第8話 おばけさんとおばけちゃん
おばけちゃんは気ままなおばけ。昼間は街を気ままに散歩していますが、夜は適当な空き家で眠っています。おばけは眠る必要もないのですけど、睡眠の気持ち良さも知っているので、好きで眠っているのです。最近はいつも同じ空き家で眠っていて、そこはおばけちゃんのお気に入りになっていました。
その日も朝日が昇ると同時におばけちゃんは目を覚まします。いつものように大あくびをしながら腕を伸ばしたその時でした。
「ふぁ~……ええっ!」
おばけちゃんは自分を見つめる知らない視線に気が付きます。ビックリしながらその誰かを確認すると――そこにいたのは初めて見る大人の女性のおばけでした。
髪は長くて美人なのですけど、どこか少し淋しげな雰囲気を漂わせています。おばけちゃんは恐る恐るその見知らぬおばけに声をかけました。
「だ、誰っすか?」
「うふふ。そう言うあなたは?」
「ぼ、僕はおばけちゃん……」
おばけちゃんは言われるままに自己紹介をします。この返事を聞いた女性のおばけは、いたずらっぽく微笑みました。
「じゃあ、私はおばけさん」
「ええっ……」
「何? おかしい?」
おばけさんはそう言って笑います。おばけちゃんはうまくはぐらかされたような気もしたのですが、自分もおばけちゃんと名乗っている以上、おばけさんの言葉に反論出来るはずもありません。
仕方がないので、名前以外の事について聞こうと話を続けます。
「おばけさんは、どうしてここに?」
「あなたに会いに来たのよ、おばけちゃん」
「な、何故……?」
「うふふ。それはね……」
おばけさんの挑発的な表情に、おばけちゃんはたじろぎます。何か関わってはいけないようなものを感じたおばけちゃんは、壁抜けをしてその場から逃げ出しました。相手も同じ幽霊だと言う事を失念したまま。
「どこ行くの? おばけちゃん」
「こ、来ないで! ついてこないでー!」
おばけさんが怖くなったおばけちゃんは、力いっぱい飛びました。今までで一番の本気を出したのです。ある程度飛んだところで振り返ると、おばけさんはしっかりとついてきているではありませんか。しかもその表情は余裕たっぷりで怪しげな微笑みを
それが怖くなったおばけちゃんは、更に一層必死にスピードを上げるのでした。
おばけちゃんがおばけさんを振り切ろうと頑張って一時間。ようやく背後からの気配が消えました。安心したおばけちゃんはほっと胸をなでおろすと、公園で友達の動物達とたわむれます。
野良猫に鳩に小鳥達。カラス達からは街の最新情報を教えてもらっています。
「……最近はあのトンネルの噂も広がって、馬鹿な人間がよく現れるんだ。迷惑だから脅かしてほとんどは追い払えてるんだけど……」
「へぇ。迷惑な話だね」
「そうだよ。悪霊に餌なんて与えてたら大変な事になっちまう」
最近のカラス達の話題は旧道のトンネルの話ばかり。新しい道が出来て誰も通らなくなったトンネルには悪霊が住み着いていて、通る者の魂を食べてしまう。そんな噂が広まって、興味本位の人間がよく訪れるようになっていました。
なので、カラス達は犠牲者を出さないようにと追い払っていたのです。
この噂が本当かどうか、おばけちゃんは知りません。ただ、怖い噂を信じるようになれば、その噂が現実化する法則はよく知っていました。カラス達が必死になっている事から言って、悪霊自体もトンネルの中にいるのでしょう。
平和な街が好きなおばけちゃんは、この問題の解決に頭を悩ませます。
「で、あのべっぴんさんはおばけちゃんの知り合いかい?」
「へ?」
カラスの言葉に振り返ると、そこには
「うふふ。追いかけっこ、楽しいわね」
「うわあああーっ!」
「あらあら。うふふ……」
おばけさんの存在が怖くなったおばけちゃんは脱兎のごとく、一目散に公園から離脱します。それを見たおばけさんはすうーっとおばけちゃんを追いかけていきました。公園の動物達はこの一瞬の出来事に呆気にとられてしまいます。
「何だったんだ?」
「……」
話し相手もいなくなって、カラス達は公園から離れていきました。白黒ブチの野良猫だけが一部始終を黙って見ていましたが、他の動物もいなくなったのであくびをひとつすると、彼女もどこかに歩いていきます。
その頃、おばけちゃんは逃げながら、追いかけてくるおばけさんからどうやって逃げ切るのかを考えていました。
「おばけさん、一体どうしたら……」
本当はじっくり話し合えば良かったのかも知れませんが、一度焼き付いたイメージは簡単には覆せません。ある程度逃げたところで、おばけちゃんはあるアイディアを閃きます。
「そうだ、あそこだったら!」
善は急げと言う事で、今まで無計画に逃げていたおばけちゃんは路線を変更。とある場所に向かって一直線に飛び始めました。当然、おばけさんもしっかり後をついてきます。おばけちゃんはそれを確認して、ニヤリと笑いました。
「よし、ついてきてる!」
「うふふ。どこに行くのぉ~」
おばけちゃんが向かった先、それは妖怪退治でも有名なお坊さんのいるお寺です。本来はおばけちゃんも危ないので近付かないのですが、ここなら何とかしてくれるのではないかとおばけさんを誘導したのでした。
霊感のあるお坊さんは、すぐに境内に入ってきたおばけちゃんに気付きます。
「む、怪しげな気配!」
おばけちゃんはお坊さんに手を振ると、すぐに方向転換。すると代わりに現れたのは追いかけていたおばけさんです。お坊さんは素早く左手を前に出して、大声を張り上げました。
「悪霊退散!」
お坊さんのその一声で、おばけさんはふわっと姿を消してしまいます。その光景を目にして、おばけちゃんはほっと胸をなでおろしました。
しかし、お坊さんの目はまだもうひとつ残っている霊体に注がれています。
「次はお主だ!」
「うわあああーっ! 勘弁してーっ!」
自分が標的になっている事に気付いちゃおばけちゃんは、一目散にお寺から逃げ出します。このお坊さんは自分の力がお寺の中でしか発揮出来ない事を知っているので、逃げたおばけちゃんを追いかける事はしませんでした。
「ふん、逃げたか。まぁいい……」
おばけさんから開放されたおばけちゃんは、心を落ちつかせようとお気に入りの場所に向かいます。そこはこの街に昔からある無人の神社。おばけちゃんはその神社と波長が合うので、癒やされたい時はいつも神社でまったり過ごすのがルーティーンになっていました。
おばけちゃんが参道に辿り着いたところで、聞き覚えのある声が聞こえてきます。
「ふふ、遅かったわね」
「わああっ!」
なんと、そこにいたのはお坊さんに除霊されたはずのおばけさんでした。この有り得ない展開にびっくりしたおばけちゃんは、その場で泡を吹いてひっくり返ります。
おばけさんは、気絶したおばけちゃんをニコニコしながら覗き込みました。
「あらあら、うふふ……」
それからどのくらい経ったでしょう。おばけちゃんが気がつくと、そこは神社の本殿の中でした。
観念したおばけちゃんはゆっくりと起き上がると、おばけさんに向き合います。
「あのさ……僕に何か用なの?」
「ええ、勿論。あなたと友達になりたいの」
「本当に?」
「ええ。他に理由なんてないわ」
おばけさんは、おばけになってずっと1人だったのだとか。
この話を聞いたおばけちゃんは、怖くなって逃げ出した事を反省しておばけさんに謝りました。
「ごめんなさい。お寺に誘い込んだ事……」
「気にしないで。私、あの手の人をからかうの、慣れてるから。それより、友達になってくれるかしら?」
「それは、勿論! 僕の方こそよろしく!」
こうして、おばけちゃんとおばけさんは友達になりました。2人はどこに行くのも一緒です。同じものを見て、同じものを聞いて……おばけちゃんの友達の動物達とも、おばけさんはすぐに仲良くなりました。
中にはおばけちゃんよりおばけさんを気に入る動物もいて、おばけちゃんが嫉妬を覚えるほどです。
「ふふ、みんないい子達ね」
「僕の自慢の友達だよ。おばけさんもね」
「あら、有難う」
こうして2人が仲良くなって数日が経った頃、おばけさんが声をかけてきました。
「私、行きたい所があるんだけど、一緒に来てくれないかな?」
「いいよ」
彼女をすっかり信頼しきっていたおばけちゃんは、ふたつ返事を返します。そうして、おばけさんの案内のもとやってきたのは例の危ない噂のあるトンネルでした。
「ここ?」
「さあ、行きましょう」
「ちょ、ここはきけ……」
「大丈夫大丈夫」
おばけちゃんは嫌がりましたが、おばけさんは強引に引っ張って中に連れ込みます。ある程度トンネル内を進んだところで、本当に悪霊が出現しました。その悪霊は悪意の塊で、その体の中にいくつもの魂を取り込んで大きく膨張しています。大きさはかなり大きく、大型トラックほどもあるでしょうか。
悪霊はトンネルに入ったもの全てを自分の体に取り込もうとする性質があるようで、すぐにおばけちゃん達に襲いかかってきました。
「うへへ……久しぶりに美味そうなのが来たじゃねぇかーっ!」
「おばけさん逃げて!」
おばけちゃんは咄嗟におばけさんをトンネルの外に突き飛ばします。おばけちゃんもすぐに逃げ出しました。
ですが、悪霊もそんなおばけちゃんを簡単には逃してくれません。長い手と爪でおばけちゃんを捉えようと執拗に狙ってきました。
何度もおばけちゃんの体を悪霊の爪がかすります。このままだと捕まってしまうのも時間の問題でした。
やがて悪霊によってうまく誘導されてしまい、おばけちゃんは追い詰められてしまいます。
「げへへ……そらもう後がないぞ!」
「うわあああーっ!」
おばけちゃんが悪霊にやられると絶望に沈んだその時でした。トンネル内に何かが猛スピードで走ってきます。それはいつも公園で昼寝をしていた白黒ブチの猫でした。彼女は悪霊に向かって飛びかかると、爪を一閃、そのたった一度の攻撃で悪霊は霊体の体を溶解させていきます。
「ぐああああ~! そんな馬鹿なぁ~!」
断末魔の叫び声を上げながら、悪霊は呆気なく消えていきました。ピンチが去った後、猫はおばけちゃんに近付きます。
「おばけちゃん大丈夫?」
「有難う。もう平気」
「なら良かった。じゃあ帰りましょう」
おばけちゃんは助けてくれた猫と一緒にトンネルを出ました。そこですぐにおばけさんを探します。探していた相手はすぐに見つかりました。
おばけさんは、トンネルの出口でおばけちゃんをずっと待っていたのです。
「ああ、良かった。無事だったのね」
「僕もおばけさんが無事で良かったよ」
「ごめんなさい。こんな事を……でも有難う。これで……」
おばけさんはおばけちゃんにお礼を言うと、すうーっと消えていきました。ただそれだけでおばけちゃんは全てを理解します。おばけさんはトンネルの悪霊に脅されてこんな事を繰り返していて、悪霊が消えた事でその運命から開放されたのだと――。
「……行きましょうか」
「そうだね」
おばけちゃんは猫に急かされ、住み慣れた街へと戻ります。この1件以降、トンネルの悪い噂は聞かれなくなりました。おばけちゃんにも平穏な日常が戻ってきます。
気ままに街をうろつく日々の中、おばけちゃんはたまにおばけさんの事を思い出したりもするのでした。
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