の最中にどこかで爆発音が聞こえました。音のした方向に視線を移すと、爆発で生じた煙まで目に飛び込みます。
「うわっ、本当に爆発?」
日常生活で爆発シーンを目にする事なんて滅多にありません。おばけちゃんはすぐにその事故現場に直行します。いざ辿り着いてみると、爆発が発生したのは研究所っぽい見た目の建物でした。その周りには、爆発騒ぎを受けてたくさんの人々が集まって来ています。
とは言え、音は大きかったものの、被害で言えばボヤ程度のもの。大した爆発でない事が分かると、野次馬はどんどん帰っていきました。
おばけちゃんはこの爆発に興味津々だったので、人がいなくなってもその場に留まります。やがて、爆発の連絡を受けた消防署の車がやってきて研究所に入り、消防署の人が中の人に注意をして帰っていきました。その爆発の原因を作ったのは、髪がアフロのまだ若そうな白衣の博士。
爆発でアフロになったのか、元々アフロだったのかは分かりません。とにかく見た目は中々にファンキーなにーちゃんです。
「くっ、次こそは絶対に研究を成功させる!」
博士は拳を握りしめながらそう宣言すると、中に戻っていきました。この博士に興味を抱いたおばけちゃんは、するっと壁抜けをして研究室に潜り込みます。
ボヤを起こした研究室はアチコチすすだらけになっていましたけど、どこにも燃え広がったりはしていません。部屋にあるよく分からない機械も問題なく動いているようでした。
そんな研究室で、博士は椅子に座ってがっくりと肩を落として深いため息を吐き出します。
「一体何がおかしかったんだ……」
博士は一言つぶやくと、座ったまま動かなくなってしまいました。その様子を見たおばけちゃんは、少し心配になってそうっと近付きます。
すると、ただ座って考え事をしていただけと言うのが分かったので、ほっと胸をなでおろしました。
「良かった。生きてる」
「……あっ! もしかしたら!」
しばらく悩んだ博士は何か閃いたようで、椅子を滑らせて机の前に移動するとすぐにPCを立ち上げます。それからチャチャッと慣れた手付きで操作をして、すごい勢いでキーボードを叩き始めました。おばけちゃんも興味を持って画面を覗き込んだものの、そこに表示されている文字列の意味が分かるはずもありません。
博士は、画面に表示された数値を見ながら何度もうなずきました。そうして、感極まったのかパンと手を叩きます。
「そーかそーか、そう言う事か!」
何らかの疑問が解けた博士は、すぐにプログラムを組み始めました。一連の動作をおばけちゃんは感心しながら眺めます。組んだプログラムを起動させると、研究室内にある3Dプリンタが起動しました。
突然別の機械が動いたので、おばけちゃんは驚いてぴょんとその場で飛び跳ねます。
「うわ! びっくりしたぁ」
そうして完成したのは、全体がショッキングピンクで目の部分が星型になっているファンキーなメガネフレーム。このフレームにレンズを取り付けて完成したメガネをかけた博士の顔は、髪型のアフロのせいもあって怪しさ満点です。
博士はそのままおばけちゃんのいる方向に顔を向けました。その途端、まるでコントのようにひっくり返ります。
「お、おばけぇ~っ!」
「ええ~っ!」
ずっと見えていないと思っていたおばけちゃんも、博士に気付かれてひっくり返ります。どうやら、博士が作ったメガネはおばけの見えるメガネのようでした。
こうしてお互いにひっくり返りましたが、先に起き上がったのはおばけちゃんの方でした。おばけちゃんは博士に近付きます。
「僕が見えるの?」
「あわわ……悪霊退散!」
おばけちゃんを初めて見た博士は混乱しています。すぐに近くにあった棒的なものを手にして、必死にそれを振り始めました。当然、全く効果はありません。
ただし、その慌てっぷりと悪霊だと思われた事に、おばけちゃんはひどく傷付いたのでした。
「よく見て! 僕は悪霊じゃないよ! おばけだよ!」
「おばけも悪霊も一緒だー! 出ていけー!」
話を聞いてくれない博士の態度にショックを受けたおばけちゃんは、トボトボと研究所を後にします。しばらくはふわふわと漂っていましたが、やっぱり博士が気になってしまいました。
おばけの見えるメガネを作った博士は一体何を研究していたのでしょう。その事がずっと頭に残ってしまい、結局おばけちゃんは研究所に戻ってきました。
「よし、行こう。……あれっ?」
おばけちゃんが壁抜けをしようとすると、見えない壁に阻まれます。どうやら、博士が壁抜けの出来ない仕組みを発明したみたいでした。
けれど、ここですぐにあきらめるおばけちゃんではありません。すぐにアチコチを触って、どうにか中に入れないか調べ始めました。
すると、
研究室に入ったおばけちゃんが見たものは、謎の研究を続ける博士の姿。一心不乱にキーボードを叩いている姿は、まるで何かが取り憑いているみたいです。
「くふふふ……。この実験を成功させて大儲けするんだ」
「うわっ、怖っ。あれ?」
おばけちゃんが博士の背後に何かを感じてよく見ると、そこに悪魔の影がちらついているではありませんか。そう、博士は悪魔に操られていたのです。そうして、改めて博士の研究を覗き込むと、それは悪魔を現実世界に呼び出すシステムのようでした。
