第7話 宇宙人とおばけちゃん

 おばけちゃんは気ままなおばけ。今日もいつものように街をパトロールしています。住み慣れた街は変わらない風景で、それをおばけちゃんはとても気に入っておりました。

 街の人達に気付かれる事はほぼないものの、犬も猫もカラス達もみんなおばけちゃんの友達です。目が合うといつも話しかけてきてくれます。


 その日も何事もなく平和に日は暮れていき、真っ暗で星のきれいな夜になりました。星空を見るのも好きなおばけちゃんは、日課のように夜空を見上げます。

 今夜はお月様の出ない夜なので、星々がとても美しく輝いておりました。


「はぁ、今夜の星空はキレイだなぁ……」


 おばけちゃんが星空の美しさに感動していたその時です、上空からまぶしい光が放物線を描きながら落ちていくではありませんか。そう、流れ星です。

 普通の流れ星は一瞬で消えるものなのですが、今おばけちゃんが目撃しているそれは全く消える事なく落ち続け、近くの山にぶつかったように見えました。こんな事は初めてです。


 この光景を目にしたおばけちゃんは好奇心が踊り出して、流れ星の落下を確認しに向かいました。山に入ると流石に真っ暗です。

 でも大丈夫、おばけちゃんは空に浮かんでいますし、体もすり抜けられるので目の前に木々があっても気にせずまっすぐ進めるのです。なので、暗い夜の山もスムーズに目的地に向かえたのでした。


 そうして、ある程度山を登ったところで、この山の主の大きなイノシシと出会いました。彼もまた山に起こった異変に目を覚まして、その真相を確かめに行くところだったのです。


「よお、おばけちゃんじゃないか。夜に会うのは初めてかな?」

「やあイノシシおじさん、こんばんわ。こんな夜中にどうしたの?」

「さっき山のてっぺんに何かが落ちただろう? それを確認しようと思ってな」

「奇遇だね、僕もそれを調べにきたんだ。じゃあ一緒に行こうよ」


 こうして、おばけちゃんとイノシシおじさんは楽しく喋りながら流れ星が落下した場所へと向かいました。現場に到着した時、2人が目にしたのは流れ星ではありません。それは何と、ピカピカ光るUFOだったのです。


 そのUFOはものすごい勢いで落ちてきたのか、山のてっぺんに斜めに突き刺さっていました。大きさは家一軒分くらいの面積があって、形はどら焼きのようです。そのどら焼きのまんなかには丸い窓がいくつも並んでいました。

 この有り得ない光景を目撃したイノシシおじさんは、全身の毛を逆立てます。


「うわああああー! 何だあれ! 助けてーっ!」


 イノシシおじさんは初めて見るUFOにビビリまくって、速攻で逃げてしまいました。取り残されたおばけちゃんはこの展開に呆気にとられてしまいます。

 ですが、毎日退屈していたおばけちゃんは、逆にこの宇宙からのお客様に大変興味を持ったのでした。


「こんなの、初めて見た……。すごい!」


 おばけちゃんは目を輝かせながらフラフラとUFOに近付きます。まずはその窓から中を覗き込もうとしました。そうしてこっそりとUFOの中を確認すると、乗組員らしき宇宙人が倒れている姿が目に飛び込んできたではありませんか!


「ああっ! 大変だ!」


 心配になったおばけちゃんは、その人を助けようと考え、壁抜けしようと試みます。けれど、UFOの素材が特殊なのか、全然通り抜ける事が出来ませんでした。

 何度試しても壁抜けが出来ないので、おばけちゃんは腕を組んで難しい表情を浮かべます。しばらく考え込んだおばけちゃんはUFOの周りを飛び始めました。壁抜けが出来ないなら、入り口を探そうと考えたのです。


「きっとどこかにドアか何かあるはず……」


 グルグル2周くらい回って、結局おばけちゃんは入り口を発見する事は出来ませんでした。こうなると出来る事はただひとつです。おばけちゃんはさっきの窓まで飛んでいくと、思いっきり窓を叩きました。普通なら壁抜けしてしまうので叩けないのですが、壁抜け出来ない素材なので逆にドンドンと大きな音を立てて窓を叩く事が出来ます。

