第5話 無人島とおばけちゃん

 おばけちゃんは気ままなおばけ。今日も今日とて、のんびり街をパトロール。あ、パトロールと言ってもただ散歩しているだけなんですけどね。猫が自分の縄張りを見回るようなそんなアレ。

 今日のおばけちゃんはいつもよりちょっとお疲れなのか、適当なところで昼寝をする事にしたようです。


「おっ、あそこがいいかな」


 おばけちゃんが昼寝の場所に選んだのは、貨物トレーラーのコンテナの上でした。大きな鉄の箱の上に横たわると、そのまま大きなあくびをひとつして夢の中へ。

 この時、おばけちゃんは特に何も考えていなかったのでしょうね。コンテナを乗せたトレーラーが動く事も。そう、トレーラーは動き出してしまったのです。


 ――おばけちゃんを乗せたまま。


 それからどれくらい経ったでしょう。おばけちゃんが寝ている間にトレーラーは道路をひた走り、コンテナは船に乗せられてしまいました。

 気持ちのよい夢から覚めて、おばけちゃんは思いっきり背伸びをします。そこでようやく違和感に気付きました。


「あれ? 何か変だぞ?」


 目に見える景色がいつもと違う事に気付いたおばけちゃんは、現在位置を確認すべくそのまま上昇します。そこですぐに気付きました。自分が船の上にいた事に。

 その船がとっくに港を出て、大きな海原の真ん中に運ばれてしまっていた事に。


「マジかー」


 おばけちゃんは地元を遠く離れてしまっていた事を自覚して、ガックリと肩を落とします。おばけちゃんはおばけなので自力で空を飛んで移動出来るものの、流石に大海原を渡って戻れるほどの体力はありません。

 ざっと見渡して、陸地が見えない事を確認したおばけちゃんは開き直りました。


「仕方ないや。この船旅を楽しもう」


 船は往復するものです。ずーっと乗りっぱなしでいたら、やがては地元にも戻る事でしょう。それを待てばいいやとおばけちゃんはすぐに戻るのをあきらめ、のんびりモードに切り替わりました。そうしてまたごろんとコンテナの上で横になります。

 波が穏やかなのもあって、おばけちゃんはまたぐっすりと眠ったのでした。


 それからどのくらい経ったのでしょう。おばけちゃんが寝ている間に天気がガラリと変わってしまいます。空は厚い雲が覆い、強い風が吹いてきて、おまけに波が激しくなってきました。

 この状況では、流石のおばけちゃんも安眠と言う訳にはいきません。とどめに船員さん達が慌ただしく動き始めて、おばけちゃんはついに目を覚ましました。


「嵐だ! 嵐が来たぞ! 各自、持ち場について待機ぃ!」


 何と、貨物船は大きな嵐に遭遇してしまったのです。見た事もない大波が容赦なく船を襲い、その度に船体は大きく揺れました。最新の船なら多少の嵐も大丈夫なはずなのですけど、この船は少し古く、更に運の悪い事に、遭遇した嵐は計算より少しばかり大きかったのです。

 船の上は大混乱になっていました。その混乱具合と、初めて体験する桁違いの揺れに、おばけちゃんは目を回してしまいます。次に気が付くと、船は沈没してしまった後でした。


「あちゃー」


 船は沈みましたが、おばけちゃんはおばけなので沈む事はありません。広い海に一人ぼっちになってしまったと絶望してキョロキョロと周りを見回すと、すぐ目の前に島が見えました。

 見える距離なら、おばけちゃんの体力でも十分辿り着けます。なので、島に避難する事にしました。


「いい島があって良かったぁ……」


 おばけちゃんの辿り着いた島は、お約束通りの無人島。ただし、そこはおばけです。何も食べなくて平気なので、あっさりとこの現状を受け入れました。


「これからここで暮らすのかぁ。ま、いいけど」


 おばけにサバイバル知識は必要ありません。衣食住を気にしなくていいからです。なので無人島生活を楽しむ事にしました。

 暑すぎもせず、寒すぎもしない島の気候は、おばけちゃんを楽園のバカンス気分にしてくれます。


「意外と無人島生活もいいのかも……」


 おばけちゃんが無人島でまったり気ままに過ごしていると、島にライフジャケットを身に着けた青年が泳ぎ着きました。どうやら沈んだ貨物船の乗組員の1人のようです。

 どうやら助かったのは彼だけだったみたいで、島に辿り着いたのはいいものの、周りに誰もいない現実を知って途方に暮れているみたいでした。


 おばけちゃんは、彼が島に泳ぎ着いたところからその様子をじっくり見ていました。淋しそうに膝を抱える姿を見て、哀れに感じたおばけちゃんは青年のサポートをしようと近付いていきます。


 彼はサバイバル知識を少しは持っていましたが、全く万全ではないようです。中途半端な知識で無人島生活を進めようとしていました。中途半端に寝床を作り、中途半端に水を得る仕組みを作り、中途半端に食料調達に挑みます。

 それは、彼よりはサバイバル知識のあるおばけちゃんが軽く頭を抱えるほどでした。


「うーん、どうやったら……」


 おばけちゃんは彼とコンタクトをとる方法を色々と試し始めます。目の前で通せんぼしても無視され、触ろうとしても触れる事は出来ません。そこで声を張り上げたりしてみるのですけど、その場でキョロキョロと顔を動かすばかり。

 困ってしまったおばけちゃんは、最後に耳元でこっそりとささやいてみました。


「青年よ……これは良くない」


 すると――。


「うわ、幻聴?」


 そう、この作戦だけが何故かうまく行ったのです。どうやら、青年にはおばけの声が少しだけ聞こえる霊感が備わっていたようでした。

 こうして会話が出来る事が分かって、早速おばけちゃんは自分が気になった部分のレクチャーをし始めました。


「まず、寝床はこう、漁はこう、水は……」

「すげぇ。何だかよく分からないけど、知識が勝手に聞こえてくる……」


 最初はこの現象をいぶかしんだ青年でしたが、与えられる情報が正確なものだと分かって、そこからは素直におばけちゃんの言葉に耳を傾けるようになります。

 そのおかげで、青年のサバイバル生活は割と無難な感じになっていったのでした。


「島の精霊さん、本当にサバイバルの達人だ。いつも有難うございます!」

「……」


 青年は、聞こえてくる声をこの島の精霊か何かだと思っている様子。おばけちゃんもそれで納得しているならと、ずーっと精霊のふりをし続けました。

 生活に余裕の出てきた彼はその後、島の探索をしたり、救援要請の準備をしたりと次のステップに進みます。


 しばらく暮らす内に、島は人間を襲う大型肉食獣も存在せず、食べられる木の実など食料環境も豊かで、うまくやれば何とか当面の間は暮らせるだけの環境がある事が分かりました。

 こうして平和で退屈な日々が続きます。船こそ全く近くを通ってくれませんでしたけど、毎日決められた事をこなしていれば、その日は何事もなく暮れていきました。


 そんな日が何日も続き、日々の生活に対しての緊張感も薄れてきます。そうなると、余計な事を考える余裕も出てくるのは当然の流れでしょう。

 その日、薪を拾い集めていた青年は突然今自分がたった1人である事を実感。その流れでホームシックになってしまいました。


「家に……帰りたい……うう……」


 その様子を見て、おばけちゃんは彼を元気付けようと考えます。


「大丈夫、きっと助けは来る。希望は捨てないで……」

「うわあああー! この声は誰なんだ! 誰なんだよーっ!」


 精神的に弱っていた青年は、おばけちゃんの声を聞いてついに発狂してしまいました。頭を抑えてガクガク震える彼の姿を見たおばけちゃんは困ってしまいます。

 このままだと本当に心が壊れてしまうかも知れません。そこでおばけちゃんはある事を思いつきます。そうしてそれをすぐさま実行しました。


「我は神であるぞよ。神が言うのであるから間違いはないのじゃ」

「か、神様……? 神様なのですね!」


 それは落ち着いてもらうための方便だったのですが、彼は素直にその言葉を信じてしまいます。最初にささやいた時ですら何の疑いもなく受け入れた程です。それほど青年の心は純粋だったのでしょう。

 しかし、それで困ってしまったのはおばけちゃん自身でした。青年が信じ込んでしまったので、今度は神様になりきるしかなくなってしまったのです。


「青年よ、希望を捨てるでないぞよ……」

「分かりました! 頑張ります!」


 こうして、おばけちゃんの機転で彼は元気を取り戻します。その後のサバイバルでも懸命に取り組みました。いつ船が来てもいいように、海の観察と狼煙の用意も欠かしません。そうして代わり映えのない日々は続いていくのでした。


 青年が無人島に漂着3ヶ月が過ぎたでしょうか。それでもまだ船が島の近くを通りかかる事はありませんでした。


「神様、何故私を助けたのですか。何故他の仲間は……」

「……」


 本当の神様ではないおばけちゃんがこの質問に答えられるはずもありません。パチパチと焚き火の音だけが響く静かな島の夜。青年の精神も限界に近付いていたのでした。

 その日を境に、青年は衰弱し始めます。段々と食も細くなり、顔から生気が失われていきました。心配になったおばけちゃんも何とかしようと試みますが、元々耳元でささやくくらいしか出来ないので助けようがありません。


「誰でもいいから助けてくれーっ!」


 日に日に衰弱していく青年を見ていられなくなったおばけちゃんは、海に向かって思いっきり叫びました。それに何の意味もないと分かっていながら。


 その次の日からです。無人島の近くの海域にクジラが現れ始めました。まるでおばけちゃんの心の叫びに呼応したかのように。

 海面から顔を出すクジラの数は日に日に増えていき、やがてそのクジラを見るツアーが組まれるほどの人気になっていきます。


 クジラを見るツアーと言う事は……そう、船です。いつの間にか無人島の近くの海域に頻繁に船がやってくるようになっていました。海に浮かぶ船を目にして青年も元気を取り戻します。すぐに準備した狼煙を上げて自分の存在をアピールしました。

 やがてある船がこの狼煙に気付き、青年は無事救助されました。実に無人島生活半年での奇跡です。


 青年が助けられた時に、おばけちゃんもちゃっかり便乗。その船に乗って無事に日本に帰る事が出来ました。そこから地元行きのトラックの荷台の上に乗っかって無事に地元に戻る事が出来ましたとさ。


 助かった青年はその後テレビで引っ張りだこになり、体験手記を書いたり、その手記が映画になったりしたのだそうです。

 その作品でおばけちゃんがどう描かれているか、当のおばけちゃんは全く興味がなく、今日も気ままにパトルールをする日々なのでした。

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