このシステムが完成したらあの背後の霊体の悪魔は現実の体を得て、何をしでかすか分かりません。それが分かったおばけちゃんは顔を青ざめさせます。
「クヒヒ、研究バカは操りやすいぜぇ~」
博士の背後の悪魔は、ニタニタと邪悪な笑みを浮かべていました。悪い予感がギュンギュンしたおばけちゃんは、この悪魔を追い出そうと体当たりを試みます。
その攻撃に気付いた悪魔はニタァと口の耳のあたりまで上げ、その長い指で迫ってくるおばけちゃんに向かって軽くデコピンを一発。
「いったああーいっ!」
その一発のデコピンでおばけちゃんは呆気なくふっ飛ばされます。そう、おばけちゃんは悪魔に全く歯が立ちませんでした。
自分の力では博士が救えないと言う事が改めて身にしみたおばけちゃんは、腕を組んで物思いにふけります。考えているのはあの悪魔を追い出す方法。自分で出来ないなら誰かに助けてもらうしかありません。
けれど、悪魔に勝てるとなると相当の実力者でないと返り討ちにあってしまう事でしょう。そこで、悪魔に対抗出来るのは神様しかいないと言う結論になり、地元でもかなりパワーを感じる神社に向かったのです。
神社に辿り着いたおばけちゃんを待っていたのは、すごい形相で新参者をにらみつける黒猫でした。おばけちゃんもその迫力にビビってしまいます。
「何だお前。ここはオレの縄張りだぞ」
「あ、あのっ、僕あの悪魔を倒せる人を探していてあの……そう言う人、知りませんか?」
「悪魔だぁ? 訳が分からん。ちゃんと説明しろ」
黒猫に凄まれたおばけちゃんは、身振り手振りを加えて必死になって事情を説明しました。博士が操られている事、このままでは何かとんでもない事が起こってしまう予感がする事、悪魔にデコピン一発でふっ飛ばされて自分では何も出来なかった事、この神社には助っ人を探しに来た事――。
黒猫は、おばけちゃんのその話を興味深そうに何度もうなずきながら聞いています。
「へぇ……面白い……」
「だからその……知り合いに……あっ!」
おばけちゃんが最後まで話し終わる前に、黒猫はすぐに研究所に向かって走り出しました。どうやら話を聞いて悪魔に興味を持ったみたいです。いくらこの猫が強いと言っても相手は悪魔、きっと勝負にはならない事でしょう。
悪魔との戦いで傷ついた黒猫を想像したおばけちゃんは、どうにかそれを止めようと急いで後を追いかけました。
しかし、黒猫の走るスピードはとても早く、おばけちゃんの飛行速度では全く追いつけません。ぐんぐんと差がついて、いつの間にかおばけちゃんからは黒猫が見えなくなってしまいました。
「うわ……何て早さなんだ……」
それでも頑張っておばけちゃんも何とか研究所に辿り着きます。この時点でかなり疲れていたので、おばけちゃんは一旦止まって深呼吸をして息を整えました。
この時、研究室がある辺りで猫の叫び声が響きます。
「にゃー!」
その声に黒猫の安否が気になったおばけちゃんは、急いで研究室に入りました。壁抜けして黒猫を探すおばけちゃんの目に飛び込んできたのは、ボロボロになった悪魔の姿。何と、黒猫が悪魔を倒してしまっていたのです。
後で現れたおばけちゃんを見て、悪魔は苦しそうに言葉を漏らします。
「くっ、やっぱりお前の差し金かよ……。今後こそうまくいくと思ったのにな……」
悪魔はそう言い残すと、黒い霧になって消滅してしまいました。おばけちゃんがキョロキョロと見渡すと、ペロペロと自分の手をなめている黒猫をようやく発見します。
「黒猫君、ありが……」
「チッ、また手応えがなかった。つまらん」
おばけちゃんが最後まで言い終わる前に、つまらなさそうな顔をした黒猫はトボトボと帰っていきました。おばけちゃんはそれを呆然とした顔で見送ります。
悪魔が消えた研究室は突然システムがダウンしてしまい、それにショックを受けた博士がへたり込んでいました。生気の抜けた顔の博士に、おばけちゃんはそっと近付きます。
「だ、大丈夫?」
この突然のおばけちゃんの問いかけの声を聞いた博士は、びっくりしてキョロキョロと顔を左右に振りました。
「だ、誰だっ?」
「僕だよ。ここにいるよ」
博士はあのファンキーなメガネをかけたままです。だからおばけちゃんを見る事も出来たのでしょう。そうして、おばけちゃんの姿を確認して、安堵の表情を浮かべました。
「はは、メガネだけは成功してたんだな」
「君は悪魔に操られて大変な事をしようとしていたんだよ」
「はは……マジか」
おばけちゃんから一部始終を聞かされた博士は、頭を抱えて乾いた笑い声をこぼします。おばけちゃんは博士が心配になって覗き込みました。
「ああ、大丈夫だよ。心配してくれて有難う。君みたいなのがいるなら、僕も研究を頑張れそうだ」
「そうだよ! 元気を出してね」
「そうだ、君、名前は? 僕は白石
「僕の名前はおばけちゃん。よろしくね」
その後、元気になった博士は研究を再開。その様子からは以前のような危うさはすっかりなくなっていました。それですっかり安心したおばけちゃんは、博士の成功を信じてその後も優しく見守りましたとさ。
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