第6話 異世界転移したおばけちゃん

 おばけのおばけちゃんはいつも気ままにフラフラと空中散歩をしています。ある日、おばけちゃんが道路を渡っていると、トラックがノーブレーキで迫ってきました。おばけちゃんは普通の人には見えないので仕方ありません。きゃあ、大変! ぶつかっちゃう!

 でも大丈夫、おばけちゃんの体は透けているので、トラックもすり抜けていっちゃいます。おばけちゃんもそれが当たり前になっているので、全くに気にも止めません。


 道路を渡ったおばけちゃんは公園へと向かいます。そうして、ベンチまで来たところでパラパラと雨が降ってきました。

 見上げると、お日様が出ているのに降ってきたみたいです。


「何や、珍しいな」


 お日様を見上げていたおばけちゃんが視線を戻したその時でした。その一瞬の間に、おばけちゃんの目の前の景色は変わっていたのです。


 そこにあったのは大きな池と、その先に見える中世のお城。どう考えてもさっきまでいた見慣れた景色ではありません。訳が分からなくなったおばけちゃんは、焦ってキョロキョロと周りを見渡します。

 すると、すぐ近くに魔法使いのような服装をした人影を発見しました。


「召喚は失敗じゃあああーっ!」


 その声から魔女はおばあちゃんだと分かりました。彼女は叫びながら頭を抱えています。おばけちゃんはこのおばあちゃんが何か関係していると思い、近くまで行ってみる事にしました。

 けれど、おばけちゃんが目の前まで来ても、彼女は全く気付く素振りを見せません。


「召喚の儀式は間違いないはずなのに、どうして何も出ないかねぇ……」


 この言葉を聞く限り、どうやらおばけちゃんはこのおばあちゃんに召喚されたようです。このシチュエーションでピーンと来たおばけちゃんは、彼女の目の前に回り込みました。


「おばあちゃん、勇者はここや!」


 おばけちゃんはドヤ顔で自分の存在をアピールしたのですが、見えないおばあちゃんはしれっとスルーして、そのままどこかに行ってしまいます。


「嘘やん……」


 気付いてもらえなかったおばけちゃんはがっくりと肩を落としました。広い草原でぼっちになってしまったおばけちゃんは、やる事もないのでこの世界をブラブラと漂い始めます。

 興味本位で訪れたこの異世界の街は、平和そのものでした。


「うーん、召喚された理由が分からへん……」


 異世界から誰かが召喚されるのは、その世界がピンチの場合と相場が決まっています。それなのに、どこを見て回ってもピンチのピの字も見つかりません。


「やっぱり、手がかりがあるとしたらあのおばあちゃんか……」


 おばけちゃんはもう一度あのおばあちゃんに会いに行く事にしました。おばけなので人の気配を辿るのは得意です。出会った時にその気配をしっかり覚えていたので、すぐにおばあちゃんの家は見つかりました。

 その家は森の中にあったのですが、あまりの異様な気配におばけちゃんはドン引きします。


「うわあ……」


 その家は魔女の家らしくすごく特徴的な様式だったのですけど、そこに引いたのではありません。家から漏れ出てくる濃い負のオーラにドン引きしたのです。


「これはかなり厄介そうやな……」


 おばけちゃんはゴクリとつばを飲み込むと、こっそりと家の中を覗きました。壁抜けをしながらおばあちゃんを探していると、すぐに彼女は見つかります。

 おばあちゃんは床に魔法陣を描いた部屋で、憎しみの表情を受かべていました。


「私を追い出した王国なぞ、滅びてしまえ!」


 どうやら彼女は、自分を追い出した国に復讐しようとしているようです。その恐ろしい光景におばけちゃんはガクガクと震えました。


「さっさと失敗の原因を突き止めて、今度こそ悪魔を召喚させるぞい……」


 そう、おばあちゃんは本当は悪魔を召喚するはずだったのです。それが失敗しておばけちゃんが召喚されていたのでした。


「嘘やーん!」


 勇者として召喚されたとばかり思っていたおばけちゃんは、真実を知り思わずショックでムンク顔。その後も、何か分かるかもとおばけちゃんはおばあちゃんを観察し続けました。