 この試みは成功し、倒れていた宇宙人は目を覚まして起き上がりました。そうして、すぐに窓の外のおばけちゃんに気付きます。


 突然目が合ったので、おばけちゃんは緊張して固まってしまいました。宇宙人はおばけちゃんに向かって優しく微笑みかけます。するとどうでしょう、次の瞬間にはおばけちゃんはUFOの船内にいました。

 突然周りの景色が変わったので、おばけちゃんは驚いて顔を何度も左右に動かします。


「あれ? どう言う事?」

「やあ。起こしてくれて有難う」

「もしかして……」


 おばけちゃんは口をあんぐりと大きく開けながら目の前の宇宙人をじいっと見つめました。それしか出来なかったのです。

 この宇宙人の見た目は地球人とそっくりで服装がちょっと違うくらい。背の高さは中学生と同じくらいでしょうか。男の子のようにも見えますが、見た目ではちょっと判断出来ない感じです。


「うん、そう。ボクが君を呼んだんだよ」

「僕が見えて話せるの? 宇宙人だから?」

「そ、チャンネルを合わせたからね」

「すごいすごい!」


 おばけちゃんはおばけなので普通の人には見えないし、当然会話をする事も出来ません。でも宇宙人ならそれが可能のようです。

 この事実を知ったおばけちゃんは、すごく興奮しました。


「ぼ、僕はおばけちゃん。君は?」

「名前かい?……そうだな、この星の発音に合わせるとルヅ……かな? よろしく、おばけちゃん」


 ルヅはおばけちゃんの前に手を差し出します。2人は握手をしてお互いにニッコリと笑顔になりました。

 こうして仲良くなったところで、早速質問タイムです。


「ルヅはどうして地球へ?」

「あ、そうだ! まずはお茶を出さなくちゃだね。ちょっと待ってて!」


 こうして、おばけちゃんの質問は空振りに終わります。気持ちの持っていきように困っていると、ルヅはお茶とお菓子を持って現れました。

 違う星の文化なのにそれが日本茶とおせんべいだったので、おばけちゃんは謎の違和感を覚えてしまいました。


「えっと、緑茶とお菓子?」

「そうだよ。日本の事は勉強してるからね」

「そ、そうなんだ……」

 

 ルヅの答えを聞いて、宇宙船がこの山に落ちたのも案外偶然じゃないのかも……と、おばけちゃんは想像を膨らませます。出されたお茶を飲むとしっかり緑茶で、おせんべいも本当に普通のおせんべいでした。


「美味しい!」

「そう? 良かった。さっきの質問だけど、ボクはこの星で暮らしたいと思っていて、それでやってきたんだ。つまり、下見だよね」

「え……っ?」

「何その意外そうな顔。ボクらの仲間もいっぱい地球で暮らしているんだよ」


 ルヅが口にした衝撃の事実におばけちゃんは返事が返せませんでした。その話が事実なら、地球にはもしかしたら宇宙人がたくさん暮らしているのかも知れません。

 固まっているおばけちゃんを前に、ルヅは話を続けます。


「でさ、地球に来たのは良かったんだけど、濃度設定を間違えてね。それでこの有様なんだよ」

「濃度?」

「反重力フィールド濃度の事なんだけど、これを間違えるとうまく飛べないんだ。もしかしたら落下の衝撃で壊れちゃったかも知れない」

「えっ? それは大変!」


 おばけちゃんはルヅが明るく笑いながらUFOが壊れた事を話すので、少し反応に困りました。そんなおばけちゃんを見たルヅはニイッと広角を上げます。


「大丈夫。修理はいつでも出来るから。それよりもさ、おばけちゃんにお願いがあるんだけど」

「え?」

「実はボク、地球に来たの初めてなんだ。良かったら街を案内してくれないかな?」


 この質問におばけちゃんは困りました。何故ならおばけちゃんは人間には見えません。見えない相手と喋る様子を見られたら、そこでちょっとした騒ぎになってしまうかも……と考えたのです。