 彼女は魔導書にじっくりと目を通しながら、ぶつぶつと恨み節をつぶやきます。


「大体、ちょっと薬の配合を間違って数百人副作用で苦しんだくらいで追い出すとか、王は心が狭すぎる……」


 この独り言を聞いたおばけちゃんは色々と事情を察して、家を後にしました。


「何かもう色々とアレやわ……」


 知りたかった事が大体分かったおばけちゃんは、森の中をふわふわと散歩します。間違えて召喚されてしまった上に、召喚主に認識されない現実。

 現実を受け入れたおばけちゃんは、静かに覚悟を決めました。


「もう戻れへんのやなぁ……」


 おばけちゃんが森の中をふらついていると、そこで妖精に出会います。背中に綺麗な羽の生えた可愛く小さな女の子。

 彼女はおばけちゃんを見るなり、一気に距離を詰めてきました。


「あなた、召喚された幽霊ね」

「ま、まぁ……。せやけど……」

「お願い、おばあちゃんを助けて!」

「は?」


 妖精はペコリと頭を下げて、おばけちゃんに懇願します。この流れに、おばけちゃんは困惑しました。


「おばあちゃんが薬を間違ったのは、私が頼まれた素材を間違ったせいなの!」

「そ、そうなん?」


 彼女の話によると、おばあちゃんと妖精は仲良しで、国から頼まれた薬を作る時に自分の方が森に詳しいと協力を申し出たとの事。そこでおばあちゃんは間違った素材で薬を作ってしまったのだとか。その結果、国を追われ、逆恨みをし始めたのだと――。

 過去の事情を一気に話し終えた彼女は、ここで深呼吸をしました。


「今おばあちゃんが研究している魔法陣が完成したら悪魔が王国を滅ぼしちゃう!」

「マジか。でもオレには何も出来へんし……」

「いや、あなたなら出来る! 出来るはずだから!」


 彼女に強く説得されたおばけちゃんは、もう一度あのおばあちゃんの家に向かいます。壁抜けの最短距離でさっきまでいた部屋に向かうと、そこには誰もいませんでした。その後も家中を探してみましたが、どこにも見当たりません。

 仕方がないので家を出てその事を報告しようと妖精に会いに行くと、向こうからすごく焦った顔で彼女がやってきました。


「大変! おばあちゃん、きんの草原にいるの! 早く来て!」

「お、おう?」


 妖精いわく、その草原には闇の力が満ちていて、悪魔召喚みたいな儀式をすると成功率がむっちゃ高いとの事。

 この場所を悪用される事を恐れた彼女が見えない魔法をかけていたのだけれど、おばあちゃんはそれを破ってしまったようなのです。


「だから急いで、おばあちゃんが悪魔を呼び出してしまう前に!」

「わ、分かった」


 妖精に手を引っ張られてその草原に辿り着くと、確かにおばあちゃんはそこにいました。様子をうかがうと、もう儀式は始まっているようです。


「うひひひ、今度こそ復讐を成し遂げるのじゃ!」

「やめて、おばーちゃーん!」


 妖精はおばあちゃんの姿を確認するやいなや、勢い良く体当たりをかましました。おばあちゃんは、その衝撃で持っていた魔法の杖を手放してしまいます。

 宙を舞う杖は、その場にいたおばけちゃんの頭に直撃しました。


「いてっ!」


 さっきまで物理的にすり抜けて何も触れなかったはずのおばけちゃんは、杖に込められた魔法の力で実体化してしまったようです。


「何だい、こんなのが近くにいたのかい!」


 実体化した事で、おばあちゃんにもおばけちゃんが見えるようになりました。おばけちゃんはそれが嬉しくて目を輝かせます。


「見、見えるんか、オレの姿!」

「ああ、ハッキリくっきりとな。ところでお前さん、何者じゃ?」

「ええっと……」


 おばあちゃんに質問されたおばけちゃんは、言葉に詰まってしまいました。おばけちゃんがうまく返事を返せないでいると、おばあちゃんの背後の魔法陣から悪魔が出現してしまいます。

 どうやら、妖精の妨害工作は間に合わなかったようです。


「召喚者よ、願いを言え。魂と引き換えだ」

「おばけちゃん、止めてー!」


 このピンチに、妖精はおばけちゃんに向かって叫びました。困ったのは無茶振りされたおばけちゃんです。

 頭の中が真っ白になったおばけちゃんは、おばあちゃんがその望みを口にする前にと、パッと頭に浮かんだ言葉を破れかぶれで叫びました。


「ぎゃ、ギャルのパンティーおくれーっ!」

「は? 俺は召喚主の願いしか聞かんのだが?」


 契約の邪魔をされた悪魔は、怒っておばけちゃんに襲いかかります。全身真っ黒で邪悪な形相をした悪魔が迫ってくるのです。パニックになったおばけちゃんは無我夢中で悪魔に向かって全力パンチをかましました。


「こ、こっちくんなやーっ!」


 この時、魔力が体に宿っていたおばけちゃんは能力がチート化していて、その一撃で悪魔をふっ飛ばしてしまいます。


「そんなバカなーっ!」


 心配の種の悪魔もこうしていなくなり、妖精はおばあちゃんの顔をじいっと見つめました。


「おばあちゃん、復讐なんて止めて。あの薬は私が悪かったの。私ならいくら恨んでも……」

「レイラ……本当は分かっていたんだよ。でも、収まりがつかなかった。有難う、私を止めてくれて。お前さんもだよ」


 おばあちゃんは妖精に笑顔を向けた後、おばけちゃんの方にも顔を向けます。突然のこの対応に、おばけちゃんは照れまくりました。

 こうして、3人は何となくいい雰囲気になって、お互いに笑い合います。


 その頃、おばけちゃんにふっとばされた悪魔は放物線を描いて街に落ちていきました。そのまますごい勢いで地面に叩きつけられた悪魔は絶命。体を消滅させます。

 それだけなら良かったのですが、悪魔が消えた時の副作用で魔界のウィルスが辺りに拡散されてしまいました。このウィルスが人間の体に入ると、不治の病である魔界病を発症させてしまいます。

 周囲にいた人々は、この恐ろしい病に次々にかかってしまいました。



 この魔界由来の病を治すには魔法使いの知恵が必要だと、おばあちゃんの家に王国の使いの人が現れます。丁度その頃、おばあちゃんの家では3人で仲良くお茶をしていた最中でした。そこに街の惨状が伝えられたのです。

 話を聞いたおばあちゃんは、すぐに立ち上がりました。


「こうしちゃいれらない! お前さん、力を貸してくれるかい?」

「何や知らんけど、分かった」


 こうして、おばあちゃんはおばけちゃんと一緒に街に向かいます。2人が目にした街の光景はそれは悲惨なものでした。至るところで人々は倒れ、苦しんでいます。

 中には、口から泡を吹いて気絶している人までいました。


「これは、予想以上だねぇ……」

「こんなん、どうしようもないやん……」

「いや、手はあるよ!」


 おばあちゃんは自信満々にそう言うと、おばけちゃんに向かって魔法をかけます。次の瞬間、おばけちゃんの体は輝き出し、その光は街全体を包み込みました。この光によって悪魔の力は浄化され、それが原因となっていた病気もすっかり消え去っていきます。

 こうして街は救われ、おばあちゃんの過去の行いも許されました。人々はおばあちゃんに次々と握手を求めます。中にはハグをする人までいました。


「おばあちゃん有難う」

「あなたのおかげだ!」

「私達の非礼を許しておくれ……」


 その盛り上がりが落ち着いた頃、事情を聞きつけた王様がやってきます。


「どうだろう。また街に戻ってきてはくれないだろうか」

「いや、私は森の生活が気に入ってるんだ。もし用事があったらいつでも私の家に来ておくれ」


 おばあちゃんが街の人の信頼を取り戻す様子を、おばけちゃんはやさしい目で見守っていました。一旦光に変換されたおばけちゃんはすぐに元に戻ったのですが、宿った魔法の力を全て開放したので、また姿が見えなくなってしまったのです。おばあちゃんも、もうおばけちゃんを見る事は出来ません。

 それでも、彼女がおばけちゃんを忘れる事はありませんでした。


「見えないけど、そこにいるんだろう? 好きなだけいるといいさ。お前さんは私の恩人だからね」


 力を失ったおばけちゃんですが、今は森で妖精のレイラと楽しく暮らしています。たまにおばあちゃんの家に遊びに行ったりもして。

 暗かったおばあちゃんの家も、今では毎日お客さんが来る事もあって、幸せそうなオーラに満ちています。笑顔の絶えないおばあちゃんの顔を見て、おばけちゃんの表情もゆるくなるのでした。

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