 おばけちゃんはそれを伝えようと、手をデタラメに動かしながら話しかけました。


「ルヅは地球人と似てるから街を歩いても大丈夫だと思うけど、僕はおばけで普通の人には見えないからあの……」

「ああ、それでそんな焦ってるんだ。大丈夫、ちょっと来て」


 ルヅはおばけちゃんの手を握ると、強引に宇宙船の中を歩き始めます。辿り着いたのはベッドのある部屋でした。そのベッドには特殊な装置が備え付けられています。ルヅはその少し怪しげなベッドに横たわりました。すると機械が動き出し、すうっとルヅの霊体が体から抜けたのです。

 この予想外の展開に、おばけちゃんは更に驚きを隠せないのでした。


「え、幽体離脱しちゃったの?」

「そうだよ、これで一緒だね、おばけちゃん」


 なんと、宇宙人の技術は機械的に体から霊体を取り出す事も出来るようです。自分に合わせてくれた事が嬉しくて、おばけちゃんはルヅの願いを叶える事にしました。そう、街の案内です。


「じゃあ、こんな時間だけど、今から街に行ってみる?」

「いいよ、行こう!」


 こうしておばけちゃんと霊体になったルヅは街へと繰り出しました。単独では抜けられなかったUFOの壁も、ルヅと一緒ならするりと抜けられます。こうして宇宙船を出た霊体2人は山を降り、夜の街を散策しました。

 おばけちゃんの地元は地方都市で、夜でもそれなりに賑わっています。ブラック企業で働く人を観察したり、繁華街の酔っぱらいを見たり、夜の公園の怪しさを体感したり、2人で楽しむ夜の街はおばけちゃんにとってもとても新鮮なものでした。


 やがて夜明けが近付いてきたので、新聞配達の人の説明をしながら今度は市場に移動。おばけちゃんは魚市場の賑やかさをルヅに自慢げに話しましたが、さすが勉強年心な彼はちゃんと市場の事もご存知なのでした。


「知識では知ってたけど、生で見るとすごい活気だね」

「で、でしょ? 百聞は一見にしかずだよ」


 市場に夢中になっている内に夜は明けて朝日が昇り、街に活気が出てきます。おばけちゃんは朝から昼の街の案内も続けたので、ルヅの目の輝きはずうっと消える事はありませんでした。丸一日街を見て回った事でルヅも大変満足したようです。

 こうして大体の案内が終わり、その日の夜に2人はUFOのもとに戻りました。


「楽しかったよ。有難うおばけちゃん、またね」

「あ……うん。またね」 


 ルヅはペコリと頭を下げると、すうっとUFOの中に消えていきます。おばけちゃんは何か大事な事を忘れている気がしたのですが、それを言い出せませんでした。おばけちゃんは地球を去るUFOを見送ろうとずうっと眺めます。

 その頃、UFO内では自分の体に戻ったルヅが操縦席に座っていました。色々と操作をするのですが、思った通りの結果になりません。そうして、そこでやっと大事な事を思い出して思わず頭を抱えます。


「ああっ! そうだ、壊れてたんだった!」


 残念ながら、ルヅはUFOのメンテナンスをする技術を持ち合わせていません。そこで通信回線を開いて衛星軌道上に待機している母星のUFOに連絡を取りました。


「あ、すみません、サポセンですか? 船が壊れちゃって……。ええ、お願いします」


 緊急メッセージを受け取った宇宙サポートセンターはすぐに修理チームを派遣しました。その夜、おばけちゃんの住む街の上空に原因不明の流星雨が降り注ぎます。それは修理チームを隠すためのカモフラージュでした。

 流れ星に紛れてサポートUFOが現れ、修理チームスタッフは1分足らずでルヅのUFOの壊れた部分をサクッと直してしまいました。


「これでもう大丈夫ですよ」

「有難うございます。宇宙保険に入っていて良かった」

「では、一緒に帰りましょうか」


 こうして、推進力を取り戻したUFOはふわりと浮かんだかと思うと、ほんの一瞬で消えてしまいました。きっと超スピードで地球から去っていったのでしょう。

 おばけちゃんはそれらの一部始終をしっかりと見届けると、そのまま美しい星空を眺め続けるのでした。


「またね……か」


 ルヅが今度地球に来る時、その時はおばけちゃんと本当の友達になってくれるのかも知れませんね。